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★タイトル (AZA ) 00/ 3/29 17:26 (199)
ぎりぎりっ 〜 the upper limit 〜 1.命の分割 永山
★内容
裁判長の重々しい口調が、機械的に告げた。
――カシアス=フレイムにレベル9の有罪を宣告する
レベル9。第一審で下される刑罰の中では、最悪のものだ。
続いて、判決理由の朗読が始まる。
――被告は、幸福な生活を営んでいた一家四人を、己の欲望を満たすためだけ
に、類例なき残虐な方法で殺害した。被害者の四人に何の罪もなく、加えてそ
の内の二人は幼子であった。これは、被告が少年である点を考慮しても――
しかし、カシアスは聞いていなかった。出来の悪い詩を渋々詠ずるのに似た、
裁判長の単調な声音が法廷内に響く中、彼はぽつりと呟いた。
「……間違いだ」
疲れ切った声が息となり、伸びた髭を揺らす。目は落ち窪み、痩けた頬や細
い手足と相まって、不気味さを漂わせる。身体中の傷や痣が痛々しい。
カシアスは身に覚えのない殺人の容疑を掛けられ、捕らえられた。無罪を信
じて裁判に臨んだ彼は、次々と示される証拠や証言に、瞬く間に窮地に追い込
まれるのが分かった。証拠も証言も、カシアスにとっては偽りであり、捏造さ
れたとしか思えないものばかりであった。
しかしカシアスの発言は全て黙殺同然に扱われ、採用されなかった。
焦れるあまり、若さ故に法廷で暴れた行為が、流れを決定づけた。悪あがき、
反省が見られない態度と受け取られた。
「被告は、明日より起算して三十日の間、再審要求の権利を有す」
裁判長が判決文から目を起こし、自分の言葉で語った。
「レベル9で刑に服するか、再審を要求するか。弁護士の方からの説明をよく
聞き、考えて決めなさい。老婆心ながら個人的意見を付け加えると、レベル9
で再審に臨み、改めて有罪判決を受けた場合は問答無用で死刑となる。状況を
覆すだけの証拠を三十日間で見つけられぬ限り、大人しく刑に服し、深く反省
することを選ぶべきでしょう」
耳を右から左に抜けるような言い種だ。カシアスは裁判を通じて、裁判長を
含む裁判官達にも、さらには己の弁護士にまで不信感を抱くに至っていた。
「私の力不足で、このような事態になったのは心痛の極み。すまぬことをした」
壁一枚を隔てた向こうで、銀髪の弁護士は感情に欠けた物言いをし、頭を下
げた。もったいないとばかり、すぐに起こす。
「ラオンさん、もうどうでもいい。別の弁護士に頼みたい」
「カシアス君にとって、それは当然の選択だろうが……正直な感想を述べるな
らば、君を弁護しようという者は他にいない」
「あんたが勝手に言ってるだけだろ」
「残念ながら、それは見当違いというものだよ。外のことを全く見聞きできな
いのだから、やむを得まいが、君は歴史に悪名を刻むほどの殺人犯とされてい
る。事実がどうであれ、世間がそう決めつけてしまっているのだ」
ラオンは最後に、次回は新聞を持って来ようと付け足した。
簡単に言ってくれる。カシアスは唾を吐きかけたくなった。自重できたのは、
レベル9の判決を下されたから。噂に聞く限り、どんなつまらぬもめ事でも加
懲罰の材料にされて、死刑に処せられかねないという。
「そんな非道なみなしご少年を救おうという、人権派の弁護士先生はおられな
いんですかね」
皮肉っぽく問うたカシアスに、ラオンはため息をついた。
「勝ち目がない。失礼ながら、君には支払いに充てる金もない。それどころか、
弁護を引き受けただけで、世間から後ろ指を差され、悪く言われる。弁護士当
人のみならまだしも、家族に害が及ぶのは絶えられないことだ。要するに、ど
こにも利点がないのだよ」
「申請するだけ無駄と?」
「そもそも、再審要求自体、危険な賭けだね。君が死んでもかまわないのなら、
話は別だが……これは失敬」
カシアスは、もはやラオンを全く当てにしていなかった。だが、一つだけ判
断を仰いだ。これくらいなら正しい道を示してくれるのではないかと、微細な
望みを込めて。
「弁護士としてどう思うか、最後に判断を教えてほしい。レベル9で生きて出
て来られる確率と、再審で勝利する確率。どちらが高い?」
刑罰がどんな物なのか、一般には知られされていない。無論、カシアスにも。
ラオン弁護士は、素に戻ったような顔付きになって、次に銀髪をかきむしっ
た。腕組みをした彼は、長い沈黙のあと口を開く。
「……どちらも限りなくゼロに近い。しかし、強いて言うならば、だ。君の場
合は、レベル9の方がいくらかましだろう。ミミズとナメクジを比べるような
ものだがね」
「分かった」
即断した。迷いを吹っ切るため強くうなずくと、カシアスは間を仕切る透明
板にしがみついた。
「教えてくれ。レベル9ってのは何なのか。どうなれば出られるのか」
「――そもそも、レベルという我が国独特の刑罰の基本は、命の値打ちをコイ
ンに置き換える点にある」
「コイン? 金のこと?」
まるで予想していなかった導入。カシアスは板から手を離した。
「世の中に流通する貨幣とは異なる、監獄の内側のみで通用するコインだよ。
単位はエッジという。五万枚で人一人の命に相当するそうだ」
「……要するに、労働か何かをして、五万枚貯めれば出られるんだ?」
勝手に想像していた苦役に比べるとずっと楽だ。レベル9の待遇は恐らく最
低最悪に違いないが、それでも目標は明確なのだから絶えられるのではないか。
「そんな生やさしいものではないよ」
やっと希望を見出したカシアスの前で、ラオンは冷笑を浮かべた。
「え?」
「五万枚貯め込めば、道が開けるのは確かにそうだ。だが、常に死の危険と隣
り合わせなのだよ。特に、レベル9では」
「それは、仕事が危険というだけなんだろう?」
カシアスの希望的観測は、ラオンの鼻息で脆くも砕かれた。
ラオンの表情に笑みがますます広がった。厳冬期を迎えた北の大地が、氷に
侵略されるさまに似て。
「君は勘違いしている。懲役期間の長さに違いはあるが、同時に課せられる労
役は、レベル0〜9で全く同じだ。出発点が異なるだけでね」
「出発点? それは一体……」
「待ちたまえ。先に、死の危険と隣り合わせだという意味を説明しよう。君の
言うような労働の対価としてコインを稼ぐのではない。投獄されてから八日間、
受刑者間でコインのやり取りをする。奪い合うのだ。八日後、所有するコイン
が五万枚を越えていれば懲役は免除される。逆に八日以内にコインを全て失え
ば、その受刑者は処刑される」
「そんな馬鹿な。俺は何も持っていないぜ?」
「ふん、安心しなさい。レベルに応じてコインが支給されるのさ。レベル0は
一万枚、レベル1は五千枚、2なら三千、以下、千、五百、三百、二百、百と
来て、レベル8は十枚」
弱った獲物をさらにいたぶる猫だ。ラオンはゆっくりと数値を挙げていった。
「そしてレベル9は一だ。たった一枚から始めなければならない」
「一枚……」
「レベル9のこの絶望的な状況からはい上がって、一般社会に生還した者は、
過去に一人もいない。その多くが処刑による死を迎えている。正確な統計はな
されていないが、九十九パーセントが死への運命を辿ったことだろう」
「……」
何の言葉も出なかった。再審を求めた方がましではないのか?という考えが
脳裏をかすめたが、三十日で新証拠を探し出すのはそれこそ不可能。
「コインをどのようにやり取りするのか、聞かないのかな?」
「あ……ああ。聞くよ」
カシアスの意識を向けさせると、ラオンは口元で笑った。
「賭けをするんだ。命を賭したギャンブル」
「……賭博って……どんなゲームを」
「決められていない。対戦する受刑者同士が合意し、立会人がいれば、勝負は
成立する。ただし、命を大事に思うあまり、最初から懲役刑覚悟で勝負を避け
る不届き者を出さぬよう、八日間に二度、土曜と日曜に公式ギャンブルをしな
ければならない。強制的に勝負の場に立たされる規則があるのさ。そこでのゲ
ームは獄長が指定する。基本的にはポーカーだと言うが、詳しくは私も知らん」
ポーカーならよく知っている。それなりに大きな額を稼いだこともある。カ
シアスは瞬間的に安堵したが、それが何の意味も持たないことに気付くのも、
またすぐだった。
「五万枚を稼げなかった場合、レベル9なら終身刑が待っている。言うなれば
飼い殺しだ。よほどの特赦がない限り、減刑はない。さあ、どうかね? 入獄
に応じるかね?」
「ま、待ってくれ。判断の前に、質問がある。俺は賭け事にはそこそこ自信が
ある。だが、一枚で始めるのは不利だ。いや、五万枚まで遠いからという意味
じゃない。公正な戦いができないじゃないか? ポーカー勝負で、相手がたと
えば百枚を持っていたとする。そいつが二枚を賭ければ、もう俺の負け。手札
で勝負する前に、数で負けが決まってるじゃないか。おかしくないか」
カシアスの訴えに、ラオン弁護士はふんふんとうなずいた。
「いやあ、見直しましたよ。カシアス君、君はなかなかに聡い」
「ふざけてないで、何とか言ってくれ」
「無論、救済措置がある。弱者の味方のルール。コインの枚数で優る者が劣る
者を、数で打ち負かしてはならない。賭ける額は数的弱者に権利がある。ただ
し、相手をゼロ枚に追い込んだとき、勝者にはボーナスとして百枚が特別に支
給されるルールも定められているそうだ」
「……もう一つ聞きたい」
言ってから、愚鈍な動作で人差し指を立てるカシアス。ラオンは悠揚に首肯
した。
「何なりと」
「勝負の決着はどうなっている? 相手のコイン全てを奪い取るまでやらなけ
ればいけないのか?」
「考えられる状況全てがあり得るとしか言いようがない。対戦者双方が合意す
れば、コイン尽きるまで奪い合うデスマッチもね」
「枚数が多い者ほど、精神的に有利じゃないか……」
「当然だよ。何のためのレベルか分からなくなる。先ほど述べた救済措置は、
飽くまで勝負を成立させるためのルールであって、完全な平等を築く意図も義
務もない。レベル0が安楽椅子に揺られながらの勝負だとしたら、レベル9は
棺桶から手首を出しての勝負と言われる」
「……それでも、再審よりは生き残る確率が高いと?」
「その通り。事件を取り巻く状況と、レベル9という判決から引き出された、
妥当な判断だと自負しているよ。ただし、どちらも運次第であることには変わ
りない。賭博の道を選ぶのであれば、君の腕前も多少は関わってこよう」
「再審のための調査に、俺は関与できないんだっけな?」
「そう定められている。それが何か?」
首を傾げ、両腕を開くラオン。対するカシアスは、今度こそ覚悟を決めた。
肘をついて両手を組む。その拳に自らの額を当てて、目を閉じた。
「刑を受け、出獄したあとなら、自力で真実を追求できるんだよな?」
「もちろん。ひっくり返せたら、名誉の回復と多額の賠償金が手に入る」
「金は関係ねえ。自分の運命は自分で決める。弁護士はもういらない」
弁護士は何も言わずに立ち上がった。
このときのやり取りで、カシアスはあと一点、重要な問題を確かめずに済ま
せてしまった。カシアスが愚かなのではなく、この状態に置かれたなら気付く
者はほとんどいない、些細だが不可解な問題点を。
監獄都市ウォーレン。
小さな町の周囲に高く堅牢な壁を巡らせたと思えばいい。受刑者は、ウォー
レンの外に出ることはならない。脱獄を計った者は射殺されるのが落ちだ。
金曜の昼下がり、カシアスはここに連れて来られた。
重く黒光りする巨大な鉄扉が、カシアスの背後で閉ざされた。五重の施錠が
確認されてから、刑務官によってカシアスの腕から手錠が外され、腰縄も解か
れた。手首を回していると、門の内側すぐのところに位置した小屋から、小柄
で頭の禿げ上がった男が出て来た。
「ウォーレンにようこそ!」
黄色い歯を覗かせてにこやかに笑う男は、門番のアダムスキーと名乗った。
近くで見ると、髪の薄さに比すとなかなか若いようだった。
引き渡し手続きを処理後、刑務官は去り、カシアスはアダムスキーと二人き
りになった。他に、受刑者が近寄ってくる気配はない。
「さて、カシアス=フレイム。これから看守を呼んで、おまえの入る房に案内
してやろうという訳だが……」
話の途中でアダムスキーは煙草をくわえると、ライターで火を着けた。うま
そうに煙を吐き出す。
「明日は土曜日、公式ギャンブルがある。仮に−−仮の話だから怒らんでくれ
よ――、おまえが明日にもコイン全てを失い、死を迎えたとしたら、私の手間
が無駄になってしまう」
「……」
口をつぐんだまま、カシアスは左胸ポケットに手を当てた。布地ごと、コイ
ンを握りしめる。たった一枚の、命と同等のコイン。
「できれば無駄を省こうじゃないか。無駄はよくない。そうだろ?」
カシアスは無言を通した。答えられるはずがない。何を言わんとしているの
か、苛立ちを徐々に覚える。おまえのお喋りこそ無駄だと、怒鳴り散らしたく
なる。
アダムスキーは煙草を吹かし、ぎりぎりまで焦らしてから言った。
「そこで提案がある。今ここで、私と勝負しないかね」
――続く