AWC ぎりぎりっ 〜 the upper limit 〜 2.着火   永山


        
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★タイトル (AZA     )  00/ 3/29  17:27  (176)
ぎりぎりっ 〜 the upper limit 〜 2.着火   永山
★内容
「――な、に?」
 聞き違いかと、相手をにらみ返したが、アダムスキーはにやにやと笑うだけ。
あとは面白がるかのように煙を細く吐いた。
「君は猶予期間である今日一日を精一杯使って、監獄都市での賭博の模様をじ
っくり観察するつもりだったのかもしれない。勝利のヒントを掴もうとして」
 見透かされたように感じ、表情が強張ったカシアス。確かに、アダムスキー
の言う通りだった。試しに一度勝負してみるということができないレベル9の
カシアスにとって、他人のギャンブルを参考にするのが最大にして唯一の作戦
であろう。
「だが、そんなものは無駄なあがきさ。裏返った亀だ。いくらもがいても、戻
れやしない」
 アダムスキーは短くなった煙草を摘むと、灰を落とした。風がないらしく、
真っ直ぐ下に落ちる。
「疑っているな。賭けは受刑者同士に限られているのではないか? だいたい、
私がコインを持っているのか?という顔だ」
「あんたがそう言うところをみると、許されているらしい。例によって、双方
の合意があればってやつか」
 カシアスは内心、落ち着こうと努力していた。冷静に見極めればいい。
「俺にメリットはないのか? ないのなら、あんたとの勝負は断る。色んな連
中の戦いぶりを観察した方が、よほど有益だ」
「あるさ」
 吸い殻を落とし、革靴の先で踏み潰すと、アダムスキーは額をなで上げた。
「ここにコインが十枚ある。言うまでもなく、本物だ」
 彼が無造作に取り出した金色に輝くコインには、心臓の形が刻印されていた。
裏側は緑の木の葉が四枚。間違いなく、監獄都市で流通する命のコイン、エッ
ジである。
「君のコイン一枚に対して、私はこの十枚を賭けてやる。たった一度の勝負で、
十枚を得るチャンスなんて、レベル9から始める者にはなかなかない」
 それはそうだろう。受刑者同士のギャンブルなら、こんな馬鹿げた条件を示
す輩はいまい。コインに価値を見出せない門番だからこその提案だ。
「勝負の方法は?」
 返事を後回しにし、カシアスは尋ねた。何か裏があるのかもしれない。
「これだよ」
 アダムスキーは片手を顔の高さに持って来た。その手の平には、先ほどのラ
イターが握られていた。見るからに安物だが、中の液はたっぷりある。
「これを交互に持ち、火を着ける。一発で火を着けられなかったら、負けだ」
「……先攻の者がいきなり失敗したら?」
「わははっ! そんな間抜けは、もちろん負けだ! 後攻は何もせずに勝利!」
 急にテンションを上げたアダムスキー。カシアスの質問が、よほどおかしか
ったに違いない。
「先攻後攻を決定する方法は?」
「何でもかまわない。ジャンケンて知ってるか? コインの表裏でもいい。君
が指定しなさい。ははは!」
「……アダムスキー、あんたがこんな勝負をしたがる理由は何だ?」
 カシアスが低い声で聞くと、アダムスキーは笑うのをやめた。いや、笑い声
を上げるのをやめた。顔には残酷そのものの笑みが張り付いている。
「決まっているだろう。私の手で、受刑者に死を与えてやるのだ。これに優る
喜びはない」
「……俺の方から賭ける物を要求することはできないのか」
「できないね。ふざけているのか? どうせ五万枚のコインを賭けろと言い出
すんだろ? そうは行かない」
 拳を突き付ける仕種をしながら、再び笑い声を立てたアダムスキー。だが、
カシアスは首を振った。
「いや。あんたにも命を賭けてもらいたいと思っただけだ」
「――面白いな、フレイム」
 目を細めるアダムスキー。今度は笑いが完全に消えた。替わって、怒りが露
になる。
「君にとっては残念だが、この提案は、私自身が安全であるからこそ楽しめる
遊びだ。賭けるのはコイン十枚。変更は利かない。さあ、受けるのか受けない
のか、返事をしな!」
「慌てるな。若禿から湯気が立っているぜ」
「何だと? 貴様、口の聞き方を」
「まだ確かめたいことがある。そのライターは本当に着くのか? あんたがさ
っき煙草に火を着けた分で、終わりじゃないのか?」
「……疑り深い奴め」
 ライターを突き出すアダムスキー。受け取ると、カシアスは試してみた。楽
に着火できた。火打ち石のこすれる音から考えると、新品同然かもしれない。
 念のため、細工がされていないかも確認した。ボタン一つで着火を制御でき
るような仕組みが施されていたら、アウトだ。
「……よし、真っ当なライターだ」
 ライターを返さず、カシアスはアダムスキーに言った。対するアダムスキー
は主導権を取られるのを恐れたか、声を張り上げる。
「納得できたのなら、早く決断しろ。次の受刑者が到着したら、この話はなし
だぞ、フレイム!」
「俺のことはフレイムと呼ぶな。カシアスだ」
 急かされてなお、カシアスは迷った。心構えが完全には整わぬ内に勝負に出
るリスクと、コイン十枚を獲得できるメリット。天秤に掛けた結果は。
「立会人を呼んでほしい」
「それでこそ勝負師だ」
 ぽんと手を打ち、アダムスキーは小屋に走った。マイクのような物に向かっ
て、話し掛けている。
 一分余りで、灰色のスーツを着た面長で背の高い男が現れた。手の紙は記録
を取るための物らしい。
「アダムスキー、また例のライター勝負か? おまえも好きだな」
 立会人は親しげに語り掛けつつ、どこか憮然とした口調だ。
「いいじゃないか。別に規則に反している訳ではない」
「俺には関係ないから、かまわん。ただ、こうして付き合からには、不敗記録
が破られるのを、目の前で見てみたいものだ」
 監獄側の人間達は、笑い合った。
 カシアスは聞き逃さなかった。
(不敗記録だって? 馬鹿な。さっき聞いた限り、このゲームの勝率は五分の
はずだ。そう連勝できるものではない)
「ああっと、立会人。あんたのライターを使わせてくれないか」
 とっさに求めた。立会人は大きくない目を見開き、愉快そうに唇を曲げた。
「悪いな。俺は禁煙してる最中でね」
「……分かった。ありがとう」
 答えながら、脳みそを絞るカシアス。何かあるはずだ。
 立会人は勝負のルールや賭ける物を読み上げ、そして言った。
「じりじりと時間を稼がれるのも馬鹿らしいからな、お互い、ライターを受け
取ってから一分以内に着火することとしよう。いいな」
 異存は出ない。
「さぁて、先攻を決めなければならない。どうする?」
「ジャンケンが手っ取り早い」
 アダムスキーが間を置かずに言った。カシアスもジャンケンは知っている。
ただ、この流れを嫌った。
「いや、だめだ。俺が指定する。時間をくれ」
 短い言葉を投げながら、考える。必勝法があるとしたら……。
「コインを投げて決めよう。立会人が投げれば公平だろ」
 ……ライターに細工するしかないはずだが……。分からない。知らぬ間に緊
迫感を覚え、汗がこめかみを伝わり、顎先まで下りてきていた。
「よかろう。私のコインを一枚使うのでいいな」
 アダムスキーはコイン一枚を立会人に渡した。
 立会人は二人の間に立つと、記録用紙を地面に置いた。続いて、右腕を真っ
直ぐ前に伸ばす。その手の親指と人差し指とでコインを支えている。
「コインを跳ね上げ、手の甲で受けて隠す。表裏のコールは、そのあとだ。表
裏を言い当てた者が、先攻後攻好きな側を選択できる。初心者のおまえに先に
コールする権利があるものとする」
「ありがとさん」
 カシアスは虚勢を張りつつ、意識をコインに集中させた。動体視力には自信
がある。何としてでも言い当て、後手を取るのがよさそうに思えた。
「では」
 低い掛け声と同時に跳ね上がったコインは、くるくると回転しながら上昇し、
頂点に達した瞬間、陽光を反射した。そしてやはり回転しつつ落ちてきて、立
会人の左手の甲に着く。そこをすかさず覆い隠す右手。
「――表。心臓の絵がある方が上だ」
 立会人は、カシアスのコールを聞き届けてから右手を持ち上げた。心臓の絵
柄が見えた。
 アダムスキーが大げさに肩をすくめ、拍手する。粘着質な口調で言った。
「幸先いいねえ。カシアス、君は幸運の持ち主だ」
 無視を決め込むカシアスに、立会人は淡々と無表情で尋ねてくる。
「先攻か後攻か?」
 カシアスは最後の検討に集中する。先攻を譲り、相手の出方を窺う。これで
いいのか? 相手にライターを手渡す瞬間、何かがあるのでは?
 持ったままだったライターに視線をやる。――閃いた。笑みがこぼれそうに
なるが、相手に知られるとまずいという直感が走る。渋面をこしらえた。
「後攻にする」
 カシアスは立会人に告げた。うなずいた立会人は、左手首の袖をめくって腕
時計を露出させた。
 アダムスキーが手を伸ばし、ライターをよこせとばかり、ひらひらさせる。
 カシアスは手の甲で顎の汗を拭った。
「受け取ってから一分以内、だったよな」
「ああ。早くしろ」
「分かっているさ」
 瞬間、カシアスはライターを持ち替え、その着火口に指を押し当てた。汗の
滴をたっぷり含んだ指先を。
「ああ!」
 アダムスキーの叫び声が聞こえたが、かまわず、ライターを奴の手の平に押
し付ける。
「ゲーム開始」
 立会人が抑揚なく宣言した。
 アダムスキーは一分を待たず、敗北を認めた。
「こいつ、信じられん。俺の手口を、この短時間に考え付くなんて」
 水分を吸ってしばらく使い物にならなくなったライターを見つめながら、ア
ダムスキーは吐き捨てた。
 立会人はかすかに笑みを見せた。
「おまえは唾を使ってたじゃないか。あれは汚らしいぜ。汗の方がまだましだ。
さあ、早くコインをカシアス=フレイムに渡せ」
「分かってる。負けたことがなかったんで、忘れてただけだ」
 十枚のコインがカシアスに手渡された。立会人が記録を書き付ける。
「本当に、いいのか?」
 両手でコインを握りしめながら、カシアスは聞いた。
 またもやアダムスキーは笑い始めた。今までにない爆笑だった。
「おいおい、カシアス。おまえってえのは、勝負に厳しいのか甘いのか、分か
らん奴だな。ここでは賭けに勝利することが全てさ。いかさまだろうと姑息な
戦法だろうと、勝負が決するまで相手に見抜かれなければ勝ちだ」
「なるほどね。先は長いことだしな、当然の報酬としてもらおう。――ん?」
 立会人から革袋をもらった。これにコインを入れろという意味らしい。
「初戦で勝てば、もれなくもらえるのさ」
 アダムスキーは煙草を取り出し、口にくわえた。それからライターを持って、
わざとらしく舌打ちした。
「火を貸してくれ」
 求められた立会人は、禁煙中のはずなのに、懐からマッチを取り出した。
 カシアス=フレイム、十一枚。


――続く




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