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★タイトル (AZA ) 97/ 2/28 18:33 (200)
闇に光に告白を 14 永山
★内容
ディオシスの言葉に、オーウェルもラバンナも、呆然とした体であった。が、
それでもオーウェルが、やがて口を開いた。
「……いきなり、兄貴ができる訳だ。しかも、そりの合わない兄貴が」
「そ、そういう問題じゃないでしょう」
咎める口振りのラバンナ。彼女はオーウェルから、ディオシスへと視線を移
した。
「では、将軍」
ラバンナは、改まった口調である。
「いきなり、『将軍』と呼ばれるのは、くすぐったい気分だね。名前で呼んで
ほしいものだ」
「重要な問題だと思いましたから」
ディオシスの軽口を、ラバンナは意に介さぬ様子で、言葉を続ける。
「伺いますが、ディオシス。あなたは義理の兄となるであろう男と、戦を交え
るつもりなの?」
「待ってくれ。今は、一戦を交える事態になる前の話をするために、こうして
額を集めているんじゃなかったかな」
空気を和らげるため、自ら笑ってみせるディオシス。だが、他の二人、特に
ラバンナの表情は険しいままであった。
「それは承知の上で、敢えて聞きたいわね。仮に戦わざるを得ない状況になっ
たとして、あなたはどうするおつもり?」
「答える必要はないと思うが」
「はっきり、言葉の形で聞かせてもらえませんか」
ラバンナに、引き下がる気配はない。
しばらく沈黙が続いたあと、オーウェルも同調した。
「俺も聞いておきたいな。志気に関わることでもある」
「分かった」
両手を軽く上げ、ディオシスは小さく息をついた。
「結論から先に言おう。戦う心構えは、とうにできている」
その答に、聞き手の二人は、ひとまず、安心したらしい。厳しい表情が、少
し緩んだ。
「が、ほんの少しの戸惑いもあるのも、また事実だ。それは認める。誤解して
ほしくないのは、私はフラスゴーを討つことには、ためらいは一切ない。この
機会を待ち望んでいたぐらいだ。ただ……姉が。姉上のことが、気にかかる」
言葉を切り、ラバンナ達の反応を窺うため、しばらく待った。だが、聞き手
の二人による何らかの問いかけが出される様子はないので、ディオシスは唇を
湿してから、再開する。
「私事で心を悩ませるとは、一軍の将として恥ずかしい限りなんだが……許し
てほしい。姉上は、フラスゴーの仕組んだ筋書きに、全く気づいていないのだ。
それどころか、今や、フラスゴーに思いを寄せている。注意を喚起したくとも、
私とて面と向かっての進言は、できない。やむなく、遠回しに言ってみたのだ
が……伝わらなかったようだ。全く、己の口下手を呪いたくなる」
「ディオシス、おまえの悩みはよく分かったが」
オーウェルは、足を組み替え、ディオシスを指差してきた。
「そんなこと以上に、大きな問題があるんじゃないか?」
「大きな? どんな?」
見当が付かないディオシスは、友人に説明を求めた。
「俺達と戦うとなったら、フラスゴー軍師は大喜びじゃねえかな? これはい
い機会だとばかりに、ディオシス、おまえの命を取りに来るかもしれん」
「……何故」
「おまえは姉とフラスゴーが引っ付くのに、反対してるんだろう? それだけ
で、理由は充分。恋敵を抹殺するためには、わざと敗戦を演出するほどの軍師
殿だ。邪魔な弟君を合法的に殺そうと考えたって、不思議じゃあるまい」
「……確かに、ないとは言い切れんな」
ディオシスがその点を認めると、オーウェルはますます得意そうに、考えを
披露する。
「もっと突っ込んで考えるとだ。我々が旗色を鮮明にする以前に、はめようと
仕掛けてくるかもしれんぞ。マリアス姫誘拐団の手によって、ディオシス将軍
の部隊は全滅した、という結果を描くために」
「オーウェル、それは悪意が過ぎるんじゃない? フラスゴーは、国のために
尽くす立派な−−」
ラバンナが口を挟む。が、その言葉が終わらぬ内から、オーウェルはかまわ
んとばかりに、首を強く振った。
「分からんさ。はっきり言うとな、俺もあの軍師殿は、あまり好きじゃないん
だよな。兵士を駒としか思ってない。昔から頭でっかちで、遊戯でも楽しむか
のごとく、勝利のみを優先した理論に兵法で、俺達を動かしたがるような傲慢
さが、ぷんぷんしてやがった。それでいて、戦がないときは、色男を気取る。
いけ好かない奴だぜ」
「応援、感謝するよ」
仕方なく苦笑しながら、ディオシスは言った。
「よくそれだけ、悪口を並べ立ててくれたものだ。私でも、恐れ多くてできな
いのに」
「嘘をぬかせっ。−−冗談は置いてだな、話を元に戻そう。フラスゴーのこと
だから、どんな汚い手を使ってくるか分からん。何も、今、おまえの話を聞い
たから言ってるんじゃない。前々から、フラスゴーのやり方には、自軍の軍師
ながら、ぞっとさせられるときもあった。奴が先陣を切って出て来るなら、こ
ちらも考えて、慎重に行動せねばならんぞ」
「私は常に、慎重に振る舞っているつもりだよ」
表情を引き締めるディオシス。
「それに、仮に剣を交えるとなったら、遅かれ早かれフラスゴーが出陣してき
たことだろう。逆に言えば、最初に叩いておけば、その後の展開が楽になる」
「そうね、物は考えようだわ」
ラバンナが唐突に、楽観的な意見を述べた。オーウェルが、面食らったよう
に応じる。
「ど、どうしたんだ、ラバンナ? 気味悪いぐらい、明るい声、いきなり出し
やがって」
「気味悪くて、悪かったわね。でも、いいこと。いくらフラスゴーが一軍を率
いて出て来たとしたって、大将軍の部類は加えられないと思わない? 何故っ
て、フラスゴーの内にどんな意図があろうとも、名目上、私達先発隊の救援部
隊として出発するはず」
「そうか。大物を揃える訳にはいかないな。あまりに不自然」
オーウェルが言うのへ、ラバンナは我が意を得たりとばかり、ゆるりとうな
ずく。女兵士の長髪が舞った。
「ディオシス、どう? 力不足のフラスゴー軍なら、倒せる可能性は格段に高
い。先手を取れば、確実に……」
「さっき、フラスゴーを擁護する君の言葉を聞いた気がしたが、あれは空耳だ
ったのかな」
呆れ口調で言ってみせるディオシス。
ラバンナは慌てたように背筋を伸ばし、ディオシスへと真っ直ぐ向いてきた。
「わ、私はただ、現在の状況を考え、困難を、予想される困難を切り抜けるた
めに」
「言わなくても、分かっている」
ディオシスは肩をすくめた。冗談さえうまく伝えられない口下手な自分は、
全くもって困りものだと感じながら。
「ラバンナ。君は、ほっとしているんじゃないか。ボルトン将軍と戦わずに済
みそうな目を見い出して」
「それは……そうだけど」
不承不承といった体で、認めるラバンナ。それから、いくらか勢いをそがれ
た様子で、うつむいた。
「気にする必要なんてない。私だって、ボルトン将軍とは戦いたくないのだ。
一戦を交えるとなったら、フラスゴー以上に驚異だ、彼は」
言葉を切ると、ディオシスは言葉の調子を改めた。
「戦わざるを得ない状況になった折は、覚悟を持って立つ。見方は一致したよ
うだな」
二人は目でうなずいた。
ディオシスは差し当たって満足し、本来の議題に引き戻す。
「では、改めて考えようじゃないか。戦いを引き起こさずに済む手段−−実現
可能な手段が残っているかどうか、よくよく見極めねばならない」
(ディオシスほどの者が苦戦する、いや、今なお苦戦を強いられているとは、
敵は一体……)
フラスゴーは発つ直前も、ずっとそのことに頭を悩ませている。ディオシス
の部隊に一時退却を命じたものの、部隊が捕虜を取られた上、包囲されている
との報を受け、全軍撤退は不可能との状況に陥っている。
その由を国王を始め、王子や国家の重臣達にも伝えた結果、フラスゴー自ら
の出陣が決められていた。
マリアス姫誘拐の件に関して、その対応策の全権を任されたと認識していた
フラスゴーは、自分が出陣を命じられたことに、いくらかの不満を持ったが、
今は、それを露にするときにない。
任に当たったからには、事態をうまく収拾するのが第一。フラスゴーは、そ
う割り切ろうとしていた。
(誘拐団? 賊? 信じられん。そんな呼称は、全くふさわしくないぞ。マリ
アス王女を拐かした手際のよさからして、なかなかの手練れとは感じていたが
ねえ……)
首を振る。わざと、髪を乱した。
(それほどの強者どもの集まりであれば、王女誘拐などという手段に訴えずと
も、力対力で充分、抗し得るのではないだろうか? 無論、マリアス王女の御
命を手中にすれば、有利に事を運べるであろうが……どうにも分からん。これ
まで、大人しくしていたのが、何故、今、この時点に至って行動を起こしたの
か、その理屈が見つからない)
髪をかきむしり、頭皮を刺激する。
(考えられるのは……亡国の生き残りが成人を迎えたのを機会に、行動を起こ
した場合だな。しかし、ならば、何故、名乗らない? 反乱の狼煙を上げた事
実を世に知らしめるには、最低限、名乗るのが常道だ。この線は違うような気
がする。
他には……他に可能性はない。何ということだ、私の頭脳が及ばぬ、何か論
理的な帰結があるのか?)
頭をかく手の動きが、ますます激しくなった。
(全く、信じられない。理解の外であるね。私は、敵を知らずに動くなんて愚
行を犯したくないのだ。それなのに、レオンティール国王は、急に王女を心配
する程度を強められたか)
再び、頭を振った。強く。ともすれば、愚痴をこぼしてしまいそうになる精
神状態を払拭すべく、強く振る。
(冷静なふりをするのも、疲れるものだ……)
髪に手櫛を通しながら、深く息を吐いたフラスゴーは、己の言葉に引っかか
りを覚え、反芻した。
「冷静な……ふり?」
声に出す。
(ふり……。もしも、もしもだ。マリアス王女の誘拐が狂言だとしたら、どう
だろう。少なくとも、賊どもが異常なほど手際よく、誘拐を成し遂げたことの
説明はつく。
だが、何のために? 一国の王女ともあろう身分の方が、誘拐されたふりな
ど、するものだろうか。そもそも、狂言誘拐という発想自体、世間知らずの王
女ができるとは思えないのだが……。ううん、分からん。動機は後回しにして、
他の面を見てみるとしよう。
他の面−−実現の可能性はどうか。王女が狂言誘拐を思い付きになられたと
して、それを実行に移し、ここまで成功するためには、どのような条件が揃っ
ているべきか……。
とにかく、協力者の存在が、不可欠。解決せねばならぬ問題は、いくつもあ
る。マリアス王女がどこに身を隠すのか。そこで王女の世話をする人間がいる。
要求を我々に知らせる役目を担う者も必要だ。さらに、ディオシスの部隊と対
等に戦えるだけの強者数名から数十名も、用意しなければならない。常識的に
考えれば、並大抵の頭で実現できる計画ではないねえ。ううーん、私なら、や
り通せるだろうがね。
しかし、おかしい。マリアス王女が、そんな兵士を集められるのか? 王女
の命令に従う者はたくさんいるであろうが、それも状況次第。狂言誘拐なんて
馬鹿げた話に、二つ返事で乗る愚か者は、そうそうおらん。第一、城に残る兵
士どもは、誰一人として欠けていないではないか。あの世間知らずのマリアス
王女が、外の兵を募った? まさか! それこそ馬鹿げている)
自分の思考過程に呆れて、フラスゴーはけたけたと笑い始めた。近くに誰か
がいれば、その者はきっと、薄気味悪く感じたであろう。
が、実際にはそのようなこともなく、フラスゴーは表情を唐突に引き締める
と、またも思考に入った。
(よくよく状況を分析すれば、協力者の存在自体、考えにくいではないか。マ
リアス王女に近い者のほとんどは、忠義心を発揮して、ディオシスの部隊に加
わっているのだ。レオンティール国王に背いてまで、マリアス王女の理解しが
たい計画に協力する者が、残っているわけがない。
あるとすれば、むしろ逆。何者かがマリアス王女に入れ知恵をし、狂言誘拐
を発端とする大規模な反乱を計画した。−−だが、これもおかしいか。マリア
ス王女を動かす者とは、つまり、王女から信頼されておらねばならぬ。その条
件にかなう者は皆、ディオシスの部隊に)
そこまで胸の内でぶつぶつと繰り返したところで、フラスゴーは光明を見た
境地に至った。
「はははっ、なるほどねえ!」
声に出して、高笑いすると、目を鋭く細める。自分の思い付きが、愉快でた
まらない。
(狂言誘拐の仮説が当たっているという大前提を肯定すれば、これが最も理に
かなっているではないか。ようやく思い至るなんて、私の頭脳も、少し平安を
貪り過ぎたかな)
−−続く