AWC そろそろ大人になろうか 8 なつめまこと


        
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★タイトル (BKX     )  97/ 3/ 1  22:39  ( 76)
そろそろ大人になろうか 8 なつめまこと
★内容
              額田ライダース
  ぼくは額田中に転勤してから十日ほど過ぎるとバイクで通勤するようになっ
た。初めは車で通っていたが、自宅から額田中までは半島の東側から西海岸ま
でを横切るようなルートで十キロぐらいの距離があり、朝のラッシュアワーは
一時間もかかり、そのストレスに我慢できなくなったからだ。
  ぼくのバイク歴は十六歳の時に原チャリの免許を取り、イージーライダーに
憧れてハーレーローライダーを買おうとバイトに励んだが、病気をしたり受験
に忙しかったりして、いつしか熱も冷め、大型免許(俗に言うナナハン免許)
の取得が難しくなってからは、バイクにはほとんど関心をなくしていた。大学
卒業時に自動車免許を取り、教員になってもらった最初のボーナスを頭金にし
て、家族を持ってもいいようにとマツダファミリアを購入したが、夏の渋滞に
うんざりして夏だけでもバイクで通おうと自動二輪の免許を取りに行った。
 最初は車検のない二五0CCのバイクに乗るつもりだったが、教習所に通い
始めるとバイクの爽快さに夢中になり、二輪免許を取ると二五0CCどころか
四00CCのバイクでも満足できずに県の運転免許試験場に大型二輪免許を受
験しに行くようになった。行政がなかなか取らせないようにしている二輪の大
型免許を平日に年休を取って受験するため、一年かかって十回目でやっと合格
した。この時のうれしさは初デートや就職決定のそれをはるかに上回り、一週
間ほどぼくはのぼせていた。そして数年後にはファミリアは義理の兄にくれて
やり、ぼくのガレージには七五00CCのオンロードバイク二台、二五00C
Cのオフロードバイク一台、モトクロッサー二台が並んでいた。
 その後、三十歳の時に教え子の卒業生と深刻な恋愛沙汰にはまりこみ、「二
人の自由のために」というキャッチコピーに釣られて人目を忍ぶデート用にホ
ンダの2シーター車を買った。(「どこが人目を忍んでいるのよ」と言われそ
うだが、ナナハンにタンデムで乗っているのより目立たないだろうと当時は思
っていた。バカですね。)それ以来、天候によってバイクと車を使い分けてい
る。
  ぼくがバイクで通い始めると、それを待っていたかのようにマッちゃん、テ
ッちゃん、スズやん、ヤマさん、ムラさん、シンちゃんの順で次々とバイクで
通い始めた。秋にはイシカワまで中古の単車を友人から貰い受けて乗ってくる
ようになった。額田中は湘南の観光地に隣接した所にあるため、夏場の土曜、
日曜などは付近の道路が終日渋滞する。それで以前はかなりの教師たちがバイ
クで通勤していた。ところが一年半前に教師による生徒への刺傷事件が起こり、
そのきっかけが技術科室に放置していたシンちゃんの車検切れバイクを当の生
徒が乗り回したことだったため、教師たちは原チャリ以外でのバイクの通勤を
自粛していた。そんな事情を知らないぼくが、何喰わぬ顔でナナハンを駆って
通勤し始めたので、バイク自粛はアッと言う間に吹き飛び、晴天の日の車寄せ
には七、八台のバイクが並ぶようになった。
  五月に入ると、ぼくはマッちゃんとテッちゃんを半島の中央部にあるモトク
ロスの練習場に誘った。オンロード一辺倒の彼らにオフロードの楽しさを教え
るつもりだったが、結果は全く逆になった。ぼくが持っていった二五0CCの
スズキハスラーは身長一六0センチ代のテッちゃんには車高が高すぎて、彼が
転倒した際、踏ん張った短い脚に車重がまともにかかり、彼の膝は骨折してし
まった。おかげでぼくは二ヶ月間、車で送り迎えすることとなったが、彼とい
ち早く親密になれたのはぼくにとって大きな成果となった。テッちゃんはテッ
ちゃんで、六月の全校合唱コンクールに向けた彼の松葉杖をついての熱心な指
導がクラスの生徒の心を捕らえ、二年生を差し置いて三年生五クラスの次、全
校第六位という成績を収めることができ、ケガの功名とあいなった。また管理
職へのケガの報告は「サッカー部の指導中、転倒して…」ということにしたと
ころ、公務傷害の扱いとなったばかりでなく、教頭はテッちゃんの分の弁当ま
で奥さんに作らせてあてがう情け深さ。頭が下がる次第。
「これだけライダーがいるならツーリングに行こう。」とぼくはみんなに呼び
かけ、転任した年の夏に信州へ、翌年の夏には北海道へとバイクツーリングを
敢行した。
  信州には、ぼく、マッちゃん、スズやん、ヤマさん、それに学校に出入りし
ている写真屋のコミヤ君の五人が参加した。コミヤ君は二十六歳の独身青年で
亡くなった父親の跡を継いで写真館を経営している。二泊三日の信州ツーリン
グはこれといった事件もなく親交を深めたというだけだったが、特記すべきは
コミヤ君にはカマッ気があることが分かったことだ。諏訪湖畔の旅館で風呂に
入ろうという時、彼が赤紫色のおぞましいブリーフを身に付けているのをぼく
たちは目撃した。「こいつはアレだぞ。」と皆が直感し、一晩がかりで問いつ
めた。
  コミヤ君の話によると、彼はカトリックの信者で幼い時から禁欲的に育てら
れたため女性にはなかなか近づくことができない。そして額田中の職員ではが
っちりした山男タイプのムラさんが好みで、一度抱かれてみたいとのこと。ぼ
くは彼の写真館にパスポート用の写真を撮りに行ったことがあるが、ショーウ
ィンドーに米軍の水兵の写真がかなりのスペースを取って飾られていたのを思
いだし、「なるほどね。」と合点した。それからぼくらはコミヤ君の内面に思
いっきり突っ込んで、『禁色のエロス』を酒の肴にしたが、いざ寝る時には彼
のふとんと他の四人のふとんの間には明確なボーダーラインが生まれ、コミヤ
君のいない間にしたジャンケンに負けて彼の隣で寝ることとなったマッちゃん
の寝息は心なしか浅いように感じられた。
  その後、コミヤ君も一皮むけたか、翌年のぼくたちの学年のキャンプファイ
ヤーの中ではどこで習い覚えたかブレイクダンスを披露してくれて、生徒を大
いに楽しませてくれた。
  




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