AWC 美津濃森殺人事件 17   永山


        
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★タイトル (AZA     )  97/ 2/28  18:31  (200)
美津濃森殺人事件 17   永山
★内容
「ちぇっ」
 貼り紙を確認するなり、丈は舌打ちした。
「何だよ、これ」
<誠に申し訳ありませんが、本日、臨時休業とさせていただきます。
 お客様方の、またのお越しをお待ちしております。>
「ついてねえの」
 荒っぽい調子で吐き捨ててから、一緒に来た都奈の方へ振り返った。
「どうする? 飯、どこか他のところで……」
「その前に」
 都奈は、口元に右手人差し指をあてがいながら、考える。
「どうしてこんな、急にお休みにしたのかしら」
「急ったって、客にとって急なだけだろ。店長や従業員は、分かってたはずだ
ぜ。そんなことより、早くどこかに落ち着きたいよ、俺は」
 きびすを返し、帰りかける丈。
「待って。妙子、確か、急いで学校を出てた。湖畔邸のアルバイトが今日もあ
るからって。それなのに休みなんて」
 急いでいた友人の顔を思い浮かべる。
「……つまり、本当に臨時休業ってことだ」
 さすがに気になったのか、丈が足を止める。
「それか、もしくは、店が休みだって知ってて、別のことで妙子が急いでいた
可能性」
 都奈は、慎重な物言いをした。百合亜の事件が表面化して以来、物事を悪い
方に考える癖が付いてしまっているのかもしれない。そんな自分を、ふっと自
覚する。
「考えすぎだと思いたいところだけど」
 どこか思い悩んでる風な口振りで、丈が言った。百合亜の死に関して、都奈
以上に強い影響を受けているであろう彼は、今、都奈の意見を笑い飛ばすこと
は絶対にできないに違いない。
「気になるな。本当のところがどうなのか、確かめておこう」
「どうするの?」
「倉敷さんの家に電話する」
 言いながら、きょろきょろと頭を巡らせ、公衆電話を探す素振りの丈。
「家にいて、事情が聞ければ、それでおしまいだろ」
「……妙子が家にいなかったときは?」
「そのときは……店のオーナーのとこに電話しよう。何か分かるだろ」
「それでも分からなかったときは?」
「−−やめろよ」
 遠くを探す様子だった丈が、その動きをやめ、都奈を見下ろしてきた。
「平和田さん。俺、今、平和田さんが考えてること、よく分かるぜ。言おうか。
倉敷さんまで何か危険な目に巻き込まれたんじゃないかって、そう考えてる。
違う?」
「……当たってるわ」
 うなずくつもりで目線を下げ、そのまま地面を見つめる都奈。
「だって、心配じゃない」
「俺だって心配だ、不安だよ。だけどな、今みたいに、どんどんどんどん、物
事を悪い方に押し込んでいくのって、嫌なんだ。そっちしか目が向かなくなっ
ちまいそうで、何て言うか−−息苦しい」
「それは……そうだけれど」
 途切れがちになる自分の台詞を、無理してでもつなげる。
「今、分かってるのは、この店が休みってことだけだ。たったそれだけで、あ
れこれと気を回すなんて、馬鹿げてるよ。何もない。たまたまだ」
「−−そうね」
 やっと顔を上げられた。
「分かった。電話、探しましょ」
 付近に電話は見当たらなかったので、湖の沿道を歩いて行く。
 三分も経たぬ内に、電話ボックスに行き当たった。
「平和田さん、頼む」
 女子の家には女子の方がかけやすいということで、都奈がボックスに入り、
丈は外で待つ格好になった。
 手帳を取り出すまでもなく、倉敷妙子の家の電話番号を覚えている都奈は、
一つ、深呼吸をしてから手早くボタンを押した。
 呼出し音が鳴っている合間に、もう一度、息を吸い、そして吐く。
(−−どうして出ないの?)
 呼出し音は、送受器から、いつまでも聞こえてくる。
 都奈は不安を押し殺し、ボックスの外を見やる。丈に対して、首を振ってみ
せた。
「出ないのか?」
 扉を引き、聞いてくる丈。
「ええ。もう十二回、呼出し音を数えたわ」
「……一回、切ろう」
 丈は、難しげな顔をした。
 彼の言葉に従い、送受器をフックに掛けると、ボックスを出る。が、すぐに
また戻った。うっかりして、テレフォンカードを取り忘れたのだ。
「倉敷さんの家、両親は?」
 電話ボックスを出た都奈に、丈の問いかけ。
「そっか、張元君、知らないんだ。倉敷さんのお家、お父さんもお母さんも、
いないのよ」
「本当に? どうしてまた……」
 目つきが鋭くなり、唇を噛む丈。少なからず衝撃を受けた様子である。
 都奈は、目を瞑り、横に首を振った。
「……妙子から、なるたけ言わないようにしてって、口止めされてるの」
「何で? −−まあ、いい」
 聞きたい気持ちを心の奥に閉じ込めるように、丈はふーっと息をつく。
「金、食費なんかはどうやっているのか……なんてことも、聞いちゃだめなの
かな」
「ううん、その辺りまでなら。ほんと言うと、私も詳しく知らないけれど、妙
子のお姉さんが頑張って、何とかやっているそうよ」
「その人、倉敷さんとは年齢が離れているんだな?」
「さあ……どうなのかしら。一度だけお会いしたことあるんだけど、若い感じ
に見えた」
「そうなんだ……。と、とにかく、倉敷さん、今、家には帰ってないってこと
だよな?」
「うん、そうなる」
 都奈は、不安の種を改めて意識し、気が重くなった。胸の辺りが苦しくなる
ような。
(悪い想像はよそうと言われても、どうしても考えてしまう……)
「お姉さんが働いているんなら、倉敷さんは家に帰っても、一人なんだよな」
「そうなるわね。それが?」
「家に帰って、一人で食べる昼飯と、見知らぬ人とでもいいから賑やかな店の
中で食べる昼飯と、どっちが楽しいか」
「……妙子は、どこかのお店で外食してるという意味ね?」
「そうじゃないかな? きっとそうさ」
 明るい口調に務めるような、丈の話しぶり。
 都奈は、少し考えて、ゆっくりとうなずいた。
「そうね」
 口ではそう答えたものの、頭の中には、悪い想像を後押しする考えをまた浮
かべてしまっていた。
(私達に比べて、とっくの昔に学校を出た妙子が、どこかの店に今もずっとい
るなんて、考えにくいような気がする……)
 それを必死で打ち消す。
(そんなことないっ! 食べ終わったからって、すぐに家に戻る必要なんて、
ないじゃない。家に戻っても寂しいだけだから、外に出てるんだわ。きっと、
これよ)
 自分を無理にでも納得させると、都奈は丈のあとを追った。

 桑田と虎間は、湖端で捜索を重ねていた守谷刑事らと合流すると、互いの成
果を報告し合った。
 守谷から新たな情報を知らされた桑田は、満足さから笑みを浮かべた。
「どう考えますか?」
 そう聞いてくる守谷や、虎間の視線を感じつつ、桑田は身体の向きを換える
と、湖を眺めやる。そしておもむろに、髪に手を当て、なでつけた。
「非常に、興味深いね。何を置いても、この情報はトップシークレット扱いだ
よ」
 叫ぶように言って、突然、振り返った。
「は、はあ」
 曖昧な相槌を返すだけで唖然としている様子の守谷に対し、付き合いの長い
虎間は、淡々と受ける。
「外部、特にマスコミには流すなということですね。それは分かりましたが、
警部。この新情報についての見解を、ぜひとも伺いたいところなんですが」
「そうだね。黒い布切れだか紺のジャージだか知らないけれど、その男が殺人
犯とは断定できないのは、分かってくれると思う。繰り返しになるが、遺体の
状況から考えて、浜野百合亜が殺されたあと、性交渉を持った人物かもしれな
いからだ。返す返すも、この西門という人の目撃証言が、ジャージ氏がすでに
遺体に触れている状況から初まっているのが残念だよ。
 だが、ジャージ氏が、何らかの意味で事件に絡んでいるのは間違いないのだ
から、その人物の特定にはもちろん力を入れてかかろう。言うまでもないが、
男がまとっていたという布切れの捜索もする。問題は、人物を特定するための
手段だね」
 一気に喋って、不意に口をつぐむと、桑田はしばし、己の脳細胞を回転させ
た。
「たとえば、こんなのはどうだろう? その姿から想像して、ジャージ氏は毎
朝、日課としてジョギングする。まあ、ウォーキングでもいいんだが」
「断言はできかねますが、悪くありません」
 肯定する守谷。
「結構。続けるよ。ジョギングのコースとして、遺体発見現場はふさわしいだ
ろうか」
「……いや、ふさわしいとは思えません。ちょっと奥に入らないと、たどり着
けやしない場所だ。湖の周りの道ならまだしも、あんなところを好きこのんで
走る奴なんて、まず、いないでしょう」
「その通り」
 虎間の返事に、桑田はうなずいた。人差し指を立て、さらに続ける。
「しかし、ジャージ氏は現場に到着している。そうなった理由を、列挙してみ
よう。ああっと、その前に、条件として、西門メモが真実を語っているという
大前提を設けないとね。
 さて、一つ目。ジャージ氏は変わり者で、実際に現場をジョギングコースと
して定めていた。
 二つ目、ジャージ氏は何者かに導かれて、現場まで来た。その何者かとは、
ただの野良犬だとも、浜野百合亜殺害犯だとも、あるいは全くの別の何かとも
考えられる。
 三つ目、ジャージ氏が浜野百合亜殺害犯であり、ジョギングにかこつけて、
遺体の様子を見に行った。この場合、犯人は現場に戻るという怪しげな格言を、
悲しいくらいまでに忠実になぞったことになる。
 四つ目、ジャージ氏は何らかの偶然により、浜野百合亜が殺害される現場を
目撃した。そのときは逃げ帰ったが、あとで気になって、やはりジョギングに
かこつけ……というパターンもないとは言えない。
 五つ目は、可能性は限りなくゼロに近いだろうが……ジャージ氏は、西門卓
という青年の奇行癖を知っており、わざと妙な振る舞いを彼の眼前で演じるた
めに、あの現場へと入り込んだ。
 これぐらいだな。二番目の考え方を除いて、ジャージ氏は現場周辺の地理に
詳しいと分かる。西門メモによれば、ジャージ氏が現場近くの家−−広く見積
もってもこの美津濃森一帯に暮らしている可能性は高そうだから、二番目は除
外したいね。
 純粋に現実的な可能性だけを考慮すれば、三番目と四番目が、真実に近そう
だとは、二人ともうなずけるだろう?」
 桑田の問いかけに、虎間がすぐに首肯したのに対し、守谷は焦った風に手元
の手帳を覗き込んだ。なかなかの記憶力を誇る虎間と比べると、守谷はメモに
頼っている節が見受けられた。
「はあ……そうですわね」
 一拍遅れて、首を縦に振った守谷。
「よろしい。この推測により、遺体に残されていた精子は、ジャージ氏自身の
物である可能性が、圧倒的に高くなった。
 回りくどい言い方をさせてもらったが、厳密さを保つためだから、勘弁して
ほしい。
 改めて言おう。ジャージ氏を特定するには、現場からそう遠くない家数件に
絞り、朝の日課としてジョギングないしはウォーキングをしている男がいるか
どうかをチェック。さらに、紺のジャージを所有していた事実があるか否か。
そうしてリストアップできた数名を対象に、さらに血液型を調べる。合致する
者は、参考人聴取のために呼び、精子を提供してもらおう。分泌型なのか、非
分泌型であるのかを含め、徹底的に調べれば、確実に割り出せる」
「話はよく分かりましたけど……」
 守谷が不満そうに、言葉を差し挟む。
「何だい?」
「肝心な点を、見落としていませんか? ジャージ姿の男は、その姿を目撃者
にさらす前に、黒い布切れを被っていたんですよ。そんな物を用意していたか
らには、計画的犯行と考えるべきではないでしょうか」
「なかなかいい観点だ。しかし、こうも言えないかな? 計画的犯行ならば、
わざわざジャージ姿になって現場を去ること事態、二度手間で不自然だと」
 桑田が笑みを浮かべると、守谷は面白くなさそうにそっぽを向いた。

−続く




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