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★タイトル (AZA ) 97/ 1/31 21: 8 (200)
闇に光に告白を<13> 永山智也
★内容
フラスゴー発案による作戦の命を携えた者が出立するより早く、ディオシス
の隊から新たな知らせが届いた。
「これは……参ったな」
その伝を記した紙を受け取り、思わずつぶやくフラスゴー。知らせの中身は、
兵の何名かを捕縛されたというもの。
「この報告は、レオンティール国王にも伝えられるのであろうな?」
使いの者を呼び止め、質す。
「はい、そのはずです。私の役目ではございませんが」
いくらか緊張しているらしい使いの若い男は、甲高い声で応じた。
「分かった。行っていい」
男を部屋から退かせ、黙考するフラスゴー。
(兵の生命を大事と思えば、ますます動きが取りにくくなる。私の作戦も、マ
リアス王女の御身一つが虜にされている時点でならともかく、兵まで人質に取
られたとなれば……兵らを見殺しにしたとしても、王女救出に成功する確率は
ぐんと落ちるであろう)
フラスゴーの苦悩を先読みするかのように、知らせには続きがあった。
(一刻も早く、要求を飲むように見せかけることを所望、か。これでは結局、
ディオシス将軍が最初に示した策と同じになってしまう。全く、折角、この私
が腰を上げたというのに……。しばらく戦から遠ざかった合間に、彼も扱いに
くくなったものだ)
紙を仕舞うと、フラスゴーは再び思考に入った。
(準備は整ったが、このまま出立する訳にもいくまい。せめて、顔だけでも見
せておかねば。あとでもめるのだけは避けたい)
フラスゴーは帯剣をやめると、部屋を出た。
(さて、彼の身をどう遇するか)
天幕の中にいるのは三人だけ。マリアスとラバンナ、そして今し方入って来
たのがディオシス。
「ベガソが見聞きしてきた話によりますと」
ディオシスの言葉に、マリアスはここ数日間、世話をしてくれた少年の容姿
を思い浮かべた。ディオシスらと合流できた今現在、ベガソはマリアスの世話
役の任を解かれ、諜報者として活躍を始めている。
「国の意向は、要求を徐々に受け入れるふりをして、賊−−我々のことですが
−−に譲歩を迫ろうというものだそうです。軍師のフラスゴー殿が指揮を執っ
ている様子とありますから、すでに我々の隊から主導権は移ったと考えるべき
でしょう」
「あの三つの願いがかなうのは、夢なのね」
マリアスは、自分の声が震えているのが分かった。あえて「要求」とは表現
せず、「願い」という言葉に託した気持ちはもろくも砕かれそう。
「出征前、国王様の御前で私が余計な意見を披露したばかりに、このような事
態になったのかもしれません」
うつ向きがちになるディオシス。
マリアスは慌てて言った。
「あなたが謝ることない、ディオシス」
「姫様のおっしゃる通りだわ」
続いて口を開いたのは、ラバンナ。隊の中、数少ない女性とあって、マリア
スの側にいる時間が増えている。
「私は会議に同席できなかったが、伝え聞いたところでは、ディオシスがそう
言わねば、直接戦闘状態に突入しかねない空気だったと」
「それはそうなのだが……」
ディオシスはラバンナへとやった視線を、マリアスへと戻した。
「一戦を交えるのは、避けがたい情勢です。それを防ぐために一番有効な手段
は、姫の名を表に出すことです。誘拐などなかった、賊など存在しないと明ら
かにし、全ては姫の意志であると伝えれば、国王様もお気持ちを翻すかもしれ
ず」
「最初からそうするつもりだった。だから、平気よ」
「できることなら、あくまでも誘拐団による要求で通したかったのですが……」
「覚悟はできてる」
言って唇をかみしめ、決意の固さを示すマリアス。ディオシスを強く見据え
返した。
「ご決断は今しばらく、お待ちください」
「他に道があるというの?」
ディオシスに尋ねたのは、ラバンナの方。
「考えてみたい。仮に、今朝、フラスゴーの隊がこちらに向かって発ったとし
て、少なくとも三日かかる。考える余裕はあるはずだ。−−よろしいですか、
姫?」
「私だって、お父様と対立なんかしたくない。ディオシスによい考えがあるん
だったら、それを聞いてみたい。待ちます」
「ありがとうございます」
片腕を胸の前にかざし、頭を垂れると、ディオシスは立ち上がった。
「ラバンナ、ちょっと来てくれ」
「うん? だけど、姫様を一人にするのは」
「姫の護衛はイプセンに任せよう。イプセン!」
幕の外に向かって、声を張り上げたディオシス。やがて、イプセンが現れる。
「何か、ありましたか?」
「これからしばらく、私とラバンナ、それにオーウェルとで話し合いの場を持
つ。その間、マリアス姫をお守りしてくれ」
「承知しました」
ほんの一瞬の笑顔から、イプセンは気合いのこもった表情をなした。
「さあ、ラバンナ」
「……分かったわ」
少しの間の後、ラバンナも立つ。
「姫様、失礼します」
「え、ええ」
引っかかるものを感じながら、マリアスは返事した。二人の−−特にディオ
シスの表情が緊張で固くなっているように、マリアスには思えた。それは、彼
女がこれまであまり目にしたことのない表情であった。
三人が集まったのは、ディオシスが使う天幕。マリアスのところよりは手狭
だが、それでも三人が揃うぐらいなら充分だ。
「改まって話し合いとは、何だか穏やかじゃないな」
オーウェルは、気休めのためか、作ったような笑みを浮かべていた。
ディオシスは彼に対し、まず、先ほどのマリアスの前でのやり取りを話して
聞かせる。
「−−名前を出すの、大いに結構じゃないか」
聞き終えて、オーウェルの第一声。
「元からこうなる事態を見越して、今度の行動を起こしたんだろう、ディオシ
ス?」
「ある意味では、そうだが……望ましくない状況になるのは確かだ。それに、
いくつかの見込み違いも起きているのでな」
「見込み違い?」
髪をいじっていたラバンナがその手つきをやめ、高い声を上げた。
「どんな?」
「……まず」
ディオシスは言い出しにくさから、話しぶりが遅くなった。しかし、言わね
ばならない。二つある内、話しやすい方から口にしようと決めた。
「領民の協力を得られそうにない。かつての敵国の民からの憎まれぶりは、私
の想像を遥かに超えていた」
「そんなことか」
オーウェルは肩の力が抜けたように、首を傾げた。
「それは俺も感じているが、そこまでの心配は早すぎるってものだ。正規軍と
一戦を交えざるを得ないとなって、初めて憂慮すべきだぜ。なあ、ラバンナ?」
「一戦を交えるときには、遅きに失するようだけど……確かに、今から心配し
ても仕様がないと思えるわね。だいたい、一戦を交えるのを避けるための策を
探りたくて、話し合うんじゃないのかしら?」
「そうありたいところだが……まあ、いい。ともかく、領民の支持が得られな
いときのことを考えねばならないのが一つ。そしてもう一つは」
これこそ、言いたくない本題だ。ディオシスは静かに始めた。
「フラスゴーが出て来たことだ。知っているかどうか、私は彼から嫌われてい
てね」
「そうなのか?」
オーウェルとラバンナは、一様に怪訝な色を見せる。
「我が国が統一を宣言した頃の話はよく知らないけれど、その後の小国討伐の
戦では、ディオシス、あなたはフラスゴーの命令をよく聞き、戦功を成したと
聞いているわ」
「俺もだ」
「その話自体に、誤りはない」
ディオシスは一旦両目を閉じ、自嘲を交えて口元を歪めた。
「自分で言うのもおかしいが、実際、私は彼のために働いてやったさ。しかし、
最初は反目しあってばかりだった」
「……信じられないな。何故だ?」
「分不相応な地位に就いていた私は、そもそも煙たがられていたんだが、特に
フラスゴーとは肌が合わなかった。なるほど、彼の立てる策は素晴らしいが、
あまりにも自由度がない。命令に従わない者は、彼にとって悪なのだ、恐らく
ね。現場の判断で、よかれと思って兵が独自の動きを取ろうものなら、フラス
ゴーはその結果の如何に関わらず、罰をくれた。
それだけなら我慢したのだが、フラスゴーは個人的な日常生活にまで口出し
してきたんだよ。もっとも、この言い方は不正確なんだが」
肩をすくめた。ここから先は、真面目に話しては馬鹿らしくなる。
「私に姉がいることは、知っているのかな?」
「ああ、知っている。お目にかかったのは一度きりだと思うが、かなりのべっ
ぴんだったな」
「私は初耳だわ。どんな人よ? それよりも、関係あることなの?」
オーウェルに続くラバンナの問いかけに、ディオシスは顎先でうなずいて、
話を再開した。
「姉は服の仕立てをやっている。仕事場は、軍の衣料も扱っており、それをき
っかけに、姉はとある救護兵と知り合った。よい仲になってね。私も知ってい
る男で、人間的には問題ないし、戦争が終わってからも医者としてやっていけ
る素養があると素人判断した。だから、姉が彼と一緒になると言ったときは、
別段反対しなかった。
そのことが、フラスゴーの耳に入ったんだろう。あの男は……私に言わせれ
ば非道極まる命令を出した。姉の相手たる救護兵を突如、配置換えしたんだ。
最前線で戦う兵士に」
「無茶苦茶だな。訳が分からん」
「抗議、しなかったんですか?」
ラバンナに対して、ディオシスは小さくうなずいた。
「した。抗議の意味を含めて、理由を問うた。その返答は、『次の戦地は元救
護兵の地元であるから、地勢に詳しい。先陣を切っての案内をさせれば好都合
である』ということだった。他にも地理に通じた兵士はいるはずだと私が指摘
すると、彼らには休養をやりたいと、フラスゴーは言ったよ。
この時点では、フラスゴーの仕打ちは私への嫌がらせただそれだけだと思っ
ていたから、私は姉とその恋人に済まなく感じつつ、無事を願った。だが、私
の願いは足りなかった。元救護兵の彼は、戦死してしまったんだ」
ディオシスは、オーウェルとラバンナの顔をじっと見やった。
「二人共、知っているんじゃないかな。小国討伐の中、名軍師フラスゴー唯一
の失策と伝えられた『ノーム山麓の戦役』を」
「ああ、あれか! 無論、聞いてるさ。勝てるはずの戦を、フラスゴーの小さ
な失敗により、落としたという……」
オーウェルはむしろ、懐かしむように言った。それほど、昔のことだ。
もう一人の聞き手、ラバンナは、その後の処置について語る。
「軍師はお咎めなしだったわね、確か。それまでの功に免じられて。それに、
犠牲者数も少なかったとか」
「少ないのも道理さ。あいつは、わざと少数で部隊を編成し、わざと負けたん
だからな」
「え?」
ディオシスは二人が絶句するのを目の当たりにしながら、自分の口調が乱暴
になったのを意識した。手の甲で口元を拭い、深く、息をつく。
「証拠はあるのか」
「ないよ」
力なく首を振り、気持ちを静めるディオシス。やがて、再び話し始めた。
「だが、敗北後のフラスゴーの行動を見れば、あの男が何を考えて負け戦を演
出したのか、よく分かる。形ばかりの謹慎処分を受けたフラスゴーは、しばら
くは蟄居していたが、戦死者の葬儀には姿を見せた。当然、死なせてしまった
部下への悔恨の情の現れと、誰もが思った。しかし……フラスゴーは、私の姉
に接近してきたのだ」
「話が見えてきたな」
呆れたように、オーウェル。
「大した軍師様だ」
「続ける必要はあるかな?」
ディオシスは、心中、話を打ち切りたかった。酒に酔えない今の状況では、
憂鬱さだけが残りかねない。
ラバンナが、遠慮がちに言った。
「一つだけ。結局、将軍のお姉さんとフラスゴーは、どうなったの? よく分
からないけれど、もう十年近く前の話じゃないかしら?」
「フラスゴーは近く、妻を迎えるのさ」
再び、口調が荒っぽくなるディオシス。が、かまわず、彼は続けた。
「そしてかの軍師殿は、私の義理の兄となる」
−−続く