AWC 美津濃森殺人事件 16   永山


        
#4908/7701 連載
★タイトル (AZA     )  97/ 1/31  21: 6  (200)
美津濃森殺人事件 16   永山
★内容
 西門は待ちくたびれていたのか、反応が遅かった。
「ちょっと、あなた?」
「はぁ? −−はい。何か」
 守谷の再度の呼びかけに、ようやく我に返った様子の西門。
 守谷は片手をこめかみに当てながら、辛抱強く言った。
「ここに書いてあることで、全てなのね?」
 と、預かった手帳を振る。
「全てと言うか……そこで終わってるんだから、それでしかない」
 西門の口調に、嘘を言っている響きはない。守谷はそう判断した。が、手帳
はまだ返さない。
「念のため、今日の分まで見せてもらうから、いいわね」
「かまいません。僕は悪い奴が大嫌いです」
 にこにこと相好を崩し、西門は言った。
「こうして人殺しの捜査に協力できるなんて、嬉しくてたまりません」
「ふうん、そうなの」
 上の空な態度で聞き流しながら、手帳を繰る。今朝−−七月二十日の記載を
見たが、事件と関連がありそうな新たな発見はないようだ。
「そこまで協力的なら」
 手帳から面を上げ、西門の目をじっと見る守谷。
「この手帳、しばらく貸してもらえるかな。貴重な目撃証言である可能性が大
きいから」
 犯行推定時刻とのずれがあるらしい点が若干、気になるが、この手帳にある
記述はかなり重要な情報になることは間違いない。守谷の内に、確信が生まれ
つつあった。
「一つ、条件があります」
 不意に真剣な顔つきになった西門。話し方は相変わらずはきはきしており、
そぐわない。
 守谷は幾分、身を固くした。何しろ相手は、奇行癖のある男なのだ。
 西門は続けて言った。
「同じ型の手帳を買ってください。同じ物じゃないと、困るんです」

 北勝と武南の両刑事は、張元、栗木、西園の順で話を聞き終わった。
 生徒に話を聞くのは校舎内でという学校側の希望を、ひとまず受け入れた形
で、警察による聴取は行われた。教師一名の同席をも求めてきた学校側であっ
たが、警察は頑なに跳ねつけた。生徒と面識のある者が場にいては、証言の内
容を左右する可能性がなきにしもあらず、だからだ。
「どうします?」
 三人目の西園を部屋−−学校側が用意した何かの資料室らしい−−から出し
たあと、武南は上司に尋ねた。
「未成年ですし、学校の中だし、慎重にやらないと」
「うむ」
 一つ、大きくうなずくと、北勝は珍しくも饒舌に続けた。
「栗木と西園の二人が、何を見たのか正直に言えば、話は簡単に済む。あの二
人がばらまいた、被害者に関する噂は事実を含んでいる。公にされていない事
実まで。そのことをどうやって知ったのか、それさえ話せばいい。犯罪に絡ん
でいるのかどうかは、そのあと調べればいいことだ」
「しかし……あいつら、意外と口が堅い。手こずりそうです」
 武南はため息をついた。
 二人の内、西園は時間中ほとんど、だんまりを決め込んでいるだけで終始し
た。
 厄介なのは栗木だ。口が達者で、いくら追及しても、「出任せを言ったのが、
当たったんですよ。たまたまね」等と切り抜けられてしまう。ほんの少し、こ
ちらが声を荒げようものなら、父親の名をちらつかせる始末だ。
「悲観することもなかろう」
 北勝は、抑揚のない口調で言い放った。
「先ほどの聴取で、おおよその性格は見えた。西園から切り崩せばいい。こい
つの黙秘は、栗木から何らかの影響力を受けてのものと見られるから、きっか
けさえあれば簡単に崩せそうだ。今のところ、証言する奴は一人で充分なのだ
から」
「なるほど。その線で行きますか」
 感心してみせてから、武南は話を転じた。
「麻薬の話ですが、本当なんですかね」
 美津濃森一帯では麻薬の売買が行われており、美空高校の生徒も関与してい
る−−そんな噂を聞き込んでいた。先ほど、三人の生徒から話を聞いた際に、
ついでを装って探りを入れてみたが、いずれも何のことだか分からないという
答であった。
「分からん。麻薬は四課に任せて、我々は殺しに専念した方がよかろう。言う
までもないが、殺しの動機に麻薬が絡んでいると分かったら、話は別だがな」
「はあ、すみません。−−北勝さん、張元の方は、どう見ました?」
「正直なところ、難しい」
「難しい……と言われますと?」
 口の重い上司の意図を聞き出すのは、一苦労だ。
「彼の被害者に対する情は、本物だと思う。感触だけだが、そう判断したい。
だが、それが即、張元を容疑から外してよいかとなると、簡単には承知できな
い。そんなところだ」
「アリバイは、張元だけでなく、栗木達もはっきりしていませんしねえ。犯行
時刻が零時前後ってのは、絞り込む条件としちゃあ心許ない」
 頭を振った武南。
「ひとまず、血液型を調べる必要がありますね。学校に言って、データをあっ
さりと出してくれるかどうか、心配ですけど」
「いずれ、こちらの手で正式に調べなければいかんのだ。同じことだ」
 低く、つぶやくように北勝。彼の方は、常に冷静沈着さを保っているようだ。
「ともかく、本部に知らせるのが先決だ」
 二人の刑事は、席を立った。

 桑田と虎間が車で守谷らのいる捜索現場に向かう途中、無線連絡が入った。
そうして、二つの情報がもたらされた。
 一つは、美空高校の男子生徒二名が、少なくとも何らかの形で事件を目撃し
ているらしいこと。もう一つは、第一通報者である須藤の血液型はAB型で、
犯人の物と思われる精液及び唾液から分かったB型とは異なると判明したこと。
この二点である。
「須藤は犯人じゃないと思っていたから、これでいいとして」
 桑田は人差し指の先で、宙に何かを描く仕種をした。自分でも、特に意識は
していない。
「問題は、高校生。連絡に含まれていなかったが、麻薬絡みってことはないだ
ろうねえ」
「麻薬に結び付いていると判明していたら、その情報もくれたはずですよ。そ
れがないってことは、無関係なんじゃないですか」
 楽観的な調子で述べた虎間。
 桑田はしばし考えてから、口を開いた。
「無関係ねぇ……。いや、その言い方は、適切さを著しく欠いているよ、虎間
君。現時点で、問題の高校生の某二名と麻薬との関係は立証ができないだけか
もしれない。真実はどうなっているのかは、不明なのだよ」
「ああ……そうですね」
 納得したようにうなずいてから、首をすくめる虎間。自分の気の早い判断を
戒めているのかもしれない。
「それにしても桑田警部、今さら凶器捜しの応援というのも、何ですよねえ。
浜野麟人と共同で会社を興している利根に、早く会いたいもんですよ。動機が
分かるかもしれない」
 桑田達が守谷らのいる捜索現場に向かっているのは、利根への聞き込みが今
日のところはできそうにないからだ。あらかじめ電話を入れ、利根玄造の都合
を質したところ、秘書だか受付だか分からない女の声で、「利根副社長がお会
いできるのは明日以降になります。都合がつき次第、こちらからご連絡します
ので」云々という返事をもらった。
「『ご連絡』を待つ気はないよ、僕は」
 軽く笑い声を立てながら、桑田。
「今日のところはやめておくが、明日、直接に出向く。捜査を遅らせる訳にい
かないよ」
「会えないかもしれないじゃないですか」
「そのときはそのとき。収穫がゼロということはないんだよ。経営状況や事業
について知るだけでも、何らかの発見が期待できる。空振りに終わったとした
って、それはそれでいい。疑いの対象が減ったと、むしろ喜ぶべきだね」
「そういうものですが」
「そういうものなんだよ。さあ、着いた。こちらでも何か成果があったかな。
期待しようじゃないか」
 守谷達が急がしそうに動き回っているのが、車中から確認できた。

 張元丈が校門を出てきたのに気づき、都奈は顔を上げ、駆け出した。
「どうなったの?」
 前に立ち、すぐに尋ねる。
 丈も足を止めた。
「待っていたのか? 三時間近く経ってるんじゃないか?」
「だって、気になったから」
 都奈が知っているのは、丈が栗木彫弥を殴るトラブルを起こした時点まで。
殴った原因が事件に間接的に関わっていることもあって、待っていたのだ。
「警察の人が出入りしたように思ったんだけど……関係ある?」
「……ある」
 ゆっくりとした動きで、首肯する丈。比較的涼しい土地柄の美津濃森である
が、さすがに今日は詰襟の制服を脱ぎ、肩に掛けている。
「話を聞かれた」
「ど、どうして?」
 声が高くなった都奈は、片手を口に当てた。
「昨日のあれで、充分じゃない。た、確かにあとで話を聞きたいと言っていた
けど」
「別の刑事だったんだ。とにかく、順を追って話す」
 丈の言葉に、都奈はこくりとうなずき、続きを待った。
「栗木の奴を殴ってから、後藤先生に理由を聞かれて、俺、正直に話した。案
外、先生も物分かりよくて、栗木や西園にも話を聞いたみたいなんだ。それで
……多分、先生の口から警察に伝わったのかな。栗木達が百合亜のことで噂を
流しているって。当然、警察は栗木達が変だと気づいたらしくて、俺と栗木と
西園の三人が、別々に話を聞かれたみたいだ」
「張元君が疑われた訳じゃないのね?」
「当然だろ。もっとも、刑事の考えなんて、分かりゃしないが」
 丈の答に、ほーっと息をつく都奈。
「どうしたんだよ?」
「べ、別に……。ただ、あなたが犯人であるはずないのに、警察がそんな遠回
りしてたら、腹が立つなって。そうじゃないみたいだから、安心したの」
「今さら言うなよ」
 それから、腕をかざし、時間を確認する様子の丈。
「昼飯、食った?」
「……まだ」
 都奈がうつ向きがちに答えると、丈は呆れ口調になった。
「よく持つなあ、平和田さん。俺、これから湖畔邸に行って食うつもりだけど、
問題なかったら一緒に来ないか」
「それはまあ、時間はあるけど」
 待つのが長くなりそうだと判断した時点で、自宅には電話を入れていた。
「それなら。事件のこと、もっとじっくり考えてみたいし。百合亜のために」
 百合亜の名を口にした一瞬だけ、丈の口調が一層強くなったように、都奈に
は思えた。

 山藤千恵美は、苛立ちから来る夫・礼夫の暴力を交わすために、その精力を
費やしていた。
「酒! 酒だっ」
「はい」
 命令にしおらしく答え、台所と食堂の間をそそくさと行き来する千恵美。
 言葉にさえ気をつけ、言うことを聞いていれば、粗暴になることもないと分
かっている。だが、それでもなお、気疲れがしてしまうのだ。
(酒を飲んだら、たいてい眠るから、まあいいんだけど)
 注いでやりながら考える。
(どうしてこうも、短気なんだろう? 生まれ持っての性格としか、考えられ
ないわ)
 礼夫−−通称レオは、仕事の一時中止を申し渡された、ただそれだけで苛つ
いているようである。
(これが三日四日経ったのなら、まだ分かるけど、昨日の今日ならぬ今日の今
日よ。いい加減にしてほしいわ)
 千恵美の脳裏に、ふと坊やのことが思い浮かぶ。坊やとはこの場合、栗木彫
弥のことを意味する。
(甲斐性はまだないけど、あっちの方が素直でいい子だね。ま、十七だったら
それも当たり前か。レオがくたばっちまったら、乗り換えてもいいな。保険金
だけでしばらく行けるだろうし)
 そんなことを考えると、数日前の考えが鎌首をもたげる。
 「レオを殺す」−−千恵美は頭を大きく振った。
「ん? どうかしたのか」
 レオの不審そうな声。千恵美は、笑顔を作って答えた。
「何でもないのよ。髪がうなじをなでて、くすぐったかっただけ。レオ、何か
他にいる物は?」
 言いながら、心中では別のことをまた思う。
(そう言えば坊や、殺しのことを口走ってたっけ。あれ、どうなったかしら)

−続く




前のメッセージ 次のメッセージ 
「連載」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE