#4830/5495 長編
★タイトル (AZA ) 99/ 5/30 17:45 (199)
そばにいるだけで 36−3 寺嶋公香
★内容
横を向くと、遠野が相羽の二の腕を握りしめていた。加えて、両目ともぎゅ
っと閉じて、下を向いてしまっている。
(ありゃ。最初の遺体発見シーンは平気だったのに。さすがに刺激が強かった
のかな)
相羽は遠野の肩に右手で触れた。小声で伝える。
「もう大丈夫だよ」
即座に遠野は顔を上げた。そして遅れを取り戻したい、そんな気持ちの表れ
だろう、食い入るようにスクリーンを見つめ、登場人物の動きを追う。
相羽もまたストーリーに集中した。
遠野に腕を握られたままだったが。
二時間足らずの物語が終わり、カーテンも閉じられて、さあ出ようという頃
合いになって、遠野は初めて気付いたらしかった。
「ご、ごめんなさい!」
弾かれるようにして手を相羽の腕から離すと、立って、ぺこぺこと頭を下げ
てきた。
これには相羽も弱ってしまって、とりあえず遠野をもう一度座らせた。彼女
が立ってお辞儀を繰り返すおかげで、他の客が出るのに邪魔になっていたのだ。
「謝らなくていいって」
「だ、だけど。知らないで、ずっと」
「映画観る分には全然影響なかったから。ほら、平気平気」
腕を回して見せさえした。遠野もそれでようやく安心できたらしくて、胸の
前で手の平を合わせ、ほーっと長い息をつく。
明るさを取り戻した館内で、遠野の目元はやはり赤らんでいた。
「さって、そろそろ出よう」
勢いを付けて立ち上がった相羽。客席のシートが跳ね戻って、ぱたんと乾い
た音を出す。
「どう思った、遠野さんは?」
「え……先に、相羽君の感想を聞かせて」
「ん。話は面白かった。ちょっぴり、ずるいなって感じたとこもあったけれど、
最後の逆転も決まってたと思う」
「ずるいって、どこ?」
フロアに出たところで、相羽は質問に答えるために、そこにあったサイコロ
状のソファに腰を下ろした。遠野にも隣に座るよう促す。
映画を観終わったあと、その話題で盛り上がる中学生の男子と女子。知らな
い人が見れば、二人はきっとカップルだと思うに違いない。
「そうなんだ……? 全然気が付かなかったわ。相羽君て、やっぱり頭いい」
説明が終わると、聞き手の遠野は感心しきりと言った風情で何度も首を縦に
振った。
相羽は「そんなことない」と答えるが、これは謙遜にしか聞こえないだろう。
「逆に聞きたいんだけれど、あの作画はどうなの? 僕、謎解きに精一杯で絵
はほとんど注意してなかったもんで」
「うーん……あれは日本風にしすぎだったかも」
そんな会話をしながら席を立って、歩き出す。ショーケースの前を通るとき、
相羽は遠野に聞いた。
「グッズ、買わなくていいの? 何となく、好きそうだ」
「え、あ。あの、相羽君、急いでない?」
相羽は壁の時計を見やってから答えた。
「−−うん。特に用事もないしね」
「じゃ、じゃあ、ちょっと待ってて」
遠野は目を細め、スキップするような足取りでカウンターへと近付く。右手
にピンクの財布をしっかり握りしめて。ファスナーには小さなうさぎのマスコ
ットが付けてあって、上下に揺れるのが見えた。
相羽は数歩遅れて、遠野の斜め後ろに立った。あれこれ選んでいる遠野の姿
を、何とはなしに微笑ましく見守る。
「あーん、迷っちゃう」
そんなつぶやきをキャッチした。相羽はガラス越しに品物を覗き込みながら、
「全部買っちゃえば? 荷物持ちはここにいるよ」
と冗談を飛ばす。
遠野は八割方真面目に受け取ったらしく、相羽の方を向いて答えた。
「私のお小遣いじゃ、とても無理」
「……えっと、遠野さん」
相羽は頭の片隅でまずいかなと思いつつ、呼びかけた。頬をかきながら続け
る。
「差し出がましいけどさ。一品ぐらいなら援護射撃できるよ」
「援護射撃……」
意味が理解できないとばかり、首を傾げる遠野。
相羽はやり方を変えることにした。
「遠野さん、一番ほしいのはどれ?」
「あ、あの……あそこのぬいぐるみ。その、まあるいやつ」
ヒロインのペットとして登場した、おたまじゃくしとパンダを合わせたよう
な生物のぬいぐるみだった。拳大のサイズでキーホルダーにつながっている。
相羽は尻ポケットへ手を伸ばしながら、売り子の女性に言った。
「そのぬいぐるみ、ください」
そして遠野にも告げる。
「プレゼントするよ」
「ええ? で、でも。そんなの、悪い」
「遠慮しない。一緒に観てくれたお礼だからさ」
「そ、それにしたって」
遠野がまごついている間にも、ぬいぐるみはきれいにラッピングされ、カウ
ンターの上に鎮座。
「さ、もらって。もらいっ放しで気が引けるんだったら……文化祭のとき、調
理部の売り上げに協力してやって」
そう言って笑いかける。
すると遠野は、心から嬉しい気持ちがにじみ出るかのような笑顔を見せた。
「あ、ありがとう……。文化祭のときは、後輩をみんな連れて調理部に行く!」
「そんな大げさな」
相羽は苦笑を作って、肩をすくめた。
* *
(確か、ひと気のない公園というのは初めてだったわね)
何度経験しても、優越感に浸れる、とても気分のいいものであった。
(二年生にしては男らしい顔立ちしてるじゃない。ルックスは合格にしてあげ
てもいいわ)
白沼は、いかにも困った風に腕を身体の前にやり、いくらかもじもじして見
せながら、内心で観察していた。
目の前の男子は緊張からか、かすかに震えていた。がっしりとした体格のス
ポーツマンタイプなだけに、なおさらそのコントラストがおかしい。
「前からずっと……部活で着物来て、お茶を点ててる姿を見て、いや、その、
拝見して。あ、部活っていうのは文化祭のことで」
案の定、徐々に調子を崩してしまっていく。しどろもどろになった舌を戒め
るかのように、自分で自分の頬を叩いた。
(かわいい! と言えなくもないけれど、やっぱりねえ。もうちょっとしっか
りしてくれないと)
白沼の頭の中の採点表で、お喋りや度胸の項目に×印が入れられた。それで
も総合すれば合格ラインに達している。
「頼りなく映るのは分かってます。だけど、白沼先輩と付き合えるんだったら、
自分、どんなことしてでも頼れる男になりますからっ」
どうにか立て直し、最後は決めた。二年生は頭を下げ、片手を出した。少々、
テレビ番組の影響があるようだ。
「あのね、村下(むらした)君」
微笑みさえ浮かべ、白沼は優しい口調で言った。
はいという返事とともに、相手の男子の顔が少しばかり起きた。
「とっても気持ちは嬉しいのよ。でも……今の私の心の中には凄く大事な人が
いるの」
「だ、誰ですか」
はっきりと顔を起こしたばかりか、直立不動の姿勢になる村下。
「教えてください。名前聞こうなんて思いませんから、せめて学年だけでも。
三年生なんですか?」
「教えてもいいけれどね、その前に逆に教えてくれる? 知ってどうするの?
三年生だったら、あなたは今より大人びるわけ? もし一年生だったら、子供
っぽく振る舞う? 同じ二年生だったら、どうするつもりなのかしら」
「それは……」
「村下君。君は君らしさで勝負しないとね。他の人の真似をしたって、何の意
味もないわよ。私は、そういう人の方が好きだな」
「……すみません」
「謝らせようと思っていてっるんじゃないのよ。今はね、君のことに応えられ
ないけれど、将来はどうなるか分からないし」
キープしておくことにした。
「ただし、早合点しないこと。私の気持ちは全然別の方を向いているの。その
気持ちがはっきりするまでは、どうにもならないから」
「わ、分かってます。それぐらい」
二年生が右手に握り拳を作るのを見て、白沼はくるりときびすを返した。そ
ろそろ潮時と判断。
最後にアクセントを付けておこう。行ってしまうと見せかけて足を止め、髪
をかき上げながら振り返った。相手が注目しているのを確認の後、にこっと微
笑みかける。
「――たまになら、茶道部に来ていいわ。お茶を点ててあげる」
そうして、相手の反応を見ずに、駆け足で立ち去る。
心の中では、全く別のことを考えていた。
(そっか。着物。和服姿でお茶を点てる、これなら勝てるわね。他に、あの子
になくて私にあるものと言ったら……)
* *
連休が明けると、修学旅行の準備が本格的に始まった。
と言っても、その前に一学期の中間テストが控えるとあっては、盛り上がり
もまだ三分目ほど。
それでも今日は違う。班を決めるのだから。旅行するに当たって、誰と一緒
の班になるかはかなり重要だ。盛り上がりにプラスして真剣味も帯びる。
男女別に三人単位のグループを作り、さらに男子のグループと女子のグルー
プを一つずつ合わせてより大きな班を構成する形を取る。宿泊に当たっては部
屋の大きさが施設ごとに変わるため、その都度調整。こちらはもちろん男女別。
純子達のクラス・五組でも、三人のグループを作るのまでは簡単に進められ
た。何せ、出席簿の順に機械的に区切られたのだから簡単なのも当然。牟田先
生が言うには、遊びではなく修学故、団体行動・グループ行動の大切さを知る
ためにも云々という理由からとかで、これはどこのクラスも同じだそうだ。
難航したのはそのあと。誰が言い出したか、「せめて男女の班の組み合わせ
ぐらいは、好きなようにしたい」という希望に皆が乗った結果である。
委員長の相羽がロングホームルーム進行役として、それでもいいのでしょう
かと先生に確かめると、返答は意外にもイエス。
「どうせ宿では関係ないしな。全部が全部、機械的に決められたら、何のため
に林間学校で訓練したのか分からんだろ、おまえらも」
教室が歓声に沸き返る中、牟田先生は淡々と言った。
(はあ……)
板書の役目から一時解放されていた純子は、壁に寄り添うように立ちながら
何度目かのため息を心の中でついた。
(白沼さんとうまくやって行けるかな……不安)
出席順の悪戯か、純子は白沼と一緒のグループになっていた。もう一人は遠
野だ。
(モデルやってたこと伏せていたからって、何であそこまで怒るのよ。その上、
長く根に持ってるみたいだし)
白沼と言葉を交わさないわけではない。ただ、接してくるときの白沼の言動
が気になるだけ。
例を挙げると――掃除の時間、白沼が純子にほうきを渡す場面を考えてみよ
う。 最初、白沼は自らはほうきの柄の部分を持ち、純子に突き出す風に渡そ
うとする。そして、純子が受け取ろうとした瞬間、「あら、いけない」と言っ
てほうきを引っ込める。
「え、何?」
うろたえて問い返す純子に、白沼はほうきを逆向き、つまり柄の方を純子に
向けてから差し出すと、おもむろに猫なで声で言う。
「モデルさんに失礼をしてしまいましたわ。お手が汚れないように、どうぞ」
この一連の流れを淀みなくやってのける。練習を積んだかのように。
純子は今のところ、抗議するのを控えた。嫌味をちくちく感じるものの、白
沼に悪気があるという証拠はないし、こんなことで騒ぎ立ててもつまらないだ
けと思ったから。
でも、修学旅行の間、ずっと同じ班行動を取るのはつらいかも……。
(遠野さんに気苦労かけたくないし、できるだけ仲よくしようっと)
気弱な決心をしてから、ふっと目が相羽に行く。
(白沼さんの機嫌をよくしようと思ったら、相羽君のグループと同じ班になる
方がいいのかな? だけど多分、私と相羽君が喋ってるところを間近で見られ
ることになるから、それだと逆効果なのよね。――もう、何でこんなことまで
考えなくちゃいけないのかしら!)
またもため息。
純子が色々と気を回している間に、議題は進んでいた。
「やっぱ、くじしかないだろ」
――つづく