AWC そばにいるだけで 36−2    寺嶋公香


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#4829/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/ 5/30  17:44  (200)
そばにいるだけで 36−2    寺嶋公香
★内容                                         16/10/26 03:42 修正 第3版
「な、な、何ですかっ?」
「昨日言ったよ。普段から男の子っぽい声を出すように努力しましょう、言葉
遣いもそれらしく、とね。OK?」
「あ、そっか。すみません……じゃなかった、『すみません』」
 声を低めて言い直した純子に、鷲宇は笑顔を返した。純子の素直な反応に満
足したのか、それともおかしがったのかは判断不能。
「よし。ただ、無理をして喉を痛めないでくださいよ、久住君」
「分かってます。それで話を戻しますが、今の時点ではいいということは、本
番ではどのぐらいのレベルを」
 恐る恐る、そんな感じで尋ねた純子。返事を待つ間がとても長い。
「やっていれば分かるさ」
「そんな」
「言葉では説明しにくくてね、うん。体感してくださいとしか言えない。多分、
練習に練習を重ねていけば分かる」
 結局のところ練習あるのみなのね、と純子は嘆息した。それから思い出して、
別の質問をする。
「わた−−僕の唱い方をしていいんでしょうか」
「それはそうだけど。何か意味ありげな質問だね」
 鷲宇が軽く両腕を開き、聞く姿勢を示した。
 純子は右耳の上の汗を拭いてから、考えながらの口調で始める。
「鷲宇さんの歌を鷲宇さんと一緒に唄うパターンがいくつかありますよね。あ
れって、唱い方をどうすればいいのか迷っていて……。曲にもよるんですが、
僕本来の唱い方では合わないじゃないかなって思える――わあ、ごめんなさい
っ」
「謝らない謝らない」
 何度かうなずきつつ、鷲宇は純子の頭にぽんと手を載せた。
 上目遣いにその手を見やる純子。心配しなくていいという頼もしさが伝わっ
てくるかのようだった。
「僕がいけなかった。慣れてしまえばね、どんなジャンルだろうとたいていの
場合、それなりの唱い方ができるものなんだが、黙ったまま君にそれを期待し
たのは僕のミス。それに」
 音楽談義において鷲宇が言葉を途切れさせるのは、稀なこと。純子も違和感
を覚え、三度続けて瞬きをした。
 鷲宇はタオルを首から外し、天井を見上げる。
「久住淳の存在感を最大限に引き出すためには、どうするのが適当か、より深
く検討したくなったよ。話題作り優先で今度の企画を進めてきたけれど、多少
は修正すべきだ。その方が間違いなくプラスになる」
「じゃあ、曲の変更もあり得ます?」
 一際高い声になって、純子は両手を握り合わせた。肩のラインや仕種はまだ
女の子だ。
「いや、そいつは厳しいな。そもそも、君にとったら、別の曲を一から覚えな
ければいけないことになる。メリットよりデメリットが大きいと思うね」
 文字通りの厳しいお言葉に、くしゅんとなった。
「そんな希望を出すからには、何かわけがあるのかな、久住君?」
「はい……苦手な曲がいくつかあって。うまく唄えてない気がするんです」
「短期間の練習だけでパーフェクトに唄われては、僕の立場がありません」
 真面目口調で言って、くすくす笑う鷲宇。純子はうつ向きがちにうなずいた。
「そうですよね」
「いや、冗談だよ。パーフェクトにできるのならそれに越したことはなし。さ
ておき、君が苦手と感じる曲、言ってくれないかな」
「たくさんありますけど、特に『傷名』が」
 純子は鷲宇のデビュー曲を挙げた。すると当人は目を丸くし、ついでに口も
O字型に。
「こりゃあ傑作。よりによって、絶対に外せない曲とは参りましたね。どの辺
が難しい? 感じたままでいいから言ってごらん」
「ええっと……歌詞回しの早い箇所が、いくつかあるでしょう? そこ。低い
声を維持しながらだと、息切れしそうになるんです」
 力説のあまり、また握り拳を作っていた。解こうとして、やめておく。
(こういうのって、男の子らしいかしら。女の子もよくするポーズと思うんだ
けど)
「なるほど。でも、実際には息切れせずにどうにか唄ってるんじゃないか」
 鷲宇は納得半分、不可解さ半分といった風情で聞き返した。
「そうなんです、“どうにか”唄ってるんでーす」
 完全にいつもの声に戻り、わざと間延びして答える純子。次の瞬間には、一
転して悩みを抱えた真剣な目つきになった。
「『傷名』に限って言えば、今のまま練習を重ねても上達できるかどうか、私、
自信ないです……」
「ふむ……」
 鼻を鳴らすような返事をしたきり、鷲宇は黙り込んでしまった。タオルを頭
のてっぺんからすっぽり被り、横顔を隠すと腕を組む。
「鷲宇さん?」
 急に不安に駆られた。
(も、もしかして、怒らせちゃったの? 自信ないなんて言ったから。努力し
てるつもりだったのに、まだ全然足りなかった? わわ、どうしよう!)
 小さなパニックを起こしかけていた純子だったが、直後に届いた鷲宇の台詞
でストップがかかった。
「よし。じゃ、君一人で『傷名』唄って」
「ええっ? 本番でですか?」
「ははは、ノー!」
 明るい調子で笑い飛ばされても、純子は首を傾げるしかない。
 鷲宇はタオルを取り、すっくと立ち上がった。
「只今これから聴いてみよう。テストだ」
「え、でも。前に一度、ソロを聴いてもらった……」
 合同練習に入るに当たって、リストアップされた鷲宇の持ち歌は一通り、聴
いてもらっている。
「あれはあれ、これはこれ」
 鷲宇が上から手を差し伸べてきた。純子はそれに掴まって立ち上がる。
「注文がある。今度は久住淳としてでなく、君の唄いたいように唄うんだ。も
し唄えない箇所があったら飛ばしてくれてかまわない。OK?」
「……イエッサー」
 純子の返事は、ちょっぴり元気がなかった。
(唄いたいようになんて、それだともっと自信ないわ!)

           *           *

 連休半ばの金曜日、相羽は映画館のフロアーにいた。
 違う階は、先週封切られたばかりの話題作が上映間近とあって、人波でごっ
た返している。
 それに比べると、閑散とした空間であった。他に観客がいないわけではない
が、歩くのにまるで支障なし。
 これで友達何人かと一緒に来ているのなら、話も弾むかもしれない。しかし、
今日の相羽は一人だった。念のためにクラスの男子何人かを誘ってみたものの、
敬遠されてしまったのだ。
(いいストーリーだと思うんだけどな。「わざわざ古いのを観なくても、封切
ったばかりの最新作を観ればいい」か……まあ、一理あるのは認める)
 パンフレット片手にポスターを見上げながら、相羽は心の中でつぶやいた。
色鮮やかな風景に白黒のカットをいくつか配した宣伝ポスターは、貼り替えら
れるのを待つみたいに角が反り返っていた。
 「本日、最終」と黒いマジックペンで斜めに書いてある。だからこそ、相羽
は来たのだ。ゴールデンウィーク一杯はやるものと見込んでいたのが今日まで
と知り、急いで都合を付けた次第。
 米国のアニメ映画で、ジャンルはサスペンス物だが、ミステリーとしてもそ
こそこ評価されている。ただ、日本では「アメリカがジャパニメーションの手
法にトライした!」ことが大きく取り上げられ、興行的には失敗らしかった。
(評論や宣伝で、どんでん返しがあることをばらしたらだめでしょ)
 前々から疑問に感じている点を考えつつ、上映開始までの時間を潰している
と、後ろで声がした。しかと聞き取れず、身体ごと向きを換えた相羽。
「――あ、遠野さん」
「やっぱり、相羽君」
 ほぼ同時に互いの名を呼び合う。遠野の方はすぐさま顔を伏せがちにして、
身体の前で指をもじもじと絡み合わせた。
「奇遇だね。遠野さんは何ていう映画を観に?」
「え。私も同じ」
 起こされた遠野の顔は、ちょっと戸惑っていた。同じフロアにいるのだから
同じ映画に決まっている、という思いがあったに違いない。
 相羽はへえ?とつぶやいた。
「そうか、当然だよね。うん、何だか嬉しいな。仲間がいた!って感じで」
「あ、あの……相羽君、一人で来たの?」
「そうだよ。男子誘ったけど断られてしまって、一人寂しく観るところ。はは」
 短い間笑ってから、「遠野さんは、他に友達来てるんでしょ?」と聞き返す。
 予想に反して、遠野は首を横に振った。
「一応、友達と約束していたのだけれども、急用が入ったって言われて……」
「じゃ、一人?」
「はい……その、一人で映画館に来るの、初めてで」
「初めて?」
 これも意外だった。相羽自身はよく一人で映画を観に来る。もちろん家族や
友達と一緒の場合も多いが、トータルでは単身の方が上回るであろう。
「う、うん。それで心細くて……。相羽君の後ろ姿見たら、きゅ、急に安心で
きて、つい声を掛けちゃって。ごめんなさい」
 再度うつむく遠野。ほのかに赤らめた顔を、胸元にうずめてしまいそうなほ
ど。下を向く。
「何で謝るのさ?」
「え。だって……」
 目だけ起こして、相羽を見やってくる遠野。前髪が邪魔になったか、指先で
かき分けた。
「相羽君、一人で静かに観たいんじゃあ……。邪魔したら悪い」
「そんなことないよ。もしそうなら、最初から友達誘わない。あのさ、一人で
心細かったら、一緒に観る?」
「――いいのっ?」
 髪を振り乱すようにして背筋を伸ばした遠野。手はいつの間にか、頬に当て
られている。
 相羽はその態度を不思議に感じながらも、微苦笑で応じた。
「と、そう言うってことは、遠野さんの方に何か問題あるの? あるんだった
ら、やめとくけれど」
「い、いえ」
 遠野は目を瞑り、激しくかぶりを振る。制服の肩を、お下げ髪が撫でた。
 相羽はほんの一瞬、純子のことを思い描いた。苦笑いをして、ため息を小さ
くつく。
「それじゃあ。――時間もちょうどいいや」
 短い階段を昇り、オレンジ色のぼんやりとした光に包まれた空間へ、二人で
入って行った。すいているので、真ん中付近の程良い席に並んで座れた。
 予告編が流れ出していたが、折角の機会なので、お喋りを交わす。
「意外だな。遠野さんはサスペンス物は嫌いと思ってた」
「えー、どうして?」
「ほら、前に遊園地行ったとき、絶叫マシーンは全然だめだったから」
 スクリーンを見ながら相羽が言うと、遠野の顔がまた少し赤らんだ。でも、
暗いのでよくは分からない。
「あれとこれは別で……。それに、私はアニメが好きだから」
「なるほど。この作品て、アニメとしてはどうなの?」
 話の途中だったが、間もなく上映開始とのアナウンスがあった。二人だけで
なく、観客皆が口をつぐむ。
 やがてスクリーンには映画会社のシンボルマークが静かに映し出され、続い
て白い横文字が。
 映画が始まってからは、会話はゼロだった。たまに、「あ」とか「お」とい
う感嘆の声、もしくは笑い声は出るけれど。
 そして物語も中盤からクライマックスへ向けて、恐怖感を盛り上げる展開に
突き進む。
 薄暗くなったスクリーン内では、主人公とヒロインの二人が、迷路のような
だだっ広い地下室を、蝋燭の明かりのみを頼りとして慎重に歩いていくシーン
が続いていた。
 石でできた壁の所々に、不可思議な紋章めいた物が刻まれている。四角や円
などの組み合わせに、竜や一角獣らしきシルエットがデザインに使われており、
それらが暗号になっていて、ある順番に並べて解読すれば秘密の扉にたどり着
く、という寸法。
 主人公達は一旦間違えるが、軌道修正に成功して、ついには隠し扉のある壁
の前へたどり着いた。
 男が蝋燭の明かりの下、目を凝らし、取手部分を見つける。埃を払い、手を
掛けた。
 いよいよ開ける瞬間――。
「きゃあ!」
 この館内にいる女性全員が叫んだかもしれない。それも無理はない。突然の
大音響とともに、ミイラとドクロの中間のような気味の悪い遺体が大写しにな
ったのだから。
 相羽でさえ、息を飲んでいた。が、すぐに冷静になって映像に集中。
(遺体の服……ガルシアのか? ガルシアが犯人じゃないのか?)
 映画の主人公達と同様、新たな情報を得て、頭の中で推理を組み立てようと
する相羽。
 と、そのときふと気付く。左腕が痛いと。

――つづく





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