AWC そばにいるだけで 36−1    寺嶋公香


        
#4828/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/ 5/30  17:42  (200)
そばにいるだけで 36−1    寺嶋公香
★内容
 純子の周囲でのドラマの反響は、思っていたほどは大きくなかった。
 放映の翌日、気乗りしないまま登校した純子だったが、通学途中で「昨日、
見たわよ」なんて声を掛けられることもなし。番組のラスト近くの一瞬、目隠
しを外して顔を出す純子に気付いたクラスメートは少なかったらしい。加えて、
出演者を示すテロップにも本名でなく、風谷美羽(かざたにみう)・新人とい
う表示がされた。ちなみにこの芸名はドラマ完成後に慌ただしく決められたも
の。純子本人は言うまでもなく、他の出演者やスタッフにも馴染みがない。よ
って、下の名を「美羽」にするか「美生」にするかでもめた割には、定着する
かどうか可能性は五分五分と言ったところ。
 ――しかし、さすがに近しい友達にはばれていた。
「どうなってるのか、説明してえっ!」
 朝っぱらからわざわざ純子のクラスにやって来たのは富井。純子の肩を掴ん
で前後に揺さぶり、応じる暇さえ与えてくれない。
「ななな何のこと」
「ドラマだよぉ、ドラマ! 昨日の!」
 くらくらしながらも意図を飲み込めた純子は、人差し指を一本、富井の口の
前にかざした。なるべく急いで。
「ん? 何なに?」
「廊下に出ようっ。聞かれたら困るの。内緒話ね」
 小さくした声で囁き告げると、純子は席を離れて前の扉に向かった。富井が
とことこ、スキップとよちよち歩きのあいのこのような足取りで追いかけてく
る。
「ここならいいか」
 廊下の端っこまで来て、純子は息をついた。いよいよ話すときが来た。ちょ
っぴり惜しい気持ちが、心の片隅にぼんやりとある。
「早く話してよぉ。時間がなくなる!」
「実はね」
 始めようとした矢先――。
「純! こんなところにいた」
 町田と井口が獲物を狙う猫じみた素早さで飛んで来た。二人も純子を捜して
いたらしい。
「ねえ、昨日のテレビ、風谷美羽って」
「分かってる」
 距離を縮める町田に対し、純子は手の平で壁を作りながらなるべくさり気な
い調子で応じた。
「ええっと。縁があってドラマに出ました。これだけじゃ、だめ……?」
「だめ!」「ダメ!」「駄目!」
 隅っこに追い詰められた純子を、さらに三重奏が襲う。
 耳を押さえるポーズをしながら、ふうっと息を長くついた。
「カムリンと共演なんて、縁だけでできるもんじゃないわよ」
「そう言われても……本当のことなのに。ガイアプロって知ってる? 香村君
の所属しているプロダクションなんだけど」
 純子の問いに、三人は目を白黒させた。正確には、質問の内容に驚いたので
はない。ある言い方が気になったのだ。
「香村『君』? ほー、これはただごとではありませんねぇ」
「凄い、もうそんなに親しくなったの!」
「じゃあさ、じゃあさ、カムリンは純ちゃんをどう呼ぶのぉ? 美羽ちゃんと
か呼ばれちゃってたりして、きゃあ!」
 音に反応するおもちゃの花みたく、町田、井口、富井が同時に騒ぎ出す。も
っとも、返す言葉は三者三様だ。
「いっぺんに聞かないでよー。騒ぐとみんなに聞こえちゃう」
「おっ。ひょっとしてまた秘密? あれだけ堂々と出演しておいてさあ」
 頭をかき、間延びした声で告げる町田。
「そういうわけじゃないけれど……あまり広まってほしくない」
「はあぁ、分かんないわねー、ほんとに」
「ねぇねぇ、それよりも早く話してよぉ。さっきから気になってたまんなんだ
から」
 富井が純子の袖を引っ張った。おかげでそちらの方へ身体を傾けさせられた
純子は、バランスを取り戻してから口を開いた。
「時間ないから簡単にね。詳しいことはあとで」

           *           *

「また遊びに連れてってね」
「この間貸してくれたビデオ、感動しちゃった」
「あのアクセサリー、ずっと大事にしてるよ!」
 女生徒からそんな風に声を掛けられる度に、唐沢は笑顔で手を振った。
 生徒昇降口でぶらぶらと時間を潰していた唐沢だが、今朝ばかりは彼の目的
は女の子ではない。なのに、声を掛けられ通しとなっていた。
(うーん、人気者の宿命とは言え……おっと、来た来た)
 相羽が登校してくると、壁に預けていた身体を起こした唐沢。
 気付かずに行ってしまう相羽の襟を、後ろから掴まえた。
「っ……唐沢、首が締まる」
 喉元を押さえ、苦しげな調子で言う相羽。頭を三十度ほどだけ横に動かした。
 唐沢は手を離すと、今度は正面から相羽の肩を掴んで揺さぶった。
「何なんだよ?」
「どうなってるのか話を聞かせろ。昨日のドラマに涼原さんが出ていたぞ。顔
が見えたのは一瞬だったし、名前も違ってたが、間違いない。『よく似ていた』
じゃなくて、あれは涼原さんだ」
 相羽は顔から緊張の色を解くと、唐沢の手をゆっくり払った。
「そのことか。涼原さんに直接尋ねたら?」
「そんなぶしつけな真似、できるか。おまえ、どうせ知ってるんだろ。吐け、
このやろー」
 首を絞めかねない調子の唐沢に、相羽は鞄を持ち替え、頭を一度だけかいた。
「僕も詳しいいきさつまでは聞いてない。香村の事務所からドラマに出てみな
いかって声を掛けられて、色々あって決まった。これぐらいさ」
「やっぱ、コマーシャルに出たせいか。あの口紅の」
「はは、まさか。計算が合わない。撮影期間、結構かかってる」
「いつから撮影してたんだ?」
 またも服を掴んだ唐沢。つばを飛ばさんばかりの勢いだ。相羽は三月に入っ
てすぐだったと答えてから、尋ね返す。
「おまえが何で気にするんだよ」
「――そりゃもちろん」
 大きく首肯し、唐沢はたっぷりと間を取った。続きを話すのがあと五秒遅か
ったら、相羽は教室に向かって歩き出していたことだろう。
「涼原さんが、女の子の俳優といっぱいお友達になったのかなと思ってね」
「……だとしたらどうなる?」
「もち、紹介してもらう! ああ、でも、加倉井舞美は遠慮しようかねえ。何
となくきつそうな感じだ。――うん? どうした、相羽?」
「もう行っていいかな」
 返事を聞かない内に歩き始めた相羽。
 唐沢は慌て歩調で追い付き、横に並ぶ。
「同じクラスなんだから、そうつれなくしないように」
「どこまで真剣なのか分かんないよな、おまえって」
「俺の心はいつでも真剣よ。嘘は言ってないぜ。もう一つ気になる理由はある
けどな。つまり、香村綸だ」
「……」
「涼原さん、香村と仲よさそうに共演してただろ。気になるんだよな」
「おまえの付き合ってる女の子がそうなったならともかく――」
「いやいや。芸能界の荒波にもまれた香村の毒牙に、引っかからないようにし
てほしいなという心配さ」
 ちょうど教室の前まで来ていた。相羽は不意に足を止めて唐沢に詰め寄った。
「本当か?」
「な、何が」
「香村の毒牙って言った」
「あぁ……。へへへ、それはもののたとえ。香村の奴が本当に女たらしかどう
かは知らんぜ。テレビで見たときの印象を言ったまでよ」
 急いで弁解した唐沢。相羽の表情が和らぐのを見て、一息つく。
(うっかり誇張もできん。相羽も相当惚れてるよなあ)
 皆のいる教室に入るのを機会に、この話題は打ち切られた。
(それにしても、やれやれ、厄介なこった。まだ分かんねえけど、香村の奴が
涼原さんを指名したのだとしたら、油断できねえぜ。まったく、相羽だけでも
強敵だっていうのに)
 と、唐沢は席に着きながら相羽の背中をちらと見やった。
(一難去って……いや、一難去らない内にまた一難だな、こりゃ)
 そこまで考えてから、唐沢は気付いた。
(お? そういえば涼原さん、どこにいるんだろう……)

           *           *

 唐沢と一旦別れ、着席した相羽は一時間目の準備をすると同時に、教室内の
ありとあらゆるお喋りに耳を傾けた。高性能の検波器よろしく、目的の話題を
聞き分ける。
(――ふうん、内容はよかったんだ? でも、純子ちゃんが出ていたことに気
付いた人はいないみたいだな。いきなり唐沢が聞いてきたときには、やばいと
覚悟したんだが)
 ドラマのことが気になる。みんなはストーリーをどう感じたのか、そしてど
れくらいの人が純子に感付いたのか。
 純子の出演したドラマを、相羽は直接観ずに、録画だけしておいた。
 忙しかったわけではない。疲れが来たのでもない。
 ただ――香村綸を見たくなかっただけだ。
(もうちょっと日を置けば、我慢できるようになるかな)
 そう思う一方で、香村のことを考えるだけで苛立ってしまってならない。
 純子と香村が私的に会ったあの日、純子から琥珀の件を説明された相羽は耳
を疑った。ショックを受けた。それまで気になっていた偽手紙のことなぞ、ど
こかに吹き飛んでしまうほどの。
 しばらく呆然としていたのが、顔の前で純子に手を振られて、やっと我に返
った。ほんの少しでも遅かったら、手を左右とも自転車から離してしまってい
たかもしれない。
(あのとき、思い切ってはっきりさせる方法も取れた)
 回想のあと、ふと悔いる相羽。無意識の内に頬杖をつき、考え込む。
 チャンスと言えばチャンスだったが、心構えができていなかったし、記憶以
外の何の材料も持ち合わせていなかった。故にためらい、機会を逸してしまっ
た。
「おーい、相羽。サッカーやろうぜ」
 誰か男子が誘ってくる。相羽は曖昧にうめき声で返事すると、姿勢を変えず
に黙考を続けた。ここ数日、心にぽっかりと空白が生まれる度に、繰り返し己
に問うていることだ。
(あの子は純子ちゃんじゃなかったのか?)
 幼い自分の体験と寸分違わぬ出来事が、純子と香村との間でも起きていたな
んて簡単には信じられない。ましてや、何年か後に二人が偶然にも再会したこ
とに至っては。
 だが、その偶然の再会を、相羽自身果たした(かもしれない)のだから、頭
ごなしに否定するような真似も大いにためらわれた。
(香村は同じ恐竜展のパンフレットを持っていたと言ってたっけ。純子ちゃん
から、恐竜展の正確な開催期間と場所を聞かなくちゃ。僕も確かめたい)
 これまではもしかしてという思いが頭をよぎることはあっても、勇気がなく
て、先送りにしてきた。純子が琥珀の女の子であろうがなかろうが、自分の純
子に対する気持ちには変わりないのだから、と割り切って。
 しかし、今こそはっきりさせなければいけない。
 純子が香村の存在をどう捉え始めたのかは知らないが、香村が純子をどう思
っているかとなると、関係なくはない。
(あの子は、僕の中では、純子ちゃんなんだ)

           *           *

 わざわざ来てくれた鷲宇のためにも、時間を無駄にしたくない。元々、二人
揃っての練習は、数えるほどしかできないのだ。
 とは言え、純子にとってこれほどハードなゴールデンウィークは、かつてな
かった。
「ロックの、それも男の人の振り付けって、疲れるーっ」
 ヘアバンドを外し、髪を振りほぐしてから、汗を拭く純子。床に足を伸ばし
て座り込む。息が弾み、胸が上下するのをまだ止められない。サポートの人か
ら水を一杯だけもらうと、半分まで一気に飲み干した。
「こんなことで大丈夫なのかなぁ……」
 つぶやきは誰にも聞かれないつもりだったのに、隣にはいつの間にか鷲宇が
忍び寄ってきていた。
「君の年齢で、なおかつ女の子でそれだけ動けたら、今の段階では合格点をあ
げられるよ」
 鷲宇も大きなタオルを首に掛けているが、汗の量は少ない。純子と違って、
声に変わらぬ力強さがある。
 図らずも見上げる格好になった純子は膝を引き寄せ、立とうとした。
「休憩なんだから」
 短く言うと、逆に鷲宇から横に腰を下ろす。
「あの……今の段階って、どういう意味ですか」
「ちゃんと聞こえていましたか」
 丁寧な物腰に変化したのを怪訝に感じていると、純子は頭を撫でられた。不
意のことに身を引いてしまう。

――つづく




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