#4831/5495 長編
★タイトル (AZA ) 99/ 5/30 17:47 (199)
そばにいるだけで 36−4 寺嶋公香
★内容
各人・各班の希望を聞いてかなえようとしたら、とてもじゃないが収拾着か
なくなりそうなため、班の決定方法はあみだくじとなった。機械的に決められ
るよりは楽しみがある分、まだましといったところか。
純子は相羽から言われて、余りのプリントの裏に鉛筆で横線を引いた。その
数、六本。紙を受け取ると、半分に折る相羽。できた折り目に沿って手で二つ
にちぎる。
「男子は男子、女子は女子で各班の代表者がじゃんけんして、勝った人から好
きなところに班の名前を書いていく。全部書き込んだあと、紙を合わせてみて、
線でつながったのが一つの班でいいよな? 男子がM1からM6、女子がF1
からF6」
相羽が言うのへ、脇道に逸れた質問が飛ぶ。
「どうしてF? 男はMANでMなら、女はWでしょう?」
「……じゃ、そうしよう」
口をもごもご、某か言いたげだったが、相羽は簡単に引っ込んだ。それから
紙の一枚――右手に持っていた方を純子に渡す。
と、その刹那、そっと聞いてきた。
「好きな数字は?」
「え? っと、三だけど、それが?」
「今日だけ四にしよう」
理由が飲み込めないまま、二手に分かれた。男子の各代表は相羽へ、女子の
方は純子へ。
「非常に公平で結構だが、選ぶときに上から何番目とか、声に出すなよ。聞こ
えてしまっては意味がなくなる」
状況を見守る牟田先生が苦笑混じりに忠告する。
相羽の仕切りっぷりが見事なのか、じゃんけんを始めたのは男子の方が早か
った。三度のあいこのあと、「よっしゃ!」と右腕を高々と挙げたのは唐沢。
彼は相羽と同じグループだ。
真っ先に書き込むことになった唐沢へ、相羽が耳打ちしている。
(もしかして)
女子の代表六人によるじゃんけんの結果が出るまで、男子側のやり取りを見
つめていた純子は天啓のように思い当たった。
自分の想像を胸に抱き、純子は白沼へと振り返った。白沼が純子の班の代表
者である。
(言わなくちゃ)
すでにじゃんけんの勝負は着き、白沼は紙の置いてある机から少し離れて立
っていた。少なくとも一番に選べる立場ではないと分かる。
「白沼さん、何番目に選べるの?」
「三番よ」
少々怪訝がる風に眉を寄せた白沼。
「ああ、相羽君と一緒の班になりたいものだわ。あなたの方が悪運強そうだけ
ど、副委員長が引くわけにいかないものね。せいぜい、祈っててよ」
「あのね、白沼さん。もし空いていたら上から四番目の線を選んで」
純子の小声の指図に、ちょうど順番の巡ってきていた白沼は、足をぴたりと
止めた。
「何で四? 縁起悪い」
「――勘よ、勘」
純子は口をつぐむと白沼の背を両手でそっと押した。
白沼は依然として納得のいかない顔付きだったが、男共から「女子の方、早
くしろよー」と野次が飛んで、鉛筆を手に取った。
(私も相羽君と同じ班になりたい。昔、撮影で遠出したとき、一緒にいて楽し
かったもの)
白沼の肩越しに、純子も紙を覗き込む。
(空いてる!)
埋まっているのは上から一番目と三番目だった。
白沼は今一度純子を振り返る。目に、何とも言えない疑念の色をにじませて
いた。
純子は小さく両手を合わせ、「お願い」のポーズ。
すると白沼は優越感を覚えでもしたか、鼻で笑うような仕種のあと、さらさ
らと鉛筆を走らせ、四番目の線のところにW3と書き記した。
このあとも滞りなく進行し、代表十二名を席に帰してから、いよいよ二枚の
紙を合わせる段階に。
教卓の上で二枚を並べ、つなぎ目を合わせた相羽。すぐ近くでじっと見てい
た純子は、相羽の横顔がかすかに笑ったと感じた。
それから相羽は二つの紙片をおもむろに牟田先生へ差し出す。
「先生、すみませんが読み上げをお願いします。じゅ――涼原さん。書いてく
れる?」
先生が読み上げるMだのWだのを、純子は黒板に書き付けていった。
くじの結果? 言うまでもないでしょう。
M1――W3。
* *
折角の母の日だと言うのに、母親がもたらしたニュースは信一にとって、ま
た母親自身にとってもよくないものだった。
「どうする? 規模の大小はあるけれど、信一が希望した学校のどこもが支援
を受けているわ」
「予想通り、ってとこだね」
苦笑を浮かべることで、胸の内に生まれたむかつきを少しでも緩和しようと
する。効果は焼け石に水と言ったところか。
「どうするって言われてもさ、他を探すか、あきらめるかしかないでしょ」
「遠くでもかまわないのよ。私はいいから」
「そ、それぐらい、言われなくても……。近くたって、全寮制のところもある
んだし」
気持ちは言葉とは裏腹。なるべく母親と離れたくない。が、音楽の道に進む
としたら、離れ離れになる可能性はかなり高いと言えそうだ。
今の自分では離れ離れになると母さんを守ることができない。距離があって
も守れる男に成長するか、母さんを守れる別の人が現れるかしない限り、安心
できない――。
(再婚はまだ嫌だけど)
長らく仕舞い込んでいた問題を思い出し、気が重くなる。信一は水浴び直後
の犬よろしく首をぶるぶると振った。
「あのね、母さん。たとえばってことで聞いてほしいんだけど、いい?」
「何かありそうね」
グレーのワンピースに着替えた母は、各校でもらってきたパンフレットを整
理しながら、片えくぼを作った。
「いいわ。言ってみなさい」
「父さんの通った学校へ入る方法を教えてほしいんだ。知ってる?」
「――そうねぇ」
母の顔に一瞬だけ浮かんだ感情、それは戸惑い。困ったように笑うと、右手
を頬に当て、左手で右の肘を抱え持った。
「私も詳しくは知らないけれど、調べれば分かるわ」
「調べるんだったらいいよ、別に手間掛けなくたって。忙しいのに」
信一が両手の平で顔を一撫でし、淡々とした足取りで自分の部屋に向かおう
とすると、母からストップが掛かった。
「多分、そんなに手間じゃないわね。言ってなかった? 鷲宇さんのお知り合
いにJ音楽院の人がいるの」
「鷲宇って、鷲宇憲親?」
「面識があるのだから呼び捨てはやめなさい、芸能人だからって」
信一は鼻筋をかくと、唇を湿して言い直す。
「鷲宇さんが……何だか意外な感じがする。あの人って基本的にロックだから
なぁ。鷲宇さん自身はJ音楽院とは関係ないんでしょ?」
「ええ、そのはず」
「知り合いの人って、日本人?」
「ううん。確かアメリカの人」
母は人差し指を口元に当て、上目遣いに天井を見やった。
「ピアニストのニーナ……ニーナ=カレリーナという方よ。ニーナさんとはお
会いしたことないけれども、鷲宇さんより一つか二つ年上で、しっかりした人
らしいわ」
「その人に直接会うのは無理?」
「難しい気がするわね。会ってどうするの、信一は」
文字通り、難しい顔をする母に、信一は半ばあきらめ気分で応じた。
「カリキュラムや校風について教えてもらえたらいいなと思ったんだ。他にも
いい話が聞けそうな気がする」
「そっか。とにかく、鷲宇さんに話してみるわね」
「……うん」
信一はうなずくだけで精一杯だった。
だって、もしもJ音楽院に入りたいなんてことを他人に明言したら。
(間違いなく、鼻で笑われるんだろうなー。悔しいけれど)
そんな自覚が充分すぎるほどあったから。
でも。
心の片隅には、純子が春休み笑顔で言ったフレーズが強く根付いている。
『ピアノ! いいじゃない、相羽君。やりなさいよ。今でも上手なのに、練習
すればとびっきりになるね。いいなあ、聴いてみたい』――。
(父さんのこともある。父さんができなかった分を代わりになんておこがまし
いにしても、ピアノやりたいって本気で思ってる。それを純子ちゃんも望んで
くれてるなら、こんな嬉しいことってない。
でも……そうすると、純子ちゃんとも離れ離れになる可能性、一気に高くな
るんだぜ。J音楽院は無理だとしても、音楽校に進めば自ずと)
完全に相反していた。いっそ、酒匂川のせいで進みたくても進めない状況に
なってくれ!と思う気持ちも、少しある。
だが、そんな消極的な心理は、すぐに霧散する。
残るもう一つの選択肢の方がよほど前向きだ。実行するにはこれまでの人生
で最大の勇気を必要とするとしても。
(いずれ、近い内に……想いを伝える、か)
* *
朝礼が長引いていたのは間違いない。日差しもきつかった。
ついでに言えば、相羽は気付いていた。今朝から純子の顔色がよくないこと
に。だから注意もしていた。委員長と副委員長ということで、ともに列の先頭、
隣同士だった点も幸いした。
ただ、いきなり倒れかかってこられては、やはり焦ってしまうもの。
(純子ちゃん?)
長い髪が相羽の鼻先をかすめる。反射的に両腕をL字に曲げて力を込めた。
同時に膝をやわらかく折り、クッションの役目とする。
(――よし)
うまく抱き留めることができた。安堵している間もなく、周囲がざわつく。
女子何人かが純子の名を叫ぶのもよく聞こえた。
「どうしたんだ?」
血相を変えて、担任の牟田先生が飛んで来た。声こそ落ち着いているが、授
業中の態度と比べれば狼狽の色は明らか。手をおろおろさせるばかりで、何も
できない。
「突然、倒れてきて。……涼原さん?」
呼んだが返事をもらえない。身体を揺さぶってみても、無反応が続く。
そうこうする内に、今度は保健の先生が駆けつけた。こちらはさすがに冷静
で、跪くと手の平を純子の額に持っていった。併せて、純子の外見に視線を走
らせ、状態をチェックする。
「急病という感じでもないわね。ほぼ平熱。この年齢、この体格で血管破ける
とも思えないし。とにかく、念のため保健室へ」
緊張感がやや薄らいだ表情で告げてくる。
相羽もまた一安心して、あとは先生か保健委員に任せようと、手を離そうと
した。だが、純子の両手が自分の服をしっかり握りしめていて離れない。
「あの、これ」
「ん? ああ、なら、君が運んでやって。かまわないでしょう?」
有無を言わさぬ調子の保健の先生。言い置くと、先に校舎へ向かう。
「相羽、急げ」
牟田先生も押しやる風な手つきをしている。
「重くて運べんのなら、手伝ってやるが」
「そんなことないです」
すぐさま立ち上がろうとしたが、しばしためらった。上半身はいいのだが、
制服のスカートの乱れが気になって、純子の膝下に手を通せない。
相羽はクラスの女子の列へ振り返った。
助けを求める視線に、前から二番目、遠野が察してくれた。あっ、と口に手
を当て、ワンテンポ遅れながらもそばまで駆け寄る。そして無言で、純子のス
カートを整えた。
「サンキュ」
早口で言って、相羽は立ち上がった。おとぎ話で王子様がお姫様を抱えるよ
うな形になる。そのせいか、先ほどとは別の歓声が短く湧き起こった。朝礼中
とあってすぐに収まりはしたものの、明らかな冷やかしも混じっていたようだ
った。
背中に視線を感じながら、保健室へ急ぐ。目を閉じた純子の顔を見ていると
他への注意が散漫になりそうで、なるべく視線を逸らした。
保健室に着くと先生が一人、腕組みをして待ちかまえていた。
「遅いよ! 力ないねえ」
強い調子で言った直後、先生は眉間にしわを寄せた。
「あら、君は。確か去年、林間学校のときの。そうだ、思い出した。よくよく
縁があるみたいだね」
――つづく