AWC そばにいるだけで 15−3   寺嶋公香


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#4138/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 9/30  16:32  (200)
そばにいるだけで 15−3   寺嶋公香
★内容
「大変なのね、相羽さんのところも。ご飯、どうするのかしら?」
「さあ……。相羽君、調理部だから、自分で作るんじゃない?」
 実際の相羽の腕前は、五日連続で異なるおかずを作れるほどではないと分か
っていたけれど、気にしていないので軽い調子で言った純子。今はそれよりも、
空腹感がたまらない。何かお腹に入れたい。
「学校が終わってから? それはしんどいわよ。相羽さんが何か用意されるの
かもしれないわ」
「うん、きっとそうよ。ねえ、お母さん、何かおやつ……」
「もしもあちらがよかったら、うちで作って、持って行ってあげるといいんじ
ゃないかしら。どう思う、純子?」
 こちらの要望を無視して聞いてくる母に、純子は戸惑った。そもそも、話し
ている内容が即座には理解できない。
「……何て言ったの?」
「相羽君が一人の間、うちでおかずを作って、差し入れ−−と言うのかしら、
とにかく持って行ってあげるのよ。栄養も偏らないし、相羽君も楽だろうし」
「何でそうなるわけ?」
 開いた口が塞がらない思いを抱きつつ、聞き返す。
「相羽さんのところにはお世話になってるでしょう? お付き合いはかなり親
しいし、これぐらいは差し出がましくないわよ」
「そうかもしれないけど……頼まれもしないのに……」
「頼まれるのを待っててどうするのよ。こういう話は、頼みにくいことでしょ
うが。今から電話か、明日、学校で聞いてみなさい」
「ええーっ、嫌だ」
 とうに鞄を放り出し、両手に握り拳を作って反発する。
「どうしてよ。初潮になったとき、散々迷惑かけたでしょう」
「は、はっきり言わないでよ、お母さん!」
 顔を赤くして、左右に振る純子。
「それとこれとは、話が違う−−」
「確かに違います。でも、何かの形でお礼をしようと思ったら、いい機会よ。
とにかく、早い内に相羽君に持ちかけてみなさい」
「そんなぁー」
 純子の情けない調子の声に被せるように、母は重ねて命じてきた。
「いいから、言うのよ。分かったわね?」

 電話をするのが億劫で、結局、一夜明けてしまった。
 かと言って、教室の中で気軽に話せそうにもないので、困っているところ。
(ずるずると引き延ばしていられない……早くしないと)
 純子は覚悟を決めた。
 二人だけで話をするには、教室はよくない。よく利用してきた図書室も、顔
見知りが増えたせいで、使いにくい。
 そうなってくると、空いている特別教室を探すわけで……音楽室に決めた。
「ほんと? いいの?」
 相羽の反応は分かり易かった。
(大げさに喜んじゃって。それほど、食事の準備が大変なのね)
 表情をほころばせる相羽を見やりながら、内心思う純子。
「いいわよ。作るのは私じゃないんだから、関係ない……」
 ごにょごにょ、口の中で答えて、純子は床に視線を落とした。おだんご二つ
にまとめた髪が、くっきり影を落とす。
「何だっていい、助かる。ありがとうっ」
「ちょ、ちょっと。おばさんには聞かないの? 勝手に決めちゃ……」
「うん、多分、いいって言うだろうから。最初の日だけ、母さんが料理を用意
してくれる予定だったんだ。あとは、代金を渡されて」
「はあ」
「帰ったら母さんに聞くよ。返事を電話で知らせる」
「う、うん。そうして」
 戸惑いつつ、面を上げて返事する。
 続けて、「好きな料理、何かある?」とまで聞きそうになったが、今の段階
では先走りかもと思い直し、口をつぐむ。
(こんなこと聞くのって−−恋人同士みたい)
 自分でも思いもかけない方向へ気持ちが展開して、純子の頬が赤らんだ。
「どうかした?」
「ううん、何でもない!」
 首を傾げ、覗き込んできた相羽に、慌てて返事する純子。
「な、なるべく、返事は早くしてねっ。私の家も、ほら、買い物の都合とかあ
るじゃない」
「うん、分かった。本当に、ありがとう。そう言ってくれただけで、嬉しくな
った」
 微笑む相羽を見ている内に、純子はきちんとさせておこうと思った。
「あ、あのね、言い出したのは私じゃなくて、お母さんなんだからね」
「うん、それぐらい分かるよ。作るのは涼原さんのお母さんなんだって、さっ
き言ってたからね」
「あ、そう……」
 ほっとする一方、ちょっぴり、気抜けしたような心持ち。
「話って、これでおしまい?」
「え、ええ。そうよ。ごめんなさい、呼び止めて」
「とんでもない。じゃ、母さんに早く知らせないとな」
 話の最後まで笑みを絶やさず、相羽は歩き出した。

 夜、かかってきた電話は、相羽の母からだったらしい。
 応対に出た純子の母が、「いいえ、こちらこそ。お互い様です」だの何だの
と、少しばかり謙遜の目立つ言葉遣いで話していた。キッチンテーブルに着い
たまま、それとなく窺う純子。
「それで、信一君の方でリクエストがあったら、聞いておくのが……あ、そう
ですか。そうですわね、分かりました。じゃあ、純子に持たせますので。−−
はい、失礼します」
 最後になって、唐突に自分の名前が飛び出したので、慌てた。電話を終えた
母へ、掴み掛からんばかりの勢いで尋ねる。
「持たせますって、何を」
「聞こえてた? 決まってるじゃないの、あなたが相羽君のところへおかずを
運んであげるの。いいでしょ」
 にこにこ笑いながら答える母親に、対照的に純子は精一杯、嫌そうな顔を作
った。
「えー、どうしてよー? そんなの、向こうが取りに来ればいい。学校からの
帰りに寄って」
「それだと、夕飯の支度に早すぎるでしょうが。それとも、純子。あなた、お
部屋で相羽君の相手、する?」
 今度はにやにや笑って、母は意地悪く純子を見やってくる。無理でしょうと
言わんばかりの態度に反発したかったが、現実問題として無理であった。
「……運ぶ方がいい」
 仕方なしに、承知した。
 それからしばらくして、また電話があった。富井からだと伝えられ、急いで
出る。
「何、郁江?」
「いいこと思い付いちゃったから、聞いてほしくって」
 富井のはしゃぎ声に、純子は警戒した。近頃の、富井が言う「いいこと」は、
たいていの場合、純子にとって「悪いこと」のような気がする。
「いいことって……」
「一昨日、相羽君が言ってたじゃない。親の仕事の都合で五日間、独り暮らし
だって」
「うんうん」
 ある程度予想できてはいたものの、相羽の名が出てきたので、がっくりと疲
れを覚える純子。警戒心は一層強まった。
「でさあ、当然、ご飯が困ると思うのよ」
「……ふうん……」
「そこで、調理部の名に賭けて、私達が一回ずつ、おかずを届けてあげようか
なって。いいと思わない?」
「やっぱり−−」
 送受器を手にしたまま、うなだれる純子。
「え? やっぱりって、何が?」
「何でもない。それだけどさあ……」
 言おうか言うまいか、逡巡する。
(おかずが増えても、悪いことじゃないと思うけど)
 決めかねて、最初は当たり障りのないところから入る。
「どうしてまた、私に知らせるのよ。調理部に入ってるわけじゃないんだから」
「だって、私と久仁ちゃん、芙美ちゃんじゃあ、三人でしょ。一人一日だとし
たら、足りないもん」
「あのねえ。あと一人は、誰よ?」
「まだ決めてないよ。遠野さんか前田さんか……前田さんは、立島君がいるか
らだめかな。それに、一日ぐらいなら、相羽君本人がどうにかするような気も
するし」
「それを言い出したら、五日とも本人がどうにかするわよ」
「そうかもしれないけど」
 富井の声のトーンから、絶対にやりたいと思っているのではないと純子は判
断した。
「あのね、郁江。私が言うのも問題ありだけど、敢えて言いますと」
「はいはい」
「郁江の料理の腕で、相羽君、喜んでくれるかしら」
「……ぐさっ」
 声に出して、ショックを表す富井。きっと電話口では、胸にナイフが刺さっ
たポーズを取っているに違いない。
「はっきり言ってくれちゃうのね、ぷんぷん」
「だって、本当のことでしょう。相羽君と同じレベルぐらいじゃないの?」
「ううーん。いざとなったら、お母さんに手伝ってもらって……意味ないかな」
「分かんないけど、手伝ってもらうんだったら、いっそ、お母さんが作った物
をそのまま持って行けばいいじゃないの」
 これはいい方向に話を持って行けた。内心、喜ぶ純子。
(うまく行けば、私は御役御免だわ。お母さんには悪いけど)
「その方が、味は確かでしょうし」
「うーん、そうかなぁ。前に言ったけど、うちの親、料理、それほど得意じゃ
ないのよね。それにやっぱり、自分の手作りのをあげたいし」
「じゃ、作れば?」
 この際、誰が作ってもいい。五日連続で相羽の家に足を運ぶ手間−−それに
恥ずかしさ−−を考えると、よそに押し付けたくなる。
 だが、相手の反応は鈍かった。
「実は、全然、自信がないのよぉ」
「あれ? 自分で言い出したくせに」
「そ、それはね、こう持ちかければ、やろうやろってことになって、成り行き
で、みんなで協力して作る流れになるかなと思ってたのよー」
「……だったら、初めから、そう言えばいいのに」
 呆れながら指摘すると、富井はすぐさま反論してきた。
「最初からは言えないよお。一応、プライドもあるしぃ」
「こんなことに意地張っても、しょうがないよ」
 本当に疲れてしまった。ため息が出る。
「だってさあ、一人一人、別々に作るとと、比べられちゃう。そんなのって嫌」
「分かった、分かりました。それで、本気でやるつもりはあるの?」
「共同作業なら、やってもいいかなっと」
「うーん。でも、時間の問題があるわよ。学校から帰って、またみんなでどこ
かに集まってなんて、やってられない」
「そうなのよねえ。学校でやるのも考えたのよ。でも、家庭科室、いつも空い
ているわけじゃないし」
「……」
「どう思う? 無理があるかしら」
 結局、思い付いた勢いだけで電話してきたのかと、純子は額に手を当てた。
「かなり無理があると思う。久仁香は分からないけど、芙美だって忙しいだろ
うし。せめて、もう少し準備する時間があればね」
「純ちゃんも、そう思う? だったら、今回はあきらめよっと」
「あ……そう」
 意外にあっさり、あきらめたので、拍子抜けしてしまう。おかげで、純子の
望みも途絶えてしまった。
(何のこっちゃ……。これじゃあ、うちのお母さんが作るって、今は言い出せ
なくなったし)
「ところでさ、純ちゃん。今日のテレビ、『仮面芝居』だけど、香村綸て−−」
 純子の悩みなぞつゆ知らぬ口調で、富井は話題を換えてきた。

 初日は、相羽の好みに合わせて、エビフライだった。
(いつもより、身が大きい気がする……なんちゃって。気のせいよね)
 母が手早く揚げていくエビを見ながら、そんなことを思った純子。
 実際、他人様にあげる分だからだろう、母は珍しくもわざわざ味見をして、
満足そうにうなずいていた。
 やがて、エビフライの他、付け合わせ等をタッパー二つに詰め終わる。それ
らプラスティック製の箱を、さらにナップサックに入れた。
「はい、これ。なるべく揺らさないようにね。湿気は、湯気を逃がすようにし
てあるから、大丈夫と思うけど」
 あれこれ注意を受けてから、純子は自転車で出発した。幸い、陽はまだ長い
季節だ。
(お弁当屋さんて、こんな感じかしら。でも、宅配してるんだから、出前かな)
 などと考えていると、自然に笑みがこぼれる。最初は面倒に感じていたけれ
ど、やってみると意外に楽しい気分がしてくるのは何故だろう。

−−つづく




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