#4008/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 7/28 5:52 (191)
そばにいるだけで 12−6 寺嶋公香
★内容
「どうして、私に聞くのよ」
「いや……みんなと一緒に帰るつもりなんだろ」
「そりゃそうだけど。本屋の一件ぐらい、寄り道したってかまわない」
「……分かった」
相羽がそう言ったものの、純子には「何が分かったのか」、分からなかった。
その答は、学校から一番近い書店に着いてから、明らかになることに。
(何してんのよ)
不思議を通り越して、不満と苛立ちを感じる純子であった。
相羽は、本屋に寄ると言い出したにも関わらず、一向に本を買い求めようと
も探そうともしない。
女性向けの雑誌の類を置いている書棚の前、やや離れた位置に立って、その
ぼんやりとした視線で何やら観察している様子。
その相羽を観察した結果、どうも、雑誌を立ち読みする客を見ているらしい
と気付いた。
女性向け雑誌の棚なのだから、その前に立つお客さんは当然、女性がほとん
ど。はっきり言って、相羽の態度は、いくら中学一年生とはいえ、挙動不審に
近いものがある。
我慢できなくなった純子は、彼に接近し、袖を引いた。
「もう、何やってんの? みっともないじゃない、お客さんをじろじろ見たら、
悪いわよ」
「え、そんなつもりはないんだけど。−−涼原さんは、気にならないの?」
周囲に知り合いがいないことを確認するかのように、目を走らせた相羽は、
声をひそめた。
「気になるって、何の話?」
「……もしかして、忘れてる? 今日は発売日だよ」
「発売日って、何の本のことよ。はっきり言って」
いらいらして、詰め寄ろうとした純子へ、相羽はかすかに顎を動かした。
「あの雑誌。君がモデルをやった写真が載った……。家の方にも、届いている
はずだけどな」
「−−あ!」
大声で叫びそうになったが、急いで手を口に持って行き、こらえる。
無論、ショックは簡単に収まらない。
「わ……忘れてた」
「雑誌、届いていない?」
「さ、さあ……。届いているんだろうけど、試験中だったから」
多分、お母さんが仕舞っておいてくれたのだろうと想像できた。
「なるほど。どうも変だと思った。本屋に来るのを、簡単に承知するから」
「完全に忘れてました……」
「どうしよう? 町田さん達に言ってないんだよね、まだ?」
「え、ええ。だって、沖縄に行ったことを知られたら、ややこしくなりそうで。
発売日が来たら、別にいいかとも思ってたけれど」
ちらちらと目を動かして、町田、富井、井口の三人がどこでどうしているか
を探る。視界に入らないところをみると、奥で漫画でも物色しているのだろう。
「だったら、隠し通さなくてもいいんじゃないかな? あとで気付かれた方が、
よほど面倒だよ。あれこれ詮索されるかもしれない」
「そ、そうね」
それでもしばらく、考える。
(相羽君と一緒に行ったことが、一番知られたくないのよね。これは、隠せる
はず。だから、あとは……水着なのよねえ。この前と違って、男子が相羽君の
他はいないから、ましなものの。女同士でも、あの格好を見られるのは……気
後れしちゃう)
無言で歩を進めると、純子は問題の雑誌を一冊、棚から抜き取った。
先に、自分の目で見ておこうという考えだ。
手で慌ただしくページを繰り、自分の姿を見つけるのに、随分とかかってし
まった。
(−−ひゃあ)
見る間に、顔が火照ってきた。
もし、ここが自分の家なら、雑誌のページに顔を押し付けているところだ。
そして、恥ずかしがるあまり、周囲への注意がおろそかになっていた。
「何してるの、純ちゃーん?」
純子が気付かぬ間に、富井達が寄り集まってきていた。
「あ、あわわ」
雑誌を素早く閉じて、戻そうとしたが、逆に取り落としそうになった。その
拍子に、大きくページがめくれる。
「あっ、それ!」
「純子じゃないの?」
「あら、まあ。また出てたのね」
三者三様の反応を見せる友達の前で、頭の中が真っ白になる純子。
「わー、大胆! この水着、かわいいっ」
「一緒に写ってる子、誰?」
「どうして言ってくれなかったのぉ」
質問攻めだ。
富井に身体を揺すぶられ、何とか我を取り返す。
「あ、あのね、悪気があって隠してたんじゃないのよ。言わなかったのは、色
色、都合があって……恥ずかしかったし」
「謝らなくていいのに。どんな都合? それより、いつ撮ったの? あ、六月
の、あの日焼けの秘密、これだったのね!」
はしゃぐ友人を前に、純子は疲れを覚えつつあった。
助けを求めるつもりで相羽を見やると、彼もまた肩をすくめるのが精一杯の
ようだった。
一学期の終業式を明日に控え、学校はどんどん楽なスケジュールになってい
る。友達に会いに行ってるようなもの。テストの点さえ気にしなければ、だが。
「数学なら百点満点取るのも、まだ分かるわよ。答が一つなんだから」
純子の答案を覗き込んだ町田が、感想を漏らす。
「でも、国語で百点とは……いくら得意だと言っても」
「運よ。運がよかっただけ」
うらやましそうに見られて、慌てて手を振った。
「国語に費やした分、社会科と英語、下がっちゃったし」
「それとは別。うーん、やっぱり、一度ぐらい満点、取りたいな。一年生の間
に取らないと、苦しいだろうな」
腕を組んで、首を傾げ、真剣に考え込む様子の町田。
と、そこへ、廊下の方からざわめきと歓声が。
「張り出されたみたいよ。行く?」
「行く。見たくはないけれど、三者面談もあるし」
二人揃って、教室を出た。
階段寄りの掲示板に、定期試験の各科目の合計点による上位五十傑を張り出
すのだ。すでに人だかりができている。
「我がクラスは……立島君が七番に入ってる。前田さんが八番。仲がよろしい
ことで」
「芙美ったら、わざと飛ばしてない? 白沼さんが五番に入ってるわよ」
「む。考えてみたら、うちのクラスって、賢い子が揃ってる。十位以内に三人
もいるなんて。相羽君が十二位にいるし。十クラスあるんだから、十位以内に
一人でいいのに」
親に、他人と比較されるのを恐れているのか、町田の口調は案外、真面目な
響きを持っていた。
「国語だけよくても、足しにならないね」
「そんなこと言って、しっかり順位、上げたくせに」
純子の名前が出ているのは、三十番ちょうど。それよりやや下に、町田の名
もある。
「素直に喜べないよ。白沼さんや相羽君は、副委員長とか委員長をやっててあ
の点数だもんね」
「純だって、図書委員やってたでしょ。その上、モデル−−」
「しーっ! 言ったらだめっ」
右手の人差し指を口元に持って行く。
町田は自らの瞼の裏を読もうとするかのような目つきをして、はいはい、分
かりましたという風に首を振った。
「かっこいいのに」
「よくないわよ」
掲示板の前から離れ、純子達は教室に戻り始めた。
それを待っていたかのように−−。
「−−きゃあ!」
突然、お尻を何かではたかれた純子は、手を後ろに回しながら、目つきも鋭
く、振り返った。
「よお、涼原」
清水がにかっと笑って、立っていた。手には、雑誌か何かを丸めて持ってお
り、例のごとく、大谷と一緒だ。
「な、何するのよ、いやらしい」
「恥ずかしがる柄かよ。見たんだぜ」
「……何を」
純子のその質問に返事がない内に、町田が口を挟む。
「あんた達、学校にそういう本を持って来たら、取り上げられるわよ」
と、清水が握りしめている雑誌らしき本を指し示した。
「見つからなきゃいいのさ。んなことより、俺が言いたいのは、これ」
男子二人がにやにや笑いを続けながら、雑誌を広げようとした瞬間に、純子
には分かった。多分、町田も。
「−−こんなとこで、やめてよ!」
慌てて廊下の隅へ引っ張っていく。
清水が手にしていたのは、ファッション誌だった。水着姿の純子が載ってい
るナンバーだ。
「その反応から考えると、やっぱり、涼原なのか、ここに載ってるの」
清水の顔から笑いが半減し、代わりに驚きが加わったような表情をなしてい
る。大谷の方は、改めて写真と純子を見比べる始末。
「やだ、見ないでよ」
低く叫んで、手でページを隠そうとする。
「撮られといて、それはないだろ」
口ではそう言いながらも、清水は雑誌を閉じた。
「よく、あんたみたいな男子が、この雑誌を手に取ったわね」
町田が聞いた。非難やからかいの意味合いは薄く、純粋に質問する響きであ
る。
「お、俺だって、好きで買ったんじゃねえんだぞ。俺の家……美容室……だろ。
だから、置いてあるんだ」
「美容室」と言うときだけ、極端に声が小さくなった。
「なるほどね。でも、お客さん用でしょうが。それを何で、あんたが」
「……目の保養と言うか……ええい、くそっ。そんなこと、どうだっていいだ
ろ。俺の方にも、聞きたいことあるんだよ。涼原が何で、載ってるかってこと」
「それは……」
すぐには答えられず、口ごもってしまう純子。
「最初は、よくある読者投稿かと思ったが、違ってた。AR**とかいう会社
の広告らしいって分かったからな。つまり、おまえがモデル? 笑わしてくれ
るぜ」
「いいじゃない。人の自由でしょ」
「そうかな? こういうバイト、校則に引っかかると思うぞ」
声をひそめて、大谷。清水も、うんうんとうなずいている。
「べ、別に何にも、悪いことはしていないもん」
嫌々するように首を振った。純子のお下げが、肩を打つ。
「そんな言い訳、先生に通用するかよ。黙っててやるから、何でこんなことす
るようになったか、教えろ」
「そうだそうだ」
純子は弱って、町田を見たが、彼女は首を横に振った。「言うな」という意
味ではなく、「純に任せる」という意志表示らしい。
「……教えてもいいんだけど、その前に、相談しなきゃいけない人がいるの。
だから、待って」
「待つって……どれぐらいだよ」
「えっと、明日には、多分」
「きっとだぞ」
よほど知りたいらしく、念押しする清水。
「えーっと、多分よ。相手の人の気持ちもあるから」
「……ちぇ」
話がひとまず決着し、その別れ際になって、清水は不意に、またいつもの意
地悪げな笑みを浮かべた。
「家で、じっくり見させてもらうからな、こいつ」
と、手にした雑誌を振る。
「ばかぁ」
「できれば、もうちょっと胸、でかくした方がいいんじゃねえか? へへ」
言うだけ言って、逃げるように去っていく。
「もう! 余計なお世話!」
かっかして大声を出した純子を、町田がたしなめる。
騒ぎ立てると他のみんなにも知られちゃうわよ、と。
−−つづく