#3962/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 6/23 17:22 (200)
そばにいるだけで 10−4 寺嶋公香
★内容
「あ……まだ」
「手伝ってあげようか」
「い、いえ、いい」
慌てて手を振って、再び背を向けると、衣装を身に着けにかかる。
(どこからどう見たって、負けてる)
上だけ着替え、肩越しにちらとルミナを振り返った。
視線の先、胸には形のよいふくらみが二つ。
(かなうわけないじゃない。向こうは何年もやってるプロのモデル。私は続け
るかどうかも決めてない、成り行きで始めた駆け出し)
と、自らを慰めてみたものの、胸のことはこの頃特に気なるだけに、簡単に
吹っ切れない。自分の胸へ、そっと左手を当ててみた。
……息を静かについて、純子は下の着替えに取りかかった。
着替え終わると、メイクさんから肌に手を入れてもらい、そのまま連れ立っ
て外に出る。太陽がまぶしかった。
堂々と振る舞うルミナとは対照的に、純子はこそこそ。人−−特に女の人の
陰に隠れるようにして歩く。
(恥ずかしいと言うより、こ、恐い……)
撮影スタッフの中には、今日初めて会ったばかりで、純子の全然知らない人
だっている。よく知らない人の前に、水着姿で立つなんて。
(おばさんは……忙しそう)
数人と、また何やら話し込んでいる相羽の母の、どことなく緊張感ある様子
に、純子は頼るのをあきらめた。
(……相羽君は……)
すがるような思いで、同級生の姿を探す。
両腕でお腹を隠しながら、首を巡らせてみたが、なかなか見つからない。プ
ライベートビーチには、純子から見て左手に撮影スタッフの一団が、右手にど
こまでも続く白い砂があった。
(……ひょっとして、建物から出て来ないつもり? あーん、そんなの)
弱り顔になった純子は、その刹那、撮影スタッフの人だかりの向こう、少し
離れた位置に、ビーチパラソルを見つけた。その傘の下、白い長椅を置いて寝
そべっているのは、真っ黒なサングラスを掛けた……少年。海パン姿の上から、
水色のパーカーを羽織り、両手でしっかり、文庫本を支えている。
「あ、まさか」
右手で胸元、左手でお腹を抱くような格好のまま、小走りで駆け出す。
サングラスの少年は、本を読むのに夢中らしい。微動だにしない。
「相羽君?」
頭の側に回り、背を屈める純子。
すると少年は、今気付いたという風情で頭を動かし、次にサングラスを額の
上に載せた。
「何か用?」
ちらっと純子の方を見やるなり、相羽はまたサングラスを下ろすと、本に視
線を戻しながら聞く。
「ちょっと。随分、偉そうね」
「うん? 泳いどきなさいって言われたんだ。でも、一人で遊んでも面白くな
いし、一歩間違えると撮影の邪魔になるから、こうやって待とうと思って」
「寝転がるのはいいとして……」
素早く手を伸ばすと、サングラスを掴んで取り上げた純子。
「あっ」
「これは、いらないでしょうっ」
純子が再び立ち上がり、右手を真っ直ぐ掲げるのへ、相羽は器用に椅子の上
で身体を反転させ、片膝を立てた。
「よせよ」
「格好つけるのは、まだ早ーい。下手な変装みたいよ」
「格好つけてるんじゃなくて」
「じゃあ……」
聞き返す途中で、見上げてくる相羽の視線に気付いた。どこを見ていいのか、
戸惑っているらしく、瞬きの間隔もやけに短い。
純子も、一気に顔が火照ってきた。
(すっかり忘れてた!)
知らない人相手も恥ずかしいけれど、同級生の男子に見られるのも結構、勇
気がいるものだと実感。スクール水着とはわけが違う。
身を縮めるようにしながら、右手だけ前に差し出す。
「あは、は……ごめん、返すわ。早くかけて」
「……」
相羽は視線を若干下に向けたまま、無言でサングラスを受け取り、手早くか
け直す。そして再び、本を開いた。
(ひょっとしたら、気を遣ってくれてたの? わざわざサングラスを用意して
まで)
そんなことを考える純子の背後で、若い男の声で招集がかかった。
「お待たせーっ! ルミナちゃん、純子ちゃん、こっち来て!」
二人とも、都合四度も水着を替えた。つまり、最初のを含めると、五通りの
パターンを撮影したことになる。色違いの分も数えれば、今度の広告は二人で
十種類の水着を一度に紹介することになりそうだ。
内、二着は完全なビキニタイプで、普通の小中学生が着るとは思えないよう
な物。他は、一つは大人しめのセパレーツ、残る二着がワンピース型だった。
「あ!」
水着の撮影が終わって、パラソル付きテーブルで休んでいる純子に、声が飛
んだ。メイクの桐川だ。
「な、何ですか?」
「それ、タオルじゃなくて、さっき使ったパレオよ」
「え?」
自分の手元を見ると、純子はパレオの布切れをあたかもタオルのように握り
しめていた。
「やだ、桐川さん。別にタオルと間違えたんじゃないんです」
撮影による気疲れや暑さに参ってはいたが、パレオとタオルを勘違いするほ
どではない。
「そう? 今にも額に持って行きそうに見えちゃったわ。純子ちゃんも泳ぐで
しょ? メイク、落としてあげる」
「あ、でも、どうせ自分の水着に替えなきゃいけないから、中に戻ってからで
いいです」
今身に着けているのは、あくまでも商品。もちろん、そのまま譲ってもらっ
たり、お金を払って引き取ったりする場合もある。が、今回のこれは違うので、
なるべく傷めない内に返すのがよい。
「それなら早く、戻りましょ」
急かされる。どうやら桐川自身、早いところ、遊びたいらしい。
純子が自前の水着−−初めてはいた、中学校指定の紺色の物−−を身に着け
て、再び外に出るや、ルミナが腕に抱きついてきた。彼女の方は、セパレート
のオレンジ色系統の水着。
「遅い。早く、遊びましょうよ」
「ええ? な、何をして?」
引っ張られるまま、波打ち際まで来た。先ほどの撮影で、足ぐらいは浸して
いるから、水の冷たさには驚かない。
むしろ、ルミナの人懐っこさに驚かされる。
(撮影のときも、言われた通りのポーズをすぐやれるし。いくら女の子同士だ
と言ったって、あんな頬を引っ付け合うなんて、私には簡単じゃないよ)
純子の疲れの一因は、ルミナの振る舞いにあるのかもしれない。
「ゴムボート。ほら、英兄と信一君が引っ張ってくれるって」
ルミナが指差したのは、左斜め前方、わずか十メートルほど沖合いの地点。
中学生の相羽でもまだ足が着くらしく、ゴムボートのロープを手に引っかけ、
手持ちぶさたにしている。サングラスはしていない。
斉藤英弘の方は、プラスチック製の青いオール二本を片手に、自らの肩をと
んとん叩いている。待ちくたびれた様子だ。
「さあ、待ってたんだからね」
「え、ちょっと−−あ」
背中を押された拍子に、つまずいてバランスを崩してしまう。完全に転びこ
そしなかったが、両腕を砂地についた上、折悪しくやってきた波をまともに顔
で受けた。
「ごめーん、大丈夫?」
「……」
目を片方ずつ開けると、ルミナの邪気のない笑顔があった。
「大丈夫、よっ!」
この際、悪気のあるなしは関係ない。お返しに、両手で思い切り水を掛けて
やった。
「わ! やったな、この」
ルミナも応戦。たちまち、水の掛けっこの様相を呈する。
二人ともきゃあきゃあ言いながら続けていると、呆れたような英弘の声が。
「お嬢さん方、いい加減でよしてくれませんかねえ」
その呼びかけに、純子は手を止めたが、ルミナの方はお構いなし。
棒立ち状態の純子へはもちろん、近付きつつあった英弘にまで、派手に水を
跳ね上げる。
最初は甘んじて受けていた英弘も、妹の絶え間ない水爆弾に堪忍袋の緒が切
れたか、反撃開始。自身が濡れるのは全く気にせず、周囲の海面を叩きまくる。
「……あのー、ですね」
一人取り残された相羽は、しばらく戦況を見守っていたが、やがて止める努
力を放棄すると、ゴムボートを押して泳ぎ始めた。しばらく進んでからタイミ
ングよく、ひょいと乗り込む。
「何しに来たのか……。いいや。楽しくやってるのが分かったから」
誰にも聞こえような声量で、相羽はつぶやいた。
海から上がると、嫌というほど真水のシャワーを浴びた。髪を濡らした海水
を洗い落とすためだ。
何故、そんなにこだわるかというと、撮影が完了したわけではないから。終
わったのは、水着の撮影だけであって、夕暮れを背景に、今度はカジュアル中
心に撮ろうという算段なのだ。
「おやつ?」
聞き返しながら、目をぱちぱちさせ、余分な液体を追い出す純子。目薬を差
していたところ。
「うん。フルーツ、用意してくれたから」
Tシャツ姿の相羽は、つられたように目をしばたたかせる。
「次の撮影まで、時間あるだろ」
「それはもちろん。でも、プロポーション、大丈夫かしら」
「へえ。一体、何トン食べるつもり?」
純子の冗談に、相羽も似たような調子で応じた。
「−−ど、どうだったのかな」
食堂に向かう廊下の途中、純子は目を逸らしたまま、さりげない風を装って
聞いてみた。
「えっ、何が?」
「その、水着……私の格好……」
「ああ」
声に出してうなずくと、しばらく黙り込んだ相羽。心持ち、歩みが遅くなる。
純子は相変わらず天井や、相羽とは反対の壁を見つめながら続ける。
「私、ルミナちゃんみたいに胸が大きいことないし、身長だって高い方じゃな
い。他のどこを取っても、人並みでしょう? こんなのでいいのかな……って」
「そんなこと言うなって。自分で決めたんだろ」
声は小さいが、少し怒ったみたいに、相羽。
「自分の値打ちを自分で決めつけてしまうなんて、きっとまだ早いんだよ、僕
達。涼原さんがいいという人もたくさんいるんだ」
「本当にそうかしら」
「自信持って。ここまで来たら後戻りできない。違う?」
「……うん」
心の中で、相手の言葉を噛みしめる。
(やっぱり、励まされちゃった。いてくれてよかった)
また元のペースに戻って歩きながら、純子は口調を改めた。ことさらに冗談
めかす。
「それで、相羽君は、どう思った? 私のさっきの格好」
「……ごめん、よく見てなかった」
困ったように笑う相羽。
「本に夢中で」
「……」
どう答えていいのか、困ってしまう。
(なあんだ)
それが純子の、今の素直な感情。
「一つだけ言っておくとね」
食堂の手前で立ち止まると、不意に相羽が言い足した。
「何よ」
「前にも僕は、斉藤さんがモデルをするのを見ていたことあるんだけど、その
ときのあの子だって、胸は小さかった」
「……それが?」
分からず、首を傾げる純子を置いて、相羽は食堂に入って行く。
部屋には、斉藤ルミナと英弘を含む何人かがいたので、話は曖昧なまま終わ
ってしまった。
撮影の第二部も滞りなく終了し、明日の飛行機で発つまでのおよそ二十四時
間、丸々フリーとなった。
子供達は、食事の準備ができたら呼ぶと言われているので、気楽に待つ。
純子は一人で砂浜に出て、夕刻、沈み行く太陽を遠くに眺めていた。乾いて
いる場所を見つけ、長いスカートを折り畳むようにして、膝を抱えて座る。
−−つづく