AWC 死線上のマリア 13   名古山珠代


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#3166/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/10/31   2:35  (198)
死線上のマリア 13   名古山珠代
★内容
「医者である私が、精神の病について、子供に講義されるとは思ってもみなか
ったな」
 不敵に笑う理事長。
「月谷先生や寮母の臼井さんまで巻き込んで、自分の名誉のためだけに、あの
人達の将来さえ台無しにして」
「彼らには充分、報酬を与える。それで契約が成立したのだから、私が文句を
言われる筋合いはない。白雪寮の寮母は君の部屋や久保が入る予定の部屋の鍵
を持っているのだから、どうしても加わってもらわなければならなかった。だ
から、ちょっと脅しもしたがね」
「……部屋も消毒しなきゃならなかったからですね。私を二十一日にここで検
査したのも、コレラに冒されいないか調べるためだったんだわ」
「その通り。ペンダントだけは誤算だった。死んでしまった久保を運ぶとき、
ちぎれたのは分かったんだが、そのときは心の余裕がなかったんだな。あとで
転がっているのを発見して、慌てて消毒したよ。それを捨てたのだが、君も運
がある。あれを見つけるとは。しかし、その運もここまでだ。おかしいと思わ
なかったかな? 階段から転落した打ち身だけにしては、いつまでも身体がの
自由が利かないな、と」
 地獄からの電報という物があれば、理事長の今の声がそれだ。それほど恐ろ
しく、真理亜の耳に響いた宣告。
「まさか、何かの薬を?」
「そういうこと。心配しなくてもいい。毒薬じゃあない。階段から落ちたのに、
毒で死んだらおかしいからな。自由を奪うだけだ。自由を奪えば、いくらでも
細工ができる。たいしたことのない打ち身を、死ぬほど大げさな怪我に見せか
けるのも簡単なのだよ」
「つ、続けて生徒が死んだら、不審に思う人が出てくるわ」
 真理亜は必死の思いで言ってみたが、己の声のあまりの弱々しさに、悲しく
なってきた。
「それはどうだろう。昔の友達の久保嘉奈子に死なれて悲嘆に暮れていた足利
真理亜。そんな子がぼんやりしていて、階段を踏み外したとしても不自然じゃ
ないだろう」
「……不自然に見えるようにするぐらい、いくらでもあるわよ」
「ほう、どうするかね? そうだな、そのペンダントを飲み込まれたら、私も
困るかな。君を殺した後、腹を裂かねばならない。そうしたら事故死に見せか
けられない−−君が考えたのはその程度の知恵だろう?」
 真理亜はどきりとした。ペンダントを飲み込むなんてことまでは思い付きも
しなかったが、考えていたのは同じようなことである。
「残念ながら、そんなことをされても、さほど痛手とならないんだよ。検死と
いう言葉を知っているかね? 大ざっぱに言えば、どうしてその人が死んだか
を調べることだ。それは当然、医者が書く。君のは私が書いてあげよう。する
とどうなる? 書類にどう書こうと、私の勝手だ。すみやかに火葬させてしま
えば、証拠は残らない」
「……」
「もう終わりかね? −−ははは、どこかで口にした台詞と思ったら、この間、
君が理事長室に来たときに言ったんだ。そろそろ、仕上げにかかろうか。とも
かく、眠ってもらわないと困るから」
 と、理事長は、いや江田山院長は、注射器を一つ、取り上げた。
「急激に効くから、すぐ眠れる。何も恐い目はさせない。ただ、ほんの少し、
痛みを感じるかもしれないが……それは死の寸前だ」
 つぶやきながら、真理亜に近付く江田山。彼は真理亜の左腕を取ると、ご丁
寧にも夏服の短い袖をまくり上げた。
「さあ」
 院長が注射器をかまえた−−。
 その刹那、ドアの向こうで騒ぎがわき起こった。看護婦の悲鳴らしき声が渦
巻く中、どんどん近付いてくる足音がある。
「何だ、こんなときに」
 冷静さを保ちながら言った院長は、ドアを開けようとノブに手をかけようと
した。
 が、それより早く、激しい勢いでドアは開かれた。
「真理亜!」
 姿を見せたのは、若い男。たくましい身体つきで、身長もかなりある。長め
の前髪の合間から、鋭く射抜くような視線を、院長へと向けていた。
「雪村さん!」
 真理亜は声を振り絞った。と同時に、涙がこぼれていくのが分かる。
「誰だ、君は。勝手に入り込んでは」
「うるさい!」
 有無を言わせず、雪村国彦は相手の顔面に一撃。そしてすぐに腕を取り、逆
関節に決めた。院長の手から、注射器がぽとりと落ちた。
「う……。おまえ、あの女生徒の知り合いか」
 床に這いつくばらされながら、院長が言った。声は先ほどまでとは一転、弱
弱しい。すでに抵抗する気はないらしく、助けを呼ぼうともしない。
「それがどうした」
「どうして……この病院に……」
「真理亜が昼前、電話をくれたんだよ」
「な、何だと……」
 顔をよじって、真理亜の方を見る院長。
 真理亜は、いつの間にか入ってきた制服の男−−警官に助け起こされていた。
「危険が迫っているのは予感できたから、ペンダントを見つけてから、彼に連
絡しておいたんです。とにかく来てくれって」
 真理亜は、赤く腫らした目から、その視線を雪村に注いだ。
「寮に行ってみたら、真理亜がいない。階段から落ちて病院にかつぎ込まれた
と言うから、ピンときた。真理亜から病院のことも聞いていたから、こちらに
考えが回るのは当然なんだよ、院長サン!」
 雪村は相手の肩を叩いてから、警官へと引き渡した。
「警官まで連れてくるとは、大胆な奴だ……もし間違いがあったら、どうする
つもりだったのだ?」
 後ろ手の院長は敗北を認めたくないのか、うつろな目になりながら、そんな
ことまで聞いてきた。
 雪村は、何ともないような顔で答える。
「どうもならないさ。俺は、刑事の卵なの。ミスったって、ちょっと上司に叱
られたらすむんだよ」
「はん! ……もっと男女交際について、厳しい校則を作っておくべきだった
な」
 院長は減らず口を最後に叩いてから、連れて行かれた。
「いつまでも言ってろ!」
 その背中に罵声を浴びせた雪村。それから彼は、再び真理亜を見る。
「大丈夫だったか」
「どうにか、ね」
 泣き笑いしながら、真理亜は答えた。今になって、恐怖が何倍にも感じられ
てくる。
「本当に無茶するなあ」
「嘉奈子のために、したかったのよ。それに雪村さんが来てくれるって分かっ
たから」
「ああ、そうですか。全く、もしものことがあったら、俺の責任になりかねな
いんだ」
「ごめん……。ねえ、嘉奈子のことも調べ直してくれるんでしょう?」
「もちろんさ。下っ端の俺には詳しいことは分からないが、再調査は絶対にや
る。遺体が埋葬されてしまったが、インドネシアでの記録を見れば立証可能の
はずだ」
「よかった……」
 やっと心から微笑むことができた真理亜。まだそれは、小さな笑みでしかな
いが。
「真理亜」
 そんな彼女を見て、雪村は愚痴の一つでも言いたくなった。
「おかげでまた昇進できそうにない。勉強、放り出してきたんだからな。昇進
試験のために、夏期休暇前の特訓だったのに」
「……来てくれてありがとう」
 診察台から跳ねるように身を投げ出すと、真理亜は雪村に抱きついた。
「こ、こらっ」
 戸惑う雪村。
「無茶するな、まだ寝てろ!」
「この方が安心できるの」
「あのな……上司が来てるんだよ。八つも年下の彼女がいるってだけで変な目
で見られているのに、こんなところを見られたらだな……」
「いいじゃない、私は雪村さんがノーマルだって知ってるんだから!」

 −−そしてドアが開き、上司が顔を出す。

−−終わり


 本作品は、一九九五年のティーンズ・ハート大賞に投稿して、落選したもの
です。粗筋を添付する義務があったので、参考までに以下に示しておきます。
ミステリ−・推理小説の賞と違って、ラストまでちゃんと粗筋を書かなきゃい
けないらしいので、話の底を割って書いていますが……何か馬鹿馬鹿しい。

粗筋
 足利真理亜の通う女子中学校・輝陽学園は、厳格さで知られている。生徒は
全員、入寮が義務付けられており、しつけも厳しい。理事長は元々江田山医院
の院長で、そのせいか生徒も裕福な家庭の子供が多い。長期休暇に入ると、寮
から親の元へ帰ることが許されており、たいていの生徒は帰宅する。が、何人
か残る者もいて、真理亜もその一人だ。彼女が帰らない理由はただ一つ、規則
が緩やかになる休みの間を狙って、近くにいるボーイフレンドの雪村国彦と会
うため。
 夏休みのある日、一人の転校生が。彼女・久保嘉奈子は、小学生の頃、真理
亜と友達だった。嘉奈子は、小学4年のとき、親の仕事の都合で東南アジアに
移ったのだ。そのために離ればなれになってしまったが、中二の今でもお互い
を憶えていたことを確かめ合う。嘉奈子は高校受験に備えるため、一人で帰国
したという。夏休みなので、当然授業もなく、入寮するだけという。
 嘉奈子が入寮してきた日の夜、真理亜は嘉奈子に会いに行こうと、彼女の部
屋を訪ねた。しかし、誰もいない。鍵は開いており、もぬけの殻の有様だった。
厳しい規則を破ってまで外出するとは思えず、真理亜は寮母に事情を聞く。が、
忙しいからと寮母は取り合ってくれない。
 真理亜はらちが明かぬと見て、とりあえず、嘉奈子の部屋にもう一度行って
みる。すると不思議にも、鍵はかかっていた。戻っていたのかと思ってノック
してみるが、中からの返事はない。隣の子に何があったのか聞こうとしたもの
の、そこの生徒の姿もない。部屋の前でうろうろしていると、寮母に追い払わ
れてしまった。仕方なく部屋に戻った真理亜。
 朝を迎え、改めて嘉奈子の部屋に行くと、何もない。今度こそと意気込んで
寮母に尋ねるが、久保嘉奈子なんて転校生は来ていないと言う。真理亜は食い
下がったが、話がまるでかみ合わない。入寮の際、嘉奈子の姿を見たはずの生
徒に聞いても、やはり知らないと言われた。先生に尋ねても答は同じで、久保
嘉奈子という生徒が転校してくる予定はあったが、まだ入寮さえしていないと
の説明。
 混乱する真理亜。彼女はその日の夕刊を見て、ショックを受けた。学校から
少し離れた川のほとりで、嘉奈子が遺体で見つかったという記事があったのだ。
死因は焼死で、自殺と見られているらしい。遺書もないのに両親が恋しくなっ
ての自殺とされたこと、もし嘉奈子が寮に来ていなかったのならどこに泊まっ
たのか分からないこと等から、真理亜は疑惑を抱く。
 外部から雪村の協力を得て、調べ始めた真理亜だが、みんな知らないと首を
横に振るばかりではかどらない。それどころか、この件から手を引くよう、学
校関係者から遠回しに警告される始末。もちろん、無視。そうしたら学校宛の
嘉奈子からの手紙が見つかったと、教師の一人が真理亜に手紙を持ってくる。
それには自殺の理由が連ねて合ったが、真理亜には信じられなかった。筆跡鑑
定しようにも、学校側は今さら警察沙汰にしたくないと言って、手紙を取り上
げてしまう。
 そんな折、江田山医院から出されたゴミに、真理亜は重要な発見をする。嘉
奈子のペンダントを見つけたのだ。小学4年のときに交換した物だから見間違
えるはずがない。どうして江田山医院から嘉奈子の持ち物が? 強まる疑い。
だが、その場を院長が見ていたのを、真理亜は知らない……。
 その直後から、真理亜の身に危険が迫る。脅迫状めいた手紙が部屋に投げ入
れられる、靴に画鋲を入れられる、部屋に閉じ込められる等々。ついには、階
段から突き落とされ、真理亜は怪我を負ってしまう。この中学では生徒が怪我・
病気をすれば江田山医院で治療することになっている。真理亜は逃げようと試
みるが失敗。強引に入院させられてしまった。
 窮地に追い詰められた真理亜の頭の中で、東南アジアと病院が結び付き、一
つの想像が組み立てられた。それを実証するため、彼女は一つの芝居に出た。
理事長らの前で、嘉奈子からもらった物としてペンダントを見せつけるのだ。
 果たして、相手は顕著な反応を示す。ペンダントを消毒しようとしたのだ。
東南アジアから帰国した嘉奈子はコレラにかかっており、入寮した夜には死ん
でしまっていた。この事実が表に出れば学校のイメージダウン、ひいては医院
の評判に関わると考えた学校関係者は、秘密裏に嘉奈子の遺体を処理した。嘉
奈子の部屋の隣の生徒を校長の名で呼び出した隙に、嘉奈子の遺体を部屋から
搬出。と同時に、部屋を消毒、室内の物も片付けてしまう。嘉奈子が来たこと
自体を隠したいためだ。そして頃合を見計らい、嘉奈子の持ち物をゴミに出し
た……。
 罪を知られた院長らは、真理亜を殺そうとする。そのとき、真理亜を助けに
雪村が現れる。身の危険を感じて、真理亜はあらかじめ、手を打っておいたの
だ。




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