AWC 時を重ねて   永山


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#516/567 ●短編
★タイトル (AZA     )  22/04/14  21:06  (184)
時を重ねて   永山
★内容
 刹那的に生きてきて、無茶をした回数は覚えきれないほどある。が、殺人をしでかし
たのは今が初めてだ。
 腕のいい弁護士が付けば、傷害致死になるかもしれない。事実、殺すつもりなんて毛
頭なかった。
 山奥まで一人バイクを転がした帰り、土地柄に合わない大きな建物を見つけ、金持ち
の別荘だとにらみ、ひと気がないのを確かめて忍び込んだ。金目の物をいただいたあ
と、大人しく立ち去るつもりだったのに、枯れ木のようなじじいが、いつの間にか俺の
背後にいやがった。
 驚愕したもんで、後先考えない咄嗟の行動――振り向きざまに殴りつけてやったら、
吹っ飛んじまった。さすが枯れ木だ。
 速攻で逃げるつもりだったが、ぐったりして動かなくなったじじいを見て、足が止ま
った。跪き、様子を窺う。
 死んでいると分かった。後頭部を棚の角にぶつけ、昇天したらしい。気の毒だが、済
んだものは仕方がない。
 幸い、辺りに人家はない。このじじいの他、誰も屋内に入ってくる気配もない。騒ぎ
を気付かれていないのをいいことに、俺は開き直った。殺人という大罪を犯したのだ。
それに見合うだけ、目一杯稼がねばもったいない。
 俺は家捜しを継続しようとして、ふと強烈な違和感を覚えた。
 じじいの立っていたすぐ横に、銀色をした巨大な円筒形があったのだ。中ほどが丸味
を帯びている。大型のバケツの口同士をぴたりと合わせ、縦にした感じだ。よく見る
と、小窓や扉、アンテナめいた物まで付いている。下部には五本の脚があり、バランス
がいい。
 何に使う物かは見当も付かない。扉がかすかに開いているところを見ると、じじいは
この中から出て来たようだ。
 俺は扉を引いて、内部を覗いた。予想より広い空間は、緑がかった光で照らされてい
る。浮かび上がるのは、椅子と古めかしい計器類、ハンドルやアクセルに似た物、そし
てモニター画面がいくつか。気のせいか、空気がやけに新鮮に感じられる。思いっ切
り、深呼吸をしたくなったほどだ。
 やがて、寒々としていた気持ちが、羽毛布団を掛けられたみたいに、穏やかになっ
た。
 中へ入り込み、椅子に腰掛けた。背もたれの傾きは直角に近いようだが、材質がやわ
らかく、この椅子に長時間座っても、きっと疲れを感じにくかろう。
 そして気付く。単なる椅子ではなく、運転席ではないか。計器類やハンドル等から、
そう考えるのが妥当に思えた。
 しかし、乗り物だとしても、いかにして移動するのか? さっき外から見た限り、車
輪もエンジンのブースターもなかった。最上部にプロペラでも付いているのだろうか。
 いや、違う。車輪だろうがプロペラだろうが、そんなもんが付いていたって、俺の気
付かぬ内に、部屋に出現することなんて不可能だ。俺は家の中から鍵を掛け、物色して
たんだからな。現に――俺は小窓から外を覗いた――、部屋のドアは閉まったままだ。
 この奇態な乗り物への興味を捨てきれなくなった俺は腕組みをして、斜め上をにらみ
つけた。早く逃げねばという思いに対抗して、この乗り物の正体を突き止めてやるとい
う意識が、むくむくと大きくなる。
 三十秒後、「あ?」と声を上げた。にらみつけた先が、車で言うダッシュボードのよ
うになっており、そこにぼろ雑巾や懐中電灯、スパナ等と一緒になって、厚さ五センチ
はあろう書物があったのだ。
 手に取ると、市販の日記帳だと知れた。だいぶ使い込んでおり、角は折れ、手垢で汚
れている。とりあえず開いてみた。
 一ページ目、いきなり、「タイムマシン制作記」と、太い黒字で書き殴ってあった。

 俺は日記を熟読し、このバケツを二つ引っ付けたような物体がタイムマシンであると
知り、さらにはその操縦法をマスターした。
 もちろん、最初は信じちゃいなかった。日記の中身も、惚けた老人の戯言ぐらいにし
か思ってなかった。
 にも関わらず、試してみる気になったのは、現物が目の前にあったこと、そしてじじ
いが前触れもなく突然、室内に現れたことが理由だ。タイムマシンで時間旅行をし、現
代に帰って来たのだとしたら説明が着く。
 テスト運転として、行き先には三時間前を選んだ。場所は、この山を囲む国道脇。タ
イムマシンが本物なら、バイクで走っていた俺自身を目撃できるはずだと考えた。
 そして確かに、俺は俺自身を目撃した。間違いなくタイムマシンだ。
 次に俺がしたのは……未来にも行ってみたかったのだが、それよりも先にやらねばな
らない、重要なことがあった。
 俺は死んだじじいを――タイムマシンの発明者を、タイムマシンの中に押し込むと、
過去に向かった。そして俺が生まれる前の時代に置いてきた。完全犯罪が成立した。
 思えば哀れなもんだ。日記の最後は、タイムマシンの開発に成功した喜びに溢れ、い
ささか支離滅裂な文章だったが、なかなか感動的であった。タイムマシンを世に発表
し、偉大なる学者として歴史に名を残すことを、タイムマシン自体を使って確認してき
た、と書いてあったのだ。感涙に咽んだのか、そのページの紙は濡れ、ぽこぽこになっ
ていた。
 どうやらこのじいさん、学会から爪弾きにあって、山奥に引きこもり、一族の資産を
食い潰してまでタイムマシンの完成に没頭してたらしい。遂に完成し、テスト運転にも
成功したが……現代に帰って来たところで俺に出くわしたのが、運の尽き。ほんと、す
まないとは思う。あんたの大発明をせいぜい有効利用させてもらうから、成仏してく
れ。
 俺はバイクを苦労してタイムマシンに積み込むと、マンションに向かった。一秒後の
未来の自宅へ。

 ワンルームマンションに置いとくには、タイムマシンはでかすぎた。狭くって、寝る
のにも往生する。俺は一軒家購入を決めた。タイムマシンの燃料である軽油も、たっぷ
り必要だった。
 金は、これまでのような地道な盗みをしなくても、楽々と手に入った。
 銀行の金庫の中にタイムマシンで入り込み、札束をいくらか持ち出す。銀行の連中は
気付かないのか隠しているのか、新聞種になることはなかった。
 未来に行き、宝くじの当選番号をメモって来たこともあった。これはうまくなかっ
た。その番号のくじを探しても、見つからないのだ。かといって番号選択式のくじまで
チェックするのは面倒で、まあ暇なときにでもやるかと棚上げした。
 未来のスポーツ新聞を買ってきて、競馬や競輪、競艇なんかの結果を知った上で、券
を買うこともした。当然ながら絶対に勝つのだから、笑いが止まらない。
 でも不思議なもので、じきにつまらなくなった。勝つと分かっているギャンブルほ
ど、つまらないものはない。他の連中はどうだか知らないが、俺はギャンブルで儲ける
ことよりも、ギャンブル自体のスリルを楽しむ口らしい。タイムマシンがなければ、こ
んな発見もなかったかもしれないな。
 この先起こる色んな流行も、あれこれ目にしてきた。そのアイディアを文字通り先取
りし、商品を作って売り出せば大儲けできるに違いない。大会社の社長も悪くないな
と、一瞬夢見た。
 だが、いつでも金を手に入れられる状況が、俺を怠け者にさせた。わざわざ会社を興
すなんて面倒、やってられないね。ついでに言えば、大きな責任を背負ってまで、人を
顎でこき使うことに興味はなかった。
 その他、気に入ってる漫画を最終回まで見たくて、ずっと追い掛けても見た。何度か
の中断を挟んで、完結したのは十四年後だった。このことを知ったあとになって、最初
から単行本になった頃合いに行き、買い込めばよかったと気付いた。
 だから、好きなシリーズ物の映画を観る場合には、ソフト化された時代に飛んで、片
っ端から観てやった。でも、やっぱり大スクリーンで観たいよなと思い直し、未来の映
画館に通っている。
 気に入らない奴を殺しもした。タイムマシンさえあれば完全犯罪も楽々できる。じじ
いを始末したときみたいに、過去に死体を捨てに行ったこともあったし、その逆に、遠
い未来に置いてきたこともあった。
 特に気に入らない奴は眠り薬で意識を失わせ、タイムマシンで獰猛な大型恐竜のいる
頃や、原爆投下を一時間後に控えた市街地、あるいは素っ裸にして太平洋のど真ん中に
置いてきてやったりした。ただ、エベレストの頂上に行ったときは、何の準備もしてな
かったから、自分も死ぬかと思った。あれ以来、行き先は慎重に選んでいる。
 そんな風にタイムマシンを使い倒し、そろそろ飽き始めた頃に、俺はふと思い立っ
た。
 俺の寿命を知りたい。
 タイムマシンを手に入れたからと言って、永遠の命を得た訳ではない。だが、もし自
分の寿命を知り、その死因が病気ならば、さらなる未来に行って、その病気に打ち勝つ
薬を持ってくればいい。未来の手術が必要なら、俺は死にかけの俺自身を連れて、未来
に行こう。
 すっかり刹那的でなくなった自分を嘲笑いながらも、俺はこの考えを実行に移した。
 まず、百歳になっているであろう時代に行ってみたが、すでに死んでいた。
 次に少し引き返し、八十歳の時代に行く。八十の俺は、まだぴんしゃんしていた。
 九十歳の俺も、まだ生きていた。だいぶくたびれてはいるが、惚けていないし、金の
おかげで裕福な暮らしを送っていた。
 そこから一年ずつ見ていくと、俺は九十五歳で死ぬと分かった。死因は残念ながら?
老衰だった。
 老衰なら、特効薬ができるとは思えない。今の俺が生きている現代でも、寿命を司る
遺伝子の研究がなされていると聞くが、さて、どうなることか。もし仮に老いを食い止
める薬ができたとしても、そんな代物が世に出回るのか、甚だ疑問だ。誰も彼もが死な
なくなったら、えらいことになる。
 俺は半分あきらめ、現代に戻ることにした。まあ、不老の薬が絶対に開発されないと
は言い切れないから、これまた暇なときに未来に行って、探してみるのもいい。
 そんな砂浜で米粒を探すような行為よりも、過去や未来に行って、そのときどきの“
時代”を楽しむことを優先させるのは、言うまでもない。

 タイムマシンを得てから、およそ十年後のある日。
 三十代半ばを過ぎた俺は突然倒れ、入院した。
 おかしい。俺は俺の未来をちょくちょく垣間見ていたのだが、この年齢で入院するな
んてことはなかったはず。
 ベッドの上で悩み、考えようとするも、それ以上の速さで俺の身体は弱っていった。
 医者の診断は老衰。
 馬鹿な。俺は一蹴してやりたかったが、笑い飛ばすことすらできなかった。
 加えて医者の奴、こうも言いやがった。
「あなた、三十六とありますが、嘘はいけませんな。どう若く見積もっても、八十歳を
越えている身体だ」
 そうして俺に鏡を見せた。
 鏡には、年老いた男が映っていた。
 見覚えがあると思ったら、それも道理。九十五歳の俺だった。
 訳が分からない。
 極力、人との付き合いを避けてきたから気が付かなかったのかもしれないが、俺はこ
んなに老けた顔をしていたのか。三十六歳にしてここまで衰えた肉体を持つなんて、病
気じゃないのか。
 いや、違う。以前、俺が見た四十歳の俺は、極普通に歳を取っていた。こんなよぼよ
ぼじゃあない。
 だったら、今の俺は何なんだ! まさか、未来が変わることもあるのか?
 その考えが閃いた瞬間、俺は恐怖した。全て分かっていたつもりの未来が、あれから
変化したのだとしたら……。
 そしてまた別の閃きが。
 あのじじいの未来だって確かに変化した。その事実に思い当たったのだ。
 タイムマシンの発明者として歴史に名を残すはずのじじいが、俺によって葬られてい
るじゃないか。じじいは、自身の死ぬ瞬間を全然予期できてなかったはず。予期できて
いれば、あのときあの瞬間に家に帰って来るはずがない。
 しかし、それにしても……俺は首を捻った。
 いくら運命が変わると言っても、こんな奇病にかかるってのはないんじゃないか? 
じじいの場合、タイムマシンを発明したが故のアクシデントにより、命を落とした。タ
イムマシンに関わったからこそ、運命を、未来を変えてしまったと言える。
 それに対して、俺の奇病はタイムマシンと関係あるか? ないだろうがっ。時間旅行
をする人間にのみ伝染する病気か? いいや、そんな病気、未来に行っても一度も耳に
しなかった。
 じゃあ一体何なんだ。まるで俺一人だけが早送りされたみたいに歳を食うのは……。
「ああっ!」
 俺は、最後の力を振り絞り、声を上げていた。
 分かった。全て分かった。
 単純なことだ。
 俺は、時間旅行をしすぎたのだ。
 より正確に言うなら、時間旅行をした先――未来や過去のある時代において、滞在を
繰り返してきた。その滞在は短くて一時間未満、長ければ一週間以上に及んだこともあ
る。
 その時代時代で経過した時間というものは、当然、俺の身体に刻み込まれた。俺は、
過去や未来において、余分に歳を取り続けていたんだ。
 俺はそんな簡単なことを見逃し、現代へと戻って来ては、また時間旅行に出発してい
った。
 積もり積もった時間が今この瞬間に、俺の寿命に達しようとしているに違いない。
 そう悟った次の刹那――。

 終





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