AWC お題>作家   永山


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#28/569 ●短編
★タイトル (AZA     )  02/06/28  23:12  (320)
お題>作家   永山
★内容
 勤務先の大企業が、不祥事を引き起こした。
 信用だか信頼だかは地に墜ち、業績は急激に悪化した。不祥事とはまるで無
関係な平の社員までもが、世間から蔑まれ、後ろ指を差されるようになった。
 そんな一人であった私(平社員ではなく、課長の肩書きを持っていたが)は、
この不祥事をきっかけに設けられた早期退職制度を利して、さっさと見切りを
付けた。正直なところ、疲れたというのもあった。
 制度のおかげで増額された退職金は、しばらく食いつないでいく分には充分
すぎるほどであったが、家族三人を養う立場の私に、計画性のない使い道は許
されそうになかった。
 それでも。
「実は、やってみたいことがあるんだ」
 私は思い切って、妻に切り出した。食後、中学生と小学生の娘達がテーブル
を離れ、テレビに夢中になっている折だった。ちなみに娘達は、私が会社を辞
めたことを概ね歓迎してくれた。少々のいじめもあったのかもしれない。
「なあに? お店を構えるんだったら、業種によりけりだけど」
 湯飲みを両手の平で挟んだポーズで、妻は淡泊な返事をよこした。ここで私
が、おまえのやりたいと言っていたフレグランスショップを始めようじゃない
かと続ければ、目を輝かせて話に乗ってくるに違いないが、あいにくと私の話
はそうではない。
「僕の趣味が何なのかは、君もよく知っていると思う」
「……今の趣味は知らないわよ」
「だから、学生時代のさ」
「まさか、小説のことを言ってるの?」
「まさかじゃなく、真面目に言ってるんだが」
「だって、趣味の小説のことなんか持ち出すのは、作家になりたいっていう昔
の夢を追い掛けたいと言ってるのと、私には同じに聞こえるわ」
「作家じゃなく、推理作家だよ」
「何でもいいわ。本気? この歳になって?」
「学生時代は、君も応援してくれたじゃないか」
「学生時代はね。大昔よ」
 こんなことまでいちいち答えさせないでよ、とでも言いたそうな妻の唇、膨
れっ面。皺さえなければ、まだまだ見られる可愛らしさだ。
「要するに、作家目指して頑張るから、退職金を使って糊口を凌ごうと、こう
言いたいのね?」
 妻もまた文学少女だった頃を思い出したのだろうか、普段は使わないような
単語が散見され始めた。
 私は首肯すると、右手の平を前に突き出し、人差し指をぴんと伸ばした。
「一年だ。だらだらとやっては、君や娘にまで迷惑を掛けるから、挑戦は一年
で切り上げようと思う。これならかまわないだろう?」
「とんでもないわ。一年もだなんて」
 拒絶されたが、私の心の顔はほくそ笑んでいた。この台詞を引き出したかっ
たのだ。
「どれくらいならいい?」
「そうね、四分の一に短縮してもらいたいところだわ」
「四分の一というと、三ヶ月ってこと? そりゃないよ」
 大げさに肩をすくめ、首を横方向に振る。
「君も知ってる癖に。長編を書くだけで、最低それくらいの期間は掛かる」
「仕事を辞めた人なら、時間はたっぷりあるでしょうに」
 皮肉を効かす妻だが、私はくじけない。全てはほぼ予想の範疇だ。
「時間がある今こそ、じっくり取り組んでみたいんだよ。事前取材をやって、
資料を集めて、書き上げたあとも推敲に推敲を重ねてね」
「……」
「第一、狙っている賞の締切は、おおよそ半年後なんだ。応募期限は目一杯使
いたいじゃないか」
「半年後って、いつ」
 私は正確な日付を答えた。妻は壁掛けのカレンダーを振り返り、手を伸ばし
て当日を確認する。
「分かったわ」
 やがて妻は言った。
「半年間、この日まで。翌日から、いいえ、応募原稿を出した瞬間から、職探
しに入ってもらいますからね」
「ああ、それでかまわないよ」
 安請け合いの返事をした。実を言えば、選考結果が出るまでは、アルバイト
的な仕事でつなごうかと考えている。
「それにもう一つ」
 妻は最前の私みたいに、人差し指を立てた。
「取材や資料集めに、馬鹿みたいにお金をかけないこと。取材旅行なんて以て
の外。どうしても行くというんなら、その分はあなた自身が新しく稼いでくだ
さい」
「手厳しいな。まあ、やむを得まいね」
 弱り顔に苦笑を浮かべてみせた。首尾は上々だった。夢に向かって再び動き
出すための足場を確保できた。

 長い間錆び付かせていた筆をいきなり動かそうとしても、そうはうまく行か
ないことは予期できていた。だから最初から長編に取り組もうなんて愚行は避
け、短編を作ろうとした。無論、応募するつもりはない。あくまでもリハビリ、
習作である。調子の波に乗れないようなら、三本ほど書く気だった。
 短編一本をこしらえて、書く楽しみを味わった。よみがえってきた、若い頃
のあの感覚。頭の中の物語がこの世に現れる瞬間に立ち会っている……。
 だが、楽しかったのはそこまでだった。
 読み返してみると、もう一つ、面白味が足りないように思えた。意外さがな
いのだ。自作とは言え、これほど予定調和を感じるのは、つまらない証拠だろ
う。トリックは現実味のある手段だし、個性的な探偵役が出て来るし、動機も
説得力がある、締め括りは気が利いていると信じる……だが、いまいちなのだ。
 妻に頼んで読んでもらったら、似たような感想が返って来た。「この作風で
新人賞を狙うなら、恐らく、新鮮味がないって理由で落とされるわね」とまで
言った。妻は私に早く職探しをさせたいのかもしれない。だが、彼女の意見は
的を射ている。
 ついでに、長女にも読ませた。誰に似たのかミステリ好きの傾向がある長女
は、それなりに面白がったようだ。ただ、雰囲気がかび臭い、と言われたのは
堪えた。まあ、女子中学生がよく読む(らしい)ライトノベルに比べたら、重
苦しくて古臭いかもしれない。しかし、短編ですらそんな感想を持たれるとは、
やや意外だった。もう少し、今風にすべきかもしれない。
 ともあれ、調子の波、執筆の感覚は取り戻せたので、このまま長編に取り組
むことと決めた。一から手を着ける訳ではなく、長い間温めてきた、基、仕舞
い込んでいたアイディアを使う算段でいたから、気は楽だ。
 私は古びたノートを開き、そのとっておきのトリックとプロットに改めて目
を通した。特にプロットに関しては、現代にマッチするよう、多少の手直しは
必要だろう。が、大幅な変更とはならないはず。
 問題なのは、私の感覚の古さであろう。大学卒業後、推理小説を読む時間は
めっきり減った。全く読めなかったということはないが、新人作家の派手な物
よりも、定評のあるベテランの作品や、海外の古典を読むのに貴重な読書時間
を費やした。本当は、新人の作品も読みたかったのだが、歳相応になろうとい
う意識が働いたかもしれない。新人の作品をたくさん読み込んでいれば、感覚
も新しさを保てていただろうか。
 取り返しようのないことを悔やんでも仕方がない。今の自分のベストを尽く
して書き上げ、そこからさらに一段ランクアップできるように、磨き上げてい
こうと誓う。
 そして私は物語を綴り始めた。

「ねえ、雅美ちゃん。聞きにくいことなんだけど、聞いていい?」
「うん、いいよ」
 湯田雅美は砂場に作った丘を小ぶりなスコップで整えながら、半ば上の空で
返事した。友達の方は、腰を浮かし、膝に付いた砂を払ってから、ほんの少し
改まった態度で尋ねた。二人の他に、砂場には誰もいない。
「雅美ちゃんちのお父さん、今何してるの?」
「あー、そのことかぁ」
 目をまん丸に見開いて、動揺を覗かせた雅美だったが、じきに元のように笑
顔になった。
 しかし、小さな子供でも、ちゃんと見ている。友達は「ごめんね。無理に教
えてくれなくっていいよ」と、すまなそうに言った。
「ううん、別にいいよー。お父さんはね、ずっと小説書いてる。お金はまだも
らえてないみたいだけど」
「それ、前も言ってた。新人賞、だめになったの?」
「うーん、そうみたい。はっきり言ってくれないんだけどさー。ちょっと前で
はね、最後の五人か六人ぐらいまでは残ったって言ってて、凄く、何ていうか、
張り切ってて、もうもらったも同じだって自信満々だったんだよ。それがさ、
だめになっちゃったから、お父さん、しばらく落ち込んでた」
「え。でも、今も書いてるんでしょう、お話……?」
「うんうん。だからね、お父さんが惜しいところまで行ったから、お母さん、
百歩譲って、もう一回だけよって、許したの。それでまた書き始めてる」
 手に力が入ってしまい、砂の丘にひび割れが走った。三度目だ。
「ああー、また!」
 作り直すことにした。もう一回だけ。

 最終選考で落とされるケースが二度続き、私は疲弊していた。妻には内緒で、
他のいくつかの賞にも投じていたのだが、そちらの方は力を注ぎきれなかった
せいか、一次通過がやっとだった。
 結果がまだ出ないと言い逃れして、投稿を続けたいのは山々なのだが、最終
選考の結果は電話で知らされるものだから、落選の事実を妻に完全に把握され
てしまった。モラトリアムの目論見は、未遂に終わった。
 私は未練をたっぷり残したまま、再就職に走り回る日々を送っている。毎日
の執筆時間を取れる仕事をと考えてしまうためか、簡単には決まりそうにない。
 職探しの休憩を兼ねて、喫茶店やファミリーレストラン、図書館等に逃げ込
んではノートを取り出し、小説を書いている。娘二人が来年再来年と相次いで
進学を迎えるだけに、本当ならもっと身を入れて、仕事を探すべきなのだろう
が……どうしてもあきらめきれない。
 ところがおかしなことに、私の内には半分、あきらめの気持ちもあった。
 原因は最終選考における批評にある。
 一度目のときは、全く同じではないがメイントリックに似た前例があるのが
痛い、という点を最大の落選理由とされた。加えて、付属的なトリックも、ど
こかせせこましく、しみったれた発想だ等の辣言に晒された。
 ならばとできる限り推理小説を読み込み、トリックの重複がないことを確か
めてから新たに書き上げ、二度目に最終選考までいった作品が、やはりトリッ
クに関する欠点で落とされるという憂き目に遭ったのだ。新味がない、観念的
だ、見せ方が感心しない、エトセトラエトセトラ。自信喪失するに充分な量の
厳しいお言葉に、私の心は別の案を考え付いた。
 作家になる夢を、娘に託そうと思い始めたのである。

 学校及びその周辺に限定すれば、湯田雅美はちょっとした有名人だった。
 小学五、六年生の頃から、彼女の周りで奇妙なことが起こるようになり、中
学に進んで一年になる今、それはもはや評判の域に達していた。
「そんなあほな」
 この春に転入してきたばかりの塩崎奈津子は、当然、雅美の小学生時代を知
らない。だから、あまたあるエピソードを聞いても、信じられないとばかりに
一笑に付した。
「ほんとだよ」
 雅美の幼なじみの一人が、声を上げる。
「修学旅行のときなんか、同じホテルで死人が出たんだから」
「死んだの、湯田さんの知り合い?」
「ううん。全然知らない女の人」
 雅美自身が首を振って答えた。
「なんや、それやったらその人が単に不幸やっただけいうことちゃうのん? 
不思議でも何でもないわ」
「それが違うのよ。すっごく不思議な死に方をしててさあ」
 幼なじみは我がことのように熱弁を振るう。
「鍵の掛かった部屋の中で、ばらばらにされて見つかったんだよ」
「へえー。ばらばらってことは殺人事件やん」
「そうそう。それで、遺体の一部は梱包されてたの」
「梱包って小包みたいに? 気色悪」
「どこかに送り付けようとしていたのかもしれないって」
「うう……それだけやないんやろ? 他にも似たようなけったいな事件がある
言うてたけど」
「いとこだかはとこだかのそのまたおじさんが、首を吊って自殺したっていう
のがあったわよね」
 幼なじみに先導される形で、雅美は大きくうなずいた。
「うん。あんまり親しくなかったから、よくは分からないんだけど、自分の部
屋にいたおじさんが、いつの間にか庭の木で首を吊っていたっていうの。どう
やって部屋を出たのか、不思議だって言ってた」
「他には?」
「人が死んだんじゃないけど、変わった泥棒もいたよ。これは私の家が被害に
遭って。二階の部屋に置いてあったアクセサリーがいつの間にか盗まれてて、
その代わりみたいにマッチ棒が落ちてた」
「ははん。偉い大損しとるんやなあ」
「ううん。お母さんのアクセサリーの中で、一番の安物だったんだって。他に
もっと高い物がたくさんあったのに、おかしな泥棒よ」
「そうなん? よう分からんわあ。他には他には? 根ほり葉ほり聞いてごめ
んな」
「別にかまわないけど……あとはほとんど関係ない人ばっかりのだから」
 雅美はそう前置きすると、事件の体験談をいくつも語って聞かせるのだった。

「湯田さん。あんた何でこんなことした?」
 刑事の物腰は、本来の目的の他に、理解しがたいという響きも合わせ持って
いた。
 湯田はしかし沈黙を守り続けている。当初から頑なに口を閉ざし、下を向い
たまま、どんな脅しすかしにも動じることなく、犯行動機を語ろうとしない。
 交代したばかりの刑事は、被疑者が噂通りの難物であることを確認すると、
攻め方を変えてみた。
「推理作家を目指して、頑張っていたらしいな」
 ほんのわずかだが、湯田の左肩がぴくりと動いたかもしれない。
「いいところまで行っては、落選の繰り返し。職を失った身には、さぞかしき
つい仕打ちだろう。どうせ落とすのなら、最初の方で落としてくれりゃあ、す
っぱりあきらめもつくというのに、最終選考だっけか。その辺まで行って落ち
たんじゃあ、未練たらたら、応募を繰り返すのもうなずけるよ」
「……」
 面を起こした湯田だが、その目が刑事の顔をまじまじと見つけただけで、口
から言葉を発することはなかった。
「それでだ。あんたは、言っちゃあなんだが、その、頭に来ちまったんじゃな
いのか? いや、やけくそになって殺しをしでかすような人には、あんた、見
えないよ。だが、こう考えたらどうか。湯田さん、人殺しの体験がしたかった
んだ。何故か。推理作家としての武器になると思ったんだ。本当に人を殺した
ことのある推理作家。これ以上の武器はない。時効成立まで逃げおおせれば、
セールスポイントにだってなるんじゃないか。殺人犯が書いた推理小説。これ
は売れてもおかしくない」
「馬鹿々々しい」
 突然、口を開いた湯田。刑事が身体を正面に向けて注目すると、湯田はかす
かに笑っていた。
 刑事は続いて喋り出すのを期待していたが、それっきりだった。
「何が、馬鹿々々しいんだ?」
「……お話にならないってことですよ」
 答えた。いい兆候だ、この線で押していくのは間違いでない、と刑事は自信
を深めた。
「つまり、俺が今話した考えは、まるっきり的外れってことかね」
「まるっきりというのは手厳しすぎる。大暴投ではないが、完全なボール球っ
てところですか」
「ふ……うむ。よく分からないな。どこがどう的外れなのか、教えてくれない
かな、湯田さん」
「私はね、推理作家になることをあきらめたんです」
「そうかい? 家族の話じゃあ、あんた、投稿は確かに控え気味だったようだ
が、古今東西の推理小説を狂ったように読破していたそうじゃないか」
「ええ。夢を次の世代に託すために」
「夢を……次の世代に?」
 つぶやき、眉を顰める刑事。駆け引きではなく、本当に意味を理解できなか
った。
「それはつまり、湯田さんが次の世代の推理作家達への橋渡し役になるという
意味――」
「違います。私にとって、次の世代とは、雅美一人です」
 娘の名を口にした湯田は、奇妙にも満足げな表情をした。食後に日本茶をゆ
っくりと味わっているかのような、のんびりとした雰囲気がある。
 刑事は辛抱強く尋ねた。湯田がやっと積極的に口を開き始めたのだ。この機
会を逃す手はない。
「では、雅美ちゃんに夢を託すってことだね。あんたにとっての夢とは……推
理作家になることか?」
「もちろんですとも。雅美を超一流の推理作家に仕立て上げるために、私は今
度の事件を起こしました」
「……全く関係のない人をばらばらに刻んだり、遠い親戚を首吊り自殺に見せ
かけて殺したりすることが? 信じられない」
 首を傾げる刑事。湯田は、分かってないなあとばかりに、伏せた顔を何度か
左右に振った。
「殺しただけじゃあ、何の足しにもなりゃしません。重要なのは、そのあとで、
雅美にこっそりと教えてやることです。どうやって事件を起こしたのか、いか
にして美しい謎を作り出したのか」
「ああ、あんたは、確かに雅美ちゃん宛に手紙を送ってたな。差出人不明の手
紙で、内容は要するに事件のからくり、トリックを事細かに説明するものだっ
た。あれにそんな重要な意味があるとは思えないんだがね」
 実際には、手紙は捜査上で重要な役割を果たした。湯田が犯人であると突き
止めるきっかけになったのだから。
 無論、刑事が今拘っているのは、娘に事件を綴った手紙を出す行為が、動機
として重要な意味を有すのかという点である。
「ですから、娘にトリックを授けるためじゃないですか」
 湯田の左右の拳が机上で握り固められる。得意げな口調が続ける。
「私はですねえ、刑事さん。推理作家をあきらめたのは、悲しいかな、トリッ
クに斬新さがないと、専門家連中から断じられたためです。それが悔しくて悔
しくて……娘にはたくさんのトリックを知識として身に着けさせようと考えた
訳です。グッドアイディアでしょう?」
「いや、全く分からないな。よいトリックを思い付いたのなら、自分の小説に
使うなり、娘に直接教えてやるなりすれば済む話だ。わざわざ無差別殺人を起
こし、手紙で説明する必要なんてないだろう」
「あれ? 刑事さん、ご存知ない?」
 突如、素っ頓狂な声を出し、椅子から立ち上がった湯田。もう一人の刑事が
慌てて近寄り、座らせようとする。
 尋問していた刑事は、「いや、いい」と同僚を下がらせ、立ったままの湯田
に聞いた。
「何のことですか、湯田さん」
「トリックですよ!」
 湯田は叫び、演説する立候補者のように拳を振り上げた。
「今度の数々の事件で私が用いたトリックは、全て、有名な推理小説で使用さ
れた物なんです! もう、誰もが知っていると言っていいくらい、有名かつ良
質なトリックばかりです。私が厳選したんだから、間違いない」
 俺は知らなかったぞと、心中でつぶやく刑事。どう反応したらいいものかと
思案する彼に、湯田はさらに言葉を重ねた。
「今度の事件を経て、娘はこれら全てのトリックを自分の物として使える! 
どうです、凄いでしょう?」
 刑事には、被疑者の興奮がいまいち理解できなかった。それと同時に、理屈
の通らない点に気が付いた。
「湯田さん、落ち着いてくださいよ。何故、娘さんの物になるんですか? あ
んたが使ったトリックは、過去に他の作家が使った物ばかりなんでしょうが? 
盗作ってやつになるんじゃないですか」
「ええ、ええ。トリックっていう物には基本的に著作権はないから、他人が考
えた物だろうが何だろうが、どう使おうと自由なんですよ。ただし、元の作品
を越えるかせめて同レベルの使い方をしないと、馬鹿にされますがね。あっと、
元の作品とそっくりそのまま同じ使い方が論外なのは、言うまでもありません」
「……まだ分からん。他人のトリックを勝手に使えるのなら――」
「最後まで聞いてください、刑事さん。トリックの再使用が自由と言っても、
有名なトリックには自主規制が掛かるもんなんですよ。あまりにも有名なトリ
ックは、それだけで値打ちを持つ。再使用は、読者が許さない」
「はあ」
「でね、私は考えた。何とかして、有名なトリックを自由に使えないものかと。
答は案外簡単に見つかりましたよ。実体験は自分の物です。トリックを体験す
れば、そのトリックも自分の物にしていいはずだ」
「湯田さん、まさか、あんた」
 刑事は思わず、被疑者を指差していた。依然として立っている湯田は、胸を
張った。
「はい。私は様々なトリックを知っているが、今さら実際に経験することは不
可能だ。そこで娘の雅美に白羽の矢を立てた。あの子なら推理小説についてほ
ぼ白紙と言っていい。あの子が体験したトリックは、全てあの子の物になる。
問題は全くない。そして将来、娘がそれらの素晴らしいトリックを活かして、
一代傑作を書いてくれることでしょう!」

――終





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