AWC お題>過去からの手紙 下   永山


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#258/598 ●長編
★タイトル (AZA     )  06/02/28  20:11  (282)
お題>過去からの手紙 下   永山
★内容
 誰かが――多分、さっきのショートカットの子か、もう一人の女の子――叫
んだ。まさに絹を引き裂くような悲鳴は大通りまで届いたらしく、場は瞬時に
してざわめきたった。ただし、往来の人々は、悲鳴がどこからしたのかまでは
定めきれない。右往左往する姿が垣間見え、激しくなる乱れた足音が届いた。
「き、切り裂きジャック?」
 振り返った支倉の視界が、長身の男をまともに捉えた。端正な顔つきが、舌
打ちで歪み、それでもなお愉快そうに口元で笑っている。
 ちりぢりに逃げようとする三人の内、二人までをも左腕一本で抱き捕まえ、
「座標値とやらを教えろ。そうすれば見逃してやる」と低い声で言い放った。
右手には、いつの間にか、銀に光る刃物がある。
 佇まい、滑らかな手つき、妖しげな雰囲気、周囲の者を威圧する体躯――そ
れらが雄弁に彼の正体を主張していた。
 一八八八年、ロンドンの下町でわずか数ヶ月の間に娼婦五人を殺害後、忽然
と姿を消した殺人鬼、切り裂きジャックが目の前にいる!
 一八八八年の殺人鬼が、何故、一八九九年に?という疑問は、このときの支
倉には浮かばなかった。次から次へと起こる非日常的な出来事に、思考を追い
つかせるだけで精一杯だった。
「人を呼びに行って!」
 最前と同じ声が、支倉を指図する。間髪入れず、切り裂きジャックの声が地
を這うように響く。
「君のせいで、人が死んでもかまわないのかね?」
 躊躇する支倉。ジャックは確実にやるだろう。そのあと、支倉をも始末する
可能性が高い。彼の顔を見てしまったのだから。
 全身が萎縮した支倉に、それを見透かしたように叱咤の檄が飛ぶ。
「今、行動しないと、終わりだぞ!」
 女の子の声に、突き動かされた。反射的に駆け出し、さらに、手を振りかぶ
ると、鞄を思い切りよく飛ばす。それは大通りに届き、人々の関心を引くこと
に成功した。すかさず、声を張り上げる。
「切り裂きジャックがここにいるぞ!」
 危ない橋を渡っただけの効果はあった。警官か自警団員か知らぬが、制服姿
の男の一群が押し寄せ、狭い道を塞ぐ形になった。支倉と捕まっていない一人
が、「あいつが!」と差し示す。尤も、そうするまでもなく、二人の若者を捉
え、刃物を持つ長身の男が切り裂きジャックであることは、一目瞭然だったろ
う。
 逃げ道の一方を失ったにも拘わらず、ジャックは余裕を失わない。
「やはり、十一年後でもJTRは有名なようだな」
 確認するかのように呟くと、身を翻し、人質の一人に切り付けて、突き放し
た。血飛沫とともに倒れる女の子。追っ手は心理的にも物理的にも、足止めを
食わされた。ジャックはもう一人を半ば引き摺るように連れて、逃走を図る。
街を熟知しているのか、初めから決めていたらしい勢いで何番目かの角を折れ、
瞬く間に視界から消える。追っ手は五,六名を残し、あとに続いた。
 倒れたままの女の子の周りに跪き、応急処置が始まった。支倉の耳に断片的
に届いた会話から、命に別状はなく、むしろ、血がなるべく派手に飛び散るよ
うに切った節が見受けられるそうだ。
 そうこうしていると、制服の男二人が、支倉と無事だった二二九九年からの
訪問者を呼び、事情聴取を望んできた。
 説明に苦労する予感があった。

 とりあえず、支倉は外国人旅行者のふりをし、押し通した。未来人の関東順
平は、外見が西洋人そのものであるので、イギリスの片田舎から出て来た観光
客と称した。その彼が念のために用意していたこの時代のパスポート(偽造品
だが)は、支倉が持つことで役に立った。
 難題は、切り裂きジャックの狙いを知ってもらうことである。支倉も関東も、
ジャックが、さらっていった女の子――佐久星子――から、座標値を聞き出し、
あの簡易時間移動機で遠い未来に逃げようとしているのだと分かっている。そ
れをこの時代の人達に理解してもらうには、どうすればいいのか。時間を掛け
れば可能かもしれないが、生憎、事態は切迫している。こうしている今も、ジ
ャックは逃走を続けているのだ。
 支倉と関東は、まだ襲われたショックが尾を引いているからと、少し時間を
もらい、二人だけで話す機会を得た。
「失礼だが、正直言って、あなたにはがっかりした、支倉さん」
 時間移動機を作ってやって来てくれたことに礼を述べた直後、関東順平はぶ
ちまけた。鼻白む支倉を制し、言葉を連ねる。
「メールの名前にヒントを込めたつもりだったのに」
「名前……? 君たちは本当は、三人で来たんだっけな。なのに四人の名があ
った。あの中の一つは、切り裂きジャックを表していたとでも?」
「そう。最後の名前、覚えてないかい? 霧先は『きりさき』で、王子はトラ
ンプのジャックを連想してほしかった。一八八八年の英国と書いているのだし、
ぴんと来るに違いないとね」
「言われてみれば納得だが、それは無理というものだぜ。あんな内容のメール、
まともに受け取る方が珍しい。その上で、そこまで深読みするなんて。だいた
い、切り裂きジャックは日本語を分からないんじゃないのか? 堂々と書いて
くれりゃ――」
「コミュニケーションガスの効力で、お互いにお互いの言語について、ほぼ完
璧に理解できるようになるのさ。文字に関しては完璧じゃない。霧先と切り裂
きが同じ読みになるなんて、ガスの力だけではイギリス人には理解できないし、
ましてや王子とジャックを結び付けるなんてね。あーあ、苦労して、ジャック
の奴に四人目の名前を書くことを承知させたのに、水の泡だ」
「そもそも、どうして一八九九年に切り裂きジャックがいる? 一八八八年に
姿を隠していた殺人鬼が、たまたま、君達と遭遇したとでも? 信じられない
ね。僕は、君達に落ち度があったとにらんでいる。恐らく、一八八八年に時間
旅行をした際、切り裂きジャックの犯行現場見物をしようとして、当のジャッ
クと出くわしたんじゃないのか。時間移動機で逃げようとしたが、あいつも一
緒に乗り込んできて、てんやわんやの大混乱状態で、十一年後の同じくイギリ
スに到着。動けなくなってしまったと」
「……それだけ勘が鋭い癖に、どうして名前のヒントに気付かないんだ」
 そっぽを向き、ため息をついた関東。映画の吹き替えやアニメなどで慣れて
いるせいか、金髪碧眼の青年が日本語を話しているのを前にしても、全く違和
感がない。
「分からないのは、ジャックが何故、さらに逃げようとしているのか、だ。十
一年後のイギリスでも充分じゃないか。切り裂きジャックの名は、まだ人々の
記憶から忘れられていないようだけれど、大人しくしていれば、殺人鬼と知ら
れることなく、暮らせるだろうに」
「あいつは、大人しく暮らせるような奴じゃないようだよ。殺さずにいられな
いという感じだった。僕らも、時間移動の方法を握っていなければ、すぐにで
も殺されていただろうね」
「連れ去られた獅子尾とかいう彼女も、座標値を白状したら、途端に……か」
「逆に言えば、白状さえしなければ、生き延びる可能性はあるってことさ」
 関東は、自らに言い聞かせる口ぶりになった。恋人か身内なのかもしれない。
「ジャックに未来に行かれたら、こっちも元に戻れなくなる。観光するぐらい
なら、百年以上前のイギリスもいいが、暮らすとなると不便すぎる」
 支倉が言うと、関東は唇を尖らせた。
「虚勢を張って、ジョークを飛ばしても、無意味無意味。、どうやって時間移
動について理解してもらうか、考えるのが先決だろ」
「それは分かるが……どうすればいいのやら。簡易時間移動機を実際に体験さ
せるのが、一番の近道だが、肝心の機械は切り裂きジャックの手の中」
「……警察が僕らに、ジャックへの説得――というよりも交渉を一任してくれ
れば、手の内ようはあるんだ。説明の必要もなくなるしね」
「どんな方法なんだ? 交渉を一任してくれる望みは薄そうだが、場合によっ
ては強行突破も考えようじゃないの」
「それは」
 口を開いた関東順平だが、彼の台詞が終わらぬ内に、あてがわれた部屋のド
アが荒々しくノックされた。
 声で応じるいとまもなく、風を巻き起こしてドアは開かれる。飛び込んでき
たのは警官の一人で、息せき切っている。それでもしっかりとした発声で、支
倉達に告げた。
「切り裂きジャックが、目の前で消えた!」

 獅子尾らるは、最後まで口を割らなかった。
 しびれを切らした切り裂きジャックは、彼にしては珍しいと言うべきか、獅
子尾を殺害することなく(単に逃亡中で殺す余裕がなかっただけかもしれない
が)解放すると、警官達が“奇妙なY字型の器具”と表現した簡易時間移動機
を作動させ、一瞬にして消え失せたという。
 支倉は、関東順平と二人きりになったときを見計らい、彼に説明を求めた。
未来人が答えるに曰く――。
「簡易型時間移動機は、一度使ったあと一定の間、直近に入力した座標値が保
たれるんだ。さらに、往復機能も付いている。ワンタッチで出発地点に戻れる
んだ。だから恐らく、切り裂きジャックは無事に時間移動を終えたんだろう」
 それってつまり。
 聞き手の支倉は、想像をして言葉を失った。
「そう。支倉さんが来たのは二〇〇六年からだっけ? その時代の日本に、切
り裂きジャックは放たれたんだよ」
 伝説の殺人鬼がいようとも、支倉にとって二〇〇六年しか帰る時代はないし、
帰らなければならない。
 その希望は断たれたと思われていたが……。
「まさか、これがまた現れるなんて」
 支倉も、関東順平も、獅子尾らるも、怪我で包帯姿の佐久星子も、そのY字
型の物体を眼前にし、信じられない気持ちでいっぱいになった。
 切り裂きジャックの消失現場を検証していた警官が、簡易型時間移動機を見
つけたのである。それは、さっきまでそこになかったのに、音もなく、不意に
出現したかのようだったという。
 切り裂きジャックと思しき人物が手にしていた物、つまり証拠品として綿密
に調べられた。調査が終わり、本来の持ち主である支倉に返された訳だ。分解
されなかった(できなかった?)のも幸いだった。
「これで帰れるが……何で、機械だけがこの時代に?」
 警察署を出るなり、支倉は関東達に尋ねた。想像になるけれど、と前置きし
た上で、関東順平が口を開く。
「多分、ジャックは二〇〇六年の日本に着いてすぐ、これを放り出したんだろ
うね。そのとき、石に当たるか何かして衝撃を受け、偶然かつ幸運にも、往復
機能が再び作動し、機械だけが僕らのいるこの時代に舞い戻った。そう解釈す
るしかない」
「ディスプレイの数値も、順平の想像を裏付けているわ」
 入力履歴を確認したのだろう、獅子尾がそう断言した。
「まさか、私達が戻れるように、切り裂きジャックが情けを掛けた?」
「あり得ないね。わざと機械を戻すなんて、ジャックが思い付くはずないし、
思い付いても不可能のはず。それらのハードルをクリアして、時間移動機がジ
ャックの意志でこの時代に戻されたのだとしたら、その目的は、僕らを始末す
るためだろうさ。せいぜい、気を付けるとしよう」
 関東順平が締めくくる風に言った。切り裂きジャックの背後で怯えていた様
子とは、雲泥の差だ。危機が去った今、普段の彼が出せているのだろう。
「そんなことよりも、早く帰れるようにしよう。さて、切り裂きジャックのし
やがった芝居と同じことを、ここで繰り返す訳だ。誰が行く?」
 関東の問い掛けに対する結論が出るのは早かった。怪我をした佐久が残るの
は当然なので、関東か獅子尾になるが、こちらに滞在する間、何らかのトラブ
ルに巻き込まれる目はまだ残る。そうなると、支倉にプラスして女性二人が残
るよりも、関東が残って男手を二人にしておくのが合理的というもの。
「行って来るね。なるべく早く戻るから」
「やろうと思えば、今この瞬間の一秒後にだって戻れるはずさ。意味のないこ
とを言ってないで、ミスらないように注意しろよ」
「分かってる。じゃ」
 関東にウィンクして、獅子尾は出発した。

 自分の元いた時代への帰還は、呆気ないほど順調に進んだ。二二九九年に向
かった獅子尾は、関東順平の言葉通り、すぐに戻って来た。六人乗りの時間移
動機で。写真で見たのとそっくり同じで、支倉は少なからず感激したが、切り
裂きジャックの恐怖を味わったあとでは、高ぶりはいささか弱かった。
「そういえば、故障した最初の移動機は、どうしたんだい?」
 四人全員で出発する寸前に、思い出して聞いてみた支倉。返って来たのは、
まず、沈黙。そして笑い声だった。
「忘れてた。あとでまた回収に来ないといけない。言い出してくれて、助かっ
たよ。規則違反を、また一つ重ねるところだった」
 支倉は、関東順平の台詞の最後に、引っ掛かりを覚えた。
「また、だって?」
「重大な事件・事故、特に未解決犯罪のまさに起きようとしている現場に、当
局の許可なく立ち入るのは、禁じられている。常識さ」
 あっけらかんと言ってのけた関東。その傍らで、女性陣二名は、きょとんと
している。警察署での支倉と関東のやりとりを知らないのだから、無理もない。
「か、関東。そんなこと、全然触れなかったよな? 切り裂きジャックに襲わ
れたのも、自業自得じゃないか!」
「あのとき、これを打ち明けていたら、支倉さんに言い負かされるのは目に見
えていたからね。駆け引きがいると思っただけで、悪気はない。許してよ」
「このっ……報酬とやらを倍にしてくれ」
「あ、そのこともあった」
 右手人差し指を天に向け、そのまま悪戯げに笑った関東。
「これも規則にあるんだけれど、時間移動機の発明される以前の時代の人に、
いわゆる未来の道具を譲渡してはいけないんだよね」
「何?」
「加えて、本当は記憶も消去しなくちゃいけないんだけれど、時空メールを送
ってしまったことだしね。メールを送った事実をなかったことにするには、ま
た過去への介入が必要でややこしいから、やめておく。支倉さんの記憶も、い
じらないでおくよ。それが報酬だと思って」
「ちっとも嬉しくないのだが……」
 関東達が、当たり前のように「記憶の消去」だの「過去への介入」だのと言
うのが、怖くもある支倉。強く要求しづらくなってしまった。
「せめて、金銭で何か色をつけられないかな? 競馬の大穴か、宝くじの一等
の番号を教えてくれるという形でもいい」
「教えられるけれど、因果律が働くらしくて、多分、大金を手にすることは無
理。――そろそろ出発しないと、いくら夜中でも、見つかると面倒だ」
「ちょい、待て。因果律? 結果が変わるって意味?」
「そう。たとえば競馬だと、支倉さんに教えた途端、その馬券の人気が何故か
沸騰して、1.1倍ぐらいになるとか、あるいは大穴に絡む馬が出走取り消し
になるとか」
 支倉は落胆してから、一瞬、こいつの言葉を鵜呑みにできるのか?と疑問を
抱いた。だが、三秒後にはかぶりを振っていた。確かめようのないことだ。
 支倉はあきらめ口調で言った。
「……もういい。とりあえず、帰ろう」

 改めて記すまでもないことだが、支倉は、二二九九年への道すがら、二〇〇
六年で下ろされた。再会の約束をするはずもなく、それどころか、一連の出来
事のの他言無用を約束させられて、関東、佐久、獅子尾の三名と別れることに。
「支倉さんの出発した時刻の直後に戻ると、切り裂きジャックと出くわす危険
が極めて高いから、二時間後にしたよ」
 関東が言った。すでにその時空に到着しているらしいのだが、まだ実世界に
出ることはせず、たゆたう時間の洞窟のような場で、時間移動機に乗ったまま、
会話を続ける。次に話し始めたのは、佐久だ。
「くれぐれも、奴には注意して。万が一、見つけても、下手に動かず、例のア
ドレス宛にメールで知らせてください。こちらで何とかなるよう、対処します
から」
「君達とつながりが保てるのは嬉しいが、二十一世紀だよ? 警察の使う火器
だけでも、段違いに進歩している。切り裂きジャックが相手であろうと、簡単
に射殺できるんじゃないかと思う」
「それだと過去の改竄になるでしょ」
 獅子尾が、分かってないわぁとばかり、首を横に激しく振った。
「確かに、切り裂きジャックを一八八八年から一八九九年へ、さらには二〇〇
六年に来させてしまったのは、私達の責任。けれども、少なくとも一八八八年
という時代から、切り裂きジャックがぷっつりとその存在を消した事実には反
しない。つまり、まだ修復可能である証よ」
「分かったような、まだ分からないような……」
「考えなくてもいい。感覚で理解しておいて」
 獅子尾の話が終わると、それを待っていたのか、関東が操縦し、移動機ごと
実世界へと進み出る。
「では、これで」
 それが二二九九年の別れのフレーズなのか、三人は同じように言った。そし
て付け足しが。
「その、支倉さんには迷惑を掛けてしまった。済まないと思うと同時に、感謝
しています。この気持ちは、まさに感謝以外の何物にも代え難く、言い表しよ
うがありません」
「な、なんか、急に改まったな。まあ、こっちも感謝してるよ。窮地にご招待
しておいて、一応、こうして無事に戻してくれたんだから。考えてみりゃ、時
間旅行を体験できただけで充分だ」
「そう感じてくれたなら、僕らも救われるよ。では、これで。今度こそ、本当
にさよならだね」
「……ああ。さよなら」
 握手の習慣が二二九九年にも残っていることを、支倉は肌でじかに知った。

 本心を言えば、出発した直後に戻って、吉山に謝ろうと思っていた。何しろ、
いかなる機械なのかを気にして、実験をしたがる吉山ともめ、出発がいつにな
るか分からなくなったため、最終手段とばかり、支倉は彼を殴りつけて出発し
たのだ。
 あのすぐあとに謝れば、吉山が許してくれる見込みは充分にあるが、二時間
以上も間が空いたとなると、どう転ぶか分からない。
 さて、どんな顔をして会えばいいのかと悩む支倉は、ふっと気付いた。とっ
くに太陽が昇り、明るくなっているのは理解できる。陽光とは別の、赤い光が
目に着いたのだ。
「……パトカー?」
 つぶやきが正解。数台のパトカーと、いかめしい表情で仁王立ちする数人の
制服警官。張り巡らされた黄色いテープをくぐり、刑事または鑑識員らしき男
達が、せわしなく出入りしている。吉山のアパートの玄関先で、大きな事件が
発生したと見える。
 アパートから少し離れた位置で、時間移動機から降ろされた支倉は、単なる
一通行人のふりをして、近づいてみた。すでに野次馬で人だかりができており、
直接には覗けないが、事件が殺人であることは会話から分かった。
「朝っぱら、六時半から七時半にかけてらしいな」
「滅多切りにされていたってよ」
「吉山さんて、真面目に大学生やってるように見えたのに。女にやられたのか
ねえ?」
 そこまで耳にして、支倉ははっとした。被害者が吉山であることもショック
だが、それ以上のショックが。いや、吉山がこんな早朝から滅多切りにされた
という事実により、逆に推測可能なのだ。全て、理解できた。
(き、切り裂きジャック……)

――終わり





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