AWC ボーイ・ミーツ……【1】 /えびす


        
#3075/5495 長編
★タイトル (SEF     )  95/ 5/10  23:15  (199)
ボーイ・ミーツ……【1】 /えびす
★内容

   ボーイ・ミーツ……

                            えびす

 遺書は書いた。部屋も整理した。そして、駅のホームで、そこを通過する
新型の新幹線にとび込もうと足を一歩踏み出したそのとき、誠は後ろからぎ
ゅっと襟首を掴まれた。振り返ると、黒い革ジャンを来た見知らぬ女が、少
し怒ったふうな顔をしてそこにいた。身長が誠と同じぐらいのわりと大柄な
女だった。襟を掴まれたまま下り階段のそばまで引っ張ってゆかれた誠は、
その場所で強烈な平手打ちを食らわされた。
「ばかやろう」
 そう言った女は誠の手を握り、階段を降り、改札のほうへ凄い勢いで歩き
だした。途中で我に返った誠が女の手を振りほどくと、女は惰性で三歩進ん
でから振り向いた。
「なにするんですか」
 誠が打たれた頬に手を当てる。色白の顔がそこの部分だけ赤くなっていた。
ここまで激しく叩かれたことは今までいちどもなかった。
「とび込んで死のうと思ってただろう」
 不思議だった。襟首を掴まれた場所は、ホームの真ん中あたりだった。飛
び込む寸前ではなかった。どうして分かったんだろう、と誠は思った。
「どうして――」
 小さな声は途中で遮られた。
「さっきからうろうろしっぱなしだったじゃないか。荷物を持っていない。
最初の一歩の動きが不自然だ。列車の待ち時間も長すぎる。ほかにもいろい
ろ。とにかく、おまえはおおばかやろうだ」
 誠は目を伏せて黙り込んだ。
 女は溜め息をついてから頭を掻いた。
「ごめん。言いすぎた。ばかやろうはないよな」
「いえ。いいです。……ただ……ただ、なんて言っていいのか……」
「メシ食いにいこ」
「え?」
「昼メシだよ。腹、減ってんだろ」
 ちょうど、誠の腹が鳴った。

 駅を出て、しばらく歩いた。午後二時過ぎだった。女につられるまま、誠
は歩いた。古本屋の隣にある駅裏の喫茶店にふたりは入った。誠が入ったこ
とのない小さな店だった。客はひとりもいなかった。いちばん奥の席にふた
りは座り、ふたりともサンドイッチとホットを頼んだ。無口なマスターはす
ぐにツナサンドをふたつ持ってきた。
「食べなよ。おごるからさ」
「あの……」
「喋らなくてもいいよ。女にふられたんだろ。あとは、大学受験。春先の軽
いノイローゼだ。違うか?」
「どうして分かるんですか」
「分かるんだ、としか言いようがない」
「心理学ですか」
 女は微笑んだ。
「少し違うけど似たようなもんだ」
 誠は初めて、目の前の女をじっくり見た。黒い革ジャンの下の白いTシャ
ツは、大きな胸で膨らんでいた。かなりいいスタイルだった。長い黒髪はス
トレートで、肩まであった。魅力的だった。歳は……正直なところ、何歳か
分からなかった。見た目ははたち前後だったが、何かが違っているような気
がした。いったい何歳なんだろう、でも女性に歳をたずねるのは失礼かもし
れない、と、誠は思った。
「いいよ。聞いてみなよ」
「え?」
「聞いていいことかどうか迷っているときは両目が左下を向くんだ」
 誠は怪訝そうな顔になった。心理学か何かの応用でボディ・ランゲージを
読み取っているのか、と思った。なんにせよ、目の前の女に対して興味がわ
いてきた。
「あの、歳、いくつなのかなあ、と思って」
「歳は、秘密だ。名前は、マコ。みんなはマコちゃんとかマコさんとか呼ん
でる」
「あ。ぼくの名前も、誠って言うんです。同じですね」
「そうか。それは、縁がある、ってことだな」
 サンドイッチを口いっぱいに頬張りながらマコが言った。ばくばく食べる
その姿が、小食な誠にはなんだか魅力的に見えた。そして、自分が片思いの
女にほんの半月前にふられたばかりだということを思い出し、また少し落ち
込んだ。
 誠は何か言おうと口を開きかけた。けれども言葉が出てこなかった。
「喋らなくてもいいから。分かってる。とりあえず、それ、食え。食ったら
一緒に映画行くから。好きだろ、映画。色、白いもんな」
「でもどうして……」
 どうして見ず知らずのぼくに、と誠は言いかけた。
「縁がある、って言ったろ。この世の中がもっと楽しいもんだ、ってこと、
教えてやるよ」
 コーヒーを大きくすすり、マコは大きな目でウインクをした。誠は魔法に
かかった。

 地下鉄を乗り継いで、駅から少し離れた映画館に行った。市内の中心部か
らややはずれたところにある劇場だった。隣には大きな公園があった。
「ほら。ナイスタイミングじゃん」
 建物には、四つの劇場があった。ひとつは、ロードショーの話題作を上映
する大きなもので、ふたつは、中程度の劇場だった。そのほかにもうひとつ、
自主上映作品のようなものを上映する小さな劇場があった。中規模劇場のう
ちひとつに『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のパート1・2・3がリバ
イバルでまとめてかかっていた。
 ちょうどあと五分でパート1が始まる時刻だった。ふたりは入場券の自販
機の前に立った。もう誠はマコに手を引かれてはいなかった。ちょっと見た
ところ、けっこう気の合っているつきあいたてのカップルのように見えた。
 マコが自分の財布を取り出そうとした。
「あ、いいですよ。ぼくが出しますから」
「いいってば。あたしがおごるからさ。金ないんだろ、浪人生」
「だって、かっこわるいじゃないですか。こういうときは男のほうが出すん
です」
「かっこわるいっていったって、誰も見てないぜ。自販機だもん」
「それでもかっこわるいんです」
 誠は機械に札を挿入し、ふたりぶんの券を買った。そして顔を少し赤らめ
ながら一枚をマコにわたした。誠の財布には、ハードカバーの本を一冊買え
るぐらいの金しか残らなかった。
「赤くなっちゃってさあ。やっぱり、可愛いよ、おまえ。そんなにウブじゃ、
女の子とキスしたこともないんだろうな」
 マコが嬉しそうな顔をした。
「からかわないでください」
 誠の顔はさらに赤くなった。

「いい映画ですよね。ぼく、これ三回も観ました。今ので、四回目」
 夜十時すぎだった。もう外は真っ暗だった。ちゃんと3まで観たあと、近
くのコンビニでおにぎりとお茶を買った。劇場の隣の大きな公園のベンチに
ふたりで腰掛けた。空にはめずらしく星が見えた。
「あたしは……六度目か七度目かなあ。あんまり何度も観たから忘れちゃっ
たよ」
「そんなに! 負けたなあ」
「くやしい?」
「うーん。マコさんに負けたのなら、あんまりくやしくないです」
「うそつけ。少しくやしいくせに」
 言ってマコは笑った。つられて誠も笑った。
「クリストファー・ロイド、いいですよね」
「あの博士だろ。いいよな。少しイッちゃってて。でも優しくて」
「タイムマシンもの、好きなんです」
「あたしも好きだぞ。わくわくする」
 誠がにやりとした。
「じゃ、とっておきの話します」
「なに?」
「タイムマシンの話」
「聞かせてよ」
「時をさかのぼること、できると思いますか」
「さあな。誠はどう思うんだ」
「できないと思います。少なくとも、ぼくが生きているうちには、ぼくはタ
イムマシンに乗れない」
「どうして」
「小さいころ、考えたんです。もしタイムマシンができたとして、ぼくなら
どうするか? ぼくなら、必ずぼく自身に会いに行きます。でも現れなかっ
た。だから、少なくとも、ぼくがタイムマシンで時をさかのぼることは、で
きないんです」
 マコは少し考え込んでいるように見えた。
「どうかなあ。ひょっとすると、まだ未来の誠が現れる時じゃないのかもし
れないぜ」
「それもないです。ちょうど中学校の入学式に現れる、ってそのとき決めま
したから。でも現れなかった」
「それ考えたの、いつ?」
「小学三年のとき」
「くだらないこと考えてるなあ」
「くだらないこと、考えるの好きなんです」
「あたしも好きだ」
 言ってマコは、座ったまま、お茶の空き缶を一〇メートルぐらい向こうに
あるごみばこに投げた。缶は見事に、からん、と音を立てて入った。「スト
ライク!」マコは指をパチンと鳴らした。
「すごい。入りましたね」
「誠もやってみろよ。絶対に入るから」
「え、でも、ぼく身体動かすの苦手で……」
「いいから、やってみなって。絶対に、入るから。絶対に」
 誠はやりたくなさそうに立ち上がり、モーションをつけてから缶を放った。
放物線を描いた缶は、ぴったりごみばこの口の真ん中に吸い込まれた。「あ
っ」誠は思わず声を上げた。入るとは思っていなかった。
「ほら。入ったじゃん。――タイムマシンの話、続き、いいか?」
「え……ええ」
 ぽかんと口を開けてごみばこを見ていた誠は、そう言われて腰をおろした。
「なあ、中学の入学式のとき現れなかったのは、他に何か理由があったのか
もしれない、とは思わないか」
「理由?」
「そう」
「例えば?」
「それはおまえが考えるんだ。あたしはひとつ考えついたぞ」
「どんなのですか」
「ヒントなら教える。誠は、タイムマシンって、どんなのを考えてる? 大
きさとか、形とか」
「え? そうだなあ、映画に出てきたみたいなクルマぐらいのサイズで……
とにかくひとがひとり以上乗れるやつ」
「他には?」
「えーっと、例えば時間をさかのぼることができる動物に乗るとか」
「そんなSF、あったな、そう言えば」
「SFも好きなんですか」
「あたりまえだろ。で、そういう動物って、どうやって時を越えると思う」
「どうやってって……うーんと……精神力かなあ。あ。そうだ。人間がそう
いうことするSFもありましたね。テレポートするやつ」
「あったな。行き先をはっきり記憶しておかないと、テレポートできない、
ってやつ」
「時を越えるのも同じかもしれないですね。だから、中学の入学式なら印象
的でインパクトあるかなあ、って思ってそこに決めたんですけど」
「インパクトか。意外にそれが弱かったのかもな。もっと強い瞬間があった
ら、成功するのかもしれないぜ。さて……」マコが立ち上がった。「魔法を
見せてやる」
「魔法?」
「ああ。魔法は信じるか?」
「ヒロイックファンタジーに出てくるようなやつなら、あんまり信じません
けど。でも、十分に発達した科学は魔法と区別がつかない、って言いますよ
ね」
 マコは公園の中の一本の木を指さした。グラウンドの向こう、五〇メート
ルは離れたところにある大きな木だった。
「ここから動かずに、あの木を真ん中から折る」
「まさか!」
 その木は、大人がちょうど手をまわせるぐらいの幹の太さがあった。
「だから、できたら魔法なんだ。やるぞ。カウントダウン。五……四……三
……二……一……ゼロ!」
 木の真ん中が凄い音をたてて弾けた。
「うそ!?」
「ほらな」




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