AWC APPLE COMPLEX 【巨人達の憂鬱】(6)コスモパンダ


        
#926/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XMF     )  88/ 3/25   6: 7  (114)
APPLE COMPLEX 【巨人達の憂鬱】(6)コスモパンダ
★内容
                (6) ガッツ

 憔悴しきったアンナに肩を貸して、ようやく地上五十層の他のビルとの連絡フロアに
着いた。埃を被り、ぼろきれを纏ったような僕達に出会った人間は好奇の目で見た。中
には物珍しそうに話し掛けてくる奴もいたが、一目睨むと何も言わずに逃げていった。
僕の目はそんなに凶暴に見えたのだろうか。途中、警官に出会わなかったのがせめても
の救いだった。
 駐車場に停まっている真っ赤な車のボディにもたれ、腕を軽く組んでミラーグラスを
掛けたスマートな女性がいた。ショートカットの前髪が数本、パラリと額に掛かり、頭
のてっぺんにも数本の髪が噴水のように立っていた。
 腕をほどくと、大きな胸がブルンと揺れる。ノーブラで、黄色に黒の横縞の入ったタ
ンクトップの上から白い男物のシャツを引っ掛け、シャツの裾をみぞおちの辺りで結ん
でいる。黄色のショートパンツからはみ出した長い足は白いサンダルを履いていた。
「真っ白ね、お二人さん。砂漠から帰ってきた探検隊みたいよ」
「ノバァ、やめてくれよ。くだらないジョークを聞きたい気分じゃない」
 腹の中が煮えくりかえっていた。
 いつもなら、そんな僕の台詞に数倍も言い返すノバァだったが、今晩は何も言わなか
った。ノバァはアンナに肩を貸して、僕と二人で真っ赤な車、カーマインに乗せた。
 ノバァは鎮静剤だと言って白い錠剤を二粒、アンナに飲ませた。アンナがシートに横
になると、ノバァはドアを外から閉じ、僕を振り向いた。
「カズ、リンは?」
 聞かれたくないことだった。傷口にナイフを突っ込まれたような気がした。
「分からない」
「でも、声を聞いたんでしょ?」
「録音だった。それに声に生気が無くて、なんて言うか。その・・・」
「合成したみたいだった?」
 僕は黙って頷いた。
「奴は『ここにメモリ・プレートの内容を忘れた女の子がいる』って言ってた」
「忘れた?」
 身体が震え出した。喉が詰まった。熱いものが込み上げてきた。
「だから、リンはもう・・・」
 僕は泣き出した。おふくろが死んだ時でさえ、涙さえ出なかったのに・・・。
 ノバァが僕を抱き締めた。僕は彼女にしがみついた。情けない話だった。子供のよう
に次から次へ涙が出てくるのを抑えることができなかった。
「この前の張り込みの時、リンがついてきて・・・。あいつ、おっちょこちょいで呑気
なくせに、危ないことが大好きだったんだ。追い返せば良かった。そうすりゃ、リンは
あんな事件に顔を突っ込むこともなかったんだ。ちくしょう、メモリ・スキャナなんか
であいつのメモリ・プレートの情報を再生するんじゃなかった。・・・・リンを、リン
を殺したのは・・・僕だ。僕が殺したんだ!」
 僕は気が付くと、床に倒れていた。頬に鈍い痛みを感じた。
「およし! 女の腐ったのみたいに、いつまでもグズグズ言ってるんじゃないよ。リン
を殺したのが、自分だって? ふん、悲劇のヒーロー感に浸ろうってのかい。あたしだ
って同じさ。あたしが、プライベート・ディテクティブ・センターから取り寄せたホロ
グラフィをテーブルの上に放り出しておかなかったら、リンだってアンナのとこへは行
かなかっただろうさ。そうすりゃ、奴らにさらわれやしなかったかもしれない。でも、
今更そんなこと言って、なんになるのさ! 責任だなんだ言う暇があるんなら、自分で
身体張って敵に当たりな! あんたは男なんだろ!」
 上半身を起こすと、ノバァが仁王立ちしていた。背は高い彼女だが、下から見上げる
ともっと大きく見えた。惨めだった。
「女のあたしに張り倒されて、惨めだろ。今のあんたは負け犬さ。でも、あたしはまだ
負けてなんかいない。噛み付いてきた奴がいるんなら、歯を向き出して飛び掛かってや
るさ。泣き寝入りなんか絶対しないからね。あたしの事務所にいる限り、泣き言なんか
言わせやしない。途中で辞めるなんてことも許さない。あたしはノバァ、ノバァ・モリ
ス探偵事務所の所長よ。あたしが止めるって言わない限り、仕事は終わっちゃいない。
そして、あんたはたった一人の従業員。最後までついといで!」
 凄いと思った。僕はのろのろと起き上がった。
 僕は、ノバァの前にすっくと立った。
「ノバァ、もう一度、殴ってくれ」
「えっ?」
 ノバァはじっと僕を見つめていた。僕は歯を食い縛り、飛んでくるであろう彼女の平
手を待った。
「そんな古い青春物は趣味じゃないよ。女に優しくできない男は最低だけど、男を男に
できない女はもっと始末が悪い。あたしはそんな女じゃないよ」
 ノバァは僕の顔を両手で挟み、唇にキスした。そして、左の頬を軽く叩いた。
「いくよ。たった一人の従業員!」
「ついてくよ」
 僕の言葉にノバァはにっこりと微笑んだ。その笑顔はノバァに身体を残して死んだエ
レナを思い出させたが、既にエレナの笑顔より素晴らしかった。
「カズ、あんたの車はどこ?」
 僕は自分の四輪駆動のピックアップ・トラックの駐車場所をノバァに教えた。
 車のキーを渡すと、待っといでと言い残し、彼女は駐車場の奥に消えた。
 カーマインにもたれて待っていると、オフ・ロード用の太いタイヤを履いたトラック
がやって来た。もちろん、ノバァが運転してる。
「私のコンパートメントに行くわよ。カズ、あんた、カーマインでいらっしゃい。オー
ト・クルーズで走りなさいね。運転できる状態じゃないでしょ」
 僕は素直に頷くと、カーマインの運転席のドアを開けて乗り込んだ。
「カズ、服が汚れてますね。中を汚さないでください。掃除してもらいますよ」
 と、車載コンピュータのカーマインの声。その口調は安心感がある。
「悪いな、そのうちしてやるよ。ノバァんちにやってくれ。オートだ」
「分かりました。ゆっくり休んでてください」
 ダッシュボードのスクリーンの運転モードがグリーンのオート表示に変わった。エン
ジンのスタートする音が聞こえてくる。
 ノバァの運転するピックアップ・トラックが先行する。カーマインはそれを追ってス
タートした。
 忽ち二台の車は地上五十層で多くのビル・フロアをつないだ連絡通路を通り、夜景の
中に走り出した。
 エンジンの音と振動が心地好い。何かに守られているという安心感と、疲れが伴って
僕は睡魔に負けた。

「カズさん、カズさん、起きて、起きてください」
 心地好い眠りをカーマインの声が破った。
「どうした?」寝惚け眼を擦りながら尋ねる。
「前のノバァさんの運転する車の様子が変です」
 二台の車は高い円筒状のビルの周囲に作られた螺旋道路を下っている最中だった。
 前を走るノバァのピックアップ・トラックが見える。少しスピードを出し過ぎのよう
だ。
「どこが、変なんだ?」
「あの車の油圧系統が異常です。油圧が下がっています。特にブレーキ関係です」
「カーマイン、ノバァを呼べ」
 ガリガリっという音がスピーカーからするとノバァが返事した。
「なんだい。今、忙しいんだよ」
「なんかあったのかい?」
「ブレーキの利きが急に悪くなったのさ。ブレーキペダルを踏んでもカクンカクンで、
頼りないのさ」
 大変だ! オイルが抜けてるんだ。
「ノバァ、エンジンブレーキだ。最後はサイドブレーキを引け!」
「もうやったよ。ところが、サイドブレーキだって利かないのさ」
「カーマイン、なんでもっと早く連絡しなかったんだ!」
「はい、私もカズさんを起こそうとしたのですが、ノバァさんに止められました。ぐっ
すり寝かせておけ、とおっしゃって・・・」
 ノバァの馬鹿! そんなことして、自分の方がぐっすりと永眠しちまうじゃないか!
 ピックアップ・トラックのスピードは次第に速くなっているようだった。

−−−−−−−−−−−−TO BE CONTINUED−−−−−−−−−−−−




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