AWC ひっきー日記17


        
#822/1158 ●連載    *** コメント #821 ***
★タイトル (sab     )  10/03/30  00:40  ( 82)
ひっきー日記17
★内容
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」とヨーコさん
がスカイプで言った。「雪国では枯れ木に樹氷がつくでしょ。
街がぎらつくのもモー娘の星座がぎらつくのも樹氷がきらきら
するのとおんなじなんだよ。そんでキルケゴールもフロイトも
そんな雪国の中で樹氷について考えている様なものなのよ。春
がきて氷が溶ければ、なんだ夢だったのかって分かるのにね。
もっとも川端康成はフロイトから逃げる為に『雪国』にひきこ
もったのだからこの例はちょっとよくないんだけれども、それ
でもフロイトも又『雪国』の住人だった事には変りないないの
だけれども。
兎に角、雪国から脱出するにはあんな買春男の元彼でもいいか
ら共犯者が居ないと駄目なのよ。それはフロイトの連れてくる
治療者じゃないのよ。だってフロイトが連れてくるのは雪国の
人間でしょう。そんな人と樹氷について語ったって意味ないん
だよ。
元彼に連れられて雪国から出れば、街はただの街になるんだか
ら。もうプラのぷちぷちみたいにぎらついたりしないんだから。
…私の元彼ってね、北関東出身のDQNで、セルシオのトランク
に落書きスプレーとか木刀が積んであるんだけれども、セルシオっ
てプラのぷちぷちみたいにぎらつく感じでしょ? だって、秀才
の血と汗の結晶だもの。だけれも私の元彼ったら、なんていうの、
バネみたいなの、サスペンション? ああいうのって国立大出身
のエンジニアが何万キロも走行テストを重ねて、これが完璧だっ
ていうセッティングがしてあるんでしょ? そういうのをそこい
ら辺の町工場でぶった切っちゃうんだから。でもあの頃は楽しかっ
たなぁ。休みの日にはオートバックス朝霞店に行って。あのゴム
のにおいとか車の香水の匂いにまったりするのよね。カーナビの
コーナーでパイオニアとケンウッドとどっちがいいかなぁとかい
じくって。それから表に出ると空気が冷たくて、でもセルシオに
乗ると又オートバックスのゴムの匂いと香水の匂いがして、外環
に出るともうアクセル踏みっぱなしで、美女木から首都高に乗っ
て、池袋線でしょ、環状線でしょ、湾岸線でしょ、レインボーブリッジ
を通って千鳥までぶっ飛ばして、ハウスやソウルのリミックスを
がんがんかけて、パイオニアのナビは低音もばっちりだし…。で
もこうやって今思い出すと又ぎらぎらしだす。キルケゴールだっ
たら『反復』は傷つかないとか言うんだけれども。つまり思い出
だったら失敗がないから安心してまったり出来るって。でもそう
じゃなくて、風邪をひいた時って詩人みたいになるでしょう、あ
れと同じで立ち止まると樹氷の様に輝きだすのよ。そんで3日も
すれば立派なひきこもりになるの。だからあなた」とヨーコさん
は俺を指さした。「ひきこもりから脱出したかったらまず『雪国』
から脱出しないと。でも今はまだ雪国にいるんだからあなたのや
るべき事は」と言ってヨーコさんが教えてくれたひきこもりから
の脱出法は次の如くである。「その1。まだ『雪国』にいるひき
こもりの生き方。ひきこもりは誰にでも起こるわけじゃないの。
夢見がちな親と夢見がちは子供の間でおこるのよ。その夢ってい
うのは枯れ木にくっついた樹氷の様なものだけれども、世界はこ
うだったらいいなあ、自分の子供はこうだったらいいなあ、みた
いなもの。だからまずこれ以上樹氷が膨らむような餌を与えるべ
きじゃないのよ。親にね。だからといって逆に、ぼくはこんな枯れ木
ですよー、なんて承認を得ようとするべきでもない。だって向こ
うは樹氷を信じているんだから、そんな事したって無駄でしょ。
その2。兎に角『雪国』からの脱出する事。それでそれをしたかっ
たら雪国にいる治療者に頼んでも駄目なのよね。トンネルの外に
いる誰かに手引きしてもらわないと。そうやって兎に角一回雪国
の外に出てしまえば、それはもう、そもそも雪国の住人に理解し
てもらう必要なんて無かった事に気が付くわよ。だってあの人達
は樹氷が氷だって知らないんだから。そんな人達にリスカして見
せたってどうしようもないじゃない。せいぜい「お母さん、あん
たの見ているものは子供でも旦那でも世の中でも、ぜーんぶ雪の
結晶なんだよ。その内、溶けちゃうんだよ」と言うしか…、いや
いや、そんな事言う気にもならないな。気にならなくなるよ。あ
の人達がどう思っていようとも気にならなくなる筈。その3。ツンデレ
はスルー。雪国から出てきても樹氷を信じている様な奴は結構多
いのよねぇ。だいたい世の中の20%ぐらいはそうかなあ。そう
いう人達は自分の脳内イメージ通りにこっちを動かそうとするわけ。
箸の上げ下げを指図するみたいに、ああしろこうしろ言ってくる
の。赤あげて、白あげて、赤下げないで白さげない、みたいに言っ
てくるの。そこで「人間が違うんですよ」とか言っても無理なの
よね。もう馬鹿に付ける薬は無いと思ってスルーするしかないの
よ」と言うと「ふぅ」とため息を付いた。
「確かに」と俺は言った。「俺があの掲示板で、多分これは受け
るだろう、と思ったのも、あれも樹氷だったかも知れないなぁ。
ネットだと相手が見えないから相手だと思っているのは俺が妄想
している樹氷でしょ。それに向かって、これは受ける、と思って
もKYになっちゃうよねぇ。でもこうやってスカイプで話してい
れば、ちょうどいい感じでコミュニケーションできるものね」と
言うとヨーコさんはしばらく沈黙した後、
「分からない」と言った。
「ええっ。ちゃんとコミュニケーション出来ているでしょ?」
「さぁ」





元文書 #821 ひっきー日記16
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