AWC ひっきー日記16


        
#821/1158 ●連載    *** コメント #820 ***
★タイトル (sab     )  10/03/30  00:36  ( 88)
ひっきー日記16
★内容
「私の母親は」とヨーコさんは言った。「世の中はちゃんとし
ていると思っているのね。税務署とか銀行とか。それはもう税金
とか借金からは逃れる事は出来ないんでそう思うっきゃしょう
がないんだけれども。奴隷って殴られると、自分が悪いって思
うんだよね。そう思うっきゃしょうがないじゃん。兎に角お母
さんは世の中はちゃんとしているって思い込んでいたの。だか
らそんな世の中に自分が参加出来る訳がないって思っていて、
それでスナックなんか経営していたんだけれども。だから私に
はちゃんとした人生を歩んで欲しいって本当に思っていたの。
その癖、そんな事出来っこないって思っていたのよ。そうする
と何か私に体裁のいい病気で死んでくれないかって思う様にな
るんだよねえ、AIDSとかじゃなくて。子殺しだよ。戦争だっ
たらもっとよかったかも。社会にゆだねちゃうんだよね。斎藤環
の病院から治療者を呼ぶのもそういう感じかもね。でも私の方
では、何があっても、私が何をしても、私が人殺しをしても、
あの子はいい子なんだって言って欲しかった。多分、リスカを
する子って、こんなに傷ついているから、だから寸分たがわず
私を理解してって迫っていっているんだろうなあ。うーん。こ
こに悲しい二重構造があるんだよ。母親は社会に幻想を抱いて
いるから、恥を晒すぐらいなら死ねと思っている。でも子供は
何があっても母親は愛してくれると思っている。だからリスカ
してこっちを向いてって。で、それが叶わないと今度は親殺しっ
て話になるんだけれども、私の元彼みたいなのに頼んでやって
もらおうか、とか…ちょっと待って。お茶もってくるから」と
言うとヨーコさんはスカイプから離れた。俺はタバコに火を付
けてサッシを10センチぐらい開けた。1本吸い終わった頃に
ヨーコさんが戻ってくる。「本当に私、そうだったのかーって
思った瞬間があって。コンビにのレジに並んでいて…ちょっと
話は飛ぶんだけれども、最後はさっきの話に戻ってくるんだけ
れども、コンビニの店員が遅くて、なんであんなにとろいんだ
ろうってイライラしていて、やっと打ち終わって、たまたま小
銭がたまっていたから小銭を出していたのね、そうしたら今度
は後ろに並んでいた大柄な男が舌を鳴らした様な気がして、靴
を鳴らして煽っているような気がして、あの人イラついている
のかなぁって思ったら焦っちゃって。それでローソンを出た時
に元彼が言うのね、「なに、あせあせしてんの?」って。私は
これこれこういうわけで、と自分の心境を話したら、「人間が
違うんだぜ」って。「レジ打っている女も後ろの客もヨーコと
は人間が違うんだぜ。分かる?」。人間が違う? 目からうろ
こ。人間が違うのか。母も人間が違うんだよねぇ。母は私を愛
していた。でもそれは私の望んでいる愛し方とは違っていた。
当たり前でしょう。人間が違うんだから。どうしてそれに気が
付かなかったんだろう。それに気が付かない人が親殺しをする
んじゃないの? 『ナチュラル・ボーン・キラーズ』とか。
『アメリカン・ビューティー』とか。観た? でもああやって
親を殺して逃げて行っても、行った先で今度は後ろに並んでい
る客から煽られるんだから。だから兎に角人間が違うんだって
事に気が付かないと」と言うとお茶を飲んだ。「それに気が付
かない人が、絶望とか言い出すんだよ。キルケゴールとか。知っ
ている?」「知らない」「キルケゴールっていう哲学者は誰と
会っても絶望するのね。そりゃあそうだよ。人間が違うんだか
ら。でもキルケゴールは絶望を3つの種類に分けるのね。まず
絶望しても我慢して結婚は人生の墓場ってノリで生きていく自己。
これを絶望して自己自身であろうと欲しない自己って言ったの。
墓場だから。ゾンビだから。それから絶望して自己自身であろ
うと欲する自己っていうのもあるんだよ。これは脳内彼女と結婚
する自己。あと絶望している事にすら気が付いていない自己も
あって、これはまぁCancam読者かな。兎に角こういう事を大真
面目に論じているんだよ。信じられる? フロイトだってそう
だよ。何かに努力するでしょ、でも諦めるでしょ、自由が丘に
住みたいって努力するでしょ、でも諦めて中野、それも諦めて
練馬、それも諦めて大宮、ってどんどん都落ちしていって最後
はとんでもない僻地に住んで、それでも住めば都と思って、唯一
の楽しみはお風呂上りのビールみたいな生活になって行って、
最後にはそれも取り上げられて。つまり死ぬって事だけれども。
でもそうなると努力と諦めの収縮運動がなくなるからそれは
ニルヴァーナだから心が安らぐとかマジで言っているんだよ。
そんなの私に言わせれば夢の中で何かに気が付こうともがいて
いる様なもので、夢から覚めれば、あぁ夢だったのかって。分
かる?」
「分かるよ」と俺は言った。「親も彼女も世の中も自分の脳内
にあるのとは違うに決まっているって事でしょ」
「そうだよ」
だが俺は首をひねっていた。ヨーコさんは『ナチュラル・ボーン・
キラーズ』に言及していたがあれはタランティーノ原案でその
彼はその前年『トゥルー・ロマンス』の脚本を書いていた。こ
の映画でも父親が殺されていたのだ。俺はこれを観た時にセカイ系
だと思った。南の島でトゥルー・ロマンスしたいんだったら親
が田舎で一人暮らししていたら駄目なんだ。俺はよく核戦争後
の世界でハッちゃん(ウエノハツネ)と二人だけ生き残るとい
う妄想をする。その時には妄想の最初の方で親に安楽に死んで
もらっている。そして妄想の後にはアナルにドライバーを挿入
してのオナニーだ。やっぱりフロイトとか関係あるんじゃない
のか。勿論ヨーコさんにはこんな事は言わないが。それに「人
間が違うから」というだけで世の中のひきこもりや摂食障害の
人々を説得出来るとは思えない。そんなのワタミの社長に「夢
に日付を!」と言われている様なものだ。ワタミの社長がキルケゴール
に「夢に日付を!」と言ったらどうなるんだろう。




元文書 #820 ひっきー日記15
 続き #822 ひっきー日記17
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