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★タイトル (CWM ) 08/02/19 02:21 ( 80)
小説の書き方2 つきかげ
★内容
クレアが再び僕のところへ来たのは、その翌日の同じくらいの時間帯だ。秋
の陽が傾き西の空が黄金色に輝いて、部室が紅い光りに満ちたころ黄昏時の影
に身を包んだクレアが現れた。
「蛭間さん、昨日はごめんなさい」
僕は、クレアにほほ笑みかける。
「謝ることなんてなにもないと思うけれど」
「カイったらお節介なんです。私が蛭間さんにとんでもなく迷惑をかけると思
っているのよ」
「まさか」
僕は笑った。
「クレア、君に迷惑をかけられるなんて思ってないよ」
「私は蛭間さんに、私の書いた小説を読んでもらいたいだけなのに」
「なんだって?」
驚いた僕に向かって、クレアは紙の束を差し出す。そのA4の用紙には、文
字がぎっしりと印刷されていた。僕はその紙を繰る。それなりにしっかりとし
た文章が綴られているようだ。
「読んでいただけますか、私の書いた小説」
僕は文章を目で追いながら、頷きかける。
「もちろん、読ませてもらうよ。驚いたな、いきなりこれだけのものを書くな
んて」
「蛭間さんに教わったとおりにしただけですのよ」
僕は驚いて、クレアを見る。クレアは満足げに微笑んでいた。
「自分の心を見つめて、そこにある書きたいものだけを、書いたの」
僕は手元の紙とクレアを見比べた。ある意味僕は呆れている。昨日、僕がし
た説明はどちらかといえば書き方というより、心構えか覚悟のようなもののつ
もりだった。そこから実際に書くまでには、それなりの手順が必要なはず。い
きなり完成品ができあがるはずはない。
とすれば、昨日の説明を聞く前にこの小説は出来上がっていたのではないだ
ろうか。それでは、なぜ僕に小説の書き方なぞ聞いたのだろう。おそらく僕に
聞きたいことがあったのではなく、むしろ伝えたいことがあったということ。
そう思ったが、そんなことは口にださない。
「じゃあ、私そろそろお暇します。カイがうるさいのよね。私を守る騎士らし
いんだけど」
僕は、苦笑した。
「この小説は預からせてもらおう。明日には読み終わっているよ」
クレアは微笑んだ。
「明日またきます」
クレアを見送り、僕は腰を降ろすと小説へ目をおとす。クレアは僕の小説を
読み、僕に興味を持った。彼女は僕に小説を読ませたいから、僕に小説の書き
方を聞いたわけだ。そのほうが、僕に小説を読ませる理由をつくりやすい。け
れど、なぜ?
僕は、気配を感じ顔をあげる。入り口のところに夕日を背にうけ、痩身の悪
魔のように黒い影となったカイが立っていた。逆立った金髪が夕日を浴び、暗
い炎のように輝いている。
「やあ、聖女の守護騎士くん。彼女はもう帰ったよ」
カイは、うんざりした表情になる。
「しゃれになってないんだよ、蛭間さん。クレアが帰ったことなら知っている
よ。あんたに用があるんだ、蛭間さん」
相変わらずのものいいに、苦笑する。
「なんだい、カイ」
「いくらあんたでも、その小説を読んだりしないよな」
なぜか僕はカイの表情にぞくりとした。カイの顔からは、感情というものが
削ぎ落とされていたからだ。
「どういう意味だい」
カイはやれやれと首をふる。
「あんたは馬鹿のふりをしているのではなく、本当の馬鹿かと思うことがある
よ。いくらあんただって、なぜクレアが小説を読ませたがっているのか見当つ
いてるんだろう?」
僕は肩を竦める。
「クレアが小説を僕に読ませる理由が判らないと馬鹿だというのなら、僕は馬
鹿だよ」
「馬鹿なら馬鹿らしく、素直に警告を聞けってんだ」
僕は手を広げた。
「めんどうくさいのは君だよ、カイ。クレアを拘束したいなら、力ずくでやっ
たらどうだい」
カイはまた、哀れむように僕をみた。
「それができるんなら、苦労はしないよ」
そう言い終えるとカイは踵をかえした。
「カイ」
僕の呼びかけに答え、カイは足を止める。
「もう一度聞くんだけど。君は、クレアのなんだい」
カイは振り向かずに答える。
「さっきあんたが、言ったとおりさ」
カイはそのまま立ち去った。僕はため息をつくと小説に目を落とす。さきほ
どのカイが見せた表情が、蘇る。僕は苦笑した。中等部の子供がやってる恋愛
ごっこに、なぜ僕がつきあわねばならない。
僕は、その小説をほうりだそうとして……思い止どまる。なんにしても、も
のを書く人間として同じ書くことを行う人間が作ったものを無視はできない。
書いた理由はともあれ。
僕はクレアとの約束は守ることにした。