#2509/5495 長編
★タイトル (MMM ) 94/ 2/11 16:41 (198)
愛子(桜雪) (13)
★内容
愛子。僕たちの青春は帰ってこない。僕たちの青春を刻んだあの手紙の束は。もう
永久に帰ってこない。
そして僕は敗れ去った、もう人生に敗れ去った青年…人間として死んでいこうかと
ても迷っている。愛子との手紙の束を残しておけば僕にもこういう青春があったんだ
と、また僕と愛子の愛の物語が僕の死後世に出て人々に感動と生きる勇気を与えたの
だろうに、と思うと僕は悔しさで胸がいっぱいです。
それで僕はこのまま死んで行くのが悔しくて…今日まで必死に僕と愛子の物語を再
生させてきたけど、僕にはどうしても愛子の手紙が書けません。僕を勇気づけてくれ
た、また純粋だった愛子の心のこもった手紙を再生することが僕にはとてもできませ
ん。とても残念です。
そのために僕は『中二コース』などを買ってきて方々の女のコに文通してくれる
謔、に手紙を書きましたけど、やっぱりもう無理だなあ、と解ってきました。僕の心
は疲れ果て、もう以前のようなときめきや情熱を持てなくなっているし、僕らの愛は
たしか4年近く続いたろ。4年近くもかかってできあがった特大のファイルにやっと
収まっていた僕らの手紙などの束だったのに、僕はほとんど捨ててしまい、とてもと
ても後悔している。
もう一度、もう一度、あの青春が戻って来ないかな、と僕は四つほど手紙を出して
今2人の中二の女のコと文通している。でもダメだ。その2人の女のコは愛子のよう
に文章が上手でない。ちっともありふれた文通と変わらない。
愛子。愛子は福岡で僕のことを怒っているだろ。折角の愛子の心を込めて書いてく
れたたくさんの手紙をすべて捨てたこと…とてもとても怒っているだろ。今、長崎の
空は曇っている。福岡の空も曇っているだろ。今にも雨が降り出してきそうだ。
青春は帰って来ないのかなあ。僕は今26で愛子は21だろ。僕らが文通していた
頃、愛子は高2から20ぐらいのころまでだったかな。そして僕は…
ごめんね、愛子。僕はこの罪を刈り取るため愛子と結婚しようかなと思っている。
それが、それだけが、僕が愛子にできるたった一つの罪滅ぼしのように思えて。でも
迷惑かな。愛子はもう僕のことなんかまったくなんとも考えてないと思える。
愛子の心にはもう僕のことなんてない。狂った、狂いかけた、おかしな人としか、
残っていない。迷惑ばかりかけた自分。愛子の人生を狂わせた罪な自分。病気の、お
かしな自分。
愛子。僕の憂愁に打ち沈んだ心は、もう晴れ上がらないのかな。もう一年以上も続
いている。僕の心のなかの曇り空は。もう永久に晴れ上がらないのかな。
愛子。だから僕は今日の夕方、ジョギングなどをしに行くつもりだ。体がなまって
いるからこう心が打ち沈んだままでいるのかなという気がするから。
僕は今日の夕方、愛子と文通したりしていた頃のことを思い出すように必死に走る
つもりだ。あの頃の情熱と気力を憶い出すように。あの頃の元気だった僕をもう一度
憶い出すために。
愛子。福岡の空は晴れてるかい? 長崎の空は僕の心のように曇って今にも雨が降
り出しそうなほどだ。愛子、福岡の空は晴れてるかい? そしてこの日曜日愛子は何
をして送っているんだろ? 愛子。愛子の心は晴れてるかい?
僕は夢の中で愛子の手紙の束が燃やされてゆくのを見て飛び起きた。午前2時だっ
た。
僕は愛子の手紙の束が戻って来ないかな…戻って来ないかな…何処からか棄てられ
ずに残っているのを発見できないかな…と夢のようなことを最近考えていたからだろ
うか。愛子の手紙の束が赤い炎を上げて燃えてゆく光景は僕の胸の中にある魂が燃え
上がってゆくような錯覚を覚えた。
愛子の魂の結晶が燃え上がって灰になり永久にこの世から消えることは僕は愛子の
魂を殺したような…愛子をまた傷つけ塗疸の苦しみの中に陥れたような罪悪感を最近
僕に抱かせた。
愛子へ。僕はもう2時間も眠れてない。愛子の手紙の束が燃えてゆく夢を見て飛び
起きてからもう2時間も眠れてない。僕はもうダメだ。今日にでも死んでゆこうかな
、と思っている。
職場での人間関係とか(僕はどうしても緊張して体がこわばってしまうので)辛く
て辛くて僕は死んでしまいたい。死んで一人っきりになった方がずっとマシだと僕は
思う。
愛子。僕は落ち込み果てて何をする気も湧きません。アルバイト先で重大な失敗を
してしまって。叱られはしてないけど気まずくって。その沈黙が僕には耐えがたいと
いうか…昨夜また自殺のことを本気で考えてしまいました。
愛子は全然手紙も電話も寄こさなくなったけど、愛子の明るさと愛子との楽しい思
い出は僕は決して忘れないつもりです。自殺直前の落ち込み果てている僕だけど(そ
して創価学会にすべきか共産主義にすべきか心の支えとしてどちらをとるべきかとて
も迷っている僕だけど)(でも愛子と文通していたりしていた頃の僕はこんな深刻な
ことなんて考えなくて、バイクのこととかクルマのメカニズムのことなどを元気いっ
ぱいに考えていた僕だったのに)僕は3年、4年前の自分を思い出して再び元気にな
ろう、と自分で自分を勇気づけようと思っています。
ホントに愛子とつき合ってた頃のボクは元気で、そして暢気だったというか(ホン
トにあの頃は幸せなボクだった)ととても懐かしく思い返しています。そしてあの頃
がボクにとって青春だったんだと。今は青春は過ぎ去り、残された僅かな日々を(こ
れは少し大袈裟かもしれないけど)大事に大事に生きてゆくというか。ホントに愛子
が長崎に帰って来ないかなあ。それとも明るい元気いっぱいの電話をかけてきてくれ
ないかな、という気持ちでいっぱいです。
愛子へ
愛子、なぜ僕のこの頃の毎日は終末の様相を呈しているのだろう、ととても不思議
に思っている。もしかしたらハルマゲドンの日々が(全世界中への、もしくはたった
僕にだけのハルマゲドンの日々が)近づいているからだろうと僕は思います。
朝、僕はこの頃いつも悲しみをいっぱい湛えて起き出します。そして9時15分ご
ろアルバイト先へアルバイト先へとバイクかもしくはクルマに乗って出掛けます。人
間関係が辛くなってきて、そしてもうクビになりそうな職場にです。家の人は僕が留
年していることを知らなく、今年で卒業だと思っています。
そして夕方になるといつも夕陽に背中を照らされながら帰って来るわけですが、僕
の孤独感は職場でも家でもとても強くって、やっぱりハルマゲドンは近いんだな、っ
て感じ始めている毎日です。でも必死になって自殺せずに生き延びています。
愛子へ
僕はこの手紙をアルバイト先の精神病院の宿直室で書き始めました。対人恐怖症の
僕は昼間この部屋を勝手に自分の部屋にして主にここでコンピューターの勉強をして
います。心理検査のプログラムを造らなければいけないのだけど僕はコンピューター
は始めてだからなかなか解らなくてこの頃はうんざりし始めてきました。
僕の父と母は今日福岡に仕入れに行っています。愛子の手紙を書いていて、ああも
うアルバイトに行かなければ、と思って顔を洗いなどをしに下に降りていったらそう
書き置きがしていました。
僕は今日バイクで来ました。もう桜もやっと散ってすっかり春になり、バイクでも
ほとんど寒くなくなったこの頃です。
バイクの上では曲目はなんていうのか解らないけど、僕と愛子がつき合っていた頃
木曜日の8時か9時からあってたろ? 高校ラグビーのあのドラマのメインテーマを
聞きながら来たので今とても元気です。なんだかあの頃に戻ったようで、昨日の夜や
今朝の憂欝はどこかに吹き飛んでいってしまったみたいです。
そして僕は今、スズメの囀りの声を聞きながら愛子への手紙の続きを書いているわ
けです。
ここからは長崎の町並みが黄砂に煙って見えます。そして僕が『あれになりたいな
』と言ってたろ? トンビが飛んでいるのも見えます。ここは愛宕の坂の上で近くに
南高があります。そしてスポーツセンターも。
愛子へ
僕は今日にも死ぬつもりでしたけど、抗不安剤というものを飲みすぎるくらい飲ん
で、いつの間にか死にたい気持ちが消え去ってしまっているのには自分でもあきれ返
るぐらいです。
今日もまた、OKホームセンターで農薬のビンをいろいろと見て回りました。でも
そのときには僕の抑欝的な気分はとても強くて、農薬のたった200円のものを買うの
さえ僕にはもったいなく思えて買えませんでした。
でも、こうして愛子から手紙も電話も来なくなって、愛子も僕の空想上の架空の女
性と化しつつあることを思うと残念です。とても残念でたまりません。
愛子へ
僕は今、哲学的にも思想的にもとても行き詰まりを感じているこの頃です。
共産党がいいのでしょうか? それとも創価学会がいいのでしょうか? それとも
。
僕は世のため人のためにたちたいという思いは人一倍強い人間です。でも現実には
僕は全く親不孝で。
愛子。僕はこの頃なぜこんなに悲哀感を感じるのかな、と不思議です。一人でいる
ととても寂しくなって涙が出てきそうになります。そして希死念慮が。
共産主義で生きよう、という思いもあるのですが僕は全く…
愛子。僕は愛宕の町並みを見降ろしながら思っている。あの頃の元気だった僕に戻
りたい。愛子とつき合っていた頃の元気な僕に戻りたいと夏になりかけたこの日思っ
ている。
もうあの日は3年も前になるのかな? それとも4年も前のことになるのかな?
愛子。僕は陽炎のようだ。毎晩酒ばかり飲んでやっと寝て、それでも2、3時間し
たら目が醒めて、今度は睡眠薬を大量に飲んで、再び寝始める。
酒だけは、酒だけはやめようと思うのだけど、僕はやはり酒なしには寝つけない。
それも泥酔するまで飲まないことには、それに僕は酒が好きだから。
愛子。僕はボロ屑のようだ。疲れはて、不運ばかりが打ち続いて、僕はボロ屑のよ
うだ。
僕はボロ屑になって春風に乗って飛んでゆこう。福岡の愛子の所へと飛んでゆこう
。
愛子。僕はまたカワサキのFTを買おうかな、いや買おう、と思っています。そし
て4年前ぐらいの元気だった自分に戻ろう、戻れるかもしれないな、と思っています
。
あのエンジンの鼓動。今のバイクには、今のかっこいいバイクには感じられない味
があったから。
そして昨日、不運にも400のバイクのクラッチの所が壊れたし、あれはあれを交換
するだけで直るかな、それだけで直ったら千円ちょっとでまた動くようになるのだけ
れど。それにバッテリーももうダメだし。車検は今年の12月でそして12万ほどか
かりそうだし。それにパワーはあるしかっこもいいけど味がないから。僕はカワサキ
のFTに買い換えるつもりです。そしてあの頃の元気さを、ふたたび青春を、取り戻
したい。