#2505/5495 長編
★タイトル (MMM ) 94/ 2/11 16:26 (198)
愛子(桜雪) (9)
★内容
高見さん、私も会社きついです。よく何度も『長崎に帰りたいな。そして高見さん
と会いたいな』と思って涙ぐみそうになります。
高見さん、私泣き虫になりました。高見さん、私のようなのが泣き虫になるってお
かしいでしょ。でも私、泣き虫になりました。
高見さん、元気でしたか? 今まで手紙書かなくてごめんなさい。毎日がいそがし
かったしそれに私正直言って高見さんのこと忘れかけていました。いえ、忘れよう忘
れようと努力してきました。
このまえの誕生日のプレゼント、本当にありがとうございました。私、男の人から
プレゼント貰ったの始めてでした。
(岸壁にて)
愛子。僕は君を傷つけた。高校三年生のあの大事な時期に君を傷つけた。君は傷つ
き果ててとても悲しんだ。僕の罪はとても深く深く君と来ようと思っていたこの岸壁
の青く黒く澱んだ水の中にも溶けきれないのかもしれない。僕の罪はあまりにも大き
く僕の胸に一生大きな醜い判痕として残り続けるだろう。僕の胸に死ぬまでずっと。
僕は孤独だ。僕はこのまま長崎港のこの岸壁に一生留まり続けていたい。石になっ
て一生この岸壁に立ち続けたい。
僕はそうして冷たい北風に吹かれたり雨に濡れたりしながら愛子への罪を償おう。
それでも何年…何十年かかるか解らない重い重い罪だけど僕は北風に吹かれたり雨や
雪に晒されながら罪償いをしていこう。何年…何十年かかるか解らないけれども。
僕も沖をゆくカモメのように、ふわりふわりと福岡の愛子のもとへ飛んでゆきたい
な。少しポッチャリとした愛子の胸に飛び込んでゆきたいな。そして傷ついて寂しさ
でいっぱいの心を慰めてもらいたいな。
私高見さんがとても心配です。なぜ高見さんそんなにいつも悲観的になってしまう
のですか? 私、高見さんのことがとても心配だから長崎に帰ろうかな、と思ってい
るほどです。
高見さん、しっかりして下さい。そんなに落ち込まないでもっと明るくなって下さ
い。
愛子へ。僕が結婚したこと知ってるかい。
僕には神への恐怖心が人一倍あったのです。
どうか許して下さい。それは人間の闘争心というか競争心がそうさせているのです
。
※(現存する唯一の愛子の本物の手紙----しかし最後の一枚しかない。)
電話の前でボーッとしています。私、高見さんに何度か手紙出したけど、着いてな
いのかもしれないなあ。この手紙も高見さんの手元に届かないまま12月の寒空に消
えてくのかも…。
私、高見さんから手紙来てないかなあとか、TEL来ないかなあとか思います。ず
っと前、私、高見さんにTELして、高見さんがあんまり話してくれなかったから、
もう2度とTELはするまいと決めたけど、やっぱりたまには、話もしてみたいしね
…。
ねえ、高見さん、たまには電話下さいね。私もTELしますよ。(もし迷惑でなけ
れば…)
だんだん寒くなります。体にはくれぐれも気を付けてね。勉強頑張って下さい。そ
れでは!
愛子。僕は勉強に頑張らなければならないのだけど僕には勉強ができない。大勢人
がいる所に行くと頭が締めつけられるし家で一人で勉強するのは淋しくって。
もし愛子が長崎に居てくれてそしてときどき会ってくれてたら僕の孤独感は癒され
て僕も家で一人で勉強できるようになるのだろうと思うと福岡に行ってしまった愛子
を恨みたい気持ちでいっぱいです。
週に一回でも元気いっぱいの愛子とデートできたなら僕の心の憂欝は晴れて勉強に
励む気も起こるのだと思いますけど。
愛子へ。遠く過ぎ去った僕らの恋は、もう秋になった日曜日の空の五島灘に浮かぶ
白い雲のように、僕らの記憶のなかから、少しづつ少しづつ消えていこうとしていま
す。少しづつ少しづつ。僕らの少年少女時代のはかない恋は。
私、高見さんからの手紙が来てないかな、とか、高見さんからの電話が来ないかな
、って会社から帰ってきたとき手紙がないかなと思ったり寮の受話器の前でボーッと
してたりしています。
私の手紙は福岡の空の中に溶けて行ったのでしょうか。私の思いは高見さんのとこ
ろまで届かなくて何処かに消えていってしまったのでしょうか。
最近、私を可愛がってくれていた先輩が(もちろん女の先輩ですよ)結婚して会社
を辞めてそれで私このごろ落ち込んでいます。高見さんの胸に抱かれたいなあとばか
り考えています。
では勉強に頑張って下さい。早く立派なお医者さんになって下さい。
P.M.11:20
○○愛子
僕は愛子の言うように勉強に頑張ってもう留年などすることなしに早く卒業して医
者になってそして愛子の住む福岡へ行きたいけど、愛子、現実は厳しいんだ。僕は人
の居る所ではどうしてでも極度に緊張してしまうんだ。そして勉強ができない。授業
に出たって緊張して全然頭に入んないんだ。
家に帰ると寂しさが襲い、僕は泣きたくなってテレビを付ける。寂しさを紛らすた
めには今はテレビが一番の友だちなんだ。そして夜の10時半頃になってジンフィズ
を飲んで眠る。
そして朝になると朦朧とした頭のまま起き出して顔を洗い歯を磨いてバイクに乗っ
て学校へと向かう。いつか愛子と護国神社で待ち合わせたときに乗ってきたあの黒い
カワサキの250ccのバイクで。
そして僕の哀しい一日が繰り返される。授業へ出ても緊張してしまって頭に全然入
らないのに出ないと出席日数が足りなくて試験を受けられないようになるから。
だから僕はもう学校をやめて国家上級の試験を受けて、国立考古学研究所か何処か
に入ろうか、と本気で考えています。でもその試験日は7月の上旬でちょうど一学期
の試験と重なってしまうからヤバイな、と考えています。
高見さんへ。私、このごろよく仕事の帰りなんかに博多の空を見上げながら頭がボ
ーッ、となってバスに揺られながら私の魂が長崎の高見さんの処まで飛んでいってし
まっている…高見さんが今何してるか解るわ…というふうな奇妙な感じにとらわれて
しまうようになりました。敏郎さん…これは何かの精神病の前兆ではないでしょうか
? それで私、敏郎さんのこと忘れよう忘れよう、と努力しています。このままじゃ
狂っちゃうから…
僕も愛子のことを思うと頭がボーッとなります。愛子が博多の空を見てボーッとな
るように。
僕は愛子に告白しようかな。僕は小さい頃(だいたい中二の頃まで)よく夕方にな
ると頭がボーッとなって自分が自分なのか解らなくなっていました。そして一種の夢
遊状態なのでしょう。僕はボーッとした頭のまま夕方を過ごすことがよくありました
。
でも高一のときその大きな発作が起こって以来、全く起こっていません。それは少
年期によく起こる一過性の朦朧状態というか。
愛子は言った。『明日の夕方から日吉青年の家で長崎の生徒会の合宿があるの。3
日あるの。夕方だったら会えると思うけど…』
僕は『合宿があるのか。会えないなあ。』とか言ったと思う。日吉青年の家までは
遠かったし、合宿中どうやって会える時間を持てるか解らなかった。僕は口を閉ざし
た。愛子にはそれが僕の拒絶のサインにも見えたのにちがいない。
夜中に目が醒めた。そうして福岡の愛子のことを思いやる。寂しく福岡へ遣らせた
愛子のことを、僕は涙を浮かべながら、悲しい愛子のうしろ姿を思い浮かべながら。
僕と愛子の出会いは、悲しく終わった。ほんのちょっぴり話をして、2回ほど待ち
合わせてデートをして、2回とも30分ぐらいで終わって、手も握らなかったし、護
国神社の周りを歩いたり、護国神社のなかに腰かけて話をしたり、2年間もだったけ
ど、文通は10回ぐらいしたけど、電話も2回ぐらいしたけど。
(僕のプレリュード)
昭和61年7月4日
僕は赤いプレリュードを買ったけど、愛子は一年前に福岡に行ってしまったし、誰
も僕の助手席に乗ってくれる女の子はいない。そして僕の赤いプレリュードはいつも
僕だけを乗せて学校と家だけを往復している。もうそろそろ梅雨も明けて夏になろう
としているけど、このクルマはマリンブルーの海によく似合うのだけど、僕には彼女
はいないし、とてもこのクルマが可哀相だ。たった一人、いつも僕だけを乗せている
このクルマがとても可哀相だ。女の子を乗せてやらなければとてもこのクルマが可哀
相だ。愛子が長崎に居たら、どんなにこのクルマも幸せだろうと、僕は考えて俯いて
しまう。僕は俯いてしまう。