AWC 祭 9      永山


        
#2490/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/ 2/ 6  10:23  (131)
祭 9      永山
★内容
 やっとのことで、コピーが終わった。
 あたしと本山は用意してきた紙袋にコピーした紙の束を詰め込み、プリンタ
ー室を出た。
 来たときよりもさらにえっちらおっちら、苦労して部室に戻る。
 そして早速、本の形にするための作業だ。さあ、場所を空けるのだ。
 まずは、コピーした紙を一山ごと受け持ち、二つ折にしていくの。それを順
番に机の端から並べて、みんなで順繰りに上から取って行く。一周したところ
で、本一冊分の紙の束が手元に残る訳。
 それが終われば、今度は一束ずつ、とんとんと揃え、大きなホッチキスで綴
じる。向かって右の二箇所を、バチンバチンと綴じるんだけど、これが結構、
神経を使う。よく、ずれてしまうのだ。きれいな出来の奴は、すぐに個人の分
として横にどける。やや不良なのが見本に回り、不良はやり直しの憂き目に。
「やっと、完成!」
 最後の百冊目を綴じ終わり、やれやれといった風情で、ホッチキス係?の剣
持が言った。確かにご苦労だわ、これは。
「今日はここまでね。後は、カップとか器具の準備。それから、食べ物の方は、
前日にまとめてストック作るから、そのつもりで」
 ミエがまとめたところで、散会となった。

 学園祭まで三日となった日のこと。
 もちろん、授業はある。どうでもいいものはともかく、出なければならない
講義や出席重視の講義は、さぼる訳にはいかない。前者はともかく、後者は出
席だけして、学祭関係のできることをやる。
 今はそんな出席重視の講義、一般教養の国文学概論で、あたしはミエと一緒
に大教室の後方に陣取った。これさえ取れば、一般教養は片付くんだ。出なき
ゃしょうがない。
 マイクを使ってぼそぼそと話している助教授そっちのけ、あたし達は部屋の
飾り付けの話を始めた。
「長机をこういう風に置いて……」
 あたしはルーズリーフから紙を一枚だけ外し、そこにシャーペンで線図を描
いていく。
「机にかけるクロス、用意しないと」
「レジは、えっとここら辺に」
 等とやっていると、急に声が飛んで来た。
「こら、そこ!」
 びくっとして、あたし達は顔を上げる。助教授がこっちを見ている。
 うー、運が悪い。他にもやっている連中いるのに、どうしてこんな最後尾に
いるあたしらを見つける訳?
「学園祭の準備で忙しいのは分かるが……」
 助教授はマイクを通して、ゆっくりと言い始めた。
「ここで準備をしなくてもいいんじゃないか。えーと、君らは確か、推理研だ
ったな」
 内心、びっくりしながらも、あたし達はうなずいた。どうして知ってるんだ
ろう? と、よく考えてみたら、最初の講義のときに出席カードと共に所属し
ているクラブがあれば書きなさいって言われたんだ。思い出した。
「先輩に奥原ってのがいるな。原稿も出せないほど苦労しているらしいが、就
職の方、どうなっているんだね?」
 何とも、奥原先輩までご存知なのか、この助教授。推理研とは腐れ縁かしら?
「はい、まだ決まらず、苦戦しているみたいです」
 ミエが答えた。
「そうだろうな。こうやって勉強もせず、人殺しの話ばかり書いていると、そ
ういう目に遭う」
 追い打ちをかけるように、助教授は言った。調子に乗っているなあ。まあ、
ここは大人しくしておこう。
「これに懲りて、内職はやめること。他の者もだ。いいね?」
 はいはい、分かりましたですよーだ。ふん、こんな一般教養取れなくても、
もう一つ保険があるからいいもんね。
 なんて、やけになりながら、この時間はやり過ごした。

 それからまた日が経ち、いよいよ学園祭前日だ。さすがにこの日は、授業も
午前中までで、午後からはたっぷりと準備にあてられる。
 学校でできる準備は大方すまして、
「これから帰って、クッキーとかを作らないと」
 てな話を部室でしていると、不意にドアがノックされた。部室には奥原先輩
を除いた部員全員が揃っているし、そもそも部員ならノックするはずない。
「はい?」
 ミエが応対すると、ドアは開かれ、どこかで見たようなおじさんが顔を出し
た。
「ここ、推理小説研究会?」
 横柄な言い方だった。それにしても誰だっけ?
「そうですけど」
「この印刷物、ここのかい?」
 男は右手に持っていた紙を、ひらりと示してみせた。
 見た瞬間、部員からはあっと声が上がる。あたしもだ。
 何故なら、相手が持ち出した紙は、今度のルーペの原稿だったから。「執筆
者の言葉」の辺りだ。
「確かに、うちの物です。これがどこに……?」
 ミエは不安そうに相手を見た。
 その間に、あたしは原稿のチェック。コピーした分に過不足はなかったのだ
から、元の原稿を調べる。
 あ、やはり、その分の原稿はなかった。
「これ、プリンター室の隣の部屋に落ちとったんだ。誰か、入ったかな?」
 じろりとこちらを見回す相手。何か知らないけど、疑っている様子だ。
 ここで思い出した。このおじさん、大学の職員だ。あまり感じのよくない人
として通っている。
「いえ、入っていません」
 この質問はコピーに行ったあたしが答えるべきだと思ったので、そうした。
プリンター室の隣はA4だのB5だの用紙が保管されている。教職員がコピー
するための物だ。
「本当に?」
「本当ですっ」
「実はね、紙がなくなっているんだよねえ。B5用紙が三百枚ほど。こちらの
誰かが盗んだんじゃないの?」
「そんな!」
 思わず、大声になる。盗むなんて、とんでもない。この間、プリンター室を
使ったときだって、ちゃんと買った紙を持ち込んだし。
「いやね、疑いたくないんだがね。この印刷物を持つとしたら、あんたらの内
の誰かしかおらんだろう? これが部屋に落ちとったんだから、あんたらを疑
うのも当然だと思うんだ」
「その紙は多分、この前、プリンター室を使ったときに忘れたんです。たくさ
んコピーしなきゃいけなかったから、完全には確認できなかったのよ」
 あたしは必死で抗弁した。こんなことだけで、つまらない嫌疑をかけられた
ら、たまらない。
「そうは言ってもねえ、自分だって上に報告せんといかん。前から紙を取って
行く奴はいたんだが、今度ほど大量なのは初めてだから、この際、見せしめに、
誰が犯人だかはっきりさせたくてねえ」
 嫌な言い方。
「ちょっと待ってください」
 高野君だ。彼が大きな身体を前に進めると、さすがに相手もびびったみたい。
おじさんは典型的な日本人体型だから、相当の差がある。いい気分。
「な、何だね?」
「それだけのことで、犯人だと決めんといてくれませんか。他に証拠、あるん
ですか?」
 見下ろしながら、高野君は言った。関西弁のアクセントだから、結構怖い。
「い、いや、それはないが。この紙切れで充分じゃないかね?」
 小さな声で、男は言った。
「それだったら、少し時間をください。本当の犯人を見つけたりますよ。推理
研らしく、始末つけます」
「ほう?」
 職員の口元が歪んだ。そして、からかうような表情になって、
「そりゃ面白い。やってもらおうか。いつまでに見つけられる?」
「そうですねえ……」
 高野君は副部長のミエを見た。意見を仰いでいるのだろう。
「そうね、学園祭が終わるまでには、見つけますわ」
 いくぶん、気取った言い方で、ミエは宣言した。
「約束したぞ。それまでにできなかったら、弁償してもらうからな。事件の報
告もするから、この部、なくなるかもしれんぞ」
「ご自由に。ただし、私達が何も証明できなかったらですけど」
 ミエも腹に据えかねていたのかしら、きつい調子で言った。

−続く−




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