AWC 祭 4      永山


        
#2485/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/ 2/ 6  10: 2  (197)
祭 4      永山
★内容
(承前)
 夕食は昨日と同じく、豪勢でおいしかった。
 このときにはお兄ちゃんもすっかり機嫌がよくなっていて、楽しそうに話し
ていた。話題は何と言っても、昼間の刀の消えた事件。
「今朝は確かにあったのになあ」
 宮沢さんが言った。
「保奈美、おまえは何も知らんのか?」
「知らないわ。ずっと忙しくて、気にかけてもいなかったし」
 まだ後片付け途中の保奈美さんは、困惑した表情だ。父親は宝石の一つが消
えたところでびくともしていないけど、子の方は気が気じゃないってとこね。
そりゃそうよ、あたしだって、あんな大きな本物の宝石が消えたとなると、落
ち着いてられない。女の子は刀みたいな美術的価値には疎いかもしれないけど、
宝石みたいなのには敏感なのよ。
「さて、誰が持ち出せるのかしら」
 と、荒川さんは、席に着いている人達を見渡した。その視線は千堂さんのと
ころで止まったみたい。
「違いますよ」
 それに気付いた千堂さん、短く否定した。
「分かってます。別に決めつけてる訳じゃないから、気を悪くしないでほしい
わ。それに、保奈美さんが持ち出す理由がないんだから、千堂さんが怪しまれ
て当然の状況だけど、そんな状況で持ち出すのは不自然だわ」
 荒川さんは取り繕う様子でもなく、穏やかに答える。
「そもそも、いつ、なくなったんだろうな」
 と、宮沢さん。
「さあ、自分が気付いたのは昼前、十一時ぐらいでしたが」
 千堂さんは頼りなげだ。
「朝食のときはあったんだから、十一時までの三時間ほどが怪しくなる」
 大介兄ちゃんは、比較的大人しめに発言した。推理作家だけに、慎重になっ
ているみたいだわ。格好つけなくてもいいのに。
「朝食後、我々が出かけるまでに持ち出したとも考えられるんだから、千堂君
だけが怪しいんじゃないんだな」
 宮沢さんの意見。そうか、あたし達にも持ち出せるチャンスはあったことに
なる。それにしても、誰が持ち出したにしても、どこに隠してるんだろう?
自分の部屋にあるんだったら、調べてみればすぐに分かることだわ。
 でも、この時点で誰も名乗りでないってことは、部屋なんかに隠していそう
にないと思う。そもそも、これが本当にいたずらかどうかさえ、怪しいもんじ
ゃないかしら。本気で盗んだんじゃ……。
 あたしは一人、心の中で恐がっていた。

 夜中、お風呂に入った後、すぐに寝床に就いてからも、あたしの頭から、刀
を盗んだ人のことは離れなかった。恐い。外はシーンとしている。夜の十一時
頃、アトリエに戻る宮沢さんのボートの音を聞いたきり、静寂が支配している。
 薄明りの中、目を凝らして時計を見上げると、今はもう二時。うわっと思っ
てしまった。こんな夜更ししたことは、お正月ぐらいしかない。こんなことで
は月曜日に支障が出るかも。あたしはそう考えて、無理にでも寝ようと努力す
る。
 だけど、頭の中からは例の考えが離れなくて、悶々と考えてしまう。結局、
眠れたのはさらに一時間ほど経った頃だったかなあ……。

 朝八時。中途半端な睡眠時間を取っただけで、目が覚めた。まだ眠い気もし
たけれど、初めての家でこれ以上寝るのも気が引ける。あたしはゆっくりと身
体を起こして、イチゴ柄のパジャマのまま、顔を洗いに部屋の外に出た。
「あ、きらきら」
 自然と、そんな言葉が口を突いて出た。湖に朝の光が当たり、きらきら、金
色の木の葉でも浮かべたみたいに、揺れて光っている。そんな景色が窓から見
えたんだもの。昨日の夜からの気分の悪さが、少しは吹っ切れたかな。
「?」
 廊下に出てみると、様子が変。朝から騒々しいわ。
「お父さんが死んでた……?」
 受話器を持って立ったまま、絶句してしまっているのは保奈美さん。でも、
今、何て言ってたの?
「本当なんですか? あ、しっかりして、保奈美さん」
 崩れ落ちそうな保奈美さんの身体を、荒川さんが端から支えている。
 あれ、いない。お兄ちゃん、宮沢さん、それに千堂さんがいない。
「あ、まどかちゃん、起きたのね」
 保奈美さんをソファに座らせていた荒川さんは、やっとあたしに気付いたみ
たいで、声をかけてきた。
「あの……おはようございます。どうかしたんですか?」
「それが……」
 言いにくそうに口ごもる荒川さん。じゃあ、やっぱり、さっき聞こえたあの
言葉は……。
「み、宮沢さんが殺されて……たんですか?」
「聞こえていたの! まどかちゃん!」
 びっくりするぐらいの大きな声になって、荒川さんは叫んだ。
 そのとき、その叫びを覆い隠すような音が上がった。ボートの音だ。しばら
くして、お兄ちゃんと千堂さんが姿を見せた。どういう訳か、二人とも水着姿、
肩にタオルをかけている。
「保奈美さんは大丈夫ですか?」
 千堂さんが医者らしく、ソファで横になっている保奈美さんを見て、近付い
た。
 お兄ちゃんの方は、すぐにあたしに気付いたらしく、駆け寄って来ると頭を
撫でるようにして、あたしを引き寄せた。
「まどかちゃん……聞いてしまったかい?」
「……うん、多分。宮沢のおじさん、死んじゃったの?」
「そう……」
 力なく、大介兄ちゃんはうなずいた。
「栗本さん、まどかちゃんにはそれだけ話せば充分よ。ね、まどかちゃん。も
う少し、お部屋に戻っていてちょうだいね」
 荒川さんが言ったけれど、あたしの心はどきどきしていて、何が何だか分か
らない。頭の中が混乱している。
「で、でも、殺されたって……。まさか。ねえ、刀が盗まれた事件と関係があ
るんじゃないんですか? それだったら、はっきり知りたい。あたしも殺され
るかも!」
 理にかなっていない。唇が勝手に動く。そんな感覚。
「そんなことないって。いいかい、まどかちゃん。確かに、刀は関係している。
でも、これは関係ないことだよ、君には。ただ、注意さえしていればいい。悪
いことに、外への電話線は切られていたからね、警察への連絡は遅れるだろう
けど、それまでは、僕がまどかちゃんを不安にはさせないよ」
 それから続けて、大介兄ちゃんは優しい言葉を囁いてくれた。そのおかげか、
何とか気持ちが落ち着いてきたみたい。
 あたしはその後、部屋に戻ることになった。一人になるのは恐かったけれど、
もっと辛いはずの保奈美さんがいるんだから、少しは我慢しなくちゃ。

 気が付いたら眠ってた。今度の目覚めは、朝のそれよりももっと悪い。宮沢
さんが死んだということが、単なる悪夢だったのではという考えが少しも起こ
らず、すぐに現実となって自覚できてしまったから。
 人がいるみたいだったから、顔を横に向けると、荒川さんがいた。
「起きた?」
「……はあ」
 あたしは息だけで返事をした。
「気分、どう? 何か入る?」
 その場で起き上がったあたしに、荒川さんはお盆を示した。牛乳、紅茶、コ
ーンフレーク、バナナといった物が並んでいた。でも、あたしが選んだのはお
水だった。
「お兄ちゃんは?」
 飲みながら聞いた。
「今は、ちょっと他の場所にいるの」
 何か引っかかったような物言いだった。荒川さんらしくない。
「大丈夫なんですね、お兄ちゃんは?」
「それはもちろん。それよりもね、まどかちゃん。聞いてほしいの」
 今まで以上に真剣な目つきになって、荒川さんはあたしを見つめた。
「最初、私はあなたのような子供に聞かせる話じゃないと思って、こんな話は
したくなかったんだけど……。さっき、私、宮沢さんが殺された場所−−小島
のアトリエまで行って来たのよ」
「……」
 あたしは黙って聞く。急な展開に、何とかついて行くだけで精一杯。
「簡単に言うわね。……盗まれた刀が凶器だったの。その刀の柄にはめられた
トルコ石は、きれいな青のままだった。そして、お医者さんの千堂さんの見立
てじゃ、宮沢さんが亡くなったのは午前0時から二時までの間だろうって」
 荒川さん、何が言いたいのだろう。次第に、あたしは不思議に思い始めた。
「あの、刀とか0時から二時とか、何のことだか……」
「私、昨日の夜は仲々寝つけなかったの。まどかちゃんもそうじゃない?」
 そう言った荒川さんの口元は、かすかに笑っているように見えた。

−−問題編.終わり

 さて、誰が犯人か? 分かった方は、巻末の回答用紙にその名前と理由を記
し、推理研究会のボックスに入れて下さい。たくさんの回答をお待ちしていま
す。

 締め切りは十一月三十日。賞品は図書券一万円分です。

 前回の犯人当て「お似合い」に多数の応募、ありがとうございました。厳正
な抽選で正解者の中から一名、当選者を選ばせていただきました。幸運な当選
者は以下の方です。おめでとう!
  三上秋江さん (経済学部経済学科三回生)
   *ご足労ですが、三上さんは推理研部室に賞品を取りに来て下さい。
 今回の犯人当ても、奮って応募して下さい。相変わらず、賞品をもっと豪華
に、という声があります。徐々にグレードアップしていこうと考えております
ので、末永くお付き合いのほどを。


今月のベストミステリー特別編     香田利磨
 四回生の奥原先輩が、ついに執筆不可能状態に陥りましたので、今回はあた
し、香田がピンチヒッターとしてお勧めミステリーを紹介します。責任重大だ
けど、白状するとこんな風に本を推薦するのって、苦手なの。
 弁解していると「それならどうして引き受けた?」なんて罵声が飛んで来そ
うだから、早く本題に移ろうっと。ちょっとでも特色を出すつもりで、外国作
家から選んでみると……。
 まず、エラリー・クィーンの「Yの悲劇」かな。昔から海外ミステリのベス
ト選出で常に上位(たいていは一位)に入っている、すでに評価の固定された
名作。粗筋は本の折り返しにでも任せて、この作品の見どころは犯人限定の素
晴らしさ。探偵役のレーンが、耳が不自由な身であるにも関わらず、またそれ
故に、緻密な推理を組み立て、唯一考えられる犯人を指摘するスリルは、それ
までの推理小説になかった物。読者の中には、ある事実から勘で犯人を当てる
人もいると聞くけど、そんな読み方はしない方が自分のためです。
 次にディクスン・カーの「ユダの窓」を推薦。別にカーター・ディクスンな
るペンネームを持つ作者は密室にとりつかれたような人で、その作品のほとん
どが密室物。本書も当然、密室殺人が起こり、それを名探偵が解決するという
パターン。型がはまっているだけに、読者は密室トリック等の謎の解明だけに、
頭を使うことができる。でも、この中のトリックはまず、気が付かないと思い
ます。我こそはと言う方、挑戦してみてはいかが?
 三番目はお馴染み、コナン・ドイルの「シャーロックホームズの冒険」等、
ホームズ物から「赤髪連盟」。あたしがこれを読んだのは、小学四年生ぐらい
だったんですが、そのあまりの面白さに、引き込まれてしまい、たちまちミス
テリーの虜にされてしまったものです。いわば、香田利磨のミステリーの原点
が、「赤髪連盟」なのです。ところがホームズ研究家に言わせると、この作品
には二十四もの欠点があるということで、驚き。その指摘一つ一つを聞いて、
「あ、そっか」と思ってしまったんですが、それでも推理の面白さを教えてく
れて、一気に読めてしまうこの短編は、忘れることができません。赤髪の人を
簡単な仕事で雇い、高給を払う赤髪連盟が突如解散。その秘密とは? 答は読
んでのお楽しみ。
 最後は、ミステリーの女王と称されたアガサ・クリスティの「アクロイド殺
し」。クリスティはこの作品の出版直後の失踪事件で一躍、売れっ子作家にな
った。本作にも、あの卵型頭の愛すべき探偵、エルキュール・ポアロが登場す
るんだけど、いつもとちょっと体裁が違う。どうしてかなと思って最後まで読
むと、その意味が分かる仕掛け。そのアンフェアすれすれのきわどい結末に、
「あくどいど!」と叫んだ数多くの読者がいるとかいないとか……。とにかく、
びっくりさせられることだけは間違いなし。
 うーん、振り返ってみると、随分と古い作家ばかり。本格物が好きだから、
その手の作品を選ぼうとしたら、こうなってしまった。このこと自体、最近の
外国作家は本格物を書かなくなったって証拠だと思います。それがいいか悪い
かは別にして、ちょっと淋しい状況だと感じますね。これまで奥原先輩が紹介
された日本の本格推理作家に期待してしまうのも、無理ない訳です。
 といったところで、代打・香田はベンチにさがらせていただきます。

−続く−




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