AWC JUMP! 篠原梁


        
#2437/5495 長編
★タイトル (PME     )  93/12/13  14: 2  (179)
JUMP! 篠原梁
★内容

               JUMP!

                            篠原 梁

   何だか体の軽い日‥‥。そういえば、今日は「地に足がつかない」
  って言うのだろうか、1日中うかれていたような気がする。そして、
  とても調子が良かった。何て言うのだろう、何でもできてしまうよ
  うな気持ちだった。
   私は、人通りの多い駅の中央道りから外れたところで、なんとな
  く「とうっ!」と、ジャンプした。
   すると、驚いたことに私の体は、スウッと浮かび上がるようにし
  て跳んだ。しかし、しばらくするとゆっくりと落ち始めた。地面に
  足がつくと、私は思わず笑ってしまった。
   なぜって、楽しいから‥‥。この楽しさは、ずっと以前に経験し
  たことがあった。そう、幼稚園の時だったろうか‥‥。そして、今
  度はおもいっきりジャンプした。
   私の体は、勢いをつけて星空へと向かった。じっと私を見ていた
  猫が、不思議そうに私を見上げている。みるみるビルが小さくなっ
  てゆき、足元にも星空ができたようであった。そして、段々と勢い
  が無くなって来ると、またゆっくりと降下しはじめた。
  「ああ、なんて気持の良いことなんだろう‥‥、空にいる事って‥‥」
   目をつぶると、きれいな湖と森に囲まれた風景が浮かぶ。その湖
  畔に、私は風を受けて立っていた。
   私の横を何かが横切った感じがしたため、驚いて目を開けると、
  もう家々の屋根が足元に見えていた。私は、電線に引っ掛かると思
  い、足をばたばたしたが引っ掛かりはしなかった。周りは、自分の
  家の近くであった。しかし、これで家に帰ってしまうのは、なんか
  もったいないような気がして、また「とうっ!」と、ジャンプした。
   今度は余り力を入れなかったせいか、瓦屋根を越えたかと思うと
  すぐ落ちはじめた。ベコンと、鈍い音をたてて私はトタン屋根の上
  に降りた。その時、「ちょっとまずいな」なんて思った。私は、ま
  たジャンプして隣の屋根、隣の屋根と忍者のように飛び移っていっ
  た。

   ふと、ジャンプしてそのまま飛べそうな気がし、思い切って手を
  伸ばしスーパーマンが空を飛ぶ時のポーズを真似てみた。するとど
  うだろう、私の体は地面に落ちることなくゆっくりと、そしてふわ
  ふわと飛び始めた。私は思わず、「やったぜっ!」と言った。しか
  し、ちょっとでも気が緩むと私の体はジャンプをした時のように、
  ゆっくりと地面へ降りて行ってしまう。そのため下界の様子を見る
  ことができず、真正面を向いたまま、無言で、そして黙々と飛んで
  いた。
   そのうち、私はただ飛んでいるのが虚しくなり、何か起こること
  を期待して、少し体全体に力を入れた。すると、私の体は凄まじい
  勢いで飛び始めた。私は、調子にのってもっと、もっと力を入れた。
  それに応えるかのように、私の体はどんどんと速く、しまいには目
  が開けられないほど速くなった。気分はもう「スーパーマン!!」
  といった感じだった。ふと、空を飛ぶ鳥もこんなことを思うのだろ
  うか、そんな馬鹿げたことを思った。
   私は、足をばたつかせたり、宙返りをしたりと、思いあたること
  をいろいろとしてみた。そんなことをしているうちに、暗い海上へ
  と出た。真っ暗な海上に、光が群がっている場所を見付け、好奇心
  からそこへ近寄ってみた。それは、客船らしかった。私は間近に客
  船などを見たことがないため、スピードを落としその客船らしき船
  に近付いて行った。
   船は、客船ではなく連絡船の様であった。小さな島に向かうその
  船は、遠くから見た時は玩具の船の様であったが、近くではとても
  大きな船だった。ブリッジには、若い男性が3人でビールを飲んで
  いた。そのうちの1人が、何気なく空を見上げた。その男性と目が
  合い、私は何となく気まずくなり、「にこっ」と笑った。するとそ
  の男性も笑い返し、隣の男性に何か話しかけた。隣の男性は、話し
  かけた男性をこずきながら空を見上げ、私を見付け指を指しながら、
  ぺたんと座り込んでしまった。もう1人のビールを飲み続けている
  男性は、「何やってんだ」といった顔で私を見、持っていた缶を落
  とし慌てて船内へと駆け込んで行ってしまった。私は、本当に気ま
  ずくなってしまい、ずうっと笑い続けている男性にあやっまた。
  「おどかしてごめんなさーい」
   すると、まだ笑い続けている男性は手を振って、
  「頑張れよー」
  と、怒鳴りつけるように言った。腰を抜かしてしまったらしい男性
  も、隣の男性に合わせて手を振っていた。ただ、何を頑張るんだろ
  うと、少し不思議に思った。
   私は、この時初めて空中に止まることができた。そればかりか、
  無意識のうちに空を飛べるようになっていた。まるで、息をするか
  のように。私は、目の前に見える小さな漁村へと向かった。しかし、
  さっきの男性には悪いことをしたな、と思った。


   正確に漁村と言えるのだろうか。私のイメージだと、小さな漁船
  がいっぱいあって、なんて思っている。でも、それは港町だとあり
  ふれた風景にも思えた。
   私には、不思議なドキドキした感覚があった。これは、小学校の
  裏の空き地を探検した時感じたあのドキドキに似ていた。どうした
  のだろう、なんかやけに子供の頃を思い出してしまう。そんな気持
  ちを抱きながら、とりあえず道に降りた。街灯が点々と灯る大きな
  道路は、東京の幹線道路を思わせたが、車が1台も通らないことが
  唯一東京と違っていた。
   物音1つしないその道路を歩いていると、道脇の暗闇から、わっ!
  と何か出てきそうな気がした。東京だと、自分一人で道路を独占し
  ている気持になれるのになぜだろうと、変に警戒しながら道を進ん
  だ。
   しばらく歩いていると、どこからか人の声が聞こえた。私は辺り
  を見回し、その声がする場所を探した。どうやら、海岸の方から聞
  こえてくるらしい。しかし、大きな木に阻まれているばかりか、そ
  の木の暗がりはとても不気味で、私には「さまよえる森」といった
  イメージがあった。私は、自分が飛べることを思い出し、少し心の
  中で笑った。私は「すーっ」と息を深く吸い込むと、力強くジャン
  プした。ただ、ジャンプする瞬間思わず「ジュワッチ!」と言って
  しまい、なんとなく恥ずかしくなり赤面してしまった。
   大きな木々を越えると、海岸ではキャンプをしているらしく、小
  さなテントが張ってあり、そこから少し離れたところで大人や子供
  たちがキャンプファイヤーを囲み、楽しそうに話をしていた。私は、
  何となく和やかな気持になり、その人たちの所へと飛んで行った。
  私が飛んで行くと、その人たちは驚いたが、幾人かの子供は不思議
  そうに、そしてうらやましそうに私を見た。そのうちの1人の女の
  子が、私に話しかけた。
  「私も飛べる?」
   私は、その言葉になぜか深い感動を感じた。そして私は、自信たっ
  ぷりに言った。
  「飛べるよ」
   すると女の子は、顔がくしゃくしゃになってしまうほど喜んだ。
  そして、私に手を伸ばした。私は、その小さな手をつかむと、「こ
  の子も飛べますように」と心の中で呟いた。すると、女の子の体は
  宇宙にいる飛行士のようにふわふわと浮かんだ。
   女の子は、足をばたばたさせながら喜んだ。すると、下にいる子
  供たちが口々に、「僕も飛びたい」とか、「私もー」などと言った。
  私は、何だか子供たちに夢をわたしているような気がした。
  「みんな、手をつなげば飛べるよ」
  と、私は言った。すると、女の子の手を男の子が真っ先につかんだ。
  そしてその男の子も中に体が浮かぶ。そして、その男の子の手をま
  た男の子が‥‥、最後には大人たちもが空に体を浮かべていた。み
  んな、口々に喜び合い、いつのまにか私と友達になっていた。私は、
  こんなに幸せな気持になるとは思ってもみなかった。そして、これ
  ほど嬉しいことはなかった。なんか、泣きそうになってしまった。
   輪になって、みんなで楽しい会話を続けていると、下から聞き覚
  えのある男の人の声が聞こえてきた。
  「なにやってんですかー」
   下を見ると、船に乗っていた3人組の男性だった。
  「また会いましたねー。僕も仲間に入れてくれますか?」
   そう男性が言うと、みんなは互いに顔を見合わせて、「どうぞ」
  とか、「早く早く」とか、口々に言った。
   私たちの人の輪は、3人分大きくなった。ふわふわと浮かぶその
  人の輪で、楽しい会話が続いた。そんな中、不意に誰かが「飛んで
  みよう」と言った。私は、あの風を切るような感覚を思い出し、あ
  の感じをみんなにと思った。
   私は、全身に力を込めた。
  「行くよー!」
   それだけ言うのが精一杯であった。周りの景色が流れるようになっ
  た時、私の隣の男性が不意に手を離した。すると私を先頭にして、
  まるで正月にあげる連凧のような人のつながりになった。しばらく
  すると、初めは感動して声が出なかったのか、それとも恐くて声が
  出なかったのかはわからないが、みんな口々に喋り始めた。小さい
  子は、ジェットコースターに乗っているようだとか、鳥のようだと
  か言った。大人たちは、思ったことを言うのが恥ずかしいのか、世
  間話とか、早く飛ぶ前の話の続きなどをした。私は大人たちも、もっ
  と子どもの気持を素直に言えば良いのにと思った。私は、後ろにい
  る女の子が言った、「鳥っていつもこんな感じなのかなー」という
  言葉に、不思議な感じを受けた。鳥ってこんな感じなのだろうか、
  自由に空を飛べる鳥は‥‥。
   私たちは、いつのまにか海を渡り東京の上空にいた。下を見ると
  街は、昼間とは違ったにぎわいをみせていた。そのたくさんの人波
  を私たちが眺めていると、一人の人が私たちを見上げ、何か言って
  いるようだった。そして、その人を中心としてまるで水面に波紋が
  広がるように、人々が上を見上げた。人々は私たちを確認すると、
  色々と喋り合った。そして中には、大声で
  「仲間に入れてくれよー」
  と言う人がいた。一番最後に飛んでいる人が、不意に高度を下げ始
  めるとその人と握手しているように見えた。そして、その人に隣の
  人が、隣の人がと、どんどんと繋がっていった。私は、少しづつ高
  度を上げていった。すると、地面にいる手を繋いだ人たちも徐々に、
  徐々に浮かんでいった。私は、連凧の天辺にいるような気がした。
  とうとう、街の明かりが点となってもまだ人が繋がっているようだっ
  た。その人の繋がりはまるで鎖のようだっただろう。


   いつのまにか私は、自分の部屋で寝ていた。小鳥が忙しなく篭の
  中を行き来し鳴いていた。私は、外が見えなくて鳴いているように
  思え、カーテンを開けた。すると驚いたことに、いつも遊びに来る
  すずめ達ではなく、空には人々が行き来していた。ある人は、新聞
  を読みながらただ浮いているだけとか、空を走っている人、スーパー
  マンの様に飛んでいる人、とにかく人々が空にいた。
   私は、夢と思ったが、あの体験は夢ではないと感じた。そして、
  窓から飛び出そうとしたが飛び出せなかった。それよりも飛べなかっ
  た、といった方が正しかっただろうか。私は、一瞬悲しくなったが、
  空をところせましと飛んでいる人々を見て、やっぱり地面にいた方
  が良いな、と思った。

   私は、人々がこの夢からいつまでもさめないようにと祈った。




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