AWC           杏子の海(11)


        
#2417/5495 長編
★タイトル (MMM     )  93/12/11  18:33  ( 93)
          杏子の海(11)
★内容

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         (杏子さんへの手紙の下書きだろう。)

 今日の3時間目現国の時間自習になって僕は現国の本を読んでいました。みんなは
トランプをしたりワイワイ喋ったり騒いでいました。でも三分の一ほどの真面目で大
人しいのは宿題をしたりしていました。
 現国の本に面白いのがありました。授業のとき飛ばしたものですが『OOOOのジ
プシー』というものです。畑正憲っていうムツゴロウで有名な人が書いている報告記
のようなものでした。
 海の上に小さな船で一人で出て何日も何日も一本釣りの手釣りで魚を釣るのです。
僕は魚釣りが大好きだしそれに小さな船に一人で生活するのだから喋らなくていいし
、僕は高校やめてそれになりたいなあとずっと思っています。すると僕の苦しみや悩
みはすべてなくなります。僕の大好きな魚釣りを毎日してゆけます。
 弟子入りしようかな、と思ったりしています。
                                                        (高1 九月)

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              高一 9月27日

 僕はこの頃学校をやめて加津佐の父の実家へ戻ってそこで農業しようかとも考えて
きました。後を継いでいる父の弟夫婦は僕の父と母のように町へ出たいと言っている
そうです。だから僕が後を継ごう。そして花を栽培したり外国の果物を作ったり新し
い品種を作ったりしよう、と考えたりしています。でも農業をやっていくにしてもや
はり近所の人とは喋らなければいけないし、それがちょっと嫌な気がします。いろん
な寄合いなんかに出なければいけないようだし。
 でもミカンや米なんか喋らなくても肥料や農薬をちゃんとやっていたらできるだろ
う。

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          ----僕は悲しい運転手----

 僕は悲しいトラック運転手。無線で喋れない悲しいトラック運転手。まっ暗な闇の
中をトラックを猛スピードで走らせている。怒りを込めて。
 僕は無言の運転手。一人ぼっちの運転手。怒りが僕を支配していて路傍の雑草が僕
のトラックのたてる風に揺れている。
 僕は無口な運転手。無線にはいろいろな所からのトラックの運転手の話し声が入っ
てくる。みんなとっても元気で中にはヤクザっぽい人もいる。
 僕は唖の運転手。高校中退の言語障害の運転手。
 僕は涙のトラック運転手。僕の涙とともに降り出した雨をカタコトと鳴るワイパー
で切りながら走る夜の運転手。
 長崎から遠く離れて東京へと高速道路をゆく運転手。僕は哀しい運転手。
 トラックの巨大な黒光りするタイヤは僕の足で僕の怒りを表わしたものだ。ヘッド
ライトはもちろん目でその光も僕の怒りだ。
 僕は涙を堪えてひたすらに走り続ける。ふとハンドルを右に切って中央分離帯を越
え向かってくる大型トラックと正面衝突したいという誘惑に駆られるけど僕にはやは
り父や母がいる。僕は死ねないのであった。懸命に生きていくしかないのであった。
そして父や母の前ではさも楽しそうに振る舞わなければならないのであった。生きる
のや仕事がとても楽しいといったふうに。

 僕は涙を流しながら運転する。生きてゆくのが辛い。早く死にたい。早く何かの死
病に取りつかれるかして。
 でも僕の病気は死病ではなく人から笑われるだけの人から軽蔑されるだけの病気で
あった。

 雨がシトシト降っている。僕は悲しいトラック運転手。
 真夜中、杏子さんが立っていた。雨がシトシト降っている国道のまんまん中に。
 僕は急ブレーキをかけた。(キュルキュルキュルッ)
 杏子さんが消えた。でも杏子さんらしい人影はどこにもない。
 夢だろう。重なる疲労の果てに見た夢だろう。
 夢だったんだ。そうだ。夢だったんだ。杏子さんは立って歩けないんじゃないか。
それにこんな真夜中に。また長崎から遠く離れた尾道に。

 この雨は杏子さんの涙なのだろうか。それとも僕の涙か。僕の両親の涙か。
(ギッ、ギッ、と鳴るワイパーの音。ギッ、ギッ、と雨の音とともに際限もなく鳴り
続けている。)

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 杏子さん。僕は今日、魚つりしながらつくづく思った。明日からの一週間の学校の
ことを心配したりしながら僕はつくづく思った。もう暮れゆく太陽。もう日曜日も終
わりに来ている。一日の休憩ももう終わり明日からまた6日間の辛い日々が始まるこ
との悲しさ。
 また続く6日間の苦しい日々。他の人には楽しい日々かもしれない。朝、僕の心は
軽やかだった。でも夕暮れが近づくにつれて憂欝になってくる。
 楽しい一日ももう終わり、苦しい6日間が明日から続く。夕暮れは僕の心を悲しみ
で満たす。午前中は楽しかった。

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 夜、家に帰ると僕は風呂に入るまえにゴロの散歩に行く。魚つりで疲れているけど
、いつもクラブで疲れているから。
 悲しい夜の闇が僕とゴロを包んで僕とゴロはその闇の中を必死で走る。僕の心は明
日からの学校のことへの不安でいっぱいでそれで一生懸命駆けているのにゴロは何故
そんなに駆けているのだろう。僕は不安ではち切れそうな胸の中を癒そうと必死に走
っているのに本当にゴロは何故そんなに走っているのだろう。
 僕は一度杏子さんの家の前で立ち止まった。不安ではち切れそうな胸。でも杏子さ
んはいない。僕がこうして杏子さんの家の前で立ち尽くしているのもしらないで杏子
さんも寂しさを胸に秘めてテレビを見ているか宿題をしているかしているだろう。
 僕もこんなに不安と寂しさで胸をいっぱいにして立ちつくしているのに僕のこの心
は杏子さんに伝わらず杏子さんも寂しさで胸をいっぱいにしていると思う。




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