AWC 一遍房智真 魔退治遊行 決戦   西方 狗梓


        
#2402/5495 長編
★タイトル (ZBF     )  93/11/25   5:53  (143)
一遍房智真 魔退治遊行 決戦      西方 狗梓
★内容

一遍房智真 魔退治遊行−決戦− 西方 狗梓:Q-Saku/Mode of Fantasy

 通有は目覚めた。浜に打ち上げられていた。水龍と魔が天空に消えたのを見届
け、鎧を解き衣を脱ぎ捨てた。破魔の太刀をくわえて海に飛び込んだ。猛々しい
海に何度も呑み込まれそうになった。力尽き、果てようとした。西から一枚の流
木が漂ってきた。夢中でしがみついた。波に襲われ弄ばれた。意識を失った。
 破魔の太刀を杖に、漸く立ち上がった。見回すと一遍と別れた丘が見えた。力
を振り絞り歩いていく。全身の筋肉が、ひきつり痛む。たかだか十町ほどの道程
に半刻を要した。丘の上に辿り着いた。一遍が倒れていた。
「し、七郎様っ」通有はヨロけながら一遍に近付く。一遍は苦しげに顔を歪めた
まま返事をしない。呼吸はしている。通有は一遍を抱き起こす。
「六郎、逃げられた。力が足らなんだ……。魔は、逃げよった」一遍が途切れ途
切れに言葉を吐き出す。喘ぐ唇は乾ききっている。
「七郎様、何も喋らぬ方が良い。さぁ掴まってください」通有は一遍の長躯を担
ぎ上げる。ふらつきながら二人で、夕暮れの丘を降りていく。

 通有の陣に引き上げた二人は、深い眠りに落ちた。周囲は喧噪に包まれていた。
兵士達が、うかれ騒いでいた。勝利とは言い難いが、とにかく侵略者は全滅した。
 翌日の早朝になって漸く一遍は目覚めた。魔との闘いを思い出していた。空を
昇っていくと、暗黒となった。光輝く星に囲まれた暗黒だった。魔だけは、ハッ
キリと見えた。何度も噛み付き、爪で引き裂こうとした。魔も水龍/一遍を締め
上げた。記憶を辿りながら一遍は湧き上がる恐怖に身震いした。熾烈な闘いだっ
た。魔は逃げた。一遍は追った。しかし消耗しきった一遍は、魔を逃した。遠ざ
かり消えていく魔を見つめながら、意識は散った。丘の上で目覚めた。
 ボンヤリと周囲が明るくなってくる。隣に目を遣る。通有が大口を開け、鼾を
かいている。一遍は、無精髭の生えた通有の頬をソッと撫ぜた。突然、通有が寝
返りをうった。一遍は慌てて手を引いた。通有はムニャムニャと不明瞭は寝言を
言って、再び大人しくなった。一遍は笑った。理由もなくおかしかった。

 一遍は通時に呼ばれた。通時は通有の伯父、一遍の従兄弟に当たる。この度の
元寇で果敢に戦い深手を負っていた。
「七郎殿、久しぶりじゃ。ケガをしておるので横になったままで失礼する」
「伯耆守殿、ご加減はよろしいのか」
「どうせ寿命は尽きかけとったのじゃ。死ぬイイワケができて喜んでおる」
「また、そんなことを……」
 二人は幼い頃のこと、回国遊行のこと、元寇での武勇談を話し合った。一遍の、
魔との一騎打ちを興味深そうに聞いていた通時は残念そうに、
「そうか、魔は逃げたか」
「また魔を探し歩かねばならぬ。私も若くないのだ」一遍は肩を落とす。
「話を聞いていて思い当たったことがある」通時が一遍を見つめる。
「ん?」
「北条執権殿じゃ。この度の元寇にあたって、戦を望むような動きをした。嵐が
 起こらなければ間違いなく負けていた。儂ら異国警護番役に就いた御家人は、
 執権は気でも狂ったかと噂し合っていた。しかし、その魔とやらが憑いている
 としたら納得がいく」
「そういえば北条殿は平氏、帝の血をひく……」
「儂も一緒に魔と闘いたいが、この通り深手を負った。もう長くはない」通時は
寂しそうに呟く。
「馬鹿なことを言うな。傷はすぐに治る。一緒に魔を討ちに行こう」
「元軍の矢には毒が仕込んでいるのだ。体が腐っていくのが自分でも解る」
「馬鹿な」一遍は目を逸らす。
「諸人の光の束を負うならば師走に花も咲き乱れぬる」通時が呟くように歌う。
「え?」
「み仏は願によりておはします南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
「な、何だ、それは、一体……」
「口を衝いて出たんだ。我が家に伝わる龍神の秘歌だよ。ハナムケだ」

          ●

 弘安五年三月一日、鶴ケ岡八幡宮に詣でた後、一遍たち三人は巨福呂(こぶく
ろ)坂から鎌倉に入った。木戸を入ると、左手に店がある。草履や野菜、緑や赤
の美しい布が並ぶ。丸顔の女が明るい声で客を誘っている。将軍の在所だけあっ
て、賑やかだ。立派な板塀の家が建ち並ぶ。烏帽子姿の武士、白い被衣(かずき)
や市女笠を被った女たちが華やかさを添えている。
「おい、坊主、何をしている。出て行けっ」一人の小舎人(こどねり)が駆けて
くる。三人の前に立ち塞がり、
「本日は執権様が山内に出かけられる日である。不浄の者は、この道を通るな」
小舎人は、三人の汚れ荒んだ恰好を、穢らわしそうに眺めながら喚いた。向こう
から騎馬の一行が近付いてくる。三騎と徒が五人。白い直垂(ひたたれ)姿の格
幅の良い武士が、先頭の馬に乗っている。小舎人は一行に気付き慌てて、
「えぇい、端に寄っておれ」小舎人は手にした杖で一遍の肩を打ち据える。
「うむっ」転倒した一遍は足蹴にされ、道端に追いやられた。超一、超二が助け
起こす。馬が目の前を行き過ぎる。格幅の良い白直垂がチラと見下ろす。下膨れ
の顔に鋭く細い目、冷笑しているような目だ。薄すぎる冷酷そうな唇が、微かに
歪んだ。笑った積もりらしい。地べたに這い蹲った一遍はジッと睨み返す。

 鎌倉を追い出された一遍は、郊外の山麓に潜んだ。寂れた堂に上がり込む。鎌
倉内の寺か神社に身を寄せ、執権・北条時宗を狙う計画は失敗した。一遍は心を
鎮め、日輪を心に描く。策を練り直さねばならない。
「一遍よ、一遍房智真よ」嘲るような、妙に落ち着いた声が聞こえた。
「相模守かっ」一遍は破魔の太刀をひっ掴み、堂を飛び出した。時宗が、昼間の
ままの白直垂で立っていた。
「かかかかかかかっ」時宗は顎をシャクって笑うと急に身を翻し、袂をバタつか
せながら駆け出していく。
「待てっ」一遍は後を追って森へと分け入っていく。

 超一が堂から出てくる。超二が従う。超一は一丁程も進み出、地面に安座する。
下腹の前で手を組み、掌を天に向ける。目を綴じる。超二が無言のまま超一の周
りで踊り出す。月の明かりにシルエットが浮かぶ。不思議の無言劇が始まる。
 遠く街の方角に、黒雲のような影が湧く。ヒシヒシと近付いてくる。何千、い
や何万もの大群衆だ。武士が、僧侶が、子の手を曳く女が我先にと、杖に縋る老
婆が、盲いた老翁が、癩病の男が人に遅れじと、歩いてくる。一人の男が走って
くる。超一たちの間近に寄って振り返り、
「おぉいっ、コッチだぁ。超一様と超二様がいるぞおー」

          ●

 森に駆け入り五分も経った頃、時宗が突然に振り返る。
「一遍よ。よくも今まで儂の分身たちを消してくれたな。じゃが、もう邪魔はさ
 せぬ。この国は滅びねばならぬのだ」
「お前は何者なのだっ」
「日本国の大魔縁」言うが早いか時宗は、真っ赤に裂けた口を開き一遍に飛び掛
かってくる。一遍は破魔の太刀を抜き放って薙ぎ払う。時宗は空中で身を捻り、
かわす。着地と同時に腰の太刀を抜く。ダラシなく口を開け哄笑する。あまりの
不気味さにタジろぐ一遍。時宗が切りかかる。一遍は体を開いてやり過ごす。勢
い余ってツンのめる時宗の背中を太刀の柄で突く。「ゴフッ」咳込みながら時宗
が、掬い上げるように太刀を振る。一遍は跳びすさり、大上段に振りかぶる。ガ
ツッ。振り下ろそうとした太刀を、木の枝が阻む。時宗が体当たりをかける。一
遍は六尺ほども飛ばされる。時宗が太刀を構えて殺到する。

          ●

 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……。数万の念仏が、一つの律に
従う。山に満ち、谷を埋める。流れが起こる。群衆の中心に向かって流れ込む。
人々の念仏が、超一に集中する。
 法定相印を結び静かに座していた超一の掌が、しなやかに動く。スィと左手が
膝に載せられる。伸ばした右手の人差しが地面に触れる。唇が動く。
「オン、フゥン、ソワカ、アビキャラカ」降伏真言。穏やかな声とともに超一の
身体がグンと舞い上がり、輝く。一筋の光が迸り、森に伸びていく。時宗を射抜
く。
「あぁおおおぉぉぉぉっっっっ」断末魔の、ノタウチを見せ、時宗が苦しむ。
「オォン、ギュウゥ、ソワカッ、マラァナッ」一遍は降伏真言を叫びながら、破
魔の太刀を突き立てる。白い直垂の胸が、朱に染まる。時宗は悶えながら霞み、
揺らめいたかと思うと、消える。一遍は見届けると、ガックリと膝を突く。

 超一は軽やかに地に降り、何事も無かったかのように、目を開ける。……。呆
然とした侭、群衆が超一の視線を辿る。一遍が疲れ切って森から姿を現す。誰か
が叫ぶ。
「遊行聖じゃっ、一遍様じゃぁ」ざわめきが、どよめきに変わり、一遍に押し寄
せる。
「奇瑞をっ奇瑞を見申した」「超一様が超一様がっ」「なもあみだぶつ、なもあ
みだぶつ」「名号の札を私にも」「一遍さまぁ、一遍さまぁ」リュウたる武士が、
若い僧侶が、農民が、そして数知れぬ虐げられし人々が、一遍を囲み、モミクチ
ャにする。救いを求めながら、しかし満ち足りて、心を一にする。
 屈んでいた一遍が六尺豊かな身体を立てる。周りの人々と頭一つ違う。人々は
身を固め、固唾を呑んで聖人を見つめる。一遍は昂然と顔を上げる。凛とした声
で、
「……皆、救われたぞっ。今、すべての者の往生が、約束された」人々が熱狂す
る。喜びを叫び、足を踏み鳴らし、腕を振り、踊り回る。ひときわ大きくなった
どよめきが、地を覆い、天に沸き上がっていく。

(了)




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