AWC 女神の憂鬱 −1−  作 うさぎ猫


        
#2379/5495 長編
★タイトル (CWJ     )  93/10/16  14:48  (154)
女神の憂鬱 −1−  作 うさぎ猫
★内容
 sapaシリーズエピソード3

 太陽は熟れて落ちる樹の実のようにアテナを染めていた。セピア調の光沢を放つ
魔女の本部は遥か太古に作られた遺跡のように、頑固な表情でラミー・クライムを
見下ろす。
 アテナにはsapaの職員しか住んでいない。それも、トップエリートの連中ば
かりだ。たかだか直径2000メートルの石ころのような人工惑星だが、そんな理
由から他職員と会うことはほとんどない。もっとも、ラミーがアテナへ来るような
ことはなかった。嫌いなのだ。テラへ特別な愛着もあるのだが、住居までアフロディ
テの近くへ移す気になれなかった。
 大理石の階段を上がっていく。目の前に巨大な鳥が彫られた石の扉があった。
 「マーティア・イーグスタ・ティアロン・・・」
 呪文を唱える。重々しい石の扉は振動とともに開いた。

 空調の利いた部屋。書類が積み上げられたデスクで、ファラル・ケイムは眠りに
落ちていた。疲れに支配された肉体が、重くファラルの意志を押し潰す。その姿は
王子のキスを待ちながら眠りつづける美女のようでもあり、最愛のひとを手に斯け
なければならなかった人魚姫のようでもある。
 廊下を歩くパンプスの音。それはファラルの執務室の前で止まった。気配を察知
したファラルの意志は、肉体を覚醒させようとした。
 「ファラル主任!」
 声の主はラミー・クライム。警戒心を解いたファラルはゆっくり目蓋を開き、目
の焦点が合うのを待って振り向いた。
 「あら、ラミーじゃないの。どうしたの?」
 ラミーは鋭い瞳でファラルを見ていた。コバルトブルーに輝く瞳。美女ファラル
は、ラミーの瞳が好きだった。透き通るような白い肌に漆黒の輝きを持つ長い髪。
そんなものはファラルにもある。ただ、ブラウンの瞳である彼女には、コバルトブ
ルーに輝くラミーの瞳がうらやましいのだ。
 「主任に聞きたいことがあるの」
 ファラルの好意的な笑顔を打ち砕くように、ラミーは激しい表情で言う。どうや
ら、かなり怒っているらしいことがわかったファラルは椅子を立つ。
 「奥へいってお話ししましょう」
 執務室の奥に設けられた客室へ案内する。豪華なソファーやガラステーブルが置
かれた部屋だ。sapa最高幹部会のメンバーなどが来隊したときに使うための部
屋だが、いままで幹部会が利用したことはない。
 「立派な部屋ね」
 「掛けてちょうだい。ワインでも飲みながらお話ししましょう」
 「あたしは遊びにきたんじゃないわ!」
 「わかってる。エミリーからいろいろ聞いたから」
 ラミーはソファーに座る。ワイングラスに注がれた、テラ・ブルーニャ地方のホ
ワイトワイン。
 「エミリーって何者なの」
 ファラルがテーブルを挟んだ反対側のソファーに掛けたとき、ラミーが不思議な
ことを聞いた。
 「何者? 何者って、あたしたちのメンバーでしょう」
 「あたしが聞いているのはそんなことじゃないわ。どういう経緯でコア部隊に入っ
たのか、もともと何をやっていたのか・・・」
 「そんなこと聞いてどうするの?」
 「だって変よ。あたしやラジアンが勝てなかった怪物を簡単に手名付けたり、マ
スクマン・・・ そう、マスクマンの攻撃を簡単に封じたのよ!?」
 「あなただって、他の人間から見たら普通じゃないのよ。いえ、あたしだってそ
うだし、コア部隊そのものが普通じゃないんだから」
 「でも、エミリーはあたしやクリス、主任とも違うわ。もっと巨大な何かを秘め
ているわ」
 ファラルは、ラミーの瞳をじっと見つめる。困惑しているのか、軽蔑しているの
か、その表情は氷のように冷たい美を放つ。
 「ラミー、あなた性格変わったわね。昔は部隊の事なんて興味なかったのに」
 「そうね。あたし自身、変わったと思う。でもね、主任と違ってあたしたちは命
張ってるのよ。自分の回りが気になるのはあたりまえじゃなくて?」
 その言葉に、ファラルの表情は曇る。ラミーは言い過ぎたと思い、そのまま黙り
込んだ。2人の間に気まずい静寂が訪れる。ラミーは出されたホワイトワインをひ
とくち飲んだ。ブルーニャの果樹園でとれた葡萄の香りがした。

 マース。太陽系4番目の惑星。赤い砂嵐と酸性雨に支配された世界。狂気と殺戮
が住む街。ここに住む者は、いつも死と隣り合わせで生きていかなければならない。
 そんな街のストリートチルドレンたちは強奪やレイプ。麻薬を売り、人身売買を
繰り返し生きてきた。彼らはいくつかのグループに分かれ行動していたが、そのな
かでも特に過激な活動で知られたクレイジーチャイルド。このグループと革命旅団
赤い星とが融合、太陽系最大の武装集団が誕生した。
 チャイルドワンス。その目的は神宮府の解散とカイ一族の崩壊。そして、ヴィー
ナスレノアの魔女を皆殺しにすること。
 酸性雨と砂嵐で崩れかけた市街地を、過激な塗装のホバーが駆け抜ける。その数
は数百台。すべてが機銃やミサイルポットをゴテゴテと取り付けている。先頭を走っ
ていたヤツがミサイルを飛ばした。
 ”ズズズゥゥン・・・”
 高層ビルが崩れ落ちる。変色したガラスの破片やくたびれたコンクリが雨のよう
に、付近にいた住民に降り注いだ。真っ赤なトマトケチャップを作る雨だ。
 「ひゃっほぅ!」
 ホバーに乗ったメンバーは一斉に歓声を上げた。再び、別の一台が機銃を乱射す
る。マースの地べたに這いずるように生きている住民たちは、満遍なく銃弾の洗礼
をうけた。うすぎたない街は一瞬にして赤い色に染められる。
 ホバーに乗っている連中は6才から14才までバラエティに飛んでいたが、その
やり方はもっと凄い。
 「あの女を連れてこい」
 中央の一番大きいホバーに乗っていた14才の兄貴分が、崩れたビルの脇に隠れ
ている女性をみつけたのだ。マースではめずらしい美形だ。
 「いやー!!」
 女性は裸に剥かれ、メンバーのおもちゃになった後、アソコにピストルを撃たれ
てから捨てられるのだ。いつもそうだった。しかし、彼らを止める者はいなかった。
ポリスでさえ、もはや人形同然なのだから。

 ラミーに置いてけぼりをくったラジアンはマース郊外にいた。しかもクリス・ター
ナと一緒に。
 「ラジアンちゃん、どこかお店に入らなぁい!?」
 ずいぶん歩きまわって、クリスはヘトヘトだ。別に目的があって歩き回っていた
わけじゃない。ただ、なんとなくというやつだ。
 「ラジアンちゃんってばぁ!」
 ピクンと、ラジアンはクリスの叫びに反応する。このぐらいでバテるとは情けな
いヤツだと思ったが、そんなこと口が裂けてもいえない。
 幼い顔つきのなかにときおり見せる女の色気。くりくりとした大きな瞳。白くて
やわらかな肌。全体的に幼児体質ではあるが、胸はちゃんと出ているし腰も締まっ
ている。子供と大人の中間点。キューティクルが輝く美しいロングヘヤーにピンク
の大きなリボン。そしてカラフルなフラワースカート。可愛らしい赤いハイヒール。
ラミーとは違った魅力を秘めているクリス・ターナ。
 しかし、ラジアンはそんなものには興味がない。もともと美的感覚が違うという
こともあるが、なによりクリスの本性を知っているから。
 「・・・うにゃん」
 オリオン座の知的生命体ラジウムカフトロティアン。ラジアンは有史以前にテラ
にいたという「猫」という猛獣と良く似ている。ラジアンはコンピュータ再生され
たヴィデオディスクで、ジャングルを駆け抜ける黒い猛獣を見て感激したことがあ
る。そのときの鳴きマネをしてみたのだが、クリスから変な顔で睨まれた。
 「バカやってないで、お店を見つけてよ」
 自分で見つけりゃいいだろぅ、と思ったが、素直に命令に従う。とにかくクリス
を怒らせるとマズイことを知っているからだ。
 店はすぐに見つかった。ワイルドな雰囲気のバーだ。赤い砂嵐が吹けば、そのま
まヴィデオムービーの世界へ突入し、ガンマンたちが打ち合いでも始めそうなヤバ
イ空気が漂っている。
 「きゃお、クリスいけない子になっちゃいそぅ」
 クリスはうきうきしながら店に入る。その後を、ラジアンがおもしろくなさそう
についていった。
 店の中は、外の雰囲気と同じだ。ヤバそうな目をした連中がたむろしている。皆
クリスを見ていた。
 「!?」
 ラジアンはカウンターでグラスを磨く男を見た。男もラジアンに気付く。そして
青ざめ、震えていた。バイアー・リーノ・・・ 赤い星の大ボス。
 「あれぇ、バイアーじゃない」
 クリスも気付いたようだ。
 「何にするかね」
 バイアーは平静を装いながらクリスとラジアンに聞いた。
 「もう刑期は終わったのぉ?」
 「あぁ、ちゃんとな。だから今の俺はただのマース市民だ」
 「そうなの。おめでとぉ」
 「で、何にするんだい」
 「うんとねぇ、チェリードライバー作って」
 そんなクリスとバイアーのやりとりを、ラジアンはおもしろくなさそうに見てい
る。
 「チャイルドワンスと関係してんじゃないか」
 ラジアンがいじわるな目で聞いた。
 「やめてくれ。俺はあんな人殺し集団に手を貸すほどバカじゃない」
 腹の出た中年は、すっかりバーのマスターになっている。革命旅団「赤い星」は
たしかに壊滅したようだ。しかし、ラジアンは食い下がった。
 「赤い星だって人殺しやってたろうが」
 「俺は世界が良くなればと、真剣に考えてやっていたんだ。しかし、やつらは違
う。チャイルドワンスは人殺しを楽しんでいる。あれは革命なんてものじゃない」
 「その人殺し集団に、あんたの部下だった者が加わってんだぜ」
 「俺は・・・ 俺は、若い者の教育を間違ったのかもしれん。あんなことを始め
るなんて・・・ 革命は人殺しのなかからは成功しない。他人を殺して権力を奪う
なんて、独裁者のやることだ」
 中年男の肩が震えていた。目から涙がひとしずく流れ落ちるのを、ラジアンとク
リスは黙って見ていた。



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