#2331/5495 長編
★タイトル (MMM ) 93/ 8/28 5:44 (139)
1988・1・7
★内容
OOさんへ
(まだ見たことのあるのかないのかあまり判然としない僕の瞼のなかのOOさんへ)
なんだかこの橋の欄干を手にして佇んでいると、高校の頃の、中学の頃の日々が懐
かしく思い出されてくるようで、僕はとても懐かしくなってきます。
燃えていたあの中学・高校時代。そして灰に燻っているような浪人・大学時代。長
い長い大学時代。
----僕はまた留年しました。ああこれで三度目の留年です。僕の前途はまっ暗なよ
うな気がします。でも燃えてます。僕の中学高校時代の日々は。懐かしく燃えて光っ
ています。そして目の前がまっ暗になって自殺まで考えている僕の心を赤く照らして
くれています。
それは僕を再生させようとする天使さまの炎なのかもしれません。僕をいつもギリ
ギリのところで救ってくれていた僕をそっと見守っていて下さる天使さまの微笑みの
ようにも僕には思えます。
白いとても美しい高校一年生ぐらいの天使さまが僕の前に現れて下さって僕に生き
る力を与えて下さる。何年留年してもくじけない気力を僕に与えて下さる。そんな気
がしてなりません。
僕はいま、松山の国際体育館の橋の上にいます。孤独がすっぽりと僕を覆っていま
す。武道館の前の川縁に僕の赤い400ccのバイクを止めて僕はここへやって来ま
した。なんだかここは僕に生きる力を与えてくれそうで、それに家にかごんでいたら
このまま死んでしまいそうだったから。
僕は死ぬのは厭だ。僕はやっぱり生きたい。中学高校の頃のような元気をもう一度
取り戻したい。
僕は確信していた。きっと現れる、きっと現れる、僕を救って下さる天使さまがき
っと現れる。
僕はそう思って立ち続けていた。今日は1月の7日で冬休みの最後の日のはずだっ
た。きっと今頃僕を救ってくれる天使さまは遊びに夢中なんじゃないのかな、きっと
そうだろう、今頃遊びに夢中になっているのだろう。
するとポツンと川面に僕の涙が落ちた。メダカが僕の涙にびっくりして僕を見上げ
ていた。
僕を一人ぼっちにして遊びに夢中になっているんだろうなあ。僕はそう思って悲し
くて悲しくて泣いたようだった。
この橋の欄干は僕の涙で濡れていた。僕は通り過ぎる人にないてる所を見られない
ようにと俯いて川面を眺め遣っていた。
午後3時の太陽が僕を照らしていた。ちょっと眩しいなあ、と思っていた。そして
僕はふと向きを変えた。
誰も、まっ白い天使さまのような少女は歩いてきていなかった。誰も、誰も、歩い
てきていなかった。
もう夕暮れになりつつあった。冬の日は暮れるのが早いなあ、と思った。僕は橋の
欄干から離れてバイクの上に腰かけて両足を川縁の棒の上に置いて居眠りを始めよう
とまでし始めていた。もう夕暮れであの子も冬休みの最後の日を惜しみながら、泣き
ながら送ってるんだろう、と思った。
やっぱり死のう、とも思ってきていた。あの子は来るはずがないし、僕を救ってく
れる天使さまは本当に現れてくれるのだろうか、僕は自信がなかった。
そして僕にはやはり死しか残されてはいないようだった。僕にはこれからも生きて
ゆく気力というか自信はまったくなかった。やはりもう死ぬしかないようだった。
でも死ぬ方法が、なにか楽に死ねる方法がないかなあと僕は川縁の草を見つめなが
ら考えていた。
天使さまが現れて来ないから僕は死のう、と考えていた。
天使さまが現れてきたら僕は生きられるかもしれないし、でもその天使さまが暗か
ったら、そしたらその天使さまを道連れにして一緒に心中しよう、と僕は赤いバイク
に腰かけてそう考え始めていた。
ああ、僕には青春と呼べるものがなかったな、と考えていた。赤い夕陽が僕を包み
込んでいた。
(そして僕はふたたびその少女へ向かって手紙を書き始めた。夕陽に包まれながら胸
のなかで僕は万年筆を走らせ始めた。なんだか僕は中学や高校時代に戻ったような気
がし始めていた。)
白い天使さまへ
中学2年の頃と高校3年のとき、ちょうどこの松山で会った白い白い天使さま
へ
僕はいま死にかけています。バイクの上に腰かけて浦上川を眺めつつ、冬休みの最
後の日の真っ赤な太陽に照らされながら、ずっとあなたのことや、そしてこれからの
自分のことなどを考えていました。
中学の頃や高校の頃この松山で出会ったあなたはもうきっと結婚されてるか婚約さ
れているのにちがいありません。でも僕はいまとても泥沼で死のうか死ぬまいかとて
も悩んでいます。明るくなりたいです。中学や高校の頃のあの辛かったけど元気だっ
た日々に戻りたいです。
そしてあなたの微笑みを。落ち込んでいる僕を救ってくれるのはふたたびあなたの
ような白い白い天使さまのような女性が現れることが大切なのだと思います。僕を救
ってくれるのはふたたびあなたのような美しい女の子が僕の前に現れてくれることだ
けしかないのだと思います。
なんだか浦上川の流れを見ていると中学時代や高校時代の頃からの日々の流れを、
辛く一人ぼっちだった日々の流れを、僕に彷彿と蘇らせてくれるというか、なんだか
この流れは僕の幼い頃からの人生のようなものに僕は思えます。
そしていま夕暮れ時だから。川の流れは僕に自殺を呟きかけているようにも思えな
くはありません。
いま川の流れは夕暮れに紅く染まり、僕の人生の終焉を象徴しているかのようです
。ほかの人たちはいまごろ結婚して新しく第二の人生を歩み始めているのですけど、
僕にとって第二の人生とは霊界へ旅立つことでしょうか。
それとも劇的に生き残って辛い日々でしょうけれど耐え抜いて生きて行くことでし
ょうか。
赤く染まる川の流れは僕のいままでの孤独な少年時代と(そして青春時代と呼べる
かどうか、僕にとって高校を卒業してからのこの8年ぐらいの年月は“青春”と呼べ
るものじゃなくって、打ち続く少年時代、といったような気がします。晩年の少年時
代なんだと。少年時代の残り火がずっとずっと8年間もくすぶり続けていて、僕には
青春って呼べるものはなかったんだと。いや僕はずっと少年であり続けたんだと。今
までも。少年時代からずっと。あなたと出会ってからずっと。あなたの微笑みに、天
使さまのような白い白い輝きに出会ってからずっと。)
呪われていた僕の人生を洗い流してくれるような浦上川の紅い流れ。僕の苦しかっ
たいままでの人生の苦悩を洗い流してくれてるようなこの流れ。僕は君ともう出会わ
ずにこのままこの流れのなかに溶けてゆきたいです。いや、僕はこのまま夕陽のよう
に生きてゆこうと思います。僕は紅い夕陽として、紅い夕陽のような存在として、こ
れからの人生を耐え抜いて、歯を喰いしばって生きてゆこうと思います。
でも、僕はやっぱりもう駄目なような気もします。いまから医学部の柔道場へ行っ
てふたたび柔道の帯を持って生協の裏の森で首を括って死のうかなとも思います。僕
の対人緊張はもうどうしようもないように思います。医者になるまでもう一年留年し
そうです。そして僕は何もできなくて。
頭が締めつけられて勉強しようにもできないのです。あなたが現れて(でもあなた
はもう結婚されてるようにも思えるから、だからあなたに似たもう一人の白い美しい
女の子が現れて)白い手で僕の病気を癒してくれたら。そうしたら僕はまた生きれる
と思います。
悲しいです。僕をいままで苦労して育ててくれた親にすまなくて、僕は死ぬにも死
にきれません。
どうしたらいいかなあ、と思います。本当にどうしたらいいかなあ、と思っていま
す。
夕陽が、まるで君の瞳のように見えて、僕を慰めてくれているように思えるけれど
、僕は悲しくって、今からでも柔道の帯を持って生協の裏の森で首を括って死んでし
まいたいです。
夕陽の近くから僕の白い天使さまがサンタクロースのようにトナカイに引かれた馬
車に乗り、赤いふわふわとした洋服を着ていて僕を出迎えに来てくれる。そんな幻影
が湧いてきていました。ああ、ありがとうございます。天使さま。僕をお救いに来て
くれてありがとうございます。
そして僕は天使さまの胸に抱かれて、僕の孤独の心は癒されて僕は久しぶりに明る
くなり笑いを取り戻し、僕は中学や高校時代に戻ったように明るく元気になり、そう
してあなたと楽しくお喋りしながら天国へ旅だってゆくのだろう。
完