#2306/5495 長編
★タイトル (WMH ) 93/ 8/26 3:50 ( 36)
安らぐ[0]/有松乃栄
★内容
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あの頃の、きみちゃんは、時々ものすごく力強くて、僕なんかは圧倒されてし
まうことがありました。実際、君に対して劣等感を持ったことは、一度や二度じゃ
なかったし、そう思うと、何か、一度そう思ってしまうと、僕だけが君を必要と
していて、君にとっての僕の存在って、本当にあるべきなのだろうか……と。
そんなことを、夜、眠る前に真剣に考える日々でした。
なぜ、眠る前なのかというと、もちろん深い意味はありませんが、たぶん、君
の夢を見てしまいそうで、それがたまらなく切なかったんでしょう。
夢に出てくるきみちゃんは、決まって、悲しそうな目をして、それでいて悟っ
たような表情で、ビルの屋上に立っていました。
僕は声をかけようとするのだけれど、そんな時に限って、僕の心は重く、暗く、
たえられないほどに疲れきっていて、足が棒のようになって、動かなくなってし
まいます。
君を抱きしめたくてたまらないのだけれど、なぜか、それを考えるほど、僕は
君に抱きしめられたくなるのです。
僕は、きみちゃんのことを強いと思っていました。それは、君がいつも、僕の
思い描く舞台の上で、ただ一人スポットを浴び、光り、輝き、はじけていたから
です。
だけど。
僕が思っていたほど、君は強くなかったのかもしれない。僕が思っていたほど、
君は、僕のことを弱いと思っていなかったのかもしれない。
そんなことを、今更、考えています。
僕は、ただ落ち着いてしまいました。はたから見れば、不気味なほどに落ち着
いた顔をして、今、白い壁に向かって座り、これを書いています。
きみちゃんは、どうでしょう。
落ち着いていますか? それとも。
(及川紀美子が捨てられた男と再会し、その直後にもらった
手紙に書かれてあった、彼女の言うところの、“世界一腐れ
た言葉”よりの抜粋)
(つづく)