AWC 「野生児ヒューイ」第三部(1)    悠歩


        
#2283/5495 長編
★タイトル (RAD     )  93/ 8/16   0:21  (187)
「野生児ヒューイ」第三部(1)    悠歩
★内容

「野生児ヒューイ」第三部
                       悠歩

 ラガ達の村を後にしたヒューイとティナは北を目指した。ラガの話しによると、ど
うやらあのロボット達は北のほうからやってくるらしい。
 ティナの父は科学者とは言え、あのロボット達が父と関係あるとは考えにくい。し
かしティナの知るかぎり、この世界で唯一目にした文明の産物であるロボット。それ
に関わる人間なら、父の事も何か知っているかも知れない。少なくとも、あてもなく
密林の中をさまよっているよりはマシである。

 薄暗い部屋の中。壁に嵌め込まれた様々な計器が、イルミネーションのように輝い
ている。
 何に使用されているものかは定かではないが、それは高度な科学力によるものであ
ろうと、容易に想像がつく。
 すなわちこの部屋の住人は、この時代の者ではない。
「こちら向かってくるものがあります。どうやら人間のようですが」
 澄んだ女性の声が、部屋の中央の椅子に陣取った男に掛けられる。
「追い払え。殺してしまっても構わん」
「相手は二人。しかも子どものようなのです」
「何でもいい、適当に始末しておけと言っている。私は今疲れているのだ」
 薄暗い部屋のなかで、男の顔はよく分からない。
「それが……」
 女は口ごもった。入口近くに立っている女性はふと、長い金色の髪を掻き上げる。
「どうした? 何か不都合があるのか」
「はい、実は……。近づいて来ているのは子どもが二人、男の子と女の子なのですが
……」
「それで」
「見て下さい」
 女性が手に持ったリモコンのスイッチを入れると、正面に設置された大型モニター
に映像が写し出された。
 この部屋のある建物の周囲に配置されているカメラからの映像であろう。背の高い
草を掻き分け進む、ヒューイとティナの姿が捕らえられている。
「これは……」
 男の視線はティナの上に釘付けになる。
「そうです、あの女の子の衣服、私たちと同じ時代の人間と思われます」
「ティナ……」
 絞り出すような声で、男は少女の名前を口にする。
「御存じなのですか?!」
「ティナ・ウォーレン……」
「ウォーレン」
 その名に覚えがあるかのように、女性の声が高くなる。
「それでは……」
「そうだ、間違いない。ティナ・ウォーレン……ウォーレン博士の忘れ形見だ」

 ティナは唖然と立ち尽していた。
 目の前にそびえる直線的な建物。それはここしばらく、フラクタルな映像しか写し
出していないティナの目に、なんとも懐かしいものであった。
 三階建ての建物は、所々にひびが入って崩れ落ち、蔦の様な植物がはりついてはい
たが、屋上に備え付けられたパラボラアンテナがゆっくりと回転をしており、それが
機能していることを示している。
「なんだ、こいつは」
 いかにも不快そうに呟くヒューイの声にはっとして、ティナは少年のほうを振り返
る。
 敵意に満ち溢れた視線でヒューイは建物を睨付けていた。
「どうしたの、ヒューイ? そんなに怖い顔をして」
「あいつ、何だか気持ち悪い。何か危険な感じがする」
「どうして……」
 そんな事を感じるの。そう言おうとしてティナはやめた。
 考えてみればこの世に生を受けて以来、鬱蒼と繁る密林、ごつごつとした岩山、そ
うした物ばかりを見てきたヒューイにとって直線で構築された近代的な建物を、不自
然なものとして捕えるのも仕方ないことかも知れない。
「だいじょうぶよ、ヒューイ。あれは人の住む家なの」
「家……、あんなにでかいものが」
「そうよ」
「あれが家だとしたら、そこに住んでる奴はきっと頭のおかしな奴だろうな」
「どうしてそんな風に思うの?」
「あんなに真っ直ぐで、冷たい感じのところに住んでいて、まともでいられる訳はな
いだろう」
 ティナはそれ以上何も言わなかった。所詮、野生児として生まれたヒューイに文明
的なものを理解することは出来ないと判断したからだ。
 そしてティナはゆっくりと、期待に胸を膨らませながら、建物に向かって歩き始め
た。
 ヒューイは槍を構え、その後を追った。

「ひっ」
 小さな悲鳴がティナの口から漏れた。槍を構えたヒューイの全身の筋肉が緊張を始
め、すぐにでも飛び込める体勢を整える。
 ティナ達が建物に近づくと、入口から十体ばかりのあの黒いロボット達が姿を現し、
周りを取り囲んだ。
『脅えることはない。君達に危害を加えるつもりは、全くないのだから』
 一体のロボットがティナに語り掛けてきた。いや、正確にはロボットに備え付けら
れたマイクロホンを通じて、誰かが語り掛けてきたのだ。
『このロボットが誘導する。ついてきなさい』
「ちょっと待ってよ。あなたは誰」
『来れば分かる』
 その後、プツッというマイクの切れる音がした。相手は必要以上のことを、ここで
話す気はないらしい。
 ティナはしばらく躊躇していたが、やがて意を決して口を開いた。
「お願い、案内して」

 ロボットはティナの歩調に合わせるかのように、ゆっくりと進んで行く。その後ろ
をティナがひたすらロボットの背を見つめ、ついて行く。そしてさらにその後ろを、
物珍しそうに、しかしながら充分に警戒をしつつ、ヒューイが続く。
 ロボットの背を見つめながらも、ティナの目は廊下の随所に添え付けられたカメラ
に気付いていた。
「いやな感じ……」
 しばらく進んで行ったところで、周りに気を配りながら歩いているヒューイが、ティ
ナに少し遅れ始めた。それに気付いて、ティナが声を掛けようとした時。
 突然、ティナとヒューイの間に鉄の扉が降りてきた。
「ヒューイ!」
「ティ……」
 ヒューイの声は最後まで、ティナの耳には届かなかった。
「ちょっと、どう言うことなの」
 怒りに満ちた声で、ティナは叫んだ。
『心配はない。あの少年の無事は保証する。私は、君と二人で話がしたいのだ』
 納得はしかねたがティナや、おそらくはヒューイでもこの扉はどうすることも、出
来そうにない。
 ここはひとまず、相手の言葉に従う以外手はなさそうだ。
 ティナはぐっと唇を噛み締めた。
「私、誓ったんだもん。強くなるって」

 ロボットは突き当たりの部屋の前で立ち止まると、ティナに譲るようにしてドアの
横へ避けた。
「この部屋に入れ、って事ね」
 ティナがその前に立つと、ドアは大きく左右に開かれた。
 マバユ
 眩い光に、一瞬立ち眩みの様な感覚を覚える。やがて目が慣れると、これまで見た
ことのない様な豪華な調度品の施された部屋の内部が、ティナの視線に飛び込んでき
た。
 その眩いばかりに輝くシャンデリアの下に、白いリネンのテーブルが置かれ、一体
何処から調達してきたのか、およそ二度と見ることが出来ないと思われていた、豪華
な食事が用意されていた。
 暖かそうなスープから立ちのぼる湯気など、ここまで堪えてきたティナの食欲を刺
激しているようだった。
「ようこそ。さあ、席につきたまえ、せっかくの食事が冷めてしまうよ」
 いつの間にか、テーブルの反対側の席には、白いタキシードに身を包んだ男が腰掛
けていた。
 ティナは男の姿を認めると、露骨に不快感を表情に表した。ここまで姿を見せずに
ロボットに誘導させたこと、ティナとヒューイを引き離したこと。それに加えてよう
やく姿を見せた男は、口元を除いて能面の様な仮面を付けて、顔を隠していたのだ。
「ずいぶんと、失礼な方ですね。そんなに素顔を見せたくないのかしら」
 男の口元が、僅かに歪んだ。笑みを浮かべたつもりらしい。
「なるほど、それで御機嫌が悪いわけか」
「それだけじゃないけれど」
「なるべく食事の前には、見せたくなかったんだがね。特に君のような子どもには、
刺激がありすぎるのでね、私の顔は」
「あら、どうぞお気遣いなく。私だって、この世界にきてからいろんな物を見てきた
わ。いまさら、多少の事では驚きませんから」
「よろしい、ではお見せしよう」
 男はゆっくりと右手を動かし、仮面を外した。


「あっ」
 仮面の下から現れた男の素顔に、ティナは小さく悲鳴を上げて口を両手でおさえた。
正視できず、視線をそらす。
「だから言ったのだよ、子どもには刺激が強すぎる……と」
 男は戸惑いを見せるティナをからかうように言った。
「…………………」
 何も答えることができない。ティナは俯いたまま、ひたすら男の素顔を見つめない
ように努めていた。
 そんなティナを男は、一つだけ残されている右目でじっと見つめる。そう、男には
左目がなかった。それだけではない。口元と、右目の周りのほんの少しを除いて、男
の顔はケロイドに包まれていた。
 よほど大きな事故だったに違いない。男の顔は大きなやけどにあったことを示して
いた。
「さあ、顔を上げて。このままでは、話も出来ない。もう大丈夫だ、いま仮面を付け
たから」
 ティナがゆっくりと顔を上げると、男は満足そうに微笑み、その手で自分が腰掛け
ている場所と反対側の席を指し示した。
「まあ、掛けたまえ。話はそれからだ」
 ショックの拭いきれないティナは、男に言われるままに夢遊病者のような足取りで
席についた。
「さあ、お腹も空いているだろう、食べなさい。こういった食べ物は久しぶりなんじゃ
ないかね。それとも、シャワーが先のほうが良かったかな、ティナ」
 しばらくは魂が抜けたような表情でいたティナだったが、男の言葉の中に自分の名
前を聞いたとき、はっと我にかえった。
「どうして……私の名前を!!」
「ふむ、私の声だけでは思い出せないか。仕方無いだろうな。なにしろ私が最後に君
にあったのは、君が小学校に入る前の事だったからね……」
 ティナは眉間に皺を寄せて、男の仮面を見つめる。記憶を総動員して、男の素姓を
確かめようと試みるが、仮面の下の焼けただれた顔を自分の知る者の姿に戻すことは
叶わなかった。
「フフフッ……。女の子がそんな顔を見せるものではないな……」
 男は楽しそうに言いながら、シャンパンの満たされたグラスを口に運ぶ。
「君も少し喉を潤すといい。もっとも君はまだ未成年だからね、グラスの中身はジン
ジャエールにさせてもらったよ」
「あなた、誰なの」
 グラスを静かに置くと男は天井を仰ぎ、目を閉じた。何かを思い出すように。
「君のお父さん、ランディス・ウォーレンは私にとって無二の親友だった。もし私達
の世界があのようなことにならなかったとしても、彼ほどの友は二度と得ることが出
来なかっただろう」
 ティナの頭の中には、一人の男の面影が浮かび上がっていた。それはやはり、父が
唯一、親友と呼んでいた男。
「ロバート・ボイヤー……さん?」
 男は小さく頷いた。





前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 悠歩の作品 悠歩のホームページ
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE