AWC NAVY CRISIS −9−  作 うさぎ猫


        
#2226/5495 長編
★タイトル (CWJ     )  93/ 7/13  14: 7  (109)
NAVY CRISIS −9−  作 うさぎ猫
★内容
  ネイビークライシス


 国立病院救急センター。
すでに、銀次が手術室に運びこまれて5時間が経過しようとしてい
た。
「大丈夫だよ、ゴキブリが滅んでもヤツだけは生き延びる」
先程まで気が狂ったように泣き叫んでいたお嬢。今は放心したよう
に椅子に座り、白い壁を見つめている。
「あたし・・・」
お嬢が重く閉ざしていた口を開く。
「ギンちゃん死んだらあたしも死ぬ」
「何バカな事言ってんだよ」
お嬢は両手で顔を隠すようにしてうつむく。
「・・・ギンちゃん」
お嬢が声を殺して泣いていた。
「お嬢?」
そんなお嬢を見てわかった。
今のお嬢を慰める言葉など、俺は持ち合わせてはいないのだ。
 そっと、その場を離れて外に出ようとした。
そのとき、手術中を表示していた赤いランプが、フッと消えた。
中から、医者が出てくる。
駆け寄るお嬢。
医者は、疲れ果てた顔で、悲しそうに首を横に振った。
「いやー!」
お嬢の泣き叫ぶ声。
 俺は外へ向けて駆け出していた。
聞きたくないんだ。
水たまりになった中庭に膝を落とし、そのまま両手を濡れた地面に
ついた。
目頭が熱くなっていく。
「銀次」
まさか死ぬなんて考えもしなかった。
「五郎さん・・・」
滝のようになだれ落ちる豪雨のなか、俺の横で声が聞こえた。
ゆき子だ。
 この豪雨のなか、彼女の体は濡れていない。
「おまえ・・・」
俺はなんだかわからない怒りが込み上げてきた。
「どういうことなんだ!」
ずぶぬれの体で水を弾くように怒鳴る。
「お別れを言いにきたの」
 どうしてゆき子の体は濡れていないんだ。
・・・お別れ? どこへだ。
「どこへ行くんだ?」
俺の問いにゆき子はちょこんと首を傾げる。
「どこへも行かないわ。戦うの」
「誰と?」
「明日から演習始まるでしょ?」
瀬戸内海での米軍との合同演習。
演習はウソなのか。
多一郎の無人島を攻撃するのか。
俺の脳裏に、岩国基地上空を飛ぶトムキャットが浮かぶ。
やっぱりペンタゴンも防衛庁も知ってたんだ。
「銀次さんのような犠牲者を出してはいけないわ。わたしたちはこ
の戦いを通じて事実を訴えていくつもり」
「自衛隊を敵にして、自衛隊の弁護をするのかい」
「弁護なんてしない。マスコミがどうしても伝えようとしない事実
を、さらけ出された自衛隊の生の姿を見せるの」
やはりゆき子は濡れていない。水が弾いているのか?
「ひとつだけ教えてくれないか」
俺はどうしても知りたくなった。
「きみは人間なのか」
ゆき子は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐにクックッと笑っ
た。
「わたしはソフトウェアよ」
「?」
「今、五郎さんが見ているわたしは幻影。ホストコンピュータが空
気層のディスプレイに出力しているプログラムなの」
ゆき子の言っている意味がよくわからない。
「明日からは、五郎さんとも敵同士ね」
ゆき子が少しだけ悲しそうな表情を見せる。
「さようなら、五郎さん」
 スウッとゆき子の体は透明になり、雨の中に溶け込むように消え
ていった。
 雨の音だけが残った中庭。
俺はずぶ濡れになりながら、ひとりポツンと座り込む。
 突然、そんな雰囲気を打ち破るような轟音。
中庭の端に立っている杉林の向こうから中型戦闘機が現れた。
まっすぐ垂直に上昇したかと思うと、そのまま飛び去ってしまった。
「ゆき子か・・・」
 おそらく、ゆき子がいうコンピュータの端末あたりが乗っていた
のだろう。
 俺は病院を振り返った。
お嬢はあんな事言っていたが、病院で自殺はしないだろう。
 雨の勢いが強くなったようだ。
俺は病院には戻らずずぶ濡れになりながら、数時間の仮眠を取るた
めねぐらへと帰る。
 このまま、すべてが水に飲まれればどんなに楽だろう。
そんな事を考えていた。


  **************************

 瀬戸内海に小山のような艦が入ってきた。
米海軍航空母艦インデペンディンス。
飛行甲板上には数百機の戦闘機が展開、飛び立ちの時間をイライラ
しながら待っている。
その上を海上自衛隊のHSS−2Bが編隊を組んで飛んでいった。
 その数、約500機。
きくかぜを始めとする護衛艦隊も少しずつ集結しつつある。
 まもなく、実践さながらの演習は幕を開こうとしていた。

  **************************



     NavyCrisis END





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