AWC 『Angel & Geart Tale』(了) スティール


        
#2174/5495 長編
★タイトル (RJM     )  93/ 6/19   0:23  ( 81)
『Angel & Geart Tale』(了) スティール
★内容

          『闇の彼方に』 最終章


 目が覚めた。私は、壁という壁が白い、部屋の中にいた。ロシアへ向かう列車の
中にいるはずなのに、私は、なぜか、白い部屋にいた。私は、生きているのか、そ
れとも、死んでしまったのだろうか?
 眠っている間に、核でも落ちて、私は、死んだのかもしれない。それとも、眠っ
ている間に、ここに運び込まれたのか?

 不思議と、恐怖はなかった。死ぬというのは、こういうものなのかもしれない。
むしろ、楽しい気分だった。私は、笑った。何かに、おかしくて、死ぬほど、笑い
転げた。笑うことによって、自分が生きていることを、世の中の無常や、人のあわ
れを、私は悟った。

 もしかしたら、私の成功も、そのほかの出来事も、すべて、幻だったのかもしれ
ない。私は、いままでの人生のうちの、どこかの時点で、兄のように、気が狂い、
その後の記憶は、まったく、架空のものだったのかもしれない。いったい、何が、
真実で、何が、事実なのか、過ぎてしまえば、確かめようがないのだと、私は悟っ
た。それに、いまにして思えば、私の成功への、あくなき執念は、私の母の、狂っ
た教育が生み出したものだったのだ。私たち兄弟は、母に、毎日毎日、成功を、強
要されてきた。兄と姉は、頭がおかしくなった。私は、病的なまでに、成功を渇望
する人間にされていたのだ。私も、母に負けた、母の被害者だったのだ。

 だが、母は死に、私は、その死体に復讐した。いまは、ただ、兼子さんへの、復
讐を願う心だけが、私の中に、残っていた。たとえ、真実が、どうであろうと、も
う、よかった。私は、もう、兼子さんを殺すことに決めたのだから。私は、復讐す
ることに、決めたのだから。
 私が、いま、生きていて、そして、これからも、生き続け、日本に戻り、兼子さ
んに会えるのならば、私は、兼子さんを、どんなことがあっても、必ず、殺す。必
ず、殺してみせる。殺さずして、これ以上、どうして、生きていられようか。

 この世には、法で、罰せられない罪がある。罪を犯しても、それを立証できなけ
れば、罰せられない。どんな悪事を働いても、法に触れなければ、罰せられない。
だが、私は、それを許さないし、絶対に認めない。

 私は、復讐するのではなく、罪を裁くのだ。たとえ、その罪が裁判所で立証でき
なくとも、その罪が犯罪に触れなくても、私はその罪を知っているし、それを絶対
に許さない。殺人という罪を、刑務所で、償う覚悟があれば、復讐は、私の人生の
中の、正当な行為だ。少なくとも、私自身の観念においては。このまま、兼子さん
を生かしておけば、必ず、後悔する。一日中、一秒一秒の、時ごとに、私の心に、
後悔と憎しみと、恨みが募り、いつかは、兄のように、爆発するかもしれない。そ
うなってからでは、手遅れなのだ。不条理でも、逆恨みでもいい、私は、復讐した
い。どんな汚名を着せられてもいいから、私は、兼子さんを殺したい。
 確かに、私も、いままでの人生の中で、罪を犯してきたかもしれない。その矛盾
については、私は、いままで、ずっと、悩んでいた。だが、私は、人生で、ある程
度の成功を収めた時点でも、恨みだけは消えなかった。私は、自分で、手を下さな
くても、彼が不幸になるように、ずっと、願っていた。兼子さんに対する憎しみが
募ると、彼の勤めている立製産業にも、何度も、偽名で、電話して、消息を確かめ
た。彼は、それほど、出世はしていないようだが、不幸には、なっていないようだ。
私の、兼子さんへの憎しみは、いつまでも、消えず、むしろ、ますます、大きく重
くなり、私を苦しめた。母への雪辱を晴らした、いま、残っているのは、あの男一
人だ。自分も、他人に、幾らかの罪を負っているはずなのに、他人の罪に対してだ
け、復讐するのは、おかしいのではないかと、悩んだこともあった。だが、いま、
はっきりと言う。自分も、幾らかの罪を負っているからといって、他人の罪も、許
せというのは、間違いだ。兼子さんを殺すことができれば、私は、罪を負う。罪を
負う覚悟さえあれば、復讐は許されるのだ。私に恨みを持つ者は、私に、復讐をし
て、私に、罪を負わせればいいのだ。復讐もせず、私に罪を負わせない奴が悪いの
だ。私が道を歩いたり、私の顔が気に入らないだけで、私を罰する人間だっている
かもしれない。自分の罪を負うとしても、それは、兼子さんに復讐をしてからだ。

 闇が永遠に、私の心に、訪れぬように。そして、復讐の炎のために。そして、石
原さんのために。そして、私のために。
 東京の、私のマンションには、猟銃がある。もし、東京に戻ることができたなら、
私はその銃を手に取り、その散弾で、兼子さんの頭を、スイカ割りの、スイカのよ
うに、粉々にぶち壊してやるのだ。そうして、私と彼女の、積年の恨みと憎しみを、
はらすのだ。

 私は、また、笑った。我ながら、名案だと、思った。そのとき、ふと、私は、ポ
ケットの中が、気になった。私は、急いで、ポケットの中を探った。彼女の、石原
さんの、写真がなかった。私は、悲しくなった。私は、大声を出して、写真を返す
ように叫んだ。だが、いくら、叫んでも、返事はなかった。私は、ここが、精神病
院の、隔離された部屋なのではないかと思って、心配になった。私は、大声で、彼
女の写真を返せと、言いながら、泣いた。彼女の写真がなければ、これから、どう
やって、暮らしていけばいいのだろうか。私は、子供のように泣いた。いつまでも
泣いた。気が狂いそうな意識の中で、私は気付いた。そうだ、彼女こそ、私の母だ、
彼女こそ、私の、たった一人の、やさしいお母さんだったのだ、と。



        【 Angel & Geart Tale 了 】




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 レミントン・スティールの作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE