#2160/5495 長編
★タイトル (RJM ) 93/ 6/18 23:14 ( 99)
『Angel & Geart Tale』(7) スティール
★内容
『漆黒の闇』 第七章
北海道の地形が、窓から見えた。千歳空港に、もうすぐ着くだろう。また、くだ
らない生活に戻るような気がした。日本には、恨みはないが、私は、日本には、も
う住みたいとは、思わない。
空港に降り立った私は、その愚かな人々と、少数のおそらくいるであろう、賢い
人々とで、構成された、人ゴミの中を歩いた。千歳空港から、JRに続く通路を、
10分ほど、歩くと、そのまま、JRの列車に乗り換えることができた。しかし、
JRに乗り、陸路で、青森に向かうと、時間がかかるので、私は、また、飛行機に
乗り、空路で、青森に向かうことにした。
みにくい現実は恐ろしい。心の中にある、夢だけが、いつも、完全無欠で完璧な
のだ。日本には、私に、ストレスを与える何かがある。過去の思い出か、それとも、
日本の風土が、私にストレスを与えるのだろうか?
もう、私は、日本に長居できない人間になってしまったようだ。私にとっては、
日本は居心地が悪い国だった。なぜ、悪いのか。やはり、日本は、均質を好む社会
で、異質なものを受け入れないからだろうか。
私の見ている現実は、彼らを見ている現実とは、あきらかに、違うのだ。彼らは
自分自身を捨て、一度、死ぬことで、社会を共有する。私は日本が好きだ。だが、
よくよく、考えてみると、好きなのは、日本の中では、異質な、偉人や天才のたぐ
いだった。それは、一般的な日本人も、みなそうかもしれない。彼らは自分自身は、
社会に深く埋没し、くだらない生活を共有し、自分や周囲をも、まやかして、生き
ているわりには、日本の風土にはなじまない異質なヒーローを好むのだ。
搭乗手続きを終え、空港のロビーに接した店で、食事をとった。ロビーに面した
窓の、すぐそばの席が空いていたので、座った。私は、ロビーを見下ろした。人の
波が、見えた。それは、まさに潮の流れのような、なんの脈絡のない波だった。(虚
飾の人生だ)と、私は、心の中で呟いた。創作にかかわったことは、私にとっては、
必ずしも、いい影響を与えてはいなかった。物事に疑問を持つたびに、私は、だん
だん、世俗から離れていったような気がする。私が初めて物事に対して疑問を抱い
たのは、いつのことだったろうか。
昔は、自分は幸せなのか、そして、また、恵まれているのだろうかと、よく、不
安になった。最近は、そうは思わなくなった。香港にいて、そういう不安に襲われ
ると、日本に戻って来た。日本で、何日間か、それとも、何週間か、過ごした。日
本に来ると、自分で持っている不動産の処理やら、編集者との打ち合わせとか、な
んだかんだと、こなさなければならない仕事があった。その合間をぬって、私はよ
く雑踏に出た。雑踏に出るたびに、私は安堵した。雑踏の中で、人波をみると、心
が軽くなり、安心した。そうやって、自分自身の幸せを実感したのだ。なぜ、私は、
幸せを感じたのだろうか。その雑踏の中には、ほんとうに幸せそうな子供もいるは
ずだった。確実に、そういう子供達がいるはずだ。なぜ、成長するにしたがって、
歪んで狂うのか。
現実や社会が歪んでいるからか、それとも社会のシステムが歪んでいるからか。
大人になった彼らは、いつしか、自由や権利を主張しなくなる。それどころか、自
分自身の責任や義務を、子供のときよりも負わなくなる。過去を忘れて、個人個人
が持っている責任を果たさなくなり、忘れるか、責任の、その存在自体を否定する。
日本の人波を見ていると、胸がせいせいして、私の魂が鼓舞する。過去のすべて
を拭い去り、また、新しい足跡を残そうという気になる。この千歳空港も私にとっ
ては、そうだ。世界のどの街角とも違う雰囲気。これが、いままで、私に不快感を
与えてきたものだったのだ。香港の悪臭や汚さ、ニューヨークのかなり危険な物騒
さとは違う、安全な何か。
こんなときは、私の気持ちは微妙だ。はた目には、ただ、出てくるコーヒーとパ
ンを待って、ぼんやりと、人波を見つめてみるように見えるだけかもしれない。だ
が、私の心は、何かの形になって、私に、やさしく語りかけ、かつ、力強く演説し
ている。『誰よりも、強く、そして、誰よりも、成功しろ!』と。
なぜか、私は、どんなに成功しても、満足しなかった。成功から得られる成果が
目的や満足ではなく、成功すること自体が目的だったためかもしれない。自分自身
と、自分の家族の成功を願うだけなら、一介の、ただのサラリーマンでよかったか
もしれない。だが、そういうときには、必ず、私の中の、もう一人の自分が、口を
開き、その私の考えを否定した。『もっと、成功しろ! もっと、もっと、成功し
ろ!』と。私はこれからも、闘う。見えない何か、見えない敵と闘う。死ぬまで闘
う。これから、何が起こっても、たとえ、この世で私一人だけが生き残っても、きっ
と、闘うのだろう。
空港のロビーに、人々が溢れて、いまも、昔も、そして、これからも、飛行機は、
彼らの、夢や希望や、絶望や悲しみ、そして、慈しみや喜びを載せて、運んで、翔
ぶだろうが、彼らの人生の大部分は、そうたいして、変わらないのだ。夢は裏切り、
希望は潰れ、絶望を忘れ、悲しみを消して、慈しみを捨て、喜びを無理に作り出す
ようになっても、彼ら、彼女らは、生きている。いま、生きていて、ほんとうに楽
しいのは、夢を持つ子供だけだろう。欲望は決して充足されず、見せかけではない、
他人に、真の衝動をあらわすことができない。夢や希望を、いくら持っても、意味
がなく、他人はいつも裏切る。喜びや慈しみまでもが、加工され、彼らは、それを
商品やプレゼントとして、何かと引き換えに、人に渡す。彼らの、ほんとうの感情
はどこに行ってしまったのか?
少なくとも、いまは、私は、自分が生きていることを実感できた。
食事を終えた私は、JRの千歳空港駅に向かった。列車に乗るわけではなかった
が、散歩のように、ぶらっと、歩いてみたかったのだ。駅に向かったといっても、
空港の外に出たわけではない。ここの空港と駅は、屋根のあるちゃんとした通路で、
つながれていた。通路の窓から、見える風景の中で、銀色の空だけが目立って、目
に付いた。
私の心は冷たいのだろうか。シベリアの風のように。冷たい風は、誰でも苦手な
ように、私もそれほど好きではなかった。北海道やシベリアの冷たい風を、暖かい
室内の部屋で眺めていて、私はその冷たい風に共感を覚えた。世俗に触れて、私が
得たものは、侮蔑の感情くらいしかなかった。私は、彼らを侮り、蔑んだ。彼らは、
私にとっては、しょせん、そのくらいの存在でしかなかったのだ。そう、いま、私
は冷たい風になって、他の人々に吹きつけているのだ。
そして、私は青森行の飛行機に乗った。一時間ほどで、青森に着き、その何十分
か後には、実家に着くだろう。シートに座った私は、また、眠りに落ちようとして
いた。窓際の席で、翔び立つ飛行機から見える景色を、窓から見ながら、私は、ま
た、取り留めもなく、何かを思った。
なぜだか、わからないが、私は香港を愛した。日本以外なら、何処でもよかった
のかもしれないが。香港の街には、活気があった。古代の中国の街を思い出させる
活気が・・・。そんなことを考えながら、私は、また、眠りに落ちていた。