AWC 泣かないでレディー・ライダー 16〈トラウト〉


        
#2151/5495 長編
★タイトル (RMC     )  93/ 6/17  19:57  (168)
泣かないでレディー・ライダー 16〈トラウト〉
★内容

 雨をさけようと向ったそのオレンジ色のサインボード「TEXACO」の手前
につくまで、結局それから一時間かかったか、雨は降り続けていたが防御は万全
だった。
 そこは大型トラックの中継地点という感じの、大きなパーキングエリアを持つ
古くさいレストランだった。TEXACOというのは、そこから一○○m程隣に
あるガスステーションのサインボードだった。
 パーキングエリアには大きなトレーラーが数台駐まっていた。ナホはその脇を
抜けレストランの入口ちかくにH・Dを駐め、胸に抱えた太郎をバイクから下ろ
した。ドアから出てきたもみあげの長いテンガロンハットの男が、そのナホをみ
て、帽子のひさしをちょこっと持上げ、歯の隙間で口笛を吹いた。
 入ったとたんにも見馴れぬ客という事か、女だからか、お客が躰をはわせるよ
うな視線を浴びせかけてきた。そういう時には自分から挨拶をするに限る。ナホ
がそうすると案の定、向うがあわてて挨拶を返してきた。
 窓際の席に案内され、熱いコーンスープを二つ注文した。そこからだとバイク
も見えて安心だ。
 腕時計を見た、四時だ。地図でいくとデザート・インというモーテルがそばに
あるという事だが、どうも地図はあてにならない、あとで確かめようと思った。
 一応食事もしておいた方がいいかもしれない。これもあとでウエイトレスに頼
もう、と大きな二つ折りのメニューをとった。
「雨止んだよ太郎、もうちょっと走ろうと思うの、大丈夫?」
 ナホが太郎の顔をのぞき込んだ。
「平気だよ」
 元気そうだ。
 さっきとは別のウエイトレスがコーンスープを運んできた。そのウエイトレス
は太郎とナホの前にスープをおくと「プリティ!」と太郎のふくらんだほっぺた
を指でちょんちょんと触った。太郎が照れている。
 ナホはそのウエイトレスにデザート・インの場所を尋ねた、どうやらあと二時
間ほど走れば間違いなくつけそうだ。とりあえず太郎のパンケーキだけを頼んだ。
「ジャパニーズ?」ウエイトレスが聞いた、優しそうな顔だ。
 テキサスでは男が強い分だけ、女はやさしいんだと聞いた、そんな感じだ。
 ナホが「イエス アイム」と答えると、彼女がまた太郎に微笑んだ。
 太郎は来たとたんにもうパンケーキにかじりついている。
「ムスコさんとふたりで旅行なの? いい旅をね」彼女がそう言ってくれた。
「有難う」とナホがいうと、彼女は「私にも同じぐらいの娘がいるのよ」と太郎
をのぞき込み、口元を指さして「拭きなさい」と話しかけた。
 太郎がわかる訳もない。食べるのを止めて、ただはにかんでいる。
「デイトナに行くのよ」ナホが表に駐めてあるスーパー・グライドを指さした。
 そのウエイトレスは彼女のハーレーをみて一瞬びっくりしたようだが、ナホは
びっくりされるのにはもう慣れていた、また『女がハーレーに?』だ。だいぶ前
からいつもの事ではある。
 胸のポケットからバンダナを出し、太郎の口をふいてあげ「おいしい?」と聞
いた。
「うん」
「彼は気に入ったようよ」
 ナホがまた顔を上げ、そのウエイトレスを見た。
 顔をあげたとたん、そのウエイトレスが自分をずっと見つめていた事に気がつ
いた、心なしかおどおどしている・・・・?
 彼女は返事をしない、ずっと黙ってナホをみつめているだけだ。
 ナホが見つめかえすと、気がついたように彼女はまた「ダッツ オール?」と
尋ねてきた。もう他に注文はない、彼女が頷くと、ウエイトレスは「OK ハヴ
ア ナイス トリップ」と言残し、厨房の方に去っていった。
 一瞬考えた。
 「太郎、待ってて!」ナホは彼女を厨房に追った。
 ナホが厨房の入口までつくのと同じタイミングで彼女がまた出てきた。
 ばったり向い合って立ち止った。
 目を見つめた。
 しばらく見つめあった。
 寂しそうな目だとナホは思った。
 ルースもまたそう思っていた。
 お互いに「感じるなにか」があった。
 待ちきれずに声を発したのはナホが先だった。
「ゲンジの恋人なのね」
 しばらく黙っていたルースの瞳に涙が滲んだ。
「取戻しに来たんじゃないの」
 ナホが言った。
 ルースがうつむいた。
 足元に涙の粒が一滴、二滴落ちた。
 ナホはルースを更に見つめた。
 胸が締付けられる思いでいたが、涙は出てこない。
「さよならを言いたいの、太郎と私・・・・」
 ルースが顔をあげた。
「あなた・・・・」
 ルースの言葉が途中で途切れた。
「ゲンジに逢わせて!」
 ナホが一歩前にでると「その前に・・・・」ルースがナホの言葉を遮った。
「ナホ、私にとってゲンジはもう必要な人になってしまったの」
 ルースはそういった。
 ナホは自分の名前を呼ばれて驚いた。が、そのまま話しの続きを待った。
 ルースが泣くのを止め、冷静になった。
「私はゲンジにそう言ったの、ゲンジはそれから何日も考えたみたい」
 ナホが唇を噛んだ。
「なんて言ったと思う?」
「・・・・・・・・」
「ナホが好きだって、あなたのところに帰りたいって、彼」
 ナホの瞳から涙がじわっと滲み出した。
「でも私にはエマっていう車椅子の子供がいるの、彼が・・・・」
「知ってる」ナホが静かに言った。
「それから一週間たってからかしら、ゲンジはやっぱり私が好きだって言ったの」
 ナホがルースを見つめた。
「嘘なのよ・・・・優しい人ね、あなたのゲンジは」
 ルースが窓の方をむいた。
 そして顎をしゃくった。
 一○○m程むこうのTEXACOだ。
「あそこで働いてるの、今ごろはクルマを修理している筈よ」
 ルースが言ったとたん、ナホが後ろを向いた。
「太郎!」
 窓際にかけよった。
 お客がその声にびっくしてナホを振返った。
「太郎!ダダ見つけた、おいで!」
 ナホはテーブルにドル紙幣を乱暴にばらまき、太郎の腕をとって入口にむかっ
た。そして入口のまえで振向いた。ルースが早くいけ、と手を振りながら、せい
いっぱい笑顔を作ろうとしている。
 マシンにまたがった。
 キックを入れた。
「太郎!乗って」
 太郎がマシンにかじりつくように乗った。
 クラッチを握りギアを入れた。
 マシンがガクンと前に揺れた。
 右手で太郎を押えた。
 アクセルを開けた。
 はし
 疾った。
 TEXACOに向って疾った。
 「あそこにダダがいるのよ」
 そのTEXACOの前で彼女はマシンのエンジンを切り、ギアをニュートラル
に入れた。ゲンジはいない、そのまま惰性でマシンをすべらせた。
 店先を通り過ぎ、脇の塀をすりぬけ、とめた。
 マシンにまたがったまま、太郎を降ろすと、ナホはそのマシンを数m程押した。
 コンクリート塀が途切れ、そこには修理場のような広場があった。
 誰かが後ろ姿で座り、クルマをいじっている。
『ゲンジ・・・・』あの背中は紛れもない。
『ダダ』太郎もそれを認めて呟いた。
「行きなさい、ダダんとこに」ナホはそのまま太郎の背中を押した。
 太郎はナホの顔を見上げると、心細げにとぼとぼとゲンジの方に歩いていった。
 太郎が「ダダ」と小さく声を出したのは、ゲンジの三m程手前だろうか。
 後ろ姿のまま、ゲンジの動きがすっと止った。
 ナホがマシンの上に伸上がり、力任せにキックをした。
−−ZDADADADADADANN
 V2エボリューションの咆哮だ。
 後ろ姿のゲンジが膝を落してうつ向いた。
「ダダ?」髭がみえたからだろう、太郎が疑わしそうにもう一度聞いた。
「太郎か?」ゲンジが背中をむいたまま呟いた。
「ダダ!」太郎が背中に駆寄った。
 ゲンジが振向いて太郎を抱きあげた。
「太郎、太郎か、本当に太郎か!」
 ゲンジは大声で太郎の名を呼ぶと、空中に放りあげ、抱きとめ、あたりを見回
した。太郎が指をさす間もなく、スーパー・グライドがゲンジの目の前に突進し
てきた。
 止った・・・・。
「・・・・探したのよ」
「・・・・・・・・」
「迎えに来たのよ」
 ゲンジがナホを迎えに来たあの日とおんなじ言葉だ。
 他に言うべき言葉も見あたらなかった。
 ゲンジは何もいえずに、しばらくナホをじっと見ていた。
 ゆっくり歩み寄って抱きしめた。
「ナホ」
 ナホはもう泣かなかった。
 かわりにゲンジがナホの分まで泣いていた。
 声を出さずに涙だけをぼろぼろと流していた。
 ナホはゲンジの胸を押退け言った。
「ゲンジ、顔を見せて、ゲンジ・・・・」
 ナホは思っいきり笑顔をみせた。
 泣く理由なんかちっともないのだ。
「これに乗せてくれない?」
 彼女がフューエルタンクを指ではじいた。
 ゲンジがそのスーパーグライドを見つめた。
「貴方のバイクなのよ、私がとり戻した」
 ナホが小首をかしげた。
 彼は黙って、またしばらくそのマシンを見つめていた。
「私のバイクは夕焼け色のパパサンなの」
 ナホがまた顔中で笑った。
「・・・・よーし、太郎乗れ」
 ゲンジが太郎の体をらくらくと持上げ、タンデムシートにドンと乗せた。ナホ
が後ろに乗った。
「ルースのところよ」
 彼女が言った。




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