#2148/5495 長編
★タイトル (RMC ) 93/ 6/17 19:49 (197)
泣かないでレディー・ライダー 13〈トラウト〉
★内容
[5]NAHO.
カウンターの上に置いてある太郎のハーレーに、西日が光っている。
壁に張ったアメリカ全土の地図は、あの日のままだ。エルパソの上の虫ピンで
サインペンの線も止っている。
「ナホ」
何もしゃべらずにぼおっとしているナホに、たまらずリュウが話しかけた。
「何? リュウ」
「お前ずっとそうやって、あいつが生きてると思って待つのか?」
「うん。そうだもんねぇ、ダダ生きてるもんね」ナホが太郎を膝に乗せた。
ヨーが、まただという顔でナホを見ながら、コーヒーをリュウに渡した。
「馬鹿じゃねえか、お前」リュウがそのコーヒーを受取った。
その後にまた、ふたりとも言う事が見つからず、黙った。
ゲンジからの連絡が途絶えた二週間後には、ヨーが旅行手引きに出ているエル
パソのホテルすべてに電話をした。だがゲンジが宿泊した気配さえなかった。警
察に連絡しても同様訴えの記録はない。ヨーはロスの友人に連絡し、エルパソに、
サンアントニオに、とゲンジを探させたが、それも無駄に終った。
あとは打つ手もなく、リュウとヨーはただナホのそばにいてやるしかなかった。
しかし、いつだって彼女はこうだ。
ナホはひたすら待った。ゲンジは絶対帰る。ただ帰りを信じて待った。その方
すべ
法だけが唯一の生きていられる術、逃込む隙間であった。その隙間に逃込み、ま
んじりともせず、待った。
しかし、いくら待っても彼は帰って来なかった・・・・。
そしていつかゲンジの帰国の日も過ぎ、今は査証の期限さえ過ぎてしまってい
るのだ。たとえ死んでいないにしても、ゲンジは形式上死んだ。無人の荒野でゲ
ンジは死んだのだ。リュウは『ゲンジは死んだんだ』と何度もナホに言聞かせた。
しかし、ナホは耳を貸さなかった。
「リュウ」
「ああ?」
「ゲンジが生きているとするでしょ」
「・・・・死んだんだよ」
口ごもりながらリュウはそれを言って、目をつむった。
あの日の電話の声を思い出していた。
「聞いて」
ナホがリュウの肩を揺らした。
「ゲンジが私たちを置いてけぼりにすると思う?」
「思わないな」彼は短く言放つとまた横を向いた。
「そうでしょ。生きてるとすれば、なにかの事情で帰れなくなった」
「なんでだよ」
リュウがやっとナホの顔を正面から見た。
「だから『何か』よ」
「・・・・・・・・」
「生きているとすれば、私ゲンジがまだハーレーに乗っていると思う」
「そうかよ、だからどした?」
「デイトナに現れる」
「・・・・一年後のか?」
「生きていれば絶対来る」
ゲンジは黙ってマグカップを見つめている。
「ナホ、もうやめようよ」カウンターの向うでヨーが寂しそうな顔で言った。
「ヨー、私ね一○○万回も考えた、死んでなかったらって事。ねえリュウ?」
ナホはヨーにそういうと、またリュウをみつめた。
「俺は行かねぇぞ」
「私がバイクで行く」
リュウとヨーが顔を見合せた。
「ナホ・・・・だって、あれからバイクには全然・・・・」
「あと四カ月あるから練習する。付合って? いいよねヨー、リュウを借りて」
とナホがヨーを見た。
「いいけど・・・・太郎ちゃん遊びいこ!」
ヨーが気をきかせて太郎を外に連れだした。
「最悪死んでるかもと私も思う。だけどね、生きてるとしたら犯罪に巻込まれた
か、怪我をしたと思うの」
「そ、それで・・・・」
「辛い想像だけど、女の人が死にそうだったゲンジを助けた」
リュウもそのへんのところかとヨーと話していたのだ、何も答えなかった。
ナホがリュウをのぞき込んだ。
「それで、リュウはその女性に命を助けられたから感謝した」
「それで、その女と出来たって?」
「それで多分エルパソか・・・・」
「サンアントニオかぁ?」
ナホが頷いた「査証がなくてもなんとかなるメキシコかも知れない」
「しかし乱暴な想像だよな」
「乱暴だけど、そんな気がする。だから行く」
「やめろ」
ナホが声を落して、ひとつずつ言葉を選んで言った。
「女の人と 一緒にいるゲンジを見たら それで私は ゲンジを諦める。それで
も私は怒らない、おあいこよ。三カ所で私はゲンジを探す。エルパソとサンアン
トニオとデイトナ。それでゲンジがいなかったら ゲンジは死んだ」
ナホがうつ向いて鼻をすすりだした。リュウは腕を組んで、天井を見つめた。
「・・・・太郎はどうすんだ?」
「バイクに乗せて、連れていく」
リュウが苦笑した「無理だよそれは」
「大丈夫、訓練させる」
リュウが肺の中の息を一気に全部はいた。
沈黙がしばらく流れた。
「・・・・俺たちがいくよ」
ナホが顔をあげた。
「どうせもうすぐ結婚する。デイトナの三月まで待てないだろ、一足早く新婚旅
行で探す。我ながらいいアイデアだ」
リュウがタバコに手を伸してジッポの蓋を開けた。
「バイクは後免だ。飛行機でいって、エルパソを探す。ヨーの英語が役に立つ。
エルパソにいなかったらそこでレンタカーを借りてサンアントニオまで、しら
み潰しに探す。これでいいか? 気が済むか?」
「だってヨーが、新婚旅行が台無しよ」
「FATBOYあっての俺達よ、ナホのそんな顔はもううんざりだね」
リュウがそういうと、ナホが立上がって、ソーセージを鉄板にのせた。
リュウが「どした?」と聞くとナホが笑いながら「サービス」といった。
無理矢理笑って、また涙を滲ませた。
「どうでもいいけどよ、あのバイクはゲンジみたいなもんだ。乗っててやれよ」
リュウがいうとナホは「うん」と頷いて微笑んだ。
◇
予定していたログハウスでの式から、半年以上遅れはしたが、リュウとヨーは
中華街での結婚式を無事終えた。ナホも七五三のような服を太郎に着せ、出席し、
自分の事のように喜んだ。
ふたりは早速、直行便でロスアンジェルスに向い、ロスにヨーの友人を訪ね、
様子を聞いたが、やはり電話で話した以上の事はなにもなかった。
そこで二人はデイトナまで行き、徹底してゲンジを探す覚悟をした。
ナホは知らないが、ゲンジは現に生きている。悪い方の事を考えてみると、自分
達がゲンジに会った方がナホが傷つかないと思ったのだ。
リュウはドメスティック・エアラインで行くつもりでいたが、ヨーが、どうせ
ならクルマでゲンジの足跡を徹底して追いたい、といい出した。結局どこででも
寝泊り出来るキャンパーを借りた。
あとはもう一度「ハーレー」と「日本人」の二つをキーワードに事故の目撃者、
あるいは想像できぬ「他の何か」を探すのだ。
そして二人は、ルート10をひた走りに走った。
ヨーはインターステイトでライダーを見つける度にキャンパーをとめさせ、ゲ
ンジの写真をみせたが、なんの情報も得られなかった。ガスステーションでもレ
ストランでもそれをしたが、エルパソまでは無駄に終った。
エルパソにつくと、まずはホテル探しをした。
主要ホテルはすでにヨーの電話と友達で調査済みだ、ちいさなホテルばかりを
手あたり次第訪ね回った。が、ゲンジの名前はどこにも見あたらなかった。
二人は一旦、食事をして警察へ行こう、とバスディポーのカフェテラスに出か
けた。
・・・・そしてあのホテルをみつけた。
フロントに聞くとゲンジの事をよく覚えていた。
事故を起したと聞いた二人は、詳細を知るため病院に向った。
そしてルースとエマの事を知った。
早速ルースの住所とハウスナンバーを調べ、町外れの彼女のアパートに向った。
しかし、どうした事かアパートはルースどころかもぬけの空だった・・・・。
ホワイトサンズの店に出かけた。
「ばったり来なくなって、そのままだ」という。
もう一度アパートに戻り、ヨーが近辺の住人に尋ね回った。
近所付合いはなかったようだが、何人かが答えてくれた。
悲しくも結論はどうやらリュウの想像どおりであった。
「ルースの子供は事故で車椅子生活となったが、彼女は東洋人の恋人を見つけ、
いつか同棲を始め、毎朝ふたりで仲良く職場に出かけていた」住人の言葉をまと
めると、どうやらそういう事だった。
そして、ふたりはある日いなくなった・・・・
なにがあったのか?
家財道具がすべてないという事は、ただの引越しなのか?
その辺の事情はわからないが、おおまかな答はあっけない程簡単にみつかった。
どうやらデイトナにのほほんと現れるリュウでもなさそうだ。
ふたりはそれ以上の手がかりも掴めず、捜索をそれで終えた。
帰国の飛行機の中で、リュウとヨーは「ゲンジは死んだ。俺達は死んだという
情報を得た」そう口うらを合わせた。
◇
リュウとヨーの説明が、果してナホを納得させる事が出来たのか、よくわかり
はしないが、しばらくひとりで考えたい、とナホはH・Dで静岡の実家に帰った。
引留める訳にもいかず、ヨーは店のキーをナホから預り、帰るまでリュウとふ
たりで店を開けておくとナホに伝えた。
その時期さえ終れば、ゲンジこそいないがFATBOYはまた元に戻ると二人
は考えていた。
そして、数週間経たある日、ゲンジが旅だってから一年目の日にナホはFAT
BOYにようやく帰って来た。
リュウとヨーは目を見合せほっとしたが、それも束の間、ナホがデイトナに旅
立つといい出したのだ。
「どこで死んだのよ!はっきり言って、リュウ!」
涙をいっぱいためたナホがリュウに迫っていた。太郎はヨーと表にいる。
リュウはしどろもどろだ。
「エルパソの警察でよく調べて貰ったら、あのエアメイルの次の日にサンアント
ニオに向う道で日本人が事故を起して、死んだって届けがあったんだよ。何回言
ったらわかんだ。通りすがりのライダーが警察に息がなかったと知らせた。その
ライダーが救急車を先導して現場に向ったけど、ゲンジはいなかった。たしかに
息がなかった筈だが、多分そのライダーとたまたま一緒に走っていた別のハーレ
ーのライダーが、死んだゲンジをどこかに連れてったらしいって・・・・」
「だから、どうしてそのライダーを探しちゃいけないの?」
ナホがまたつめよった。リュウがあまり強く否定するので、何かを知っている
のに違いないと思った。
「ナホには無理だって言ってるんだよ」
「やっぱり行く、デイトナに行く、そのハーレーのライダーを探す。死体をみる
まで信じない!」
「・・・・行きたきゃ行けよ」
とうとうリュウが呆れて両手を上げた。
「行く! 太郎を連れていく。ゲンジは生きてる、デイトナにくる、きっと」
ナホが表の太郎を見ながら、しゃくりあげた。
ヨーが表の通りから、心配そうな顔でちらちらこちらを見ている。
リュウが困ったよ、という顔で表のヨーを見た。ヨーが目配せをして頷いた。
「・・・・ナホ」
リュウが低い声で言った。
ナホがリュウに顔をむけた。
「・・・・全部嘘だよ、嘘なんだ」
リュウが呟くように言って、目を伏せた。
「最初にお前が想像した通り、女だったんだよ。あんまり残酷だったんでよ、帰
りの飛行機ん中でヨーと口うらを合わせた、死んだってな。悪かった」
リュウがカウンターに頭をつけるように謝った。
それを聴いたナホがダッと表に飛出した。
ヨーに見向きもせず、H・Dのエンジンをかけると、通りにすっ飛んでいった。
「リュウ!」ヨーが飛込んできた。
「何してんの、追いかけて!」
リュウは表に飛出すと、GTRのエンジンをかけ、ナホを追いかけた。
リュウはナホを追った・・・・追いかけた、が、途中でやはりひとりにさせた。
元町に帰り、太郎を寝かしつけると、ヨーとリュウはナホを一晩中待った。
ナホはその日帰って来なかった。