#2298/9229 ◇フレッシュボイス過去ログ
★タイトル (gon ) 04/08/28 03:09 ( 70)
今回の「私の持論」に就いて 久作
★内容 04/08/28 03:20 修正 第2版
私の見てきた限り、そのような傾向は、四半世紀前も同様でした。其の背景に関して論
ずる用意はありませんが、実は昔からそぉだったとの疑いがあります。
人は一生涯なにかを学び考え練り上げ発言していきたいものです(でも所謂「お勉強」
ではありません)。其の為には古来から練り上げられてきた各種の道具が必要です。少
なくとも人様と語り合うためには。共通の言葉を持たなければ、バベルの塔、ヒトとヒ
トは理解し合おうとする努力すら覚束なくなります。道具には、各種学問の理論やら巷
間で交わされる常識、そして家庭内での対話から得られた行動パターンなども含みま
す。
特に若い頃は教育を受け、人様と円滑に対話できるよう訓練されます。制度として義務
教育があります。この義務教育は憲法に明記された国民の義務です。まぁ実際には、
「義務教育を親権の及ぶ者に受けさせる義務」なんですけれどもね。
このような教育を【調教】と言い換えて構わない。いや、「調教」と云ってもボンデー
ジな服装の人に笞打たれたり蝋燭を垂らされたりするわけではありません。でも【緊縛
】される場面ではある。学校には校則もあるでしょう。オジサン達が有り難がる密教の
曼陀羅の四隅には、鉤やら縄やらが鉦やらが描かれています。あれは、仏教を民衆に教
える時、「鉤で引っ掛け」「赤縄で亀甲縛りに(嘘)緊縛し」「鉦の音で頭を真っ白に
させ」るとの意味を込めています。結局、教育は、(家庭内での教育も含めて)白紙の
段階から変化を「させられる」ものなのですね。即ち【強制】です。
マゾの方なら赤縄で亀甲縛りされたら悦ぶだけでしょうけれども、多くの人は、そうで
はありません(最近は多くはないかもしれんと思ってはいますが、取り敢えず……)。
「緊縛」されたら逃れようと藻掻くし、「強制」されれば反発してしまう。教育の場に
於いて、「不良」に人気が集まることは、【教育という強制の場に於いて生ずる反発し
たいココロを自分に代わって現実化してくれている】との気持ちが、何処かにあるから
かもしれません。まぁ私も人一倍束縛ってヤツにアレルギーがあるから、真面目な生徒
ではありませんでタバコは吸うわ校外では喧嘩するわ不純異性……いや、まぁでも最低
限の「お勉強」は柄にもなくしたりして、狡猾に表面を取り繕ったりもしていたわけ
で、【絵に描いたような不良】どもにも共感はあったし【自分より正直に生きている】
という一種の敬意は持っていました。
しかし良い歳をして、昔の不良自慢なんかしつつ実は既存社会に緊縛されて悦んでる変
態オヤジども即ち【なんちゃて不良】どもを見ておりますと、さて若い頃に出会った
「不良」の中に、どれだけ【本物(既成秩序への抵抗者)】がいたか、甚だ疑問になっ
てきます。ってぇか、不良が人気を集める背景は、上記のように、従ったら良い目を見
る【強制】への【反発】があるのですが、実は逆手に取った【良い目を見る為のエセ不
良】も多く含まれていたのではないか。だからこそ、社会に出ると「卒業しました」な
んてアホタ
レデンガクなことを云う。実は、その場その場に合わせてるだけ。成果は得るが、結局
は其の成果を与える者達を本質的に裏切っていたことになる。多くの「不良」が放つ腐
臭は、恐らく此処等に発している。まぁ「本物」も中にはいたと今でも信じてはいるの
ですけれども。
「本物の不良」は、論語など古来からの倫理と実は合致します。「侠」という概念で
す。対して倫理を無視する者を「郷原」といいますね。エセ不良が、これに当たるでし
ょう。一種の虚無主義(ニヒリズム)でして、その場その場で都合良く生きることで
す。愛媛県の教育界に対して云われることに、「あの先生、頭髪の校則があった時には
色々小理屈つけて検査して切らせてたけど、校則が無くなった途端に『おい、お前、前
みたいに髪伸ばさんのか』だってさ」があります。色々な事を含みますので此処では語
り切れませんが、まぁ前年まで戦場に教え子を送り出していた教員が平和主義を掲げる
みたいなもんです。不信感を植え付けること、この上ない。まぁ、此の様な変節は【人
の哀しさ】も多分に含んではいますが……それを乗り越えて、例えば「社会にはルール
があり、それは社会を守るためのもので同時に個人も守るものよ。一般に人が守るルー
ルを破るなら、見合う対価を払わなければならないわ。対価とは軽蔑である場合もある
し暴力である場合も拘束である場合も文字通り金銭の場合もあるのよ。まぁ確かにアナ
タの頭髪が襟足に掛かってセクシーだろうと、実は陰毛が薄くて太めのアレの姿が能く
見えようと本当は如何でも良いんだけども、頭髪のルールは社会のルールを守るための
練習なのよ。学校は社会に出る準備をする所。ルールを守らなければ、どんなに厭な思
いをさせられるか教える所。頭髪のルールを破ったアナタは罰を受けなければならな
い。厭なことをさせられるのよ。アナタが●●と付き合ってるのは知ってるわ。オバチ
ャンなんかに興味がないことも……。でも許さない。ほら、このオバチャンに一所懸命
に奉仕するのよ。……はぁはぁ、さあ!」(「!」と云われても……)などと麗しく成
熟した女性教員に迫ってもらえてたら、或いは私も多少は真面目になったかもしれませ
んが、残念ながら、其の様なことはありませんでした。
まぁ結局、若い頃に何も考えていなかったのですが、改めて思うと、上記のようなこと
かな、と。お若い頃に、「持論」の如く疑問を感じられることは、素晴らしいことで
す。疑問は、考えることの端緒です。考えることは【己の真実を自分に説明する】こと
でもあります。考え続け、進み続けてください(まぁ道を間違ったら私みたいになるの
で、ご注意を)。