#2364/5495 長編
★タイトル (AZA ) 93/10/14 8: 9 (121)
たて笛盗難事件 上 桐鳩吉太
★内容
そのとき、私は珍しく、話し手に回っていた。聞き手は、いつもは話し手で
ある池原徳志。
「この間、大学時代の友人と、久しぶりに電話で話をしたんだけどね。そう、
向こうから電話があったんだ。思い出話もそこそこに、そいつが妙な話を持ち
出してきたもんだから、これは一つ、池原徳志にご出馬願おうかと思って」
「出馬だなんて」
と言いつつも、池原はまんざらでもなさそうな顔をして、にやけている。
「そいつは、私が作家で、たまに推理小説も書いているから、事件を解決して
くれないかと期待してくれたようなんだが……。教師ってのは、追い詰められ
ると突拍子もないところに助けを求めるものなのかね」
「へえ、桐鳩さんの友達というのは、学校の先生ですか」
「ああ、そうなんだ。小学校の教師。分かると思うけど、私と同い年なんだ、
まずまず中堅の先生といったところかな」
「学究の担任なんてのもしてるんですかね?」
「してる。だからこそ、あいつは事件に巻き込まれたと言えなくもないんだ。
事件はあいつ−−鴨井の担当している教室で起こったそうだ」
以下、鴨井の話をまとめてみよう。
* * * * * * * *
鴨井は朝、教室に入ったところで、その場にいる児童全員から、あることを
知らされた。
「先生、笛がなくなっている!」
と。笛とは、児童四十人全員が持っているたて笛のことである。
それを聞いた鴨井は、最初はその児童一人だけが笛をなくしたんだとが合点
した。だが、続けて、「僕も」「あたしも」という声が上がり、彼は戸惑った
という。
「待て待て。ちょっと静かにしてくれないか。えーっと、何人いるんだ、笛を
なくしたってのは?」
全員が反応し、片手を元気よく挙げる。
「今、数えるからな」
数えようとした鴨井にストップがかかった。
「先生、あたし、周りの人の机も覗いてみたんだけど、みんなの分全部がなく
なってるみたいなんです」
「本当か?」
さすがに慌てて、鴨井は手近の机の中を二つ三つ、覗き込んだ。
「あん?」
彼は思わず、妙な声を出してしまった。たて笛がなくなっているというのは、
半分嘘で半分本当だった。どの机の中にも、笛はあった。ただ、その全てが吹
き口を失っていたのだ。
「みんな、吹くところがないんだな?」
そのことを確認してから、鴨井は考えた。
児童の誰かが、いたずらのつもりでやったのだろうか。疑うことは簡単にで
きるが、何も根拠がない。そうではあったが、他に何も思い付きもしなかった。
そうこうしている内に、朝のホームルームの時間が来てしまった。とりあえ
ず、皆を席に着かせなくては。鴨井の学級の児童は、一人を除いて全員が椅子
に並んだ。その子供は虫歯の治療で遅くなると、その子の弟が連絡してきた。
早速、鴨井は教壇に立ち、簡単な挨拶の後、切り出した。
「誰か、こんないたずらした奴、いるか?」
それまで騒がしかった児童達は、しんとなる。誰も何も言わない。もちろん、
名乗り上げる者もなし。
「理由さえはっきり話せば、怒らないから、な」
紋切り型の台詞も口にしてみたが、効果はなかった。
「……しょうがないな。今日は音楽の時間がないからいいようなものの……。
そうだな、今日中に名乗り出てほしいな。みんなの前で名乗り出るのが恥ずか
しければ、後でこっそり、職員室に来てもいいから」
時間も迫っていたので、そう言ってその場は切り上げた鴨井だった。
* * * * * * * *
「でも、二日経っても結局は名乗り出た者はなかったそうだ」
「四十個の笛の吹き口はどうなりました?」
考え考え聞いていた様子の池原は、質問してきた。
「それなんだが……。実は、見つかってるたんだ、もう。鴨井が担任している
のは四年生のクラスで、二階にあるんだが、その真下の一階の教室の前で見つ
かったんだ」
「前とは……」
「えー、中庭に面した窓の下に、ちょっとした花壇があるそうなんだ。その花
壇の中にごちゃごちゃとまとまって落ちていたらしい。四十個全部がね。中に
は、やわらかい黒土に半分埋まっていたのもあったって」
「そうでしたか。いや、僕は一瞬、犯人−−語感が悪いですが、この際、そう
呼ばせてもらいましょう−−はどうやって四十個もの笛を運び出したのんだろ
うって、不思議に思って悩んでしまいましたよ。ふぁ、単純に考えればよかっ
たんですねえ。二階の教室の窓から、花壇めがけて落したんだって」
難問が氷解したかのようなすっきりした笑顔を見せる池原。だが、こっちと
してはまだ解いてもらわなくてはならない問題があるのだ。
「君らしくないな。どうして、犯人はそんなことをしたのか。動機について、
何も不思議には思わないのかい?」
「そんなことありませんよ。考えています」
続いて何か、意見を述べてくれるものと待っていたが、池原はそのまま黙っ
てしまった。私は肩すかしを食らわされた思いで、沈黙を破った。
「なあ、どう思っているんだ? 確信がなくてもいいから、推理の一端を披露
してくれないの?」
「いやあ、難しいです。分からない」
「じゃあ、さっきも出たけど、音楽の授業を受けたくなくてこんなことをした
ってのは、どう思う?」
「笛が見つかったのは、何日後でしたっけ?」
「二日後だって聞いたよ。大掃除があって、それで見つかったそうだ」
「笛が消えた日から二日後に、大掃除があるってことは、子供達も知っていた
んでしょうか? 教師や用務員さんらは知っていて当然でしょうから」
「そこまでは鴨井に聞いてないが、多分、知っているんじゃないかな」
「だとしたら、音楽が嫌でやったというのは、説得力がありませんよ。そんな
理由で笛を隠しても、ほとんど無意味です。二日しか効力がないのですから」
私は納得した。
調子に乗ってきたのか、池原は続けて考えを口にする。
「これは、想像というか妄想ですが……。誰か死んでいませんよね?」
「何だって? 死んでいる?」
唐突な言葉に、私は大声で聞き返した。
「そうです。その学校の児童でも先生でも、事務員・用務員でもいいです。う
ーん、もっと枠を広げて、学校周辺のどこかで、誰かが遺体で見つかったなん
てことはありませんでしたかね?」
あるクラスの笛が一時的に全部消えたぐらいで、どうしてそういう思考を持
てるのか、私はおかしく思った。念のため、池原の顔を観察してやったが、相
手は大真面目のようである。
「そんな重大な事件があったら、それも併せて教えてくれると思うが……。ま
あ、学校周辺の件についてまでは、責任持てないな」
「そうですか。じゃあ、確認を取ってからの方がいいかしらん? うん、そう
します。今日は帰らせてもらいますよ」
池原は突然立ち上がると、ズボンのしわを正して、玄関に向かった。
「おい、どうするつもりだ?」
と、私は声をかける。すると、池原は靴を片方だけ履いたところで動きを止
めた。だが、その口から返ってきたのは、こちらの質問をまるで無視したもの
だった。
「そうそう、忘れてた。笛が盗まれたと思われる日は、いつでしたか?」
「は? えっと、確か」
私は手帳を取り出し、メモを見てから教えてやった。
「あ、はい、分かりました。じゃあ」
頭の中にメモをしたかのようにうなずくと、池原はもう片方の靴は引っかけ
ただけで、外に飛び出して行った。
続く