AWC U.L. 〜 the upper limit 〜 9.ブラックマジック  永山


        
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★タイトル (AZA     )  01/08/31  23:03  (200)
U.L. 〜 the upper limit 〜 9.ブラックマジック  永山
★内容
 立会人はルール確認のあと、カシアスとゲットマンに参加料を出させると、
無駄のない動きでカードを配り始めた。
 ファイブスタッドポーカーでは、まず二枚だけ配られる。最初の一枚は伏せ
られ、二枚目は表向きだ。三枚目以降も、順次表向きに、一枚ずつ配られる。
対戦者は、その都度、お互いの手札と賭ける額を見ながら、下りるか、勝負を
続行するかを決める。
 カシアスの二枚目は、ハートの七。伏せられた一枚目を、相手から見えぬよ
うに覗くと、ダイヤのキングだった。
 ゲットマンの二枚目に目を移す。そこにはハートの十があった。無論、伏せ
られている一枚目は、何のカードか分からない。

 ゲットマン   ?   ハート十
 カシアス  ダイヤK ハート七

「今回の勝負は、どちらが先に賭けるんだ? 早く決めろ」
 立会人が促す。この立会人は比較的ぞんざいな口を利くなと、カシアスは感
じた。罪人(カシアス自身は濡れ衣だが)に対する態度としては、むしろこの
方がしっくりくる。
「カシアス=フレイムに敬意を表して、あなたが先に賭けてください」
 ゲットマンがにこにこしながら言った。いかにも作り笑いめいている。
「敬意を表するのなら、俺に選ばせてくれてもいいんじゃないか?」
「ファイブスタッドポーカーに強いと、あんたは言った。強い人が、そんな自
分の権利だけを主張していては、嫌われるね」
「……まあ、いい。今回は俺が先に賭けるが、次の勝負は逆。交互に行くとし
ようぜ」
「了解」
 ゲットマンは短く応え、カードを見ていた。自身の意見を通しておきながら、
当然のように振る舞う。
 カシアスは冷静になろうと努めた。
(一時間あるからな。端から飛ばすのは、賢明でないだろう。最初は様子見で、
十枚……少なすぎるかな。今、手持ちは二万枚を越えているのだから、五十や
百枚くらい、行ってもいいか。しかし、敵は緒戦を取る確率が、極めて高いと
聞いているし)
 立会人が「早く」と、苛立ちに溢れた口調で急かす。
 どうせ一時間は俺達に付き合わなければならないのに、何をこんなに急かす
のだろう……。カシアスは怪訝に思いつつ、結局、コイン七十枚を数え、テー
ブルの上に置いた。
「ハートの七が見えているから、七十としてみるかな」
 そんな台詞をつぶやく一方で、心中では別のことを考えていた。
(二枚を見ただけで賭ける枚数としては、多い方のはず。ゲットマンはこの賭
け額を見て、俺の伏せ札が七かもしれないと考えたはずだ。ワンペアができて
いるからこそ、コイン七十枚を賭けてきた、と)
 果たして、ゲットマンは不機嫌そうに鼻を鳴らし、「七十枚とは多いが……
仕方ないな。早々と下りる訳にもいかない」と、七十枚を置く。
「そちらの七と僕の十を掛け合わせた数字でもあるし、ちょうどいい」
 そう言って、余裕ありげな表情になる。なかなかポーカーフェイスが巧みで
あるようだ。
 立会人が三枚目を配る。ゲットマンにクラブのジャックが、カシアスにはス
ペードのキングが来た。

 ゲットマン   ?   ハート十 クラブJ
 カシアス  ダイヤK ハート七 スペードK

(よし。いい傾向だぜ。七のワンペアと相手に思わせて、その実、キングのワ
ンペアの完成)
 カシアスは賭ける枚数に思いを馳せ、そして閃いた。先ほどのゲットマンの
言葉が甦る。
「キングが来たからには、ここは十三倍だ」
 九百十エッジ分のコインを、テーブルに押し出す。それと同時にゲットマン
の反応を窺った。
 親指を口に当て、爪を噛む仕種を見せていた。それをやめると、背筋を伸ば
し、何とも人を食った台詞を吐く。
「ということは、僕はジャックだから、さらに十一倍かぁ……かなりきついが、
ここは強気で」
 コインを数え、大きな束と小分けにされた数枚を置く。九百十の十一倍、つ
まり一万十枚を賭けてきたのだ。さすがに重く、机がごとりと鳴る。
 これを受けるかどうか迫られる立場となったカシアスは、奇異なものを見る
気分だった。厄介な相手だ。変に執着心があるというか、負けず嫌いというか、
とにかく得体の知れない不気味さを感じ始める。
 差し引き、十倍の上乗せである。ゲットマンは単に対抗心を燃やしただけな
のか、実際にいい手が来ているのか。今のカシアスには、判断できない。
(一万と十枚と言えば、手持ちの約半分。ちょっと洒落にならねえ。いきなり
の大勝負になってしまう。奴の言い出した掛け算に、俺がつい、うかうかと乗
ってしまったのが、失敗だったか)
 自嘲しつつ、カシアスは不足分の九千百枚を出した。ここは引けない。
 四枚目が配られた。ゲットマンはスペードのエース、カシアスはクラブの五
を新たに得た。

 ゲットマン   ?   ハート十  クラブJ  スペードA
 カシアス  ダイヤK ハート七 スペードK  クラブ五 

(ゲットマンは、クイーンとキングが来れば、ストレートの目がある)
 気が付いた。相手の賭ける額に、意識を注ぐ。
 そんなカシアスの目線の動きを待ち受けていたかのように、ゲットマンは余
裕のある笑みを覗かせ、
「さあ、五倍にしてくれるのかな?」
 と、浮き浮きした口ぶりになって言った。カシアスは嫌な流れを断ち切るべ
く、すかさず応えた。
「悪いな。俺は二万とちょっとしか持っていない」
「ああ、そうか。僕も、五万枚はないんだった」
 相変わらず、おちょくったような物言いをしてくる。カシアスは雑音をシャ
ットアウトし、勝負に集中を試みた。
(このポーカーでキングのワンペアは、相当に強い手だ。自信を持っていい。
ただ、奴がストレートになる可能性は……。俺の手にはキングが二枚。残るキ
ングは二枚だ。その内の一枚を持っているのか、こいつは。あるいは、引いて
くる自信があるのか)
 読みがぐらつく。ギャンブルの前では、確率論は大した説得力を持たない。
信じれば裏切られることしばしばだ。
「二十枚だ」
 ここは相手の出方を見よう。少額にとどめた。
「……それでいいので?」
 ゲットマンが不思議そうに、こちらを――カシアスのコインを指差してくる。
 カシアスは意に介さず、受け流した。
「賭ける額は、他人にとやかく言われるものじゃないぜ」
「なるほど。ふむ、参加料を含めて足し算すると、一万百一枚。10101と
はなかなかきれいな並びだから、僕もそれに倣うとしよう」
 ゲットマンもまた、二十枚のコインを置いた。
 立会人は早く済ませたいのか間髪入れず、最後となる五枚目を投げるように
配る。机から床へ滑り落ちてしまいそうになるのを、カシアスは手で押さえて
防いだ。スペードの三だった。
 ゲットマンの手元を見る。敵方の五枚目は、クラブの二。

 ゲットマン   ?   ハート十  クラブJ  スペードA  クラブの二 
 カシアス  ダイヤK ハート七 スペードK  クラブ五  スペードの三

(よし、これでゲットマンのストレートはなくなった!)
 心中、快哉を叫ぶカシアス。もちろん面には出さず、冷静に計算する。
(俺が負けるとすれば、相手の伏せ札がエースのときだけ。しかし、奴は四枚
目にスペードのエースが来たとき、俺と同じ二十枚しか賭けなかった。つまり、
あのエースが来たからと言って、何かの役ができた訳じゃないってことだ)
 勝利を確信する。だが、ここで大きく賭けに出たら、相手に下りられてしま
うかもしれない。あと少しでも稼ぐ余地を残すべく、カシアスは敢えて上乗せ
はしない(チェックする)ことにした。これなら、もしかするとゲットマンが
上乗せしてくるかもしれない。
「チェックだ」
「ふむ……では、僕もチェック」
 やはりと言うべきか、ゲットマンも上乗せなし。
 そして勝負を決する瞬間、カードを開く瞬間が訪れる。
 と、そのとき、背後からかけ声が轟く。
「さっすが、“ブラックマジック”!」
 観客席からではなく、囚人達が使う通路の方からだった。その聞き覚えのあ
る卑しい感じの声は、グレアム=グレアンのものだ。
「グレアン?」
 思わずつぶやきつつ、肩越しにちらと振り返るカシアス。
(いきなり、何なんだ? 意味があっての行為か?)
 不可解さが解消されないでいると、グレアンがまた叫ぶ。
「緒戦で相手に先に賭けさせたときには、ゲットマンは勝率がぐーんと跳ね上
がるんだってな! 今日もその妙技が拝めるって訳だ! ありがたいねえ、感
謝しなくちゃなあ」
 あまりにわめき続けるものだから、とうとう獄吏が飛び出してきた。二名で
グレアンを両脇から挟み込み、脇の下に腕を通して軽々と持ち上げた。そのま
ま、奥へ下がっていく。
(騒いだらつまみ出されることを、グレアンが知らないはずがない。てことは、
あれは……俺のためにやったのか? まさか。俺、情報料を何にも払ってない
んだぞ)
 自分の想像を一笑に付そうとしたカシアスだったが、どうも気になって仕方
がない。
(グレアンは、見返りなしに何かをやる質じゃない。俺に恩を売っておくとよ
さそうだ、みたいなことを言ってやがったし。やはり、さっきのは意味がある
に違いない)
 考え始めたものの、時間がない。カードが開かれ、勝負が決する前に何とか
しなくてはいけない?
(ブラックマジックとは、普通、呪術のことを言うんじゃなかったっけか。そ
れか、暗がりで蛍光塗料を塗って踊る、ダンスショーを意味するはず。だけど、
ポーカー勝負にそんなもの、関係ないじゃないか。……いや、ゲットマンは黒
人だからブラックが付くとしたら、マジックは文字通り、奇術か?)
 これが本筋のように思えた。獲物の尻尾を捕まえた心地だ。
(奇術にカードと来れば、これはもういかさまを連想する。相手のいかさまを
見破ったときは、勝敗は覆るという規則だから、もうほんのちょっとだけ、考
える時間がある)
 脳細胞をフル回転させるイメージを、頭の中で作るカシアス。そうする間に
もグレアンが起こした騒ぎによる観客のざわめきが収まり、立会人はとうとう、
カードのオープンを二人に命じた。
「とんだことで、時間を食ってしまった。ほら、早くカードを開け!」
 躊躇するカシアスが、ふと前を見ると、何故かゲットマンも渋っている。こ
れを利用しない手はない。話し掛けることで、時間稼ぎに出る。
「どうしたんだ、ゲットマン?」
「ふん。先に、カシアスのカードを開くのが筋だろう。賭け額の提示も彼が先
だったのだから」
 立会人に訴えるゲットマン。しかし、その言い分は承伏されなかった。
「もはや勝負の結果は確定しており、あとは伏せ札を開くだけだ。どちらが先
に開こうが関係ない。二人とも、早くしろ」
「結果が決まっているのなら、順番も関係ないじゃないか」
 両腕をだらりと垂らし、嫌がるその様は、まるで子供だった。
 カシアスは伏せ札の上から手を被せ、ゲットマンを観察した。さらにさっき
のグレアンの言葉を復唱する。
(そうか。俺に先に開かせたい理由があるんだ。奴は、俺の結果を見てから、
開きたい。そうしなければ、いかさまがばれる危険があるのかもしれない。考
え得るのは……)
 あることが閃く。それに間違いないように思えた。
「ゲットマン。そんなに言うのなら、俺から開いてやってもいい」
「それはありがたいな」
 ゲットマンが喜色を浮かべ、振り向く。カシアスは心持ち、身体を前にずい
っと突き出した。
「代わりに、一つ条件がある。互いに伏せ札をオープンしたあと、立会人が持
っているカードを、全部調べる。どうだい?」
「……何故、そんなことを条件に?」
「五十二枚のカードが過不足なく揃っているのかどうか、気になってね。もし
もおかしな点があったら、この勝負はやり直しだ」
「私がミスを犯したのというのか?」
 顔色を変えたのは、立会人。元々不機嫌だったのが、あからさまに怒り出す。
 カシアスは立会人に目を向けず、冷静な口調で返した。
「いえ。自分が気にしてるのは、対戦相手がいかさまをしようとしてるんじゃ
ないかってことですよ。その両手に、何を隠しているのかなと」
 指差すカシアス。身体を震わせるゲットマン。
「開く直前だから、手の平にセットしてるな? 引っ込める余裕はないはずだ」
「何のことだか――っ」
 乾いた声を発したゲットマンの左腕を、立会人がねじり上げた。

――続く




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