AWC 対決の場 21   永山


        
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★タイトル (AZA     )  01/08/31  23:02  (200)
対決の場 21   永山
★内容
「すまん……失念していた」
 唇を噛みしめ、これについての言い訳が出て来ないようにする。
 対する近野は足を崩し、軽い口ぶりになった。
「自分で気付いたんだから、いいじゃないか。気にするな。それよりも、おま
えが自信をなくして、どうするんだよ。俺、安心して眠れんぜ」
「……」
 図星を指されたようで、遠山は押し黙った。
「遠山、今のおまえって、勉強だけに打ち込んでた受験の頃に戻ってるみたい
だぜ。他のことには全然頭が回らなくて、応用も利かない。おまえの頭には記
憶力だけじゃなく、考える力も充分あるのは、俺が実際に見てきたから、保証
してやる。捜査をしていて壁にぶち当たっても、経験がないからと及び腰にな
らず、考えれば突破できることが、いくらでもあるんだ。違うか?」
「いや……言う通りだ」
 少し、笑みが戻った。今目の前にいる古くからの友人とかつて青臭い議論を
交わしたことを、鮮明に思い出したせいもある。
 近野が気軽い調子で言った。
「分かったなら、ぼーっとしてないで、事件解決に、より一層の努力をしてく
れよ」
「成果が、目に見えるように、だな」
「ああ。真面目な話、俺が気になるのは、ヂエの殺害手段のばらつきなんだよ。
どう思う?」
「ばらつきか……」
 指摘を受けて、思い返す遠山。
「ばらばらだな。最初は皮膚を剥いで、次の三件が喉を切り裂き、そして今度
の毒殺か」
「俺なんかには、連続殺人鬼ってのは普通、同じ手段で殺し続けるもんだとい
うイメージがあるんだが」
「そうだ。今度の事件は、ヂエの予告やパズルさえなければ、別々の事件とし
て扱われても、不思議じゃないよな。喉を切り裂いた三件にしても、東京と三
重という風に、場所が離れているし」
「本当に連続殺人なのかという点に関しては、間違いないと思う。ただ、ヂエ
が単独犯かどうかは、決め付けられない」
「そうだな」
「あるいは……これは俺の妄想に過ぎないかもしれないが、笑わずに聞いてく
れ。ヂエは殺人事件の発生を、何らかの方法によって素早くキャッチし、あた
かも連続殺人であるかのように見せかけている。パズルという接着剤を使って、
事件をつなげたんじゃないかと……」
「うむ、見方としては面白いが」
 考え考え、遠山は意見をゆっくり述べる。
「俺は携帯電話を通して、二番目の事件の犯行の模様を、この耳で聞いた」
「それは、音のみだろ? 電話の向こうで、ヂエが演技をしていた可能性はな
いのか」
「……女の声がした。被害女性のものに違いないと思うが」
「ヂエはボイスチェンジャーを使ってるんだろ? 案外、ヂエは女性で、女の
声っていうのは地声だったかもしれん。だいたい、さっきまでおまえ、姿姉妹
のどちらかが、ヂエじゃないかと疑っていたくせに」
 今も容疑を解いた訳じゃないと思った遠山だったが、それは口には出さなか
った。話の主題と関係がない。
「電話で犯行の模様を聞かされたときと、解剖した結果の死亡推定時刻が、ぴ
たりと重なっている」
「あくまで、推定だろう。ヂエの情報キャッチが早いなら、多少の誤差はカバ
ーできるはずだ」
「……現実的でないな。ヂエがそんな情報網を持っているという仮定に、納得
できない。犯罪の発生を素早く察知する情報網なんて物があるなら、警察が所
有してなければいけない」
「はは、なるほどな。大規模で漫画的な犯罪者組織でも存在しない限り、この
仮定は夢物語、砂上の楼閣か」
「しかし、殺害手段が異なる点は、確かに気になるなあ……」
「それについては、実はもう一つ、考えたことがある」
 わずかながら、悪戯げな笑みを作る近野。遠山は「聞こう」と言って、居住
まいを正す。
「一人目の犠牲者のやられ方が、突出して異様だと思わないか。全身の皮膚を
剥ぐなんて、度を過ぎた凄惨さだ。殺害手段の際では済まされないくらいにな」
「何が言いたい?」
「思うに、あれは人目を引くための打ち上げ花火だったんじゃないか」
「人目を引く? 殺人事件なら、たいていは世間から注目されるさ。ましてや、
連続殺人事件となればな」
「俺が言いたいのは、それだけじゃない。最初に酷く猟奇的な死体を持って来
て、なおかつ連続殺人を匂わせることで、これは大事件だと思わせたかったん
だ」
「分からないな。実際、大事件になっているのは確かだが、思わせたかったと
は……?」
 疑問をストレートに口にする遠山に、近野は本腰を入れて説明を加える。
「大事件となると、警察もそれだけ人員を割くだろ?」
「ああ」
「一方、ヂエはおまえの関係者を狙っている節がある」
「そうだな」
「この二点から引き出せる推測。ヂエは、己が起こした事件の捜査に、遠山竜
虎が携わるのを待っていた。てぐすねひいて、待ちかまえていたんじゃないか」
「な、何だぁ、それは?」
 あまりに突拍子もなく思えて、声の大きさがでかくなる。遠山は、さして音
量を修正せずに、立て続けに言った。
「そんな気の長い計画があるか。都内で何件も殺しがあって、そのどれの捜査
にタッチするかは、俺自身にも分からないんだ」
「だからこそ、大規模な殺人事件を起こせば、おまえが関わる可能性が高まる」
「それにしたって、一発目で、ヂエの思惑通りに行ったとは、ちょっと考えら
れないぜ」
 ばからしくて頭を掻く遠山だったが、近野の次の指摘が、その動作を止めさ
せた。
「どうして一発目だと断定できる?」
 息を飲む遠山。近野は友人の反応に満足した風な笑みをしばし浮かべ、静か
な調子で続けた。
「ヂエは今度の事件よりも前に、幾人も殺しているかもしれない。それの捜査
に遠山、おまえが加わっていなかったから、途中で投げ出しただけかもしれな
い。そして業を煮やしたヂエが、一段階進めた手口として、猟奇死体プラス連
続殺人予告という方法を取った……」
「うう……そう言えば」
 第一の殺人が発覚し、ヂエと初めて言葉を交わした日のことを思い起こす。
「俺が遠山警部だと名乗ると、ヂエの奴は、やけに嬉しそうだった。何だっけ
な。確か……人生は愉快だとかどうとかぬかしやがった」
「それ、傍証の一つになるんじゃないか。ヂエは、おまえの出陣を待ち望んで
いたという」
「どうやら、そうらしい」
「これが当たっているとしたら、殺害手段が異なる点も、容易に解釈できるだ
ろう。ヂエは、最初だけで派手にやって、あとは自らの身を安全地帯に置いて、
地味だが確実な殺しを行う。島に入った途端、毒殺に切り替わったのだって、
殺しの瞬間に現場にいなくてもいいからじゃないかな。この閉鎖状況では、喉
を切り裂こうとして、相手に悲鳴を上げられでもしたら、現場からうまく逃げ
仰せるのは至難の業だぜ」
「ふむ。では、これからヂエが犯すのは、ずっと毒殺か。厄介だ」
「そうとも言い切れないが、口に入れる物全てに用心するに越したことはない
ね。注射毒や噴霧毒だと、もはやお手上げだが」
 実際にお手上げのポーズをしたあと、近野はついでのように言い足した。
「そうそう、思い出した。おまえに聞いておきたいんだが……この島にいる人
間の中で、『そうま』という名の奴はいないよな」
「『そうま』? 相手の相に馬と書く、相馬か?」
 急な問い掛けに、遠山は首を傾げた。思わず、指先で宙に漢字を書く。
「いや。字は何でもいい。読み方が『そうま』の人だ」
「うむ、いなかったな。ただ一人、名字じゃなく、下の名前が『そうま』なら、
近野。おまえが当てはまるじゃないか」
 そのことに気付き、遠山は苦笑していた。何か試されているか、あるいは悪
ふざけのように思えたのだ。
 だが、当の近野創真は、存外、深刻な顔つきをしている。全身から緊張感を
漂わせている風にさえ見えた。
 いつも陽気で、ポジティブな近野が、突然ふさぎ込んだ態度を示す。これは
尋常でない。遠山は切羽詰まった声を発した。
「どうしたんだ? 一体、何が言いたい?」
「……パズルが、解けたんだ」
「は?」
 眉を寄せた遠山に対し、近野は机の上の紙を指差した。元は白かった紙が、
黒くなっている。それも、何枚もあった。試行錯誤の痕跡が窺えた。
「そ、そうか。あのパズルも解いてくれたのか。さすがだな」
 遠山が誉め称え、感謝の意を表しても、近野は一向に明るくならない。鈍重
な動作で、紙を一枚選び出すと、ペンを手に解説を始める。
「いろは歌を最後まで言えるか?」
「い、いや。覚えてないと、さっき言ったはずだが……」
「ああ、そうだったな」
 今が寝不足の朝であるみたいに、どこか調子の狂った近野。それでも、なか
なか丁寧な字で、紙の余白にいろは歌を書いていく。さらに、ヂエからのパズ
ルにあった謎めいた言葉、「おみぬむのきよめとろ」も書き記した。
 最後に、いろは歌の中の「おみぬむのきよめとろ」各自の上に点を打つ。

 ・    ・  ・    ・       ・  ・・
いろはにほへとちりぬるをわかよたれそつねならむうゐのおくやまけふこえてあ
 ・ ・・
さきゆめみしゑひもせす

「結局のところ、いろは歌の順番と、このキーワードが関連づけられるとした
ら、何文字かずらされているというのが一番ありそうだ。そう考えて、俺は色
色とずらしてみた。一文字ずつ、二文字ずつ……。無論、前後ともな。たとえ
ば、この『お』を前に五文字ずらせば『ら』、後ろに三文字ずらせば『ま」と
いう風になる。一種の置換暗号だと思った」
「ふむ」
「しかし、意味のある言葉は形成されない。恐らく、このキーワードそれぞれ
の文字について、ずらす字数が異なっているのではないか。次にそう当たりを
着けたんだが、今度は試すパターンが膨大になって、とてもじゃないが手当た
り次第にやっている暇はない。俺はヂエの野郎を恨めしく思い、パズルの文章
を睨みつけたさ」
 ここで何故か、自嘲気味に笑う近野。遠山の困惑をよそに、彼は続けた。
「にらんでる内に、はっとしたね。閃いた!ってやつだ。今度のパズルは、こ
れまでのパズルと、少々、様相を異にしている。どこだか分かるか?」
「ん? いきなり言われてもな……」
 それでも遠山は、パズルの問題文に目を通した。『PUZZLE 前問はもう解け
たかね? 時は待ってくれない。ヂエも待たない。いろは歌に乗せて、次の暗
号を解読せよ。おみぬむのきよめとろ』――結局、首を捻っただけだった。
「降参だ。教えてくれ」
「意味のないフレーズがあるだろう。一見、無意味そうに思える、ということ
だが」
「無意味……もしかして、最初の一文か?」
 聞き返しながら、遠山は「前問はもう解けたかね?」の箇所を人差し指で押
さえた。力が入りすぎて、紙そのものがずれて、机上を少し動く。
「確かに、ヂエがこんなことを書いてきたのは、初めてだ。ここに何か、別の
思惑が込められているというのかい?」
「ああ。前問が解けようがどうだろうが、おかまいなしに進めればいいものを、
わざわざ心配してくれてるってことはだ。このパズルを解くには、前回のパズ
ルの答が関係しているってことじゃないかな。思い出してみれば、前回のクロ
スナンバーパズルも、妙な文言があったよな。『その数がキーとなる』と」
「ああ、そう言えば……」
「そこでだ、俺は前問の答である83752を、このいろは歌パズルに当ては
めてみた。こういう風に」
 ペンを走らせる近野。遠山は黙って凝視した。

   8375283752
   おみぬむのきよめとろ

「見れば分かるように、キーワードにキーナンバーを重ねただけ。ナンバーの
方が少ないので、その分は繰り返しだ。そして、各文字に対応する数の分だけ、
前にずらしてみたんだ。あ、無論、いろは歌の順番に従ってな。『お』を八文
字、前方向にずらすと、『つ』。『み』の三つ前は『き』、『ぬ』の――」
 言いながら、一文字ずつ拾っていく近野。ほどなくして、紙の上には、意味
のある文が出現した。

   つきはそうまをころす

「これは……」
 絶句する遠山が顔を上げて見つめてくるのを、近野はにやりと笑って受けた。
「二番目の『き』は、恐らく『ぎ』の代用だろう。となるとつまり、『つぎは
そうまをころす』ってことだ」

――続く




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