AWC U.L. 〜 the upper limit 〜 8.五分の一   永山


        
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★タイトル (AZA     )  01/04/03  23:29  (200)
U.L. 〜 the upper limit 〜 8.五分の一   永山
★内容
「……?」
 ゴブリングは、砂漠で白熊に出くわしたかのような、奇妙な顔つきをした。
ニールセンの台詞を理解しかね、時間を掛けて咀嚼すると、今度は鼻息を荒く
する。
「馬鹿か、貴様っ?」
 その目の前に、ニールセンはカードを扇状に広げて、裏向きで突きつけた。
「さあ、どれでもいいから一枚、引いていいよ」
「馬鹿か、貴様っ」
 同じ言葉を吐き捨てるゴブリング。鼻の穴が、興奮で大きくなったようだ。
「どういうつもりだ、ええっ?」
「ですから、たった今、ご説明申し上げた通りです。そんなに難しい言葉は使
わなかったつもりでしたが、ゴブリング、あなたには理解できなかったみたい
ですね」
「やかましい! その喋り方、やめろ!」
 席から身体が離れたゴブリングを、立会人が鋭い目つきで見とがめる。厳し
い口調の注意が飛ぶ。
「ゴブリング、勝手に立つな!」
 ゴブリングは舌打ちをして、「分かってるさっ」と言い、深く腰掛け直す。
そしてニールセンに向かって、指を突き立てた。
「どういうつもりで、こんなふざけた真似をしやがるんだ。てめえのカードは、
てめえで交換するもんだろ」
「ゴブリング、必要以上の挑発行為には、警告を与えることになっている」
 指立てポーズに忠告する立会人に、当のゴブリングは片手をひらひらと振っ
た。
「分かった、分かった」
 言いながら、ニールセンを睨みつけ、もう片方の手を引っ込める。
「私の行為に、何か問題があるでしょうか」
 ニールセンは、穏やかな物腰に努めた。敵意を消した目つきで、ゴブリング
の姿を捉えている。
「……ふん」
 鼻を鳴らし、ゴブリングが一旦、横を向いた。大きく息を吐き、冷静になろ
うとしているようだ。
 これを見て、ニールセンはまずいと判断し、軽くつつく。
「ゴブリング、君は案外、頭が悪いのかな」
「何だと、ニールセン。貴様」
 立会人が、「二人ともやめるように」と注意する。
 ニールセンは曖昧にうなずき、ゴブリングへの言葉を続けた。
「チャンスではないか? 相手のカードを、自分の意志で交換できるのだよ。
勝利の確率は、圧倒的に君に傾く」
「……どのカードを取ってもいいんだな?」
 念押ししてきた。ニールセンは、相手が乗ってきた証拠と見て取り、大きな
動作で、ゆったりと肯んずる。
「どうします? 決断はお早めに。さもないと、自分でやりますから。当然、
捨てるべきカードを捨ててね」
「……ふん。よかろう。俺が換えてやるよ」
「では。よろしくお願いしましょうか」
 ニールセンは五枚のカードを扇形に広げたまま、テーブルに置いた。言うま
でもなく、裏向きだ。
「さて。どれにしようかな」
 凄みを利かせた声でつぶやきながら、ニールセンを観察する目つきになるゴ
ブリング。捨ててほしいカード乃至は捨ててほしくないカードを表情から読み
取ろうとするのが、ありありと窺えた。
 ニールセンは、不安を隠してみせながらも、澄ました態度を続けた。
「おまえのことだから、きっと真ん中に置いただろう?」
「質問をして、表情の変化を読もうとしても、無駄です」
「どうだかな」
 ゴブリングがほくそ笑み、ニールセンに指を突きつける。
 ニールセンは、顔全体を手の平で拭った。
 ゴブリングは指を真っ直ぐ下ろし、カードそれぞれに五指を一本ずつ添え置
いた。
「ニールセン。おまえは、この中で、一枚だけ交換したがった。つまり、不要
のカードは一枚だけだ。それ以外のカードを交換されるのは、まずい。手札を
弱くしてしまう。おまえは俺を大勝負に引きずり込むため、五分の一の確率に
賭けたんだろうが、無謀というものだぜ」
 ゴブリングはカードから手の平を一端浮かし、人差し指を立てた。
「人間心理として、こういう場合、相手に抜いてほしいカードは、一番上か真
ん中に置くもんだ。しかし、おまえなら、それぐらいは承知のはず。結局のと
ころはだ、俺は、素直に一番上を引けばいいのさ。元々、俺から見れば五分の
四の確率で有利な選択ができる。負けるはずがない」
 ゴブリングの人差し指が、裏向きのカード五枚の中の、一番上を指差した。
つまんで引っ張り出し、立会人の方に放る。
「ニールセン君のために、交換してやってくれよ。わっはっは!」
 尊大な物腰になるゴブリング。立会人の手元から、一枚のカードがニールセ
ンへと配られた。
「さあ、賭けようか」
 ゴブリングが舌なめずりをした。その真ん前で、ニールセンは微動だにしな
い。交換札を開こうとしないばかりか、手元に残った四枚の札を確かめさえし
ないのだ。
「どうした? はったりをかましたのはいいが、怖じ気付いたか?」
「確かに……見るのが、ちょっと恐い」
「はったりの得意な俺を相手に、はったりを仕掛けておいて、今さらそんな泣
き言、認められんな。下りずに、きっちり勝負してもらうぜ」
 ゴブリングは、語調の勢いそのままに、エッジコインの山を押し出した。
「千二百エッジだ。参加料とさっきの賭け額を合わせて、千七百一エッジ。今
のおまえでも、どうにか払える額だろう、え?」
「……十三エッジしか残らないな」
 つぶやき、残り時間を気にする素振りのニールセン。ゴブリングは、机の端
を叩きながら叫ぶ。
「迷ってるのか。よし、じゃあ、これを最後の一戦にしてやるよ。これでおま
えは十三エッジを残して、生き延びる訳だ。ありがたい話だろう」
「……その条件、ありがたく受けましょうかね」
 ニールセンは相手と同額を並べた。そして立会人の合図で、双方、ほぼ同時
にカードを開く。
「――何だと?」
 驚嘆の声を上げたのは、ゴブリングの方だった。テーブルに両手をつき、椅
子をがたんと倒して、立ち上がる。
 ニールセンはエースのスリーカード、ゴブリングはキングのスリーカードだ
った。
「私の勝ちですね」
 ニールセンは最高に嫌みな笑いを浮かべ、コインを順序よく引き寄せた。
「でたらめに換えたのに、エースのスリーカードができただと? そんな偶然、
滅多に起こるもんじゃねえ」
 ゴブリングが、ニールセンばかりでなく、立会人や観衆に向かってまで、わ
めきたてる。完全に混乱を来していた。
「偶然なんかじゃない」
 見守っていたカシアスは、ぽつりとつぶやいた。隣席のグレアム=グレアン
は、感心した口ぶりで呼応する。
「ほお、どういう細工か、分かったかい」
「ああ。グレアンも分かっただろう?」
「いや、とんと」
 首をすくめ、左右に振るグレアン。カシアスは吐き捨てるように言った。
「ニールセン、案外、勝負度胸がある奴だったんだな。あいつは最初からエー
スのフォーカードができていたにも関わらず、わざわざ一枚交換した。そうに
違いない」
「フォーカードで交換? 馬鹿な」
 グレアンは笑い出した。声を立て、腹を抱えて笑う者だから、見張りの獄吏
に注意される始末だ。
「フォーカードなら、交換の必要はねえ。ジョーカー入りのルールなら、ファ
イブカードを狙って交換するだろうけどよ」
「たいていの者がそう思い込むところに、付け入る隙がある。恐らくニールセ
ンは、先に二枚を交換したゴブリングの表情から、スリーカードより強い手は
できなかったと確信した。ニールセンはエースのフォーカードだから、このま
まで充分に勝てる。しかし、交換しなければ、強い手だとばれてしまう。また、
一枚だけの交換をし、そのあと大きな勝負に出たのなら、やはり強い手ができ
たのだと、相手に感づかれる」
「ああ、待て待て。分かってきたぞ。そこでニールセンは、自分の手を弱く見
せるために、ゴブリングにどれでもいいから一枚引けと提案した。そうだな?」
「エースのフォーカードが崩れなきゃ、万々歳。たとえエースの一枚を持って
行かれても、エースのスリーカードができている。スリーカードの中では最強
だから、ゴブリングに負けるはずがない」
「なるほど。ゴブリングの奴は、頭に血が昇ってて、気が付かなかったんだね
え。こりゃおかしいや。はったりにはったり、ってことかな」
 また愉快そうに身体を揺するグレアンを、獄吏がじろりとにらんだ。
 カシアスは声を潜め、考えを吐露する。
「ニールセンの勝負度胸も大したものだけれど、土壇場で、エース四枚を持っ
てくる強運も凄いな。もしもまた当たるなら、警戒しないといけない」
「なーに。計算してみりゃ、ニールセンは結局、百エッジほどのマイナスだ。
どうにか持ちこたえたに過ぎねえ。カシアス、おまえさんの力なら、楽勝だ。
それよか、只今これからの勝負に全力を尽くす方がいいんじゃないかねえ」
 グレアンが言い切った直後、タイミングよく、立会人が現れた。カシアスを
呼びに来たのだ。

 トーマス=ゲットマンは、痩身だが丸顔の黒人だった。年若く、今も笑みを
見せているにも関わらず、態度に隙がない。
 相対したカシアスは、童顔にだまされてはいけない、と肝に銘じた。
「カシアス。あなたの勝負強さは、噂となって駆けめぐっている」
 ゲットマンは立会人に断りを入れてから、突然話し掛けてきた。何らかの駆
け引きかと、警戒するカシアス。思わず、表情が硬くなったかもしれない。
「僕も敬意を表します。強い人と闘えるのは、大いなる喜びだ」
「何が言いたい?」
「強い人とは、つまり、たくさんのコインを持っている人だ。僕はできるだけ
多くのコインを集めたい。それには、強い人を倒すのが一番の近道。しかも、
徹底的に潰し、打ちのめす」
「……面白くない宣言だ」
 カシアスは冷静に受け流した。最前のニールセンとゴブリングの一戦を見て
いたことが、よい手本となったようだ。
「だが、俺と同じ考えの持ち主だな。そこは気に入ったぜ」
 逆手にとって、相手を挑発に出る。そして、精神的に少しでも優位に立った
ときに、勝負を始めたい気持ちから、立会人に視線を向けた。
 だが、立会人が反応を示す前に、ゲットマンは口を差し挟んだ。テーブルに
身を乗り出し、片肘を突くと、その手の人差し指を立てる。
「同じ考えを持っているというのなら、僕の提案を受けてくださると信じて、
言わせてもらいましょう」
「勝負についての提案だな?」
「その通り。さすが、同じ考えの持ち主」
 じっと目を見つめてくるゲットマンに、カシアスはさっさと視線を逸らした。
そうすることで、相手にペースを握られるのを避ける。しかし、提案があると
いうのなら、聞かねばならないだろう。
「言ってみろ」
「どうも。僕はこの勝負、カード交換なしのポーカーにしませんか、と提案し
たい。いかが?」
「……」
 肘を突くのをやめ、その手の平を洒落者のように上に向けるゲットマン。カ
シアスは相手の手の平、ミルクを入れすぎたカフェオレのような肌をにらみな
がら、ゆっくりと考えた。
「……素人に見せかけたくて、とぼけているのか?」
「はて。何がです?」
「カード交換なしのポーカーなんて間怠っこしい言い方をしなくても、それに
はファイブスタッドポーカーという、ちゃんとした名称がある。おまえは、知
っているはずだ。トーマス=ゲットマンと言えば、相当な手練と聞いたぜ。そ
いつが知らないはずがない」
「ははあ、なるほどね」
 分かった風に何度かうなずくゲットマン。その動きを止めると、びしりと言
い切った。
「僕にはそんな意図はない。あなたに分かり易いよう、ない脳味噌を絞って、
説明して差し上げただけです」
「……」
「と、僕が今さら言っても、信じてもらえまい。どうぞご自由に、お受け取り
を。ついでに、僕の家訓をお教えしますよ。考えすぎは、身を滅ぼす」
「心理戦には、飽きた。早いとこ、勝負に掛かろうじゃないか」
 カシアスはゲットマンの台詞をかき消すように、大きな声で言った。
「では、僕の提案を……?」
「受けてやる。おまえは知らないに決まってるが、ファイブスタッドポーカー
は、俺も得意とするところなんだぜ」
「――面白い」
 飄々としていたゲットマンの顔つきから、ほんの少し、綻びが覗いた。そん
な気がした。ゲットマンの強気の声が、続けて言う。
「早く始めましょう。立会人、お願いします」

――続く




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