AWC 三宮晴樹とその友人達(52)           ハロルド


        
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三宮晴樹とその友人達(52)           ハロルド
★内容
 郁太郎が晴樹に「相対性理論」の説明を聞こうと言い寄ってきた。
「お前、『そんなことも知らねえの?』って、そこまで言ったからには、ちゃんと
説明できんだろうな?」
「そりゃ、ちゃんと説明しなきゃな」譲治も郁太郎に同意した。
「別に俺が言ったわけじゃないだろ!」言い寄られた晴樹は抗議した。
「じゃあ、お前も知らねえのか?」
「うーん、ちょっと聞いたことはあるっていう程度で、あまり……」
「じゃ、それでいいから教えてくれよ」
 そばで聞いていた善三や響子も興味を持った様子で集まってきた。
「そうだ! 私も聞きたい」響子が言った。
「ほんの少しかじった程度だから、間違ってるかもしれないよ」晴樹は弁解した。
「別にいいよ。そこまで期待してるわけじゃないから」郁太郎は言った。「でも、
あんまりいい加減だと承知しねえけどな」
 晴樹はうんざりしながら、説明を試みた。
「うーん、どう言えばいいのかな……。アインシュタインの相対性理論というのは、
まあわかりやすく言えば、動いているものとか走っているものというのは、停まっ
てるものと比べて、時間の進み方が遅くなるっていうことなんだよ」
 それを聞いた郁太郎と譲治と響子は、沈黙を保ちながら晴樹を呆然と見つめてい
た。
「それじゃ、わかんねえよ」譲治は不満げに言った。
「つまりね、ある人が電車に乗るとするでしょ。その電車に乗った人の時計は、乗
らない人の時計より進み方が遅くなる、つまり電車に乗った人の時計は遅れるって
ことなの」
 今度は更に長い沈黙が続いた。
 郁太郎がようやく口を開いた。「お前、いい加減だと承知しねえって言ったろ」
「いい加減じゃないよ。本当にそうなの!」晴樹は言い返した。
「つまり電車に乗った人の時計が安物だったってこと?」響子が言った。
「違うよ! よく聞いて」
 晴樹は黒板の前に歩み寄って、チョークで絵を描き始めた。
「例えば、野球のボールを一メートルの高さから落とすとするよね」
 晴樹は、黒板にボールの絵を描いて、その下に矢印を引いた。
「一メートルまっすぐ下に落ちるのに大体一秒かかるとする。そして電車の中で、
これと同じことをやるとする。動いている電車の中でボールを落としても、ボール
はまっすぐ落ちる。走ってるからといって斜めに落ちることはない」
「うん、走ってるものは『勢い』ってものがあるから、それはわかる」譲治が同意
した。
「そうそう。慣性の法則って言うんだよ」響子が言った。
 他の者も納得した。
「それでこの電車がね……、ちょっと待って」晴樹は鞄から数学の教科書を取り出
して、ページをめくった。「よし、これでいこう」
 晴樹は、黒板に横方向の矢印を引いた。
「この電車が、一秒間に二メートル四十センチで走ってるとするよね。そうなると、
電車の外から見てる人にとっては、電車の中のボールは下に一メートル落ちながら、
横に二.四メートル動くわけだから、斜めに二.六メートル落ちるってことになる」
「その通りだね。計算は合ってる」善三が保証した。
「でも、電車の中にいる人にとっては、ただボールは下に一メートル落ちるだけに
しか見えない」
 全員が頷いた。
「いい?」晴樹は促した。「このボールの落下を時間の流れに例えるんだよ。電車
の外から見てる人からは、ボールは二.六メートル進んだことになるのに、電車の
中にいる人にとっては、ボールは一メートルしか進んでいない」
 全員は沈黙を保ちながら、お互いの顔を見渡した。
「電車の外、つまり停まっている人から見れば、二.六メートル進んでるものが、
同じ走っている人から見れば、一メートルしか進まないっていうのは、走っている
ものの時間が遅くなっているとしか考えられない。そう考えないと辻褄が合わなく
なるんだよ」
 郁太郎と譲治と響子は、何か釈然としないものを感じながらも、どう反論すれば
いいのかわからない様子だった。
「それじゃあ、二.六メートルで走ってる電車に乗ってる人の時計は、停まってる
人より、半分以下も遅れるってこと?」響子が問い詰めた。
「秒速二.六メートルって、そんな速いスピードじゃねえぜ」譲治が指摘した。
「んなこと、あるわけねえじゃねえかよ」郁太郎も反論した。
「これはあくまでもたとえばの話。本当は、こんな極端なことにはなりはしないよ。
この説明の仕方も、正確じゃないとは思う。でもアインシュタインさんが言うには、
ドップラー効果とかエーテルがどうだとか質量がどうとか、光の速さがどうだとか、
いろいろな理論を組み合わせて、光の速さ、つまり光速に近づけば近づくほど、目
に見える形で時間が遅れるって言ってるんだよ」
「じゃあ、どのくらいの速さでどのくらい遅れるの?」響子が質問した。
「そこまではわからないよ」
 郁太郎は暫く考えていたが、やがて口を開いた。
「じゃあもし、二千年生きられた人間がいたとしたら、その場合はどういうことが
考えられる?」
「それは……、光速に限りなく近いロケットで往復二千光年、つまり片道で千光年
離れた星に旅行した場合には、そうなるね」
「そりゃ凄く遠いよなあ」譲治は言った。「で、千光年ってどのくらいの距離なん
だよ?」
「さあね!」晴樹は呆れ顔で言った。
「じゃ、ちょっと計算してみよう」
 善三は、そう言いながらポケットから電卓を取り出した。
<何でそんなもん持ってやがんだ?>晴樹は、怪訝な目で善三を見た。
「大体、光は一秒で地球を七周半の速さで進むって聞いた」善三は言った。「誰か
地図帳持ってない?」
 響子は教材の地図帳を持ってきた。
「地球の全周は四万七五キロ……四万でいいや。かけるの七.五だから三十万キロ。
それから六十秒をかけて、六十分をかけて、二十四時間をかけて、三百六十五日を
かけて、それに千年をかけると、……」
 善三は、計算機が途中で機能しなくなったので、紙と鉛筆を用いて途中の計算を
補った。
「千光年というのは、メートル法で表すと、九千四百六十兆八千億キロメートルと
いうことになる」
「ふーん」譲治は叫んだ。「東京ドームで何個分だよ?」
「東京ドームだとあんまり変わらないよ」善三は途方に暮れた。「つまり地球を二
千三百六十五億二千万周すると考えりゃいいよ」
 譲治は暫く考えていたが、やがて言った。
「早い話が、『凄く遠い』ってことだろ」
 善三は、譲治を呆然と見つめた。
「その千光年で、どんな星が旅できるの?」響子が尋ねた。
 善三は地図帳を調べた。
「太陽系の星だと、冥王星が六十億キロメートルだから、光速ロケットだと………
その速さにもよるけど、六時間強で行けることになる」
「盛岡から大阪までの早さだな」譲治が言った。
「でも、ロケットの中の時間の進み方は遅くなるから、ロケットの乗客にとっては
もっと早く着けるんだろ?」晴樹が口を差し挟んだ。
「そう。光速ロケットに乗ってる人にとっては、数十分か数分か、場合によっては
数秒で着いてしまうことになる」
「マジかよ?」譲治は驚いた。
「太陽系より外の星だったら?」響子は更に尋ねた。
「確かねえ」善三は考えた。「ケンタウルスとかシリウスとかいう星までだったら、
四光年か五、六光年だって言ってたから、……往復十年くらいで行けるはずだよ。
さそり座のアンタレスという星は、五百光年離れてるから往復二千年だったら余裕
で周遊できるけど、オリオン座は片道千五百光年で往復三千年かかってしまうから、
無理だね」
「他の星だったら? 例えば天の川とか……」
「そういう星は何万光年も離れてるから、二千年じゃ無理」
「じゃあ、あんなに沢山、夜空に星があるのに、地球での人生を千年も二千年も棒
に振って、宇宙旅行したとしても、ほんの数えるほどの星にしか旅行できないって
ことなの?」
「そういうことだね」
「織り姫様の気分を味わいたかったのに!」響子はがっかりした。
「そういうのは光速ロケットが出来てからの心配にしなよ」善三は言った。
 晴樹は思った。<そうそう。それに織り姫って柄じゃないし>
 響子が晴樹を睨んだ。「三宮君。今、何か思わなかった?」
「別に何も思ってないよ!」
「なんかさあ」譲治が言った。「時間を短縮しながら遠くに行けるから、凄くお得
な旅行に思えるんだけどさ、地球の歴史を二千年も見ないで、ほんの僅かな数の星
にしか行けないんじゃ、得なのか損なのかわかんねえじゃねえか」
「本当ね」響子が言った。「海外旅行に行ってる間、滝沢君のドラマを観られない
のと同じようなもんね」
 善三と譲治が呆れ顔で響子を見た。
「だから、光速ロケットで旅行するとき、自分より若い人が見送りに来てくれたと
する」晴樹は言った。「旅行を終えて、その人と再び会ったら、その人は自分より
年上、お爺さんかお婆さんになってるってことになるんだよな」
「ウラシマ効果ね」善三が言った。
「そのウラシマ効果って、俺いつも味わってるよ」譲治が言った。
「へえ、どんなとき?」
「だって、こいつさ」譲治は響子を指差した。「俺達と同い年なのに、いつも俺達
のことを年下みたいに見下してんじゃん。なんかババアと話してるのと錯覚するん
だよな」
 響子は、自分の激怒の表情に譲治が怖れおののいて逃げ出したのを見て、反射的
にそれを追いかけ始めた。
「そうか」郁太郎は呟いた。「だから二千年も宇宙旅行してきても、光速ロケット
の中じゃ、ほんの少ししか時間がたたないから、人間が二千年も生きられることが
出来たわけなんだな」
 郁太郎は、他の騒いでいる四人をよそに、一人納得した様子だった。
「またSFの夢を見たとしても、今度は安心して眠れる」

 翌日、郁太郎は、明らかに寝不足によるものと思われる疲れた表情をしながら、
晴樹に歩み寄ってきた。
「三宮よう」郁太郎の口調には怨念の響きがこもっていた。
「どうしたんだい?」
「昨日の晩また夢を見て、その中で『おかしい』って思ったら、目が醒めちまって
眠れなくなっちまったんだよ! どうしてくれるんだよ」
「何の話だよ?」
「昨日お前、光速ロケットで旅行した後、乗ってない人に会ったら、その人は凄く
歳をとってるって言ったよなあ」
「それが何だよ?」
「じゃあ何でレイア姫はなんともなかったんだよ!? 今度は『スター・ウォーズ』
の夢を見たんだよ。ルークやハン・ソロ船長と一緒に光速のファルコン号に乗って、
彼女に会いに行こうとしたまではよかった。でもレイア姫は光速の宇宙船に乗って
なかったんだから、お婆さんになってなきゃ変じゃねえか!」

                                (1999/06/10)

 ・参考資料「高等地図帳 三訂版」青野壽郎 尾留川正平 共著 二宮書店刊
 作者註:この物語に出てくる一千光年の数値は、光が一秒間に進む距離から割り
     出したもので厳密な意味での一千光年の距離とは異なるかもしれません。




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