AWC フリー日記(1998)    [竹木貝石]


        
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フリー日記(1998)    [竹木貝石]
★内容

   12月17日(木)

 夕べの音楽会の様子を書くのに、夜明けの3時半までかかった。『コンサート05』とい
うファイル名でセーブしたが、まだ完成していないし、『古谷武太郎氏を偲ぶ』も中
途半端になっている。
 テレビ将棋の録音もあり、マイケル・レビンのヴァイオリンコンツェルトをMDに
移し換える作業もある。
 パソコン通信にも暫く行っていない。
 それらの趣味のうち何より楽しみなのは、名古屋ライトハウス図書館から借りた
『闇に立つ剣鬼』を読むことである。日本文芸家協会編 講談社文庫『時代小説傑作
選』 点字全六巻。山本周五郎・藤沢周平・森村誠一・清水義範・永井路子・村上元
三・南條範夫ら名だたる作家の中編や短編が15作ほど乗っており、それらのすてき
な題名を読むだけで、歴史好きの私は、わくわくしてくる。
 シスアドと将棋の勉強が、そっちのけになりそうだ。

 わが家の番犬ハッピーは、老衰なのか卒中なのか、半身不随のようになり、とうと
う起きあがれなくなってしまった。8月23日生まれだから、満15歳と4ケ月の今、
たまに小さく唸るような声を出すだけで、食事も水も取らず、枯れ木のようにやせこ
けている。
 かつては、他人が門まで来ると、狂ったように走り回ってほえたてたものだが、も
うその面影も無い。「末はわが身」と思い知らされる。
 ハッピーがこの家に来たのは、新築して1年後だった。姉妹(ハッピーの)と一緒
に、吉田さんが二匹連れてきたが、一匹はどこかへ居なくなってしまい、ハッピーだ
けが残って今日に至っている。



   12月18日(金)

 わが家の番犬「ハッピー」が死んだ。
 ここ数ケ月ほどは、老衰のような半身不随のような状態が徐々に重くなってきてい
た。昨日から家の玄関に入れて、たたきに段ボールとバスタオルを敷いて寝かせてや
っていたが、次第に動けなくなり、静かに呼吸をしているだけとなった。
 Q子(次女)やお母さん(妻)が、そばでじっと見守ったりなでたりしてやってい
たが、私は放置したままほとんど見てやらなかった。
 先ほど夜8時頃、寝返りをさせた時には、上になった右前脚を僅かに動かし、一瞬
頚をねじって口を開けたりしたが、意識は無い様子だった。
 その後、私はうとうと眠り、Q子は姉のP子(長女)と電話で話をしていて、外出
先のR子(三女)からも電話が掛かったりした。
 10時20分、Q子が電話を切って玄関へ見に行ったら、ハッピーは既に息を引き
取っていた。静かな 静かな大往生である。
「もっと側にいてやればよかったかなあ!」
 と、Q子が泣きながら言い、
「ハッピーには色々なエピソードがあった」
 と、お母さんが鼻を詰まらせている。
「死んでしまったものは仕方がないさ」
 と言いつつも、私はやっぱり後悔の念が湧いた。

 掃き出し窓の下につないだまま、あまり面倒をみてやらなかったのに、15年間と
はよく生きた。ハッピーが丈夫だったせいか、自然環境が良かったせいか、その両方
であろう。
 若い頃は、よく鎖を切って遊びに行ったものだ。
 力が強くて、大型犬用の太い鎖でつないでおいても、すぐに切ってしまう。
 田圃で遊んでどろんこになってきたり、草むらで盗人はぎを体中にくっつけてきた
りしたし、出かけるお母さんに付いて行ったり、P子が運転練習をしている車の側へ
尻尾を振って寄ってきたりした。
 他人に対しては、鎖が契れるほど走り回って激しくほえ立て、住宅の谷口さんのふ
くらはぎや安城の広孝兄の手にかみついたこともある。
 頭の上を蝿が飛ぶと、口でパクッと捕らえてしまうし、ネズミを一発でたたき殺す
ことも出来る。
 知らずにタマネギを食べさせたため、ひどい血尿になった時にはびっくりした。
 晩年は、間違えて家人にもほえたり、予防注射の時、恐がって私にかみついたこと
もある。
 尻尾を振ると、その重みを後ろ足で支えられずに、尻を落としてしまうようになり、
やがて、弛んだ首輪に前足をつっこんで抜けなくなったり、犬小屋と壁の間に挟まっ
て動けなくなったりした。
 一昨日、窓の外で悲しそうに鳴いていたので、私が見に行ったら、小屋の前でドッ
グフードを食べようとして思うように食べられなかったらしく、それからまもなく立
ち上がれなくなり、お母さんが大好物のみたらしを食べさせても、もう飲み込めなく
なってしまった。
 昨日の夕方から玄関に入れてやり、今日の昼は温かかったので、ひなたぼっこをさ
せた。
 夕方4時頃家の中に入れた後は、お母さんがなでてやったり、Q子が風邪を引いて
いるのに、玄関に座って長い間じっと様子を見守ってやっていた。

 もう決して動かないハッピー。ほえることも甘えることも嘗めることも出来ず、静
かに横たわっているハッピー!
 丸々と太りすぎていた体も、今はやせ衰えて軽い。
 それでも、柔らかな毛並みが優しく触れる。
 アア、生きているうちに、意識のあるうちに、もっとなでてやればよかった!
 ハッピーの枕元に、お母さんが線香を立てた。
 明日は、八事の霊園へ葬らねばならない。
 思えば、ベルタ(1頭目の盲導犬)も・ルイス(2頭目の盲導犬)も・ハッピーも、
重症になってから死ぬまでの日にちが短く、みんな家人の手を煩わすことなく、一人
あの世へ旅立って行った。
 苦しみを飼い主に見せず、けなげにじっと耐えて死んで行っただけに、亡くなった
後、彼女らの優しさがいつまでも心に残る。
 もしかすると、対人間以上の哀惜を呼び起こすのではないだろうか?
 万物は全て等価値。生物も無生物も、動物も人間も、宇宙という絶対的な世界の中
においては、その価値は等しいのだ。



   12月19日(土)

 朝、お母さんが大き目の段ボールにハッピーを納め、下にはバスタオルを敷き、上
にもタオルを着せ掛けてやって、好物のジャーキー・ドッグフード、花と線香を中に
入れた。
 午前中、その箱を玄関の外の日当たりに出して、私がずっと側にいたが、死んでし
まったハッピーにとっては今更嬉しくもなんともないだろう。
 お母さんが綺麗に体を拭いてくれたので、毛並みが軟らかくて愛しい。耳の形が猫
のようだ。

 午後、ハッピーを車に乗せ、Q子とR子と4人で、八事霊園へ連れていった。
 霊園の駐車場で、車の後ろを開け、ハッピーの頭をなでてから、Q子がボール箱の
蓋をガムテープで封印し、お母さんが受け付けでもらったビニール紐で縛った。
 さらに短い距離を車で行き、R子とQ子が亡骸の入った段ボールを保冷庫の中まで
運び入れた。保冷庫の扉を閉め、お母さんが線香に火を点け、冥福を祈って、ハッピ
ーとの永遠の別れとなった。

 夜、親子4人で町へ出かけた。Q子がごちそうしてくれるというので、カニ道楽へ
行くつもりだったが、どの店も満員でなかなか空きそうになく、『パルコ』八階の中
華料理店に入った。
 まず、杏露酒(シンリューシュ)のボトルを注文し、4人で乾杯した。甘くて口当
たりのよい酒が空きっ腹にしみる。ピーチのスパークリンクワインや桂花*酒(ケイ
カチンシュ)も甘かったが、やはり杏露酒の方が美味しい。
 鶏のささみの味噌和え(バンバンジー)・青菜の炒め物・海老チリ・豚肉と茸の炒
め物・あんかけご飯(中華飯)・ゴマ団子などを取り寄せて、ゆっくり食べた。最後
に飲んだお茶は最高の味だった。
 ひょうきんなウエイターが印象的で、
「分かりました。ピーチクパーチク雲雀の子、ピーチクパーチク雲雀の子ですね!」
 とか、
「はい、バンバンザイ、バンバンザイ!」
「安寿と厨子王、安寿と厨子王でございます」
 などと、大声で2回ずつ繰り返して、笑いを取ろうとしていたが、ああいうのは珍
しい!







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