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★タイトル (NXN ) 98/ 8/28 21:48 (200)
おんなのこ2 第6章 凡天丸
★内容
第6章 揺れる心‥‥
あれから梁子(りょうこ)からの連絡は何もなかった。
とりあえず昨日の夜も留守電にしておいて、湧(ゆう)ちゃんからの電話は受けな
いようにしておいた。
そして今日も未だ作戦の内容を知らされないまま、午前中の授業が終わった。
「舞子(まいこ)、メシに行くよ」
「う、うん…」
終業のチャイムが鳴って間もなく、梁子が知美(ともみ)と沙世(さよ)と共に、
あたしを学食に誘いに来た。
「…あのさ、梁子…」
あたしの声が小さすぎたのか、それともワザと聞こえないふりをしているのか、梁
子は流れるような歩調で、サッサとドアに歩いて行ってしまった。
食堂に向かう途中は、いつもの様に知美と沙世があたしと一緒に歩き、梁子が独り
後からついて来た。特に彼女達に変わったところはない…
大丈夫かなぁ…まさか忘れてるんじゃないよね……
3人が平然としている中、あたしだけは、いつどこからともなく来るやもしれない
湧ちゃんの影に、ひとりビクついていた。
こうなったら、自分の身は自分で守るしかない。
「せ・ん・ぱ・い・っ!」
出たっ!!
案じていたとおり、湧ちゃんが階段の陰からビックリ箱のように、あたし達の前に
笑顔で飛び出してきた。
「せんぱいっ、今日のおかずはエビフライでぇぇぇすぅ! どこで食べましょうか
ぁ?」
ライトブラウンの髪をした、黒目勝ちな円らな瞳の少女が、戯けながらいつものお
弁当の包みを見せて、満面の笑みで小首を傾げる。
すると間髪入れずに横についていた知美が、ドンッ! と、その少女にタックルし
大事そうに抱えていたお弁当箱もろとも、小柄な体が花びらのように宙に舞った。
カラン! コロン! どったんっ!!
「ちょ、ちょっとっ!?」
けたたましい背後の物音を確認する隙も与えられないまま、あたしは、沙世と梁子
に、どんどん背中を追い立てられて、その場から引き離されていった。
「ネェ舞子、今日は何ランチ食べるんだい?」
「あたし、Bにしようかなぁ。舞子もそうしなよっ」
「急ごっ、急ごっ!」
遅れていた知美も加わり、あたしの意志を無視して、何事もなかったかのようにそ
の場から食堂まで追い立てられてしまった。
///
学生食堂には全校生徒が優に座れるだけのスペースはあるけど、4時限目が体育や
美術などの場合、早めに終わってくれるのが常で、普通の教科でも先生によっては、
次が昼食という事を考慮して早く終わってくれたりするので、席がびっしり埋まると
いう状況は起きえない。大概は、出入口から半分くらいの席で入れ替わり立ち替わり
回転しているのだ。
なら、奥の半分は無駄かと言うと、そうではない。まあ、男子達には無駄かもしれ
ないけど、一部の女子達には仲良し同士で楽しくランチタイムを過ごす場として結構
重宝がられている。
言わば、手前が雑木林で、奥があちこちに花が咲いている野原と言った感じかな。
あたし達も1年の時からずっと野原でランチをとっていたから、今では自他ともに
認められた指定席があるのだ。
「もうっ、なによさっきのアレッ。いくらなんでもあれじゃ湧ちゃんが可哀想じゃ
ないっ!」
あたしは野ネズミの様にパクパクと食べている3人を、逐一睨みつけながら、きつ
い口調で言った。
「舞子、アンタは気を使いすぎなんだよ。ああゆうヤツは、いくら口で言っても駄
目なんだ。マジ(本気)で嫌われたいんなら、トコトン冷たくシカト(無視)し
続けて、自分で気付かせてやんなきゃ」
「でも梁子っ。少しやりすぎよっ」
まるで悪びれた様子も見せずに食事をしている梁子や知美達に、感謝どころか逆に
怒りさえ感じる。
「舞子……そのまま振り向かないで、そっと斜め後ろ見てみな」
梁子に囁かれて、あたしは横目で肩越しから後ろに視線をやった。
「あっ……」
あたし達の座っている2列後ろのテーブルの端に、湧ちゃんが一人ポツンと座って
お弁当を食べていた。周りは皆、グループで、一人なのは湧ちゃんだけだ。
「アンタ、まさか可哀想だからこっちに呼んで、一緒に食べようだなんて考えてや
いないだろうね?」
見事に心を言い当てられて、あたしはビクッとした。
「ホントに超お人好しだね。アノ娘、さっきからずっとアンタの事ばっか見てんだ
よ。もし、ここで声なんかかけちまったら、今までの苦労が水の泡になっちまう
じゃないか。今だって、ぜんぜん箸つけないでいるアンタを見てどう思ってる事
やら」
……あたしは黙ってスプーンでぬるくなったシチューをすくい、口に入れた。
///
それからも梁子の作戦には抜け目がなかった。
あたしは、毎日どこに行くにもしっかり3人にガードされ、食堂や昇降口、校門や
駅などで待ち伏せる湧ちゃんは、遠くから見つめるだけで、声はおろか、近寄ること
すらできないでいた。
家でもあたしは、毎晩何度もかかってくる湧ちゃんからの電話にもでず、ママに文
句言われながらも、ずっと留守電のままにしておいた。
留守伝の中の湧ちゃんは避け続けている事には一言もふれず、その日あった事や、
今観たテレビの話、音楽の話など、まるであたしと直に話しているかのような明るい
声で永遠と話し続けていた。
その声が、明るく元気であればあるほど悲しげに聴こえる。
なんか…嫌だな……
///
じわり‥‥じわり‥‥と、塩を掛けたナメクジのように数日が過ぎた‥‥‥
「よう、舞子。どんなアンバイだい?」
2時限目の休み時間。空いていた前の椅子にこっち向きに座って尋く梁子に、あた
しは深いため息を心の底から絞り返した。
「何だい? まだ何日も経ってないってのに、これじゃ、アンタの方が先にまいっ
ちまいそうだね」
…その通り、あたしはひどい心の衰弱と自己嫌悪に陥っていた。
「どうやらここいらが潮時だね。ま、アンタにしちゃ良く持った方かな。はいよ」
梁子が紙キレのようなもので、あたしの頭をポン☆ と叩いた。
顔をあげてそれを受け取ると、それは、いま流行っている映画のチケットだった。
しかもペアだ。
「湧を誘って観てきなよ」
「えっ…いいの?」
「ああ、いいよ」
かすかに梁子の顔からにじみ出た笑みへの戸惑いも、これを湧ちゃんに見せた時の
場面を思い浮かべただけで、津波となって消え去った。
こんなにワクワクしたのはいつ以来だろう…ひょっとしたらあたしも湧ちゃんのこ
とが好きだったのかな?
あっ! ううんっ、違うわよっ! 変な意味じゃなくて…
でも、湧ちゃんは嫌いじゃない……だから今はあのコと仲良くしていてもいいと思
う。
梁子達には悪いけど、これが、この数日間で、うっすらと見えたあたしの答えだ。
///
1年生の教室は、こことは別の校舎にあるから、今から行くと次の授業に遅れてし
まうけど、そんなこと今のあたしにはどうでもいいことだった。
とにかく一刻も早くこのチケットを見せて、湧ちゃんの笑顔をみたかった。
1年生の校舎は、各階2クラスずつ並んでいて、4階までに計8クラスある。湧ち
ゃんは3組だから、3階の手前の教室だ。
しかし…自分が1年だった頃はもう一人前の大人だと思っていたけど、こうして1
年生達を見ていると、まだまだ子供だなと思う。ひょっとしたらあたしも3年生から
見れば、この子達と同じ子供に見えるのかなぁ?
そんな事を考えつつ、あたしは湧ちゃんの教室の開け放たれたままの後ろのドアか
ら、そっと中を覗き見た。
教室内は、おしゃべりする女子の甲高い笑い声や、奇声を発しながら机の間を走り
回る男子などで、まるで猿山のようなにぎやかさだった。
あまりの元気の良さに圧倒されながらも、あたしはこの中に居るであろう湧ちゃん
の姿を探して視線を滑らせた。
「……!」
あたしはようやく猿の中に湧ちゃんを見つけ、ハッとした。
まるで、心臓をわし掴みにされたような衝撃だった。
あの子の事だから、てっきりこの中で先頭きって騒いでいるかと思ったのに、湧ち
ゃんは、いつものあのキャピキャピさは見る影もなく、ひとり教室の隅の窓際に座っ
て、頬杖をついて外を眺めていた。
明らかにクラスのカヤの外にいるといった感じだった。
この苦い感じはなんだろう……
「あの…何か用ですかぁ?」
ドアから覗いているあたしに気付いて、近くにいた女の子が声を掛けてきた。
「あ、あの…湧…月島(つきしま)さんを呼んでもらいたいんだけど…」
女の子にそう頼むとあたしは居たたまれなくなって、人気のない階段の踊り場に戻
って待つことにした。
あの元気の塊の様だった湧ちゃんが、あんなにしぼんでるなんて……あたしのせい
かな……
少しして姿を現した湧ちゃんは、あたしを見るなり、サッと避けるように壁に引っ
込んでしまった。
そして今度は、ピョンッ! とバネのように元気に飛び出してきて、まばゆい瞳で
ニコッと片頬にエクボをつくり、唇狭から可愛らしい八重歯を覗かせて現れた。
いつもの湧ちゃんの得意の笑顔だ。
それでもあたしには、一瞬見えた湧ちゃんの裸の顔が脳裏から消えなかった。
「せんぱいっ、会いたかったですぅぅぅ!」
おどけてケンケンパのような足どりで湧ちゃんがあたしの胸めがけて飛び込んでく
ると、いつもより当たりが強いようで、あたしは半歩片足を後ろに踏み出さなくては
ならなかった。
……泣いてる…の?
痛いほど強く抱きついて、胸のふくらみに顔を埋めている湧ちゃんは、湿り気を帯
びた蒸しタオルのように熱かった。
押しつけられた顔からあたしの体内に灼熱の震動が流れ込み、ピョコピョコとハー
トをキックしてくる。
それはまるで、あたしに今までの経過を、本意を問いただしているようで…魂を激
しく揺さぶられた。
「……湧ちゃん」
言いたい事は山ほどあるのに、ノドがつまってこの一言を出すのが精一杯だった。
いまはただ、小さな身体を打ち振るわせながら無心にぶつかってくる湧ちゃんの背
中を、撫でさすることしか出来なかった。
そんなあたしの気持ちが伝わったのか、ズンズン押しつけていた顔が、ムニョムニ
ョと胸の感触を懐かしむような動きに変わった。
良かった。
これでやっと蟠(わだかま)りがとけたとホッとしたのもつかの間、視線をあげて
みると、いつの間にか、教室からの壁越しには、瞳をギンギンと輝かせた1年生達の
顔、顔、顔‥‥が、縦にすずなりに並んで、あたし達をマンマンと覗き観ていた。
「じゃ、じゃあっ…またねっ」
慌ててあたしは湧ちゃんのプリーツのポッケに映画のチケットを押し込むと、彼女
を撥ね除けて、逃げるように階段を駆け降りた。
や、やだっ、あの子達、誤解してたかもっ!!
顔が熱いっ。身体中の毛穴から、火が噴き出そうなくらい恥ずかしかった。
「おい徳川っ、お前…」
追い打ちを掛けるように、踊り場を回った所で、教材を小脇に抱えた数人の先生達
が、あたしを呼び止めようとしてきた。
あたしは…
「ち、違いますからっ」
と言い捨てて、静止させようとする先生達の手をふりはらいながら、足を止めずに駆
け抜けた。
どっ、どうしようっ!
きっと階段の上で抱き合っていたあたし達を見て、出るに出られず足止めをくって
たんだ。そうだっ、そうに違いないっ! だって先生達みんな困ったような変な顔し
てたもんっ。
もし、学校中に変な噂が広まっちゃったら、もう普通の学園生活なんておくれやし
ないわっ。
それだけじゃ済まないっ。職員室でも問題になって、学校からママに連絡がいくか
もしれないっ!
可愛い一人娘が、下級生の女の子を誑(たぶら)かしたなんて聞いたら、ママはと
もかく、パパなんて、ショック死しちゃうかもぉぉぉぉぉっ!!!!!
ああっ、どうしようっ! どうしようっ! どうしよぉぉぉぉぉぉぉっ!!!
−−第6章 おしまい!
第7章 に、つづく…−−