AWC うんこ小説D     つきかげ


        
#5324/7701 連載
★タイトル (BYB     )  97/ 9/14   0:18  ( 93)
うんこ小説D     つきかげ
★内容
  芸術というものに、話を戻したい。
 一応、これまでの話を総括してみる。
  うんこはその自然性において、文化から拒絶される。よって芸術、哲学の目指
すところの、真・善・美といったものからこぼれ落ちていく。
  ただ、その真・善・美を決定するシステムがアカデミズムという権威主義によ
り固定化−頽落化していくと、その破壊という形で原初のちからが出現してくる。
例えば、ディアギレェエフバレエ団が、初期の頃、土俗的ちからを積極的にとり
いれたように。(例えばストラヴィンスキーの春の祭典)
  うんこをそのちからに、なぞらえることはできると思う。しかし、現代の状況
でどの程度、かつてのダダといったものが有効性を持ちうるか。
  すでにアカデミズムそのものが、衰弱している。うんこ的ちからが出現するの
はアカデミズムに対するカウンターとしてではなく、サブカルチャー、アンダー
グラウンドと呼ばれる世界となっていく。
  魔法的世界。それは秘教的世界ともいえるが、世界が変容し祝祭的な沸騰の中
で、超越性が降臨する場としてとらえると、自然的なものも噴出してくる可能性
を持つ。
  うんこはそこで様々に変容していくちからのひとつの出現形態として、可能性
をもつ。現代という功利性、有効性で世界を覆ったような状況が破綻し、意味の
煌めきが、多彩な可能性を出現させる所で、うんこは芸術として成立しうる。
  ようするに、うんこが芸術作品としてありうるとすれば、特権的な時間と空間
を要請される。いわゆる普通の美術館に出品しても、無意味である。革命におけ
る群衆蜂起のように、突発的、偶発的性格をもった世界の沸騰の中であれば、そ
の存在は認められる。
  個人的な話になる。
  かつて、京都市美術館と京都の大学生との間でもめた事がある。京都市美術館
はある程度市民に対して開かれた美術館として機能していた時代があり、大学生
もあたり前のように借りる事ができた時代があった。
  しかし、当然のなりゆきとして、丸太を組んで作品として出品したり、ゴミ捨
て場からあさってきたような、鉄パイプとかでオブジェを組むような学生には美
術館を使用させないという方針に変わってきた。
  当時、私の所属していた某大学の美術部でも、これをアカデミズム的権威主義
であるとして、京都市学芸部と敵対することとなる。
  しかし、これは疲れるだけの話だった。京都市側は、アカデミズムと呼ぶには
あまりにお役所的対応であり、こちらもダダというには、とてつもなくお粗末で
あった。
  結局6大学合同で京都市美術館に出品することとなった時、私はどうでもよく
なっていた。どうせ敵対しうるアカデミズム的権威主義なんて、一種の幻想なん
だからバカバカしいものを出展しとこうと思った。
  当時、少年サンデーではまだ高橋留美子の「うる星やつら」が連載されていた。
そこで、私はラムちゃんを200号(2m四方程)くらいのキャンパスに描いて、
京都市美術館へ出品した。ここで、この作品は作者の意図を超えた受入かたをさ
れた。
  つまり、私がおたくとしてカミングアウトしたと、理解された訳である。その
時以来、私はおたくになったようだ。
「あんたは、そういうものを描くたぐいの人間やったんか」
  と吐き捨てるように、言われたりもした。そんな大したもんか、と思ったりも
したのであるが、結局私はこれをきっかけに、おたくへの道を精進する事になる。
 その後、私は、はれて美術部の部長となった。決定権を手にした私は、さっそ
く京都市美術館との決別を表明する。
私 「我々は、京都市美術館を必要とせず、市美問題は事実上存在しない」
先輩「これまでは、我々は京都市美術館を敵として、作品を出展してきた。それ
   について、どう決着つけるの?」
私 「そんなこと考えて、作品作ってるから、だめなんですよ」
  当時、私は、我ながらふざけた奴だった。おたくだったし。
  その後私たちは、毎日新聞京都支局ホールを展覧会場として借りることになる。
文化財としての価値は、なかなかの場所であり、昭和初期のモダンな建築は、と
ても印象深い。
  そこで友人が作ったオブジェが未だに忘れられず、心の中深くに残っている。
灯油缶(女子プロレスラーのアジャコングが凶器として使うやつ)を2トン車一
杯分くらいもちこみ、金属の積み木のように、会場へ積み上げた。
  ホール全体は、煌めく灯油缶でステージまで埋め尽くされる。夜になった時、
私たちは灯油缶に蝋燭を立て、火を灯した。
  ホールはどこかゴシック建築の礼拝堂のような、神秘的雰囲気に満たされた。
考えて見れば、指定文化財のような建物で火を使うような事を、よく許されたも
のだと思う。しかし、よく考えたら、許しを求めてやったわけではないが。
  魔法的世界に話を戻したい。
  ロックミュージシャンの中には、魔法使いとしかいいようのない人がいる。キ
ャロライナ・レインボーというバンドがアメリカにある。このバンドのリーダー
(名前は忘れた)はそういう類の人だ。
  ボアダムズの山塚アイの、友達のようである。この人は、政府から精神に問題
がある為、一生働かなくていいという証明書をもらっているようだ。本物である。
  彼の家を、山塚アイが訪ねていった。その時のことを山塚アイは「聞いて発狂、
見て放尿」というなかなか詩的に素敵な言葉で、表現している。
  彼の家はまず、天井から動物の死骸を吊している。(ねずみとかそういう類か?)
又、ゴキブリとかを壁に串刺しにして、そのまま放置している。
  彼の家にいくと、まずキャロライナ・レインボーの他のメンバーが庭にわらわ
らと出てきて、庭の花を食べ出す。そして、山塚は一緒に食べることを進められ
たらしい。
  彼の部屋には、いわゆる身体的奇形者(鼻の穴が三つあるとか、一つ目だとか、
無頭症とか)の写真が載っている大量の医学書がある。彼はそれを山塚に見せ、
げらげらと笑うそうである。
  山塚は、彼にとってそういう本は、私たちのマンガのようなものらしい、と言
っている。ちなみに、彼は相当な美形らしく、ガールフレンドもとても可愛いら
しい。なかなかうらやましいガイキチライフと、山塚は評している。
  このキャロライナ・レインボーのリーダーは、とてつもない中世マニア(なん
だそれは)らしく、彼の作る歌は、中世に牛が歌っていた歌(なぜ牛なのか?)
のカバーらしい。
  彼はギミックとしてそんな事を言っているわけではなく、心の底からそう信じ
ているのだ。私は中世において魔術師といわれた人々は、彼のような人だったの
ではないかと思う。
  魔法的世界を幻視する事ができ、その世界を表現する才能を持った人々。そう
した人が、かつて魔法使いと呼ばれたのだろうと、思う。





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