AWC 護田鳥の夏 4   永山


        
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★タイトル (AZA     )  97/ 7/30  20: 8  (179)
護田鳥の夏 4   永山
★内容
 実際、田守と和久井以外の研究所員は、ほとんど言葉を交わしていない。交
わしていても、田守達のような喋りではなく、ぼそぼそと内緒話でもしている
かの調子だ。
「会話を禁じられたのでもないのに、何で黙ってるのかしら」
「事態にどう対処すべきか判断できず、迷っている。そんなところですよ、多
分」
「あなたはどうなの?」
 和久井は田守を試すように、顎を向けてきた。
「僕も迷っている。脱出できるものかどうか。脱出が無理なら、何をすべきか。
……だが、この先の答がちっとも浮かばない」
「気が合うじゃない。私も同感」
「そちらの方が肝が据わってますよ。僕は銃が恐いし、連中とあんな口は利け
ません、とても」
「出方を見たのよ。あいつらがどんな応対をしてくるか、知りたかっただけよ。
柔軟性はどれぐらいか、どこまで私達の権利を認めるのか、人質の値打ちをど
れぐらいに設定しているのか」
「あ、危ないなあ。僕を含めた他の所員に見せつけるため、始末されるなんて
可能性は、考えなかったんですか?」
「所長には悪いけど、すでに一人が撃たれたんだから、脅しのための行動はも
うないと踏んだ訳。連中がこの作戦を成功させるために、私達をどう活用する
にしたって、無駄には使わないでしょうから。何しろ、要求が膨大だからね」
「……」
 感心して、相手を見返す田守。
「どうかした?」
「いえ、僕は、教団の奴らの無茶な要求や弓削所長を簡単に撃った行為から考
えて、こいつらは単細胞の塊かと危惧した……。今もその気持ちに変わりはな
い」
「あれはきっと、積年の恨み−−逆恨みもいいところ−−を晴らすため、滅茶
苦茶な要求を示して、私達を恐がらせたかったんじゃないの」
「そうですか? だったら、実際はどんな要求を出すんだろ?」
「外部へ最初に提示する要求は全く同じで、『二年以内にFFF食品の使用を
全面廃止しろ。そのための土浄化法を地球規模で研究せよ』ってことになるで
しょうね。そこからレベルを徐々に下げていくと思うわ」
「どうして、そう言えるんです?」
「だって、仮にあの無茶な要求が受け入れられたとして、教団の連中はどこに
身を隠す訳? これから先二年、いいえ、研究が完成するまでの間、彼らの身
の安全を保障する絶対的な約束。そんなもの、ない。国外逃亡するにしても、
受け入れる国がないでしょうね、現状では」
「そうか。要求実現まで、こんな長期の期限を設けるなんて、普通じゃないな。
研究期間という観点で見ていたから、気が付かなかった」
「私達にとって最悪なパターンは、要求レベルを維持したまま、ずっとここに
立て篭もるという線よ」
 内心、安堵していた田守は、その見方にぎょっとして、肩を一度、大きく上
下させた。
「冗談じゃない。二年間も付き合わされたら、身が持たない」
「二年じゃなくて、研究が完成するまでかもしれなくてよ。向こうの出方が見
えない内から焦っても意味ないわ。もっとも、連中が提示した二年に根拠があ
るとは思えないからね。二年間立て篭もる決意までは、教団の方も持っていな
い可能性大」
「……冷静というか、楽観的というか」
「その両方よ。慣れてるもの」
「慣れてる?」
「これで三度目なの、人質に取られるのって」
「はあ?」
 あまりの意外さに、現在置かれた状況も半ば忘れて、大きな声で反応した田
守。当然のように、他の者達が顔を向けてきた。
「田守君、何事だい?」
 泡を食った風に妹尾が飛んで来て、声をかけてきた。
「い、いえ、別に何でもないです。和久井さんと話をしていて、少し、驚かさ
れてしまいまして」
「話?」
 妹尾は、田守と和久井を交互に見つめるように、首を左右に振った。
「何だね。重要な相談かね?」
「いえ、違います」
 和久井が答えた。きっぱりとした口調に、笑みまで添えて。
「気を紛らわせるために、少し、思い出話を」
「はあ、そうかね……」
 妹尾は首を傾げながら、歩み去って行った。彼が他の者とこそこそ話し始め
るのを待って、田守は和久井との会話を再開した。
「……三度目ってどういうことです? 教えてください」
「文字通りよ。一度目は小学二年のとき。私ったら下校途中、誘拐されちゃっ
たのよね」
「……誘拐……」
 続けざまの意外な言葉に、田守はただただ聞き入った。
「ま、私自身は誘拐されたなんて、全然意識してなかった。お父さんの知り合
いだと名乗った犯人の男は、私の言うことをよく聞いてくれて、優しかったの
ね。乱暴なんて、全くなし。夜になって、暗くなって、私が帰りたいと泣き出
したときも、おろおろしてなだめてくる訳よ。だから、さらわれてたんだと認
識したときは、恐怖はすでに思い出の中。漠然とした印象しか残ってなかった
の」
「無事だったんだ?」
「無事だから、こうしてここにいるの」
 怒ったように口を尖らせた和久井は、続けて二つ目の説明に入った。
「二度目は、現在の状況に似てなくもない。大学に通ってたときだから、アメ
リカでの話ね。銀行強盗がキャンパス内に逃げ込んできて、私達学生を数十名、
人質に取って立て篭もった。このときは六時間足らずで解決したのよ。大学の
建物の構造を知らなかった犯人達は、通気ダクトから侵入に成功した特殊部隊
に至極簡単に取り押さえられた」
「何だか、凄まじい個人史だ」
 平穏無事な子供時代・学生生活を送ってきた田守には、驚嘆する他ない。
「納得が行きましたよ、その冷静さに」
「しのぎ切るこつは二つ−−かしらね。どんなときでも悲観的にならないこと。
相手に冷静さを失わせないこと」
「経験者が言うんだったら、間違いない」
 田守は苦笑した。気休めでも何でも、この状況で笑える自分にまた驚く。
「でも、今度のに当てはまるかどうか、少し心配もあるわね」
 腕組みをする和久井。
「これまで大人しく宗教してた彼らが、今になって急にテロに走った理由が、
まるで分からないだけに……」
「お得意の推測でも、見えてこなかった訳ですか」
「そういうこと。強がりもそろそろ自重しないとね。無事、ここを出られる日
まで、あいつらの言う研究に没頭するわ」
 冗談めかした口調の和久井は、作り物でないような笑顔を見せた。
 緊急事態下で、和久井がそばにいて、こんなにほっとさせられるとは。感嘆
さえする田守だった。

 テレビもラジオも取り上げられていたし、新聞が配達されることももちろん
ない。故に、所員の誰一人として、外部の動きを知る者はなかった。
 ただ、建物の外のかすかな騒音から、何らかの接触が、数度に渡って行われ
たものと推測できた。無論、その具体的内容までは分からない。護田の鳥の者
達は、一切の説明をしてくれなかった。
 午後八時過ぎになって、初めて食事の配給がなされた。全てFFF製の食物
が使われたインスタント食品で、どうやら、赤十字か何かから、提供された物
らしい。
「本名かどうか知らないけど−−禰津さん」
 姿を見せた禰津に声をかけたのは、和久井だった。
 食事を配り終えた禰津が、じろりと振り返る。
 所員の大半が身を固くする中、和久井はさらに続けた。
「質問したいんだけれど、どうかしら」
「外部との交渉については、答えられんですよ」
 唇の端を曲げて笑いながら、禰津。
「たった一つ、言えるのは、あんたらには明日から、研究活動に入ってもらう
ってことだけ。それも、今までとは全く違う目的で」
「そういう話は期待していないわ。知りたいのは、弓削さんがどうなったかっ
ていうことよ。いい加減、はっきりしたでしょう?」
「……助かっただろう」
 禰津は相変わらずの笑みを見せたまま言うと、研究所員の反応を窺うように
首を動かした。
 所員の幾人かはわずかに表情を明るくし、別の数人はとても信じられないと
いう風に互いに顔を見合わせている。
 田守も半信半疑で、どんな表情を作っていいのか、迷ってしまう。
 彼の横で、和久井が立ち上がった。
「詳しく教えてください」
「自分も教団連中も、根拠もなく命を奪うことは、嫌いでね。すぐに、保護さ
せた。適切な治療がなされるのであれば、助かるはずだ。ま、すでに手を離れ
た話だ、我々の知ったことじゃないがね」
 多少、歓声めいたものが起こる。
 それを一喝する禰津。
「喜ぶなっての! 必要が生じれば、躊躇せん。おまえらの身の安全は、国の
……いや、違った。世界の反応次第だ」
 再びしんとなった室内で、和久井が強気な調子を続ける。
「ようく、承知しておりますわ。せいぜい、私達の命が地球と同等の価値を持
っていることを、祈ってくださいます?」

 眠れないはずだったのに、いつの間にか寝入ってしまったらしい。
 簡単な衝立数枚で男女別に仕切られた会議室の床に、毛布一枚でごろ寝させ
られた。身体中が軋むように痛い。
 それでもどうにか起きると、憂鬱で重苦しい現実を嫌でも思い出す。頭の中
は、赤土を混ぜた似非チョコレートドリンクのように、ねっとりとした渦を巻
いている。新たに物を考えようとしても、その流れを押しとどめられてしまう。
 すでに起き出している人間もいたが、皆、無言である。目が合っても、黙礼
をかわす程度だ。
(こんなんじゃ、気が滅入ってしまって、持たないんじゃないか)
 和久井と話をした効果か、田守は比較的早い内から、前向きな考え方を持て
ている。一方、他の所員の多くは、まだショックから立ち直れないでいるのだ
ろう。
「田守君」
 和久井が姿を見せた。きれいに化粧を落としている。
「あ、おはようございます……」
「おはよう。しけた声だわ、君も」
「目が覚めたばかりですから」
 強がった訳でもないのに、田守の返事は和久井に笑われてしまった。
 抗議する間もなく、笑いに続いて彼女の台詞が始まる。
「こんな環境で、元気満々なのも腹立つでしょうね。ま、田守君みたく、ほど
ほどに振る舞うのがいいか。−−それにしても」
 ついと視線を外し、扉の方へ向く和久井。不満そうに口を尖らせる。
「そろそろ、朝食を運んでくれてもいいのに」
「まだ教団連中が食べている最中じゃないかな。自分達が終わってから人質に
……って考えてんでしょ」
「そうかしら? 全員が一度に食事を摂るのは間抜けだわ。食物に毒なんかが
入っていた場合を考え、二交替か三交替で食べるのが常道と思わない?」
「常道と言われても……。僕らは食べて、ぴんぴんしていますよ。だから、安
心して」
「それもそうねえ。……連中の欲しがってる研究、定刻の九時開始を命じられ
るものとばかり思っていたのに、このままじゃ、遅れてスタートか」
 芝居がかって、お腹を押さえる和久井。
 田守はつい、現在の立場を忘れ、苦笑した。

−−続く




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