AWC 護田鳥の夏 2   永山


        
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★タイトル (AZA     )  97/ 7/30  20: 5  (177)
護田鳥の夏 2   永山
★内容
 弓削もまた、淡々と答える。
「かつての抗議の際にも申し上げたことですが、今回の、ここに書いてある実
験結果だのデータだのも、どれも信憑性がないのが問題でしてね。カルシウム
片で包まれて堕胎したとか、トロッコが検出されたとか、書いてあるだけで、
それらを客観的に証明してくれる物は、この紙の中にはないようだ。別の何か
をお持ちかな?」
「写真がある。死産した赤子の様子を収めた物である。ご覧に入れよう」
 真っ直ぐに前を向いたまま、懐から一葉の写真を取り出す男。それを押し頂
くように受け取り、一瞥をくれるなり、弓削は首を傾げた。
「白黒の上、薄暗い。はっきりしない写真ですなあ。これだけでは、何とも言
えない。この子供の遺体のホルマリン漬けとまでは言いませんが、問題のカル
シウム片か何か、お持ちでない?」
「ない……。だが、医師や学者の証言があるのだ。間違いない」
「お言葉だが」
 と、弓削は舌なめずりをしてから、始めた。
「実はですな、私どももこの話はすでに耳にしています。話だけですがね。非
常に曖昧な情報だ。で、まず知りたいのは、そちらはどこからこの情報を入手
されたのかという点です」
「ある筋としか言えぬ」
「お話になりませんなあ。そもそも、何故、私どものところにお越しになるの
か、理解できない。そんな重大な情報を得たのであれば、公表なさればよいで
しょう」
「そうしたいのは、山々である」
 苦々しげに、男は吐き捨てた。FFF側が見越していた通りの受け答えであ
る。弓削も内心、せせら笑っていたに違いない。
「しかし、これまでの闘争を顧みて明らかなのは、我々が公表したとしても、
耳を貸す者は極僅かという残念な事実だ」
「ははあ、お気の毒に」
「……どうして、おまえ達のような神に背く輩が世間に支持され、我々が疎ま
れるのだ。理不尽である」
「さあて。我々にも分かりかねますが、世の流れでしょうかね」
 にやりと口元を歪めると、弓削は眼鏡の位置を直した。
 教団の男からは、言葉に窮す様がまざまざと窺えた。
「決まり、だ」
 後方、玄関のドアを出たところで見物していた田守は、ポケットに両手を突
っ込んだまま、やはり笑いながらつぶやく。
「あとは、いつものように、お帰り願うだけね」
 すぐ横に立つ同僚、和久井義子は冷淡に言い放った。切れ長の目で見下すよ
うな視線を、集まった教団員達に投げている。
「茶番見物は切り上げて、早く入りましょう。時間の無駄」
「そうだなぁ。……全く、文句なら本社に言えよ。うちに言ってきても、意味
がないってのに」
 田守が身体の向きを換えたその折、どこかの野球帽を目深に被り、真っ黒の
サングラスをかけた男が、ひょこひょこと歩み寄ってきた。
「……いつぞやのジャーナリスト」
 警戒して身を引いていた田守は、相手の正体に思い当たると、指差しながら
言った。
「禰津さん」
「ばれましたか」
 サングラスだけ取り、目を細める禰津。
「何であんたが、こんなタイミングよく……あっ、そうか。護田の鳥に情報を
流したの、あんたなんだな?」
「ご名答」
 禰津は、今度は口元で笑った。
「あまりでかい声はよしてくださいよ。教団の連中に気付かれたくない。でき
れば、中でお話ししたいんですが、いいですよねぇ?」
「……これ以上、もめ事が重なると所長にも面倒をかける。仕方ありません。
どうぞ」
 玄関へ振り返ると、和久井の姿はすでに見当たらなかった。ともかく自動ド
アをくぐり、蛍光灯の明かりの下に移った。
「何のために、こんな煽るような真似を。いい迷惑だ」
「そちらさんを揺さぶるには、護田の鳥教団に動いてもらうのが一番だと思い
ましてね。私のように個人で動いてる者にとって、最も楽で手っ取り早い」
「無茶苦茶する人だ」
 呆れながら、ロビーの長椅子に座る。禰津も同じようにした。
「さっき、髭の男が話しているのを聞いていたが、随分、具体的な名前が出て
いたようだ。禰津さんが持って来た話とずれがあるから、違うのかなという思
いきや……」
「連中を動かすためには、なるべく具体的にした方がいいと判断したんでさあ」
 歯を覗かせてまたも笑うと、禰津は煙草を取り出した。
「よろしいですかね」
「吸うなら、喫煙室」
 厳然と言い放ち、田守は腰を上げた。禰津は肩を大げさにすくめ、
「やはり、遠慮しておきますよ」
 と、煙草とライターを懐に仕舞い込む。
「いやあ、教団もよく活動が続きますねえ」
「それよりも、さっきのアメリカだの若狭教授だの、本当なんですか?」
「でたらめですよ。若狭教授ってのは、私が分析を頼んだ人の名前をもじった
んですがね」
「情報に自信があるのなら、本当の名前を出せばいいじゃないか。偽名を使う
のは、やましい点があるか、情報に自信がないからだ。違いますか?」
「情報源を知られると、まずいんですよ。秘密にしてくれって、向こうからう
るさく言われてますしね。そういう意味じゃあ、情報の信憑性が薄いのは認め
てもいいですよ」
「この前と、態度がえらく違う」
 不審に感じる田守。
「卵云々は、言わば捨てネタでして。教団の奴らを踊らせれば、いい絵が撮れ
るなという目算です」
「じゃあ、さっきの騒ぎを写真に?」
「もちろん。それが目的の一つですからねえ。居合わせたのが私一人だから、
そこそこ、いい値で売れる。もっと大騒ぎになってくれりゃ、願ったりかなっ
たり」
「冗談じゃない」
 食えない相手だと改めて意識する。
「とりあえず、卵の話がそんな脆弱なものなら、出直してもらいましょう。所
長もきっと、こう言うに違いない」
「脆弱ってほどでもありませんよ。カルシウム片が、本当に胎児に付着してい
た物だとの証明ができれば、揺るぎなくなる」
「ん? つまり……直接受け取った訳でない?」
「そうです」
「……結局、証明できなければ、同じことですね」
「卵の件に関してはね。今日、ここに来たもう一つの理由は、新しいお土産が
あるからなんですよ」
「お土産」
 おうむ返ししながら、警戒心を強める。どうも油断ならない。
「教えてほしいですか?」
 急に子供の会話のように始めた禰津に、田守はぎょっと目を見開いた。
「は? そ、それは……禰津さんだって、教えてくれるつもりがあるからこそ、
お土産という表現を用いたのでしょう?」
「バッドニュース!なんですよ」
 相手は楽しげに言う。田守は何とか自分のペースを取り戻そうと、目を激し
くしばたたかせながらも、笑みを作った。
「いつもそうじゃないんですかね。卵の一件だって、真偽は別として、悪い知
らせには違いない」
「今度のは、とてつもなく悪い知らせですよ」
「もったいぶらず、聞かせてもらいましょうか」
 背もたれに身体を預け、どっしり構える田守。意識しての行為だ。
「そろそろ、ですねえ」
 根津が袖を引き、腕時計を見せた、その刹那だった。
 乾いた破裂音が鋭く轟く。
 田守はその方向を見た。自動ドアの向こう、白く煙る外。
「何……」
 煙が流れ、田守の目に飛び込んできたのは、白衣を真っ赤に染めて倒れてい
る弓削の姿と、獲物を追いつめる大平原の部族のように押し迫る人の波。
 ガードマン二名が、玄関口の脇に立っていたが、すでに取り囲まれ、蹂躙さ
れている。
 機関銃の銃口らしき黒い先端が覗いた。
「やばい!」
 田守は椅子から床に転がると、頭を低くし、中腰のまま奥に逃げ込もうとし
た。が、一歩を踏み出すと同時に肩をぐいと強く引っ張られ、姿勢を崩した。
尻餅をついた田守が見上げた先に、仁王立ちする禰津の笑顔があった。
「危なくありません」
「……もしや、あんたが……」
 右手の人差し指を、ぶるぶると震えさせながら持ち上げた。
「ねえ、分かったでしょう。バッドニュースの意味が」
 禰津の後ろには、幾人もの教団員が並びつつある。揃いのユニフォームが、
田守の恐怖を増幅させる。
 部屋から飛び出してきた和久井達、他の所員も集まってきたが、侵入者の構
える銃に動きを止めるだけ。
「目的は何だ……」
 田守は目線を相手から離さずに立ち上がりながら、震えが表に出ないよう、
低く押し殺した声で問うた。
 禰津は髭面の男と二言三言、会話を交わし、銃を受け取ってから答える。
「ここ、FFF遺伝子組み替え作物研究所は、我々護田の鳥教団が乗っ取った。
たった今から、君達は我々の指揮下に入った訳ですねえ。お分かりか? 指示
に従って、働いてもらいましょう」
「ど、どういうことだ」
 田守の後ろにできた人垣の中から、やや甲高い声が上がった。
 副所長の妹尾が、顔一面に玉の汗を浮かべていた。
(妹尾さん……あんたには荷が重いよ、この状況)
 そっと舌打ちをした田守。
(もっとも、私にだって荷が重いのには変わりないが……)
「君達、無礼じゃないか」
 皆に後押しされているものと信じたのか、妹尾は人垣を割って、前に進み出
た。恐らく、弓削所長が倒れたことを、彼は知らない。
「この民主主義国家において、このような暴力に訴え、要求を通そうというの
は−−」
「お静かに」
 飛びかかるように妹尾に接近した禰津は、短銃をその鼻先へ突き付けた。
 妹尾の、「ひ」という短い悲鳴に被せるように、禰津の演説が始まった。
「あなた方は人類を危機にさらしている。確かにそれは法に触れていない。だ
が、何としても食い止めねばならぬ悪業であるのは、火を見るよりも明らかな
のですよ。我々は人類を救うため、立ち上がったんですねえ。法を犯してでも
あなた方FFFの行いを改めさせる。−−とまあ、こういう趣旨なんでさあ」
 最後だけジャーナリスト崩れっぽい調子に戻って、禰津は首をすくめた。
「だから、手段について文句を言いなさんな、副所長殿。お分かりかな」
 妹尾は声もなく、首をかくかくと縦に何度も振った。
 その態度に満足したらしく、妹尾の小太りの体躯を突き飛ばした禰津。
「動かないことだ」
 禰津に代わって、髭の男の声。顔を布で覆うようなことはしていないのに、
くぐもっている。地声らしい。
 第一の恐慌が去ると、田守は僅かながら冷静な目をもてた。
(かなり旧式の銃のようだが……この距離では、腕前はさほど関係なさそうだ)
 銃の安全装置が未解除である可能性も考えたが、外を見て、すぐにあきらめ
た。何人かの教団員が見張りに立っている。

−−続く




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